五話 100の商人としての武器
「父上、この方こそ今代の真の勇者……リュートです!」
レーナ様が嬉しそうに声を高らかにあげる。
さて、どうしてオレは王の前になんて跪いているのだろう。
あれから三十分程度たったであろうか。
よく状況を飲み込めないままオレは玉座の前にいる。
「しかし、レーナよ。この者は我が国の住民と聞いたが……?」
王様も困っている。異世界の特別な力を持つ者を呼び勇者とし魔王を倒す協力を得る。
それがこの国が何百年も行ってきた慣習であり兵士以外の一般人を魔王相手に戦わせた事は記録にはない。
「父上、今の勇者で魔王を倒せると思っているのですか?召還されたばかりとは言え我が国の近衛騎士に勝ったのはリュート以外では只一人ではないですか!」
ほう、オレ以外にも近衛騎士に勝ったヤツがいるのか。何だかんだ言ってもこの国最強の騎士団、召還されたばかりで勝てと言うのは酷であろう。
「それにリュートは召還されてすぐ勇者としての能力を発揮しております!」
おぉ、と謁見の間に居る人全てが歓声をあげる。
あ、よく見たらニーズヘッグ公爵もいるじゃないか。
ニーズヘッグ公爵は国の中でも並ぶほどのいない権力を持つ貴族。ちなみにオレのお得意様である。
今回のミスリルの結晶も公爵の依頼だった。
ふむ……これなら面倒くさい事は回避できるかもな。
周りを見てみると他にも何人かオレの顧客がいる。わざわざ王女が集めたのか?
て、ちょっと待て、勇者としての能力ってなんだ!?
「リュートの能力はその類稀なる剣技!伝説の勇者パーティーの魔剣士アウルを彷彿させる圧倒的な剣の腕です!ただの商人が魔法を使い本気になった近衛騎士を圧倒したのです!」
「なんと!近衛騎士は本気を出し敗れたと言うのか!」
王が驚愕する。その周りでも、ありえない!魔剣士アウルの再来だなんて…。いや、でもレーナ様が仰るなら……。等々周りも騒いでいる。
オレの剣技は小さい頃から習った王宮剣術を魔物や魔獣相手に命賭けで実戦的な物にしたものに過ぎない。魔法くらい魔獣も使ってくるしな。
魔剣士だかなんだか知らないが桁外れな力を持つ勇者と一緒にしてもらっては困る。
ふざけるな!と言いたいトコだが流石に王相手に切れるワケにはいかない。
この場にいる貴族の何人かは大切なお得意様なのだ。
「私は彼は勇者『傾国の魔女』にも対抗できると感じました。どうでしょう、父上、彼の称号を求国の剣王としては?」
なんだ、その痛い名前は。オレは只の商人だ。ていうか、傾国の魔女……?おいおい、国が傾いてどうする。そんなヤツが最強の勇者なのか?
「ふむ……聊か大仰すぎる気がするがレーナがそこまで言うならばいいだろう。リュートよ。そなたの勇者としての敬称として求国の剣王の名を授けよう」
「あ、ありがとう……ございます」
大きく不服が残るがこの場で切れるわけにはいかない。何、謁見が終わり家に帰ればまた気楽な商人暮らしさ。わざわざ魔王を相手にする事もない。他の勇者に任せておけ。
「よし、それでは勇者リュート。そなたはこれより最短で三ヶ月ほど王宮で勇者としての訓練を受けてもらう。何、リュートは言葉に対する壁がないからな。三ヶ月だけで終わるだろう」
は?三ヶ月……?
待て、その間、家族はどうする。稼ぎは?
オレにとって家に残してきた家族は何にもまして大事なものであり三ヶ月も王宮にいる暇はない。
貯えはあるが小さい子もいるし彼らの身分では何かあったときに対応ができない。
その為に仕入れでさえも時間がかかりそうな物はどんなに美味そうな話でも迷わず放棄するほどであった。
「傾国の魔女の力は強大でな。彼女は言葉を覚えると一ヶ月で城を出て行った。しかしこれ以上例外を出すワケにはいかんでな。きっちり三ヶ月は従事してもらおう」
元の世界に帰る為に魔王を倒すから出せと聞かなかったですからねぇ……止めに入った近衛騎士は一瞬で蹴散らされますし城に大穴は空けられますし……と王の横にいる大臣が呟く。
あぁ、なるほど。それで傾国の魔女か。実際に城を傾かされたのであろう。
しかし、オレだってこんなとこに三ヶ月……いや、一ヶ月とて居る気はない。
2~3日は王都に滞在しようとは思っていたがそこまで王宮に世話になる余裕なんてない。
「王よ、失礼ですが、私はそこまで王宮に留まることは……」
「貴様!王の言葉に逆らう気か?」
横に居る騎士が言葉を阻む。王も言葉を撤回する気はなさそうだ。
流石にイラついてきた。
王だから礼儀を尽くしてみたがこれ以上は譲れない。
オレは国に頼らなくても生きていける。
オレは自分の商人としての武器を解き放つ事に決めた。
「ニーズヘッグ公爵」
「お、おぉ、リュート。君が勇者になった事を私も歓迎しよう。何、城では最高の待遇を約束する」
少し驚いたようだがニーズヘッグ公爵は笑顔で歓迎してくれた。
ニーズヘッグ公爵はこの場での発言を許可を求める事なくできるほどの権力を持つ。
彼は国に忠誠を誓ってはいるが王と張り合うことでさえ可能であろう。
だが、何より彼は……娘を溺愛していた。
「公爵、私は貴方の依頼を受け旧セラ鉱山へ行ってきました」
「何?旧セラ鉱山だと?……なるほど!あそこは昔ミスリルが取れてたと聞く!今は魔物の巣となっている場所……それなら人は立ち寄らぬしあってもおかしくないな!」
ニーズヘッグ公爵はさぞ嬉しそうに微笑む。
娘の誕生日は近い。オレ以外からミスリル結晶が今から買える可能性はほとんどない。
そしてニーズヘッグ公爵はオレに幾つ物レアアイテムの買取を頼んできた事があり、オレはそのほとんどを仕入れてきている。
ニーズヘッグ公爵にとってオレは恐らく……いなくてはならぬ商人であろう。
「はい、この通り手に入れてきました。ミスリルの……結晶です」
「!!素晴らしい……何という輝き……大きさ……これほどの物は……初めて見たよ」
ニーズヘッグ公爵から感嘆の声があがる。王宮内はざわめき王でさえも目を見開く。
それほどまでにミスリル結晶は滅多に取れないものであり、特に今回のミスリル結晶はリュートでさえもこれほどの物は滅多に取れない。
「旧セラ鉱山で取れた物です。しかし、公爵……」
リュートの声が一気に冷えた物にかわる。ここからはリュートにとっても賭けだ。
下手をすれば国を出て行くことになるであろう。
「依頼を受けた先での強制召還……そして三ヶ月の軟禁。これは……ハメられた、と考えてよろしいのでしょうか?」
実際は強制どころか自分から飛び込んで逃げて来たんだがそこは無視する。
ニーズヘッグ公爵と一部貴族の顔色が急激に固くなっていくのがわかる。
「リュ、リュート!此度の召還は偶然であり、我らにそんな意図はない!」
ニーズヘッグ公爵が慌てて言葉を紡ぐ。一部貴族も何かを言いたそうである。
「さて、私には家族がいる為、ここに長期間滞在する事はできないのはご存知のハズです。」
う、それは……とニーズヘッグ公爵は言葉に詰まる。
リュートはミスリルの結晶を袋にしまい言葉を続ける。
「これ以上の滞在を望むようであれば・・・…国周りとの取引は全てキャンセルさせて頂きます」
明らかに謁見の間の空気が凍る。
リュートは売る量こそ少ないが質は特一級品ばかりである為、間違いなく国を代表する商人の一人と言える。
「ふむ……それは国を出てく覚悟も辞さないと言う事であるな?」
王が言うと周りの視線が……大臣でさえも何いってるんだ、お前というような視線を王に向ける。
「そう望まれるなら仕方ないでしょう、私は家族が大事です」
そういった瞬間流石にまずいと思ったのか貴族達が王に意見する。
「王よ!失礼ですが、彼がいなくなるのはこの国の大きな損失です!」
「家族を思うのは大事な事!ここは一度帰郷してから考えて貰っても……!」
「我が国民に戦わせる事はないかと…!傾国の魔女も聖者率いる勇者パーティーだって……!」
おーおー、すごい擁護。ありがとうございます、貴族様。
お、王女様が若干引いてる。
「王よ、私は国に忠誠を誓っています。しかし、こればかりは譲れません。彼の家族を思う気持ちは理解できる。一度家族の様子を見に返すべきです」
ニーズヘッグ公爵も加勢してくれる。
流石、娘を溺愛してるだけはある。家族に対する情はわかってくれるようだ。
緊張したが……これはどうにかなったかな?
「う、うむ……しかし、これまでの勇者達にも例外は認めていないのだ。今更一人認める訳には……」
なおも折れない王に貴族は臨戦態勢。
これ内乱とかに発展したりしないよね?
「王よ、恐れながら助言いたします」
これまで様子を見ていた大臣が王に何かを囁く。
「なんと……!ふむ、リュートよ。そなたは今失うにはいかない人材のようだ。仕方ない……特別に例外を許可しよう」
ワアアアー!と歓声に沸く謁見の間。
嬉しいけど、そこまで騒ぐような事か……?まぁ、ニーズヘッグ公爵は娘への誕生日プレゼントがあるから必死だろうけど。
「ノリのいい王宮だな……」
「あら、私、ここのそんなところ大好きですよ?」
いつの間にか横にきてた王女が微笑む。
さて、とりあえずは無事に帰れそうだが、これからどうするか。
礼をして謁見の間を出ると何故か王女が後ろからついてくる。
「帰郷までご一緒してよろしいですか?」
そんな問題発言を言い放って。
読んでくれてる人いるかなー、とこつこつ投稿。
六話も今日中に投稿させていただきます。