五十九話 100と騎士団の行軍
「高すぎる!相場の二倍じゃないか!」
「でも聖殿までいけば高級品。こんな値段じゃすまないぜ?」
「しかしだなぁ……」
「ケルロンの足に合わせて来たんだ。疲れてる騎士隊を労ってもいいんじゃない?」
「くっ……。ええい、金貨三枚!」
「ま、そのくらいならいいか。毎度!」
コガ兄さんは腰に下げてある革の財布から金貨を三枚出して渡してくる。
取引成立。
代品は、馬車の荷台の荷物全てだ。
と、言っても冷凍した魚しかないが。
「みんな!今日の夕食は王都の魚だ!大量にある!!それまでキリキリ歩くぞ!」
コガ兄さんが大声で言うと辺り全ての騎士達から歓声が上がる。
街より少し南に位置する平原。
オレとミナは王女騎士団の連中と一緒に、聖殿へと向かっていた。
立ち入り禁止が解かれるのは、いつになるかわからないし、それなら聖殿で数日潰してでも、危険地域を通る方が早い。
流石、王女の名を冠する騎士団だけあり個々の錬度も高いらしい。
これなら心配はいらないだろう。
聖殿へ行く趣旨を伝えた時、兄さんは渋い顔をしたが、王女様が大歓迎だ!と喜んでくれた。
そして次の日、昼食を済ませ街を出て話を聞いて見たら随分無茶な行軍をしてたらしい。
そこにつけこませて貰った。
一段落ついた分、騎士達も昨日よりは気楽だろうが、今までの苦労がなくなる訳じゃない。
報いた下に褒美を出すのも上の仕事。
戦場で効果的で簡単な褒美。それは食事!
って訳で、相場より大分高値で魚を全て売らせて貰った所だ。
王都の北は漁港。
そこで取れた慣れ親しんだ魚は騎士達も喜ぶ事だろう。
見るからに足取りが軽くなっている。
「士気の維持も大事な仕事ってな」
「騎士を辞めたお前が言うな。確かに値段の事を除けば助かったよ。王女様の指揮は下の事まで考えていない」
とは言え、まさか酷使している訳ではないだろう。
それでも働き続けていれば……ましてや、野営が続く行軍では『やる気』と言うものは減っていく。
それを繋ぎ止める何かが必要なのだ。
「それを王女様に求めるのも酷だろう。副隊長の兄さんやカムイさんが、やればいいさ」
「その通り。と言いたいが実際にはオレ一人なのがな」
そう言いながら兄さんは地図を広げると視線を落とした。
確かに、あの人に用兵は向いて無さそうだ。
「危険地域は、この辺りか?」
「商会の地図では、このラインかな。横は王国中央くらいまで」
「とんでもない範囲だな……。今日は早めに休んで明日の朝方から一気に危険地域を抜けるか」
兄さんが指した場所は丁度平地で草原になっている。
二人の旅なら危ない場所だが、大人数での行軍では見張りも立てやすいだろう。
「って、ここに村があるんじゃないか?」
「場所が場所だ。農村だろう。こんな大人数が泊まれるとは思えん」
……なるほど。
予定地から一時間程、歩けば小さな村があるだろうが、そんな小さな村じゃ十数人は厳しいか。
少人数での旅では、まったく考えなくて良かった部分だ。
流石に、この辺りは兄さんには敵わない。
しかし、村か。
近くに大きな街がない以上、多少の人は集まるハズ。
そうなると酒屋くらいはあるだろうな。距離も近い。
「……どうした?ブツブツ言って」
「ん?いや、なんでもない。そういえば、ミナは?」
どうやら無意識に口に出てたらしい。
オレの言葉に兄さんは前方を指して続ける。
「一番前で、王女様の乗る馬車の護衛をしてる勇者と話してるみたいだぞ。名前は確か……ロザリーだっけな?」
本名は長いから忘れた。と兄さんは続ける。
勇者の中には、たまにやたら長い名前の人がいるからなぁ。
……この世界にもいるけどさ。
「とりあえず、ちょっと用事ができた。ミナと話してくる」
「あぁ。馬車の魚は勝手に下ろしていいのか?」
「魚以外の私物には手をつけないでくれよ」
まだ解毒してないキノコなんて物が夕食に出てきたら洒落にならない。
「ミナ!」
小走りになって叫ぶと、歩いてるケルロンに乗っているミナが振り向いてくれた。
隣で馬に乗っている女性も、こっちを振り向いてる。……どうなってんだ、あの髪型。
女性の髪は綺麗な金色が肩より長い程度であったが、左右からくるくると螺旋状になって垂れている。
どうやって固定してんだ。
暫し髪に疑問を抱いているいてミナの視線が余りに冷たいのに気づかなかった。
って、え、何、なんか怒ってる?
「恥ずかしいから大声で呼ぶなっ」
近づいた瞬間、ケルロンの上から殴られる。いや、いつも通り痛くなんかないけど。
むしろ騎乗してる分、不安定な体制のミナは「きゃっ」と短く悲鳴をあげバランスを崩した。
咄嗟に手を伸ばして肩口を掴み引き寄せる。
「よっ……と!大丈夫か?」
「う、うん。ありがと」「くすくす。傾国の魔女も、可愛い悲鳴をあげるのですわね」
「なっ!?」
ミナは金髪の女性に指摘されると慌ててオレから離れる。
さっきまでは驚いて、それどころじゃなかったようだが、顔が真っ赤だ。
「ロザリー……で、いいのかな?」
「構いませんわ、勇者フェトム」
「オレの事も知ってるんだな。リュートでいいよ。家名は今はないんだ」
ロザリーは少し驚いたようだが何も聞かずに納得してくれた。
服装や雰囲気からして彼女も元の世界では貴族だったのかな?
家名を捨てる事は上流では、不名誉とされているから、気になる部分もあるだろう。
それでも気にしないよう振る舞ってくれているのは、ありがたい。
「にしても、仲良いのか?二人共」
オレが来るまで、ミナとロザリーは普通に話してたように見えた。
元の世界のミナは知らないけど、こっちの世界では珍しい光景だ。
「やっぱり女同士だと少し話しやすいしね」
そうミナが返すと隣のロザリーがクスクスと笑う。
「……何よ」
ミナが目を細めて聞き返すが迫力がない。
「いえいえ。以前のミナは随分と恐い顔をしてたので、仲良くなったのは昨日ですわ」
「余裕がなかったのよ、あの時は!」
余裕ないからと言って城を壊すのはどうかと思うが、言わない方が身の為だろう。
オレの。
「今は余裕がありますのね?羨ましいですわ」
ロザリーはチラッとオレに視線を合わせてくる。何か見透かされているようで、恥ずかしいが、彼女の視線はすぐに王女を護送している馬車を挟んで反対側にいる赤髪の男に向けられていた。
「彼も勇者なのか?」
「そうですわ。カムイ率いる聖者パーティーの炎の担い手アウゼルですわ」
どうやらロザリーとアウゼルで馬車の両側を護衛する形をとっているらしい。
カムイさんが居ない所を見ると馬車の中で直接護衛についてるのか?
あの人の能力は防衛向きだし、その可能性は高い。
因みに王女は安全の為、ほとんど外に姿を見せていない。
宿では、どれほど退屈かを語られた。
カムイさんは王女に好意を持ってるみたいだし、喜んでる事だろう。王女がどう思うかは知らないが。
そう考えていると隣にいるミナが、もう一つの華のある話題を咲かせる。
「ロザリー。貴女、もしかしてアウゼルが好きなの?」
ミナ自身はそんな事を言われたら真っ赤になって固まるだろうに……。
やっぱり女の子ってのは色恋の話題が好きなのか?
それに対するロザリーの返答は随分と余裕のある物だった。
「わかりませんわ。でも、沢山助けて貰いましたの」
そう言って彼女は微笑む。
ミナも「そっか」短く言って楽しそうにしている。
そんな雰囲気で少し歩いて居ると後ろから、今日はもう休むぞ!明日は早いから準備しておけ!と声が響き騎士達は次々と野営の準備に移っていった。
「随分と早いわね。騎士の人ってみんな、こんな感じなの?」
「いや、明日、朝早くから危険地域を一気に抜けるらしい。その為だろうな」
範囲自体は一日で抜けれそうな物だが、戦闘があれば勿論時間は伸びる。
だから、余裕を持って進むんだろう。
「そうだ。ミナ、ケルロンを貸してくれないか?」
「ケルロンが良いなら良いけど」
ミナがケルロンから降りると、こっちに依ってきて「がうっ!」と吠えてきた。
まるで「体を動かし足りない!」と言ってるように聞こえるけど、真偽は知らん。
「よしよし、もう一走り頼むな」
「どこ行くの?」
「隣町まで買い物」
ケルロンの足なら往復したって、そんなにかからない。
「まぁ、いいけど。何、買って来るの?」
「酒の予定だけど……行ってから決める。果物あれば買って来るよ」
「ほんと?ありがと」
ミナの返事はそっけないけど、口元は笑っている。
元手にさっきの金貨三枚もあるし、安いものだろう。
「さぁ、行こうか。ケルロン!」
「がうっ!!」
威勢の良い鳴き声と共に、ケルロンは駆け出す。
その早さは先程までの行軍とは比べ物にならない、魔獣の本気だった。
◆
しばらくして帰って来た大量の荷物を抱えたリュートに、数日は持つだろう量の果実を貰って、ミナはご機嫌だった。
次の日には何事もなく危険地域を抜けた騎士団の面々に酒類と軽食を売り歩くリュートの姿があった。