五十話 100の家の西の街
「もう真っ暗。思ったより時間かかったわね」
「オレとしては、預かってくれる馬屋があったのに驚きだよ……」
早朝に王都を出て数時間。
本来なら翌日の昼前あたりに着くであろう距離をオレとミナは半日で駆け抜けた。
いや、実際に駆けたのはケルロンだけど。
正直、流石は魔獣と言うべきか。
ケルロンは、一度の食事の時間を除けば、ここまで休まずに馬車を引いて走り続けた。
しかもケルロン自身は疲れた様子もない。
そのお陰で夕日が沈む前に街に着いたんだが、今度はケルロンを預けるのに手間取った。
まぁ、魔獣だから仕方ないんだけど……。
まさか好んで預かりたいなんて人もいないだろう。
「それで……直ぐにクレアさんの所に行くの?」
「あぁ、そうだな。出きればクレアの家に泊めて貰いたいし」
正直、残金が少し心許ないしなぁ。王都を出る直前に、ほとんど使ってしまった。
「有名な魔具店なんだけど……今からなら丁度店が終わる頃かな」
ここから歩くとなると多少時間がかかる。
けど、隣でカチコチに緊張している魔女を見ると丁度良いかと思ってしまう。
「大丈夫だって」
彼女の頭を、とんがり帽子越しに撫でると無言でポスンっ!と胸板を殴られる。
ま、殴ってくる元気があるなら平気だろ。
少し古ぼけた扉を、ゆっくりと開く。
別に本当に古いのではなく、魔法道具屋っぽさを出す演出とクレアは言っていた。
ギィーと音をならして動く扉に、カウンターの女性も気づいたようで顔をあげる。
「すいません、お客様。今日はもう閉める時間でして…………っ、あら、リュート。いらっしゃい」
カウンターに居たのは運の良いことにクレア本人だった。
どうやら、今日の売上を数えてるようで、オレだとわかると、すぐに手元の紙に視線を落とす。
「久しぶり……って、いうか、随分普通な反応だな」
今忙しいのー。と言いながらクレアは帳簿と思わしき紙にペンを走らせる。
いや、さ、確かに大事だけどな?
「いつもの酒場」
「ん?」
「あそこで話そ?もう少しで終わるから先行ってて」
一応クレアは仕事中。
ま、妥当か……。
「わかったよ。ちゃんと来いよ」
クレアは短く、ん。とだけ返事をする。
そして店を出ようとするが……そこには石像の如く動かないで出入口を塞いでる少女が居た。
「……近くの酒場まで行くぞ?」
「あ、はいっ。行きます……」
何故、敬語……。
とりあえず、固まって動かない少女の手を引いて近くの酒場に連れ込んで適当な椅子に座る。
「とりあえず、落ち着け。ほら、飲み物どれにする?」
「なんでもいい。……冷たいの飲みたい」
ミナはそれだけ言うと、ぐったりとテーブルによしかかる。
「緊張しすぎだ」
ミナからしたらクレアは普段は優しかったが、リュートの事となると少し人が変わる為今、リュートの隣に自分がいる事になんて言われるか怖くて仕方ないから当然の事だった。
何度か嫉妬の余波は浴びたものの基本的にクレアには良くして貰っていた。
元の世界の肉親に余り良い感情を持っていないミナにとってもクレア達は家族同然なのだ。
「わかってるけど……やっぱり怖いの。変わった自分がどう思われるのか」
「考えすぎだっての。お、ほら、飲み物が来たぞ。飲んで落ち着け」
「……貰う」
彼女は、そう言って乾杯もせずにグイッとグラスの半分ほどを一気に飲み干す。
不安なのもわからないでもないけど……。
そして彼女の不安を解消できないままにリュートとミナが向かい合って座っているテーブルの間の椅子に人が来る。
「お待たせ、リュート」
その声にミナが驚かされた猫のようにビクッと反応した。
ここまで来ると、ちょっと面白い。
「早かったな」
「帳簿はほとんど終わってたし、後は戸締まりだけだから。でも、お店の中では一応……ね?あ、すいませーん!私にもコレと同じのください」
席に座るとクレアは即座に自分の飲み物を注文する。
なんていうか、ケルベロス……いや、ケルロンに襲われた時よりは心配していないみたいだ。
「さて、それじゃあ、あの後どうなったか聞かせて貰える?」
手早く運ばれてきたグラスを持ちながら彼女はそう言った。
「ふぅん。すぐに顔出さなかったのは少し稼いでた訳ね。で、王都に行ったら武闘祭に捕まった、と」
「そういう事」
「ま、武闘祭の事は、こっちまで噂になってるわよ。で、その子が魔女ミヅキ?っていうか……ミナちゃん、よね?」
またミナがビクッと体を震わせる。
それでもなんとか声を出せるようで先程までよりは落ち着いたみたいだ。
「えっと、お久しぶりです……クレアさん」
うん、すっげー小さい声でぎりぎり聞き取れるかって音量だけどなっ。
ただクレアはそれを気にした様子もなくミナの手を取りはしゃいだ。
「そうよね!ミナちゃんだろうなとは思ったんだけど……でも怪我はどうしたの!?とにかく無事で良かったわ……。ごめんね、半分ミナちゃんの事は諦めてたわ、私。でも、本当に良かった……!」
とりあえず歓迎してくれてるようだけど、いきなりのテンションにミナが、どうしていいかわからなくなってる。時折、こっちに向ける視線は、助けて。と言いたいように見えるが、あえて無視だ。
「あ、ありがとうございます、クレアさん。怪我はリュートの能力で治して貰って……」
「待って、ミナちゃん」
クレアがミナの発言を遮る。
ミナは一瞬不安そうな表情になったけどクレアは、笑顔でこう続けた。
「そんな丁寧な言葉使いしないで?リュートと同じでいいわよ。私達、『家族』なんだから」
その言葉でミナは完全に固まった。そしてゆっくりと頭の中でクレアの言葉を理解して笑顔で返事をする。
「うん、ありがとう……クレアさん」
「あはは。ま、さん付けくらいはいっか」
ミナの言葉にクレアは機嫌良さそうに笑う。
実はクレアが言った言葉は普段ランディが皆に言っていた言葉だ。
今回はランディがいない為、クレアはその役目を買って出てくれたようだ。
「泣くなって」
「なっ、誰が泣くか!」
「痛っ!?」
目尻に涙を溜めたミナをからかうとテーブルの下で足を踏まれた。
ってか、わざわざ身体強化して踏みやがったな……かなり痛い!
「ふんふん、ミナちゃんとリュート……随分仲良くなったみたいね」
今のやり取りのどこにそんな要素があったのか知りたいが、クレアがジト目を向けてくる。
「うん。リュートにはいろいろ、シテもらったから」
「何をだよっ!?」
クレアがまた変な嫉妬心を出したかと思えばミナも変な事を言い出す。
なんだこれ。
「まぁ、いいわ。私も明日はお休みだし、時間はたっぷり……話し合いましょう?」
「うん。わかったわ、クレアさん」
どうしてこうなったか理解はできない。
だけど自分にコレを止めれない事は理解できる。
だから、オレは……。
「すいません、注文いいですか?」
適当にツマミでも食べながら現実逃避してる事に決めた。
二人の小競り合いは実に二時間ほど続き、落ち着く頃にはオレが頼んだツマミも消化され尽くしていた。
「んで、リュートとミナちゃんは私の家?」
「ん、駄目か?実は宿代も心許ない」
安宿に泊るくらいならクレアの家を希望したい。
「大丈夫なの?貸す?」
「商品はあるから明日売ってくるよ」
クレアは明日は休みらしいがオレはそうもいかない。
ミナは……ま、どっちでもいいか。
商品を大量に持ってこれたのはミナのお陰だしな。
「そっか。まぁ、いいけど空き部屋一つしかないから狭いわよ?」
「私、リュートと同じ部屋で大丈夫」
「よし、ミナちゃんは私と一緒に寝よっか」
発言を即座に却下されたミナが、むぅ。と黙り込む。
まぁ、これが普通だろう。
「女同士お話しましょ?代わりに私でわかる事なら教えてあげるから」
そう言われミナとしても聞きたい事はあるらしく素直にクレアと同じ部屋で寝る事を同意していた。
そんな訳でオレは久しぶりに、ちゃんとしたベッドで一人で寝る事になった。
それは確かに少しだけ寂しいと感じたけど、寝心地の良い一人だけの空間はすぐに俺の意識を飲み込むほど、気持ちよくもあった。
五十話です。
なんかキリがいいです。
この話から実質の三章になります。
そのうち章機能もちゃんと使いたいです。
リュートの能力とかも出てきたし、後書き辺りに気まぐれで人物紹介でも書いていこうかと思っているのですがどうでしょう?
大々的に人物紹介のページ作ってネタバレ載せるのはどうかと思って読んでくれた人向けに綴ろうかなとか思っています。
それでは、誤字脱字感想等お待ちしております。