六十七話 100の魔法剣
「リュート。ちょっとカムイと勝負して」
「……は?」
「いいよね?カムイ」
「別にリュート殿と戦うのは構わんが……」
オレとミナにって聖殿で過ごす最後の日、彼女の一言からカムイさんとの試合が決まった。
「……なんか、ごめん。うちの魔女、言い出したら聞かないから」
「いや、気にする事はない。リュート殿と手合わせするのは俺も楽しい」
「リュート!カムイに戦い方を教えてやれ!」
「……諸事情により、勝たせて貰うがな」
あぁ、やっぱりカムイさんは一応いい人だ。
……単純だけど。
「さっさと始めなさいよー」
外野でミナが、だらだらと話しているオレ達を急かす。
いきなり言われた身にもなって欲しいが……。
カムイさんと戦うのは……なんだかんだ言って楽しそうだ。
向こうも、そろそろ心の準備ができたらしく、剣を抜き構える。
「頑張るのだぞ、リュート。カムイもな」
王女が前へ出てきて激励の言葉を掛けてくれる。
流石に、こう言った場を仕切るのは慣れているらしい。
「それでは、始め!」
王女の合図により、カムイさんが高速でオレに斬りかかってくる。
いつぞやの試合とは逆の構図だ。
「今回は……随分と積極的です、ね!!」
押し返すと同時に前蹴りをするが、あっさりと横に避けられる。
流れるように逆袈裟に斬るが、力が入る訳もなく軽く受けられ、二度三度斬り結んだ所でカムイさんが大きく後に飛んだ。
「聖殿の盾に頼る訳にはいかないからな。それに、その王宮剣術……徐々に、体勢を崩される。そちらの好きに打たせて居ては勝てまい」
バックステップで距離を取ったのも、早めに仕切り直す為だろう。
前回の戦いで色々、対策されてるみたいだ。
そして、こっちに有効な情報は少ないな。
前回一番厄介だった聖殿の盾は少なくとも積極的に使う気はないみたいだ。
と、なると単純な剣技の勝負になる訳だが、前回はオレが押していたように思える。
警戒に値するとしたら……。
あの鞘に収めた状態から放たれる一撃。
辛うじて初動は見えるが、気づけば振りきられている一撃は防御も回避も難しいだろう。
ミナも何を考えて、試合なんてやらせているやら……考えても始まらないか。
せめて意味があると願おう。
剣を中段よりやや上に構え、カムイさんを見据える。
独特の構えだが、威圧感が高めで、打ち込み難い。
が、打ち込み難いとあらば、活路を見出すのが剣士だ。
「くっ……行くぞ!」
ようは精神的な誘い受けの構え。
案の定カムイさんは速攻乗ってきた。
打ち合いは余りしたくないって言ってたのに、やっぱり単純だ!
希望通り……打ち合いはしないけどなっ。
カムイさんはオレ自身ではなく剣を斬りにきている。
牽制だろうが、狙い通りだ。
「なっ……しまっ!?」
剣が当たる瞬間に、魔剣を透過する。
経験があるからこそわかるが、これをされると、かなり混乱する。
これなら盾も間に合うまい!
そう思い、右拳を振るうが、カムイさんはバランスを立て直そうとはせず、そのまま地面を転がった。
冷静な判断だ、正直に関心する。
「痛た……できるとは、知っていたが実際に、されるとかなり驚くな……」
「その状況で、反射的にバランスを立て直そうとしなかったのは、流石だよ」
地面を転がるのにダメージがないハズがない。
勿論、鉄甲で殴られるよりは、かなり軽いが。
「一筋縄ではいかんと思っていたが……こちらも奥の手を出すか」
カムイさんは、そう言うと刃を鞘に収め、手を柄に掛ける。
……来た。
あの技だ。
「ほいほい、見せたい物ではないが、リュート殿には一度見せているしな」
カムイさんはニヤリと笑う。
さて……どうする?
前回は能力を使い体の性能を底上げしたから弾けたが……。
先祖返りの能力……しかし、あれは自分に掛かる負担も相当大きい。
一応、不死の王もあるけど、あまり見せるなと言われたし……。
「リュート!」
悩んでいるとミナが、待ってましたとばかりに声をあげる。
「カムイと同じ構えをとって!!」
「なんで!?」
「いいから!」
いや、何も良くはないんだが。
思わず聞き返した言葉も、即座に一蹴された。
「早くしろ!」
なんか命令形になってます。
……仕方ないな。
鞘はないから、剣を腰に当て左手で鞘を握り、右手を刃に添える。右足を前に出して腰を低く構える。
「ほぅ。構えは為っているが、俺の『居合い』は、そう簡単に真似れる物ではないぞ?」
剣をやっていれば、多くの技があり、技を使う為の構えがある。
だから、構えを真似るのは得意だけど……カムイさんの言う通り技は、そんな簡単に身に付く物じゃない。
って、なんだ、この構え。
力、入れにくいったら、ありゃしねぇ。
「右手邪魔!刃から離して!!」
おまけに、なんかダメ出し食らった。
どういう事だよ。
カムイさんも律義に待ってくれてるが、何がしたいんだ……。
「これで、いいのか?」
「うん、行くよ。リュート!」
どこに!?
意味不明な言動に思わず、心の中でツッコム。
カムイさんですら、苦笑いをしている……って、思ったら何かに気づいたかの様に声をあげた。
「ん、風?」
風?
聖殿内部に風なんて……。
そう思ったが、確かに頬を風が撫でている。
そして、それは少しずつ強くなっているように感じる。
一体何処から……?
いや、何処からかはわからない。
が、何処へかは、すぐ分かった。
「約束したでしょ?私が魔法剣を教えるって」
そう言う彼女は誇らしそうに笑っている。
「時間掛かっちゃってごめんね。でも、その分、良いのを創ったつもりだから」
風は魔剣に渦巻いている。
その様子は、まるで竜巻で作られた鞘のようだ。
「まさか、魔剣の能力はミナのか!?それならリュートが使えないのも当然だ!」
アウルが珍しく、驚いたような声をあげる。
「後は振り抜くだけよ。癪だけどカムイの居合いを参考にしたの。威力は……同じだと思って貰っちゃ困るけどね」
そうして、彼女は、その名前を唱える。
「魔法剣神威」
◆
「……ちゃんと握ってなさいよ」
「すまん。流石に予想以上だった」
ミナが天井に刺さった魔剣を見てジト目で睨んでくる。
魔法剣神威。
その威力はオレの予想を遥かに上回っていた。
本能的に危機を感じたのか鞘と聖殿の盾で防御したカムイさんに向け振った剣は、まるで竜巻から射出されたかの様に勢い良く飛び出した。
竜巻から放たれた剣は聖殿の盾を物ともせず切り裂き、鞘すら中身に入っていた剣ごと真っ二つに斬った。
二重の防御のお陰かカムイさん自身は、手のひらを多少深く怪我しただけで、済んだし、その怪我も一緒にいた治癒術師の女の子が直している最中だ。
……しかし、精神的なダメージはすごそうだけど。
「俺の刀が……」
治癒魔法をかけて貰いながら意気消沈している。
その落ち込み様ときたら、レーナ王女が気を使ってカムイさんに話しかけている程だ。
「しかし、呆れた威力だな……」
アウルが、遠くの壁を見ながら、ぽつりと呟く。
壁には地面から天井まで、薄くだが切れ目が入っている。
紛れもなく魔法剣神威の威力に依るものだ。
中央で戦っていたオレ達は壁とはかなり離れていたけど、剣を解き放った竜巻は、そのまま風の刃になり、切っ先の延長線にある壁に傷をつけた。
大した威力ではないが、紛れもなくオレが欲しかった遠距離攻撃である。
って言っても魔法剣神威自体は近距離でこそ、その真価を発揮する。遠距離にも攻撃できるってのは、おまけみたいなもんか。
そして、壁の傷を辿って行くと、その終着点に……魔剣ミヅキが刺さってる。
はい。
余りの威力にすっぽ抜けました。
ミナがジト目でさっきから睨んでくる理由はこれです。
我ながら情けないとは思うけど、言い訳くらいさせて欲しい。
効果もわからず、いきなり魔法剣を打たされた上に、ふざけた威力だったんだよ!
……まぁ、実戦で、武器が手をすっぽ抜けたら高確率で死ぬけどさ。
「にしても、アウル。もしかしてオレは最初から魔法剣は使えなかったのか?」
「ん?あぁ、そうだな。魔法剣を使えるのは、魔剣の能力者だけだ」
アウルの試合中の言葉を思い出し聞いてみると実に軽い調子で答えてくれた、ちくしょう。
「すいません、リュートさん……。まさか、すでに魔剣を継承されているとは思わなくて……私達の落ち度です」
「しかし、そういえばリュートには、あの能力もあるんだしな。気づくべきだった」
あの能力……不死の王の事だろう。
今は他の人もいるから名前を出せないんだろうな。
「でも、ナギは使ってなかったか?魔法剣」
「使う時は俺が指示してただろ?ようは俺が発動させてナギが使ってたんだよ。今のお前らみたくな」
……そう言われて見たらナギは戦闘中は全てアウルの指示通りに動いていた。
全てが、そうだから魔法剣に関しても全く気にしなかったけど……つまり、オレがやっていた練習って……。
「だから言ったじゃない。無駄だって」
オレの心に言葉の剣が突き刺さる。
つまり、あれか。ミナは、その事に気づいていたのか。
「いや、しかし、一度だけ剣が熱を帯びただろ?あれは……!」
「あれは、私が火とか熱の事を考えてたから発動したのよ。第一、リュートは風の魔法剣の事しか頭になかったじゃない」
……はい。
そういえば、あの時はミナとナギがそんな話をしていた覚えがある。
……なんだったんだろう。
ここ数日の悩んでいたオレ。
「黙ってた私も悪かったからさ……。あまり落ち込むな、バカ」
ミナが申し訳なさそうに顔を覗き込んでくる。
まぁ、黙ってた理由も多分……驚かせたいとか、そんな理由なんだろうな。
はぁ……まぁ、いっか。
一応、魔法剣は使える様になったみたいだし。
これで、気兼ねなく明日、都市を出れる。
「あぁ、ありがとな。ミナ」
そう言って彼女の頭を撫でると、彼女は頭を左右に振って手を振り落とす。
「黙ってて……ごめん」
そう再度謝るミナの頭に手を乗せ直すと今度は振り落とされる事はなかった。
◆
「よっと……うわ、重いなぁ」
僕は鉱石のたっぷり入った荷台を試しに引っ張る。
本来なら数頭の馬で引っ張って行くんだろうな。
「すいません、ケーファーさん。こんな仕事を頼んでしまって……」
村長さんが僕に頭を下げてくる。
確かに、これを運ぶのは少し疲れるだろうけど、その日の食べ物に困る生活に比べればなんて事はない。
「いいんですよ。忙しい冬前ですから、お世話になっている以上、僕にも働かせてください」
「ありがとうございます。いや、しかし今冬は大分楽に過ごせそうです」
村長が嬉しそうに目を細めて笑う。
無事に魔物の群れを撃退した僕とルーシーはアレ以来、この村にお世話になっている。
僕の仕事は、専ら薪を集める事なんだけど、これが中々の力仕事で大変らしい。
けど、魔人の僕には何のその。
一人で数人分は働けるらしくて、その分、狩り等の食料採集に人を使えたお陰で、いつもより沢山余裕があるみたいだ。
今回の仕事も、この近辺でしか取れない特殊な鉱石を近くの大都市に売りにいくらしい。
なんでも、冬になれば村の外に出るのは厳しい為に、今のうちにお金を作らなきゃいけないそうだ。
お金が無ければ困った時にギルドへの依頼もできないらしい。
それも普段なら結構な規模で行くらしいけど、今回は僕と村の人を合わせて四人。
僕が引けば馬は必要ないし盗賊対策もいらないから、後は都市で売ってくる人がいればいいって結論みたいだ。
街で買い物できないのが僕の何よりの欠点だなぁ……。
「じゃあ、行ってきますね。村長」
「おぉ。みんなも気をつけてな」
そうして僕たち四人は聖殿都市と呼ばれる都市へと出版した。