六十話 1と聖殿都市
遠目に見えた時は山かと思った。
少しずつ近づいて行くと、とても長い長い壁だと認識できた。
今、近くで見て私は思わず感嘆の声をあげる。
「すごい……」
「北東西どの国にも属さない要塞都市。大陸を分断するかのような長い防壁の裏に作られた武器の宝庫。通称、聖殿の都だ」
元の世界の万里の長城に似ている。
ここからでも、まだ遠くに見える防壁に一定の間隔を置いて塔が立っている。
それが、見張り台なのか矢倉なのか私に判断はできない。
そして、そこからは沢山の屋根。
高層ビルなんて物こそ無いけれど所狭しと家が並んでいる。
外周には見える限りでは商店が通りの横で所狭しと営業していた。
「これ、全部が都市なの?」
「流石に全部ではないさ。四分の一くらいかな」
横に伸びて見えなくなっている防壁を指差して聞く私にリュートが答えてくれた。
因みに四分の一とは言っても、ここからじゃ右手側も左手側も終わりが見えない。
「もしかして、すっごく大きい?」
「各国の首都より大きいな。細長いから不便な作りだけど」
街があるのが奥は壁までとすると歩いても数十分くらいかな?
横の終わりは見えないけど……王都より面積が広いと思うと嫌になる。
「因みに、一番広い街はストロノー牧場だ。本来なら、ただの店と牧場だったんだが、規模の大きさと利便性から、ほぼ街になってる」
ストロノー……?どこかで聞いた事がある気がする。
「城のパーティーで試食をお願いして来た商人だよ」
……!!
思い出した。色んな食べ物を紹介してくれた人だ。
「すごい人だったんだ……」
「食物に関しては、あの人に敵う人はいないよ。さて、聖殿は……あれか?大分ズレたな」
リュートの視線を追うと、街から少し離れた場所にポツンとソレっぽい建物がある。
パルテノン神殿みたい……見た事ないけど。
それよりも、結構遠い。リュートがズレたって言ってるのを考えると多分、あそこに着く予定だったんだろうな。
「兄さん!聖殿から大分離れてるけど、今日行くのか?てか、いつまでここにいるんだ?」
「今日はもう休むよ。王国の宿舎を使うから少し待ってろ……って、おぅ、来た来た」
街からガチャガチャと音を鳴らして重武装の兵士さん達が近づいてくる。
……ていうか、騎士かな?
「王国の聖殿騎士団だ。聖殿都市での王女様の護衛の任務をして貰う事になっている」
「王女騎士団ですな?儂は聖殿騎士団第三隊隊長ロウムです。王女の護衛に参りました」
「あぁ。ありがとう。これで王女も狭い馬車から出歩けるよ」
馬車に引き籠りっぱなしの指揮官ってどうなんだろう。
「護衛って、コガさんやバカカムイじゃないの?」
「俺達は名目上部下だからな。王女が行けと言うなら行かなきゃ行けない。ずっと側で守ってる訳には行かないんだ」
なるほど。
今までも警戒してレーナ王女はずっと馬車の中。夜に少しだけ外に出てきたくらいだ。
でも、この人達が護衛に付くなら少しは自由に動けるのかな?
隊長と名乗ったロウムさんを見てみる。
如何にも歴戦の戦士と言った風貌の、おじさんだ。
なんか見てるだけで頼もしい。
「初めまして、魔女殿。王女騎士団共々、聖殿都市を出るまでは御一緒させて頂きます」
「は、はじめまして……。私の事、知ってるんですか?」
「ハハハ、黒髪の勇者は有名人ですからな。城を半壊させた話は三国に広まって降ります」
「うあ……」
その話は散々言われてる。
正直、恥ずかしいっ!
今思い返せば流石にちょっとやりすぎた気がする。
……そう思えるのも余裕があるから、かな?
ロザリーに言われ事が頭を過った。
余裕があって羨ましい。
そういえば召還された時は帰る事ばかり考えてたよね。
こうして、色々考える事ができるようになったのも、リュートのお陰かな?
そうだよね。
リュートの……。
「リュート!毎晩毎晩、どこに行っていた!昼は馬車から出して貰えないし、つまらなかったぞ!!」
「おっと……。商人も中々に忙しいのですよ。まさか、前の街以来一度も顔を見れないとは思いませんでしたが」
…………何やってんの、リュート。
視線を向けると、いつの間にか馬車から出てきてリュートの腕に抱きついている王女と、満更でも無さそうにしているリュートが居た。
確かに私は彼女って訳じゃない。
何も言う資格はないかもしれない。
……でも、気に入らない物は気に入らないよね?
「リュー…………!」
「リュート殿!!俺の婚約者に何をしているか!!」
いざ叫ぼう。
そうした直後に私より大きな声が響いて来た。
その声の持ち主は馬車から飛び降りてリュートに駆け寄る。
あのバカ勇者!!
お陰でタイミングを逃した私は動けない。
「まだ仮であろう!本当の婚約は父上に勝ってからのハズ!」「父上って……王様って強いんですか?」
「リュートの方が強いに決まっている!」
「くっ……俺とてすぐに勝つさ!!」
リュートを中心に騒ぐ一行。
リュートはこっちに気づくと困ったような笑みを浮かべる。
……普段は私が困らせてるのかな?
客観的に見ると中々にリュートの心情が見える気がする。
ここで、私まで騒ぐのはちょっと可哀想じゃないかな?なんて考えも浮かんできた。
「彼が……魔剣使いですかな?気になりますか?」
「そんな事!!……なくはないんですが」
横に立ってるロウムさんにいきなり話かけられ、反射的に否定……した事を否定する。
駄目だ。否定できなくなってきてる。
って、ロウムさん、なんですか、その微笑ましい視線は。
私はちょっと機嫌悪そうに見返すが、ロウムさんは流石の年の功と言うべきか、軽く笑いながら返してくる。
「いやはや、すまみませんな。娘が丁度魔女殿と同じくらいの歳なのです。つい、お節介を焼きたくなってしまいます」
「別に……いいですけど」
恥ずかしかったけど、嫌じゃないし。
「魔女殿、今宵はこれより我が聖殿騎士団第三隊の宿舎で食事を用意しておりますが……このままでは、彼の隣は取られてしまうのでは?」
「む……それは、ちょっと困ります」
そうでしょう、そうでしょう!とロウムさんは大袈裟に頷く。
私も本気で言ってる訳じゃない。
口元がにやついているのが自覚できるくらいだ。
何だろう、この人、楽しい。
「私、ちょっと行ってきます。リュートを隣の席まで引き摺らなきゃいけません」
「了解いたした!御武運を!」
ロウムさんは一転引き締まった表情になって敬礼をしてくれる。
真剣なのは表情だけだろうけど。
お陰で……さっきみたいな、イラつきはもうないけど。
余裕。
うん、余裕だ。
「二人共、前にも言ったけど……コレ、私のだからね?」
リュートの袖を指先で摘まみながら、そう言うのは思ったより恥ずかしかった。
◆
「これは、中々に……」
「私、この世界でこんなに多彩な食事を頂けるとは思いませんでしたわ」
「王城の食事よりすごいじゃないか」
上からリュート、ロザリー、アウゼル。
三人が目の前に並べられた食事に各々の感想を言ってる。
そういう私も楽しみで仕方ないんだけどね。
「聖殿都市は各国の物資が集まりますからな。今日は王女様に魔女殿も来ると聞き料理番も張り切ってました故」
宿舎に入ると部屋に案内された後、食事に集まった。
因みに私とロザリーが同じ部屋だ。王女騎士団の人達はしばらく、ここに駐屯するらしい。
今の席は丸テーブルにリュート、私、ロウムさん、ロザリー、アウゼルで輪になってる。
王女とバカ勇者とリュートのお兄さんは向こう側。
「ささ、皆さん遠慮為さらずに」
ロウムさんの、その言葉を合図に皆食べ始める。
勿論、私も。
「流石異世界ですわ。見た事がない食べ物が沢山!」
「ロザリーが、そこまで喜ぶのは初めて見たな」
「少しだけ異世界に来て良かったと思いましたわ」
仲良いなぁ。
あっちの二人。それに比べて、こっちのは……。
「何難しい顔しながら食べてるの?」
「いや、これを大量に仕入れて王都に持ち帰れば売れるんじゃ、モガッ!?」
大体そんな事だろうと思った。
喋ってる途中に、良くわからない野菜を良くわからない風に料理した物が刺さったフォークを口に突っ込んでやった。
「どう?美味しいでしょ?道中で騎士さん達相手に荒稼ぎしてたんだから、こんな時くらい楽しめ」
リュートの口に入れた料理を自分でも食べてみる。
あ、美味しい。
「もぐ……うまいな。それもそうか」
うんうん。
せっかくこんなご馳走なんだから、美味しく頂かないとね。
「ふむ。リュート殿、気をつけてくだされ。尻に敷かれてしまいますぞ?」
「こふっ!?」
ロウムさん!?
この人、良い人だけど、オヤジだ!
「冗談になってないのが恐い所です」
リュートも淡々と料理を食べながら返すな!
じぃー……と、リュートを睨み付ける。
でも、流石にリュートも慣れてきたらしく、何処吹く風と言った様子で食事の手を止めない。
あー……もう、いいや。本気で怒ってる訳じゃないし、私もご飯食べよ……。
そう思って、お皿に手を伸ばした時、頭の上にポンて手が乗せられた。
「なんだかんだ言って助けられてるからな。多少の言う事は無条件で聞くさ」
「うるさい」
……うるさい!
けど……楽しい。
明日からは聖殿。
聖殿で何をするのかは、わかんない。けど、忙しくなるんだろう。
なら……今日は、もう少し素直に楽しもう。
「リュート」
「ん?」
「ありがと」
目を合わさずそう言うとリュートは少しだけ嬉しそうに笑って食事に戻った。
◆
「ここからは、儂も立ち入りを許されておらぬ。二人で入ってくれ」
ロウムさんに連れられて聖殿内部に入った私とリュートは大きな扉の前に来ていた。
「二人でって……道は?」
「中は大部屋でな。中央に魔剣アウルが刺さっている。そこに行けばわかる」
「わかりました。ちょっと行ってきます」
リュートとロウムさんの話が終わると大きな扉は錆び付いた様な音を出しながらゆっくりと開いて行く。
「行こう、ミナ」
「……うん」
リュートが差し出してきた手を握る。
聖殿内部は広く薄暗い。この世界の技術じゃ仕方ないかもしれないけど、少し不安だったから、手を取った。
「物凄い広さね」
「なんで、剣一本の保管にこんな……?」
確かに王都の闘技場が丸々一つ入りそうなくらいに広い。
「ま、彼に聞けば良いか」
そう言うリュートの先には……剣。
台上に一本の青白く輝く剣が刺さっている。
きっと、アレが魔剣アウル……。伝説の武器。綺麗……。
そして、魔剣の刺さっている台の下に青い髪の青年が、片膝を立てて座っている。
横には黒髪……って、私よりも長い。
それでいて、下は赤、上は白の袴……巫女さんにしか見えない!
聖殿と呼ばれてるとは言え、まさか巫女さんがいるとは思わず驚いた。
「よぉ、アンタ等が魔剣使いかい?何百年ぶりかねぇ」
青い髪の男はリュートと私が来ると勝手に話し出した。
って……何百年?
「……誰だ?王はオレも知ってる人が待ってると言っていたが?」
リュートも彼には見覚えがないようで、警戒して話してるみたいだ。
それに大して青い髪の青年は楽しそうに笑いだす。
「知ってるんじゃないか?この世界に生まれた人間ならな」
わけがわからない。
リュートも私も、そう思った。けど、彼は気にせず自分の名を名乗る。
「俺の名前はアウル。魔剣士アウルだ」