六十四話 100とお買い物
「疲れた……」
着替えもせずベッドに倒れ込む。
これだけ体を動かしたのは実戦以外じゃ久々だなぁ。
「魔法剣……ねぇ」
聖殿を出て、食事の後に一人で魔法剣の練習をしてみたけど、あの一回以来さっぱり発動しない。
むしろ、なんであの時は発動したんだ?
感触を思いだそうとしても、さっぱり思い出せない。
少しは魔法の勉強もしておけば良かったかなぁ……。
「リュート、帰ったの?」
ドアが開く音がして、聞き慣れた声が聞こえる。
なんだかんだ言ってミナは泊まるとよくオレの部屋に来る。……のはいいんだが。
「ノックくらいして貰えませんか」
「いいでしょ?別に」
……何が良いのか問い詰めたいけど、まぁ、オレも本気で言ってる訳ではない。
まだ家があった頃にはコレットがよく勝手に入って来たものだ。
……そういえば、家もどうにかしないとな。
最近忙しくて忘れかけるけど、家は壊れたんだった。
気が沈む。
「……今日の事で悩んでる?」
「ん、いや、え……んー、どうだろう」
どうやら悩んでるのは見抜かれたようだけど、今考えていたのは別の事だから返答に困る。
ミナも不思議そうな顔で、こっち見てるし。
「ねぇ、リュート」
「んー?」
「さっきまで練習してたんでしょ?魔法剣。使えた?」
…………。
いきなり痛い所をついてくるな、この子。
「まったく……」
「そうだと思った。あのね、リュート。魔法剣だけど……」
ミナは少し言い難そうにしながら、オレに大ダメージを浴びせる一言をはなつ。
「練習、辞めた方が良いと思う。意味ないし……って、リュート!?」
ミナの言葉が胸に刺さる。
自分でも薄々、もしかして使えないんじゃ?と思ってたから尚更。
ベッドに突っ伏すオレを見てミナが慌ててるけど、流石に今のは痛い……。
ナギに斬られた時より効いた。
「えっと、違っ……リュートが考えてるような事じゃなくて……ほら、そのうち使えるようになるから、ね?」
「何の根拠もない慰めありがとう……」
「だから……!ちゃんと、私がリュートに教えるから!魔法剣!」
……教える?ミナが?
「……ミナ、魔法剣使えるのか?」
「私も一応、魔剣持ってるし……」
……聖殿で何か考えてる様子はあったけど、練習してるようには見えなかった。
つまり、ミナが魔法剣を身につけたとしたら、オレが練習に出ていた間にだろう。
……これが、傾国の魔女か。
魔法に対する才能の差を嫌でも実感する。
いや、アウルも簡単だって言ってたし、もしかしてオレの才能が……いやいや、うん、悲しくなる。考えるの辞めた。
「だからさ、リュート。聖殿では練習するだろうけど、兵舎でまで練習しなくて良いんじゃないかな?」
「んー、でもなぁ……」
継続は力。
オレが剣の扱いに長けてるのも、ずっと鍛錬を欠かさなかったから。
魔法が使えないのは何も学ばなかったから。
なら、少しでも魔法剣に費やす時間は増やすべきだと思……ったけど、何かミナが意外に真剣な目で、見てきてる。
睨まれてるって言った方が近い気すらしてくる。
もしかして……。
「寂しかったのか?」
「……そんな事はないけど」
とは言いつつも、ミナは目線を反らし指先で長い髪を遊び始める。
「リュート、騎士さん達と一緒の時は夜は他の町に仕入れに行ってたし、昨日はご飯終わったらお互いすぐ寝ちゃったし……なんか落ち着かないなって……」
……そういえば、ずっと二人旅だったお陰で、いつも傍に居たような気がする。
その反動……か?
ミナの頭に、手を乗せると、いつもなら睨まれるのに、それもなく目を合わせないようにしてる。
「明日、丁度買い物に出掛けようと思ってたんだ。昼までには終わらせるけど……一緒に来るか?」
「…………」
「無視かよ!?」
「うん、って言ったら負けな気がする……」
……この子は一体、何と戦っているんだろう。
◆
まぁ、そんな小競り合いも無視して一緒に買い物には出て来た訳だが。
「つまらない街ね……」
ミナは若干不機嫌だったりする。
いや、理由はわかってるんだが。
「元々は要塞だからな。冒険者が多く訪れるから、宿や武防具屋は多いけど、他の街みたいな娯楽施設は極端に少ない」
この街に用事があるとするなら、ここより南の魔の領域へ行く奴か帰って来た奴だけだ。
「でも、ここが真ん中なんでしょ?それなら商人さんも、来るんじゃないの?」
「残念ながら、この街には商人はほとんどこないよ」
ミナは首を傾げて、なんで?と聞いて来るが、単純な問題だ。
「あくまで大陸の中央であって、人の世界の中央じゃないんだよ。ここから先は腕に覚えがある冒険者か物好きしかいかない。特産品もないしな」
「見た限り、武器がすごく多いけど、これは?」「高すぎる。量産品なら西の帝国が随一だし、下手したら家が建つような業物ばかりだよ、ここにあるのは」
「うわぁ……」
間違っても、只の商人が手を出そうと思う品物ではない。
「そんな街に何を買いに来たの?」
そんな街って言うのも随分酷なぁ。
一応、冒険者にはすごく魅力的な街なんだけど。
今回の買い物にも、この街は適してるし。
「新しい防具だよ。昨日、思いっきり斬られたから……」
「そういえば、スッパリやられてたっけ。服まで治れば良いのに」
「それなら便利だけど……魔剣の能力を考えると、どうせ買い換えたいしな」
実体化と透過。
剣と体術をいつでも切り替えれるのは便利だ。
剣技の戦いでも、拳や蹴りに頼る事は実に多い。
今までは革を張り合わせた強度と軽さを両立した物だったが、籠手と具足は金属製に変えた方が良いだろう。
「……でも、高いんじゃないの?この辺」
「あぁ、だからコイツを売ろうと思う」
今まで装備していた籠手を外す。
竜毛の籠手。
「昔、ドラゴンを倒した時に作った物でな。普通の店じゃ買い取って貰えないけど、この街なら別だ」
高すぎる品物は買い手も少ない。
けど、この街の冒険者は、より良い装備を欲しがる。
魔の領域なんて死地に飛び込むんだから当たり前だ。
竜の体毛で編まれた籠手は魔力を通さない。
欲しがる人は少なくないハズ。
「竜って……普通に倒せるんだ」
「10回戦えば9回は死んでたな」
「……よく生きてたわね」
まったくだ。
運が良かった以外の何物でもない。
命懸けで倒した竜の装備は、こうして手放す事になった。
って、言ってもミナが魔剣をくれて以来ロクに使った事もないから丁度良かったかもしれない。
引き換えに新しく買い揃えた装備は、どれも満足できる物が用意できた。
白を基調色にした抗魔服。
アクセントのエメラルドグリーンのラインは幻獣カーバンクルの毛皮らしく高い魔法抵抗力があるらしい。
物理的な防御力は以前のレザーアーマーに比べたら数段落ちるが、軽さに優れている。
これはミナの魔法対策。
どうやらミナは魔法の加減が苦手な傾向にあるらしい。
日常的に使う魔法にしても実はかなりの魔力が使われている。戦闘魔法に為れば尚更だ。
ミナの方がオレよりも強いとは言え、一緒に戦う時はどう考えてもオレが前衛になる。
つまり、ある程度ならオレを巻き込んで魔法を打てるように考えた結果だ。
そもそもミナが倒してくれるなら防御に集中してもいいから、前みたく相討ち覚悟な場面はなくなるんだよな。
ついでに、不死の王もあるし。
アウルは、絶対に誰にも言うな。ばれないようにしろ。と言ってきたが、こんな自動で発動する能力、ばれる時はばれるだろ。
魔剣でさえ、最初は隠そうと思ってたのに、今はオレの能力だと知れ渡っている。
実際にはミナの能力だけど。
随分、話が逸れた。
装備に戻ろう。
手首から先にはオーダーメイドで鉄甲を付けて貰った。
単純に敵の攻撃を防ぐ盾代わりにもなれば、ナギがやったみたく、魔剣を透過した時の格闘では武器にもなる。
剣ほどではないが、体術も使えるから有効な場面は多いだろう。
目立った特徴は、こんな所か。
これでも結構値段はしたのだが、それでもまだ余裕がある。
「んー、ミナもついでに装備を新調するか?」
「私?別に、いい。これ、気に入ってるし」
確かにミナの服は一つ一つが結構な物だったりする。
まずは彼女が元の世界から着ていたシャツとスカート。
制服と言うらしいが、かなり良い生地を、とんでもない技術で加工しているらしい。
ボロボロだったから、ハンスに頼んで補修して貰ったが。
そして、その上から魔法使いのローブを羽織っているが、これも店で最高級だった品だ。
ミナを余り待たせたくなかったから、暖かそうな物を選んだだけだけど。
あの時は公爵に、ミスリル結晶を売ったばかりでお金に余裕があったしなぁ。
他には首飾りと指輪。
首飾りは一応、奴隷の証だけど、見て気づく人も居なければ本人も気に入ってるようだ。
指輪は竜の涙と呼ばれる宝石。
魔力を回復する為の触媒だけど、多分、これが一番高い。
……あれ?
よく考えたらミナって、めちゃくちゃ良い装備してないか?
纏めて買った訳じゃないから気付かなかったけど、どれも一級品だ。
頭に被ってる三角帽子くらいか。大した事ないのって。
しかも、ほとんど、オレが買ったやつな気がする。
思った以上にミナに貢いでた事実に気づいて愕然とした。
……まぁ、いいか。
大事に使ってくれてるみたいだし。
「それ、いつも着てるよな」
「……悪い?ちゃんと毎日洗ってるわよ」
うん、魔法でね。
乾かすのも魔法でね。
最近、魔法がなんなのか、たまによくわからなくなる。
「オレのも洗ってくれてるしな」
「ついでよ、ついで。大した変わらないもの」
そう言いながらミナは視線を反らす。
「ありがとな」
「あー、もう、うるさいなぁ。それより、そろそろ戻らなきゃいけないんじゃないの?」
台詞はそっけないけど、顔は真っ赤だ。
思わずオレまでにやけてくる。
けど、時間がまずいのも確かか。
もう随分と日が高い。
「そうだな。兵舎で昼食食べたら、また聖殿か」
「……今度は斬られないようにしてね。それもちゃんと洗うから」
魔法抵抗力の強い服って魔法で洗えるのか?そんなどうでも良いことを思いついたけど、言えば多分殴られる。
だから、何も言わず、ミナの手を取って兵舎に歩き出す。
「ちょっと!?」
驚いたようで抗議の声をあげたけど、無視。
家に来たばかりの頃は、これが当たり前だったりしたものだけど。
頬を赤く染めて下を向いて何やら呟いてるミナを兵舎まで手を引いて行った。
五月はちょっと更新頑張る予定。きっと。たぶん。
実は、リュートと昔の魔王の能力が云々って話を書こうと思ってたら、買い物に時間をかけすぎて、そこまでいきませんでした。
しかも、こんな話に関係ない話を、もっと書きたいとか思う始末。
そのうち章もちゃんと分けようと思ってますが、現状が三章で中盤くらいかと思います。
長くなりそうですが、四章くらいから関係ない話が増える予定。きっと。たぶん。
それでは読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字報告感想等頂けると嬉しいです。