四十五話 1が見ていた光景
別に敗けても良い。
むしろ敗けた方が良い。
私は最初、そんな風に思っていた。
敗けたからといってペナルティはない。
勝てば名声が貰えるだろうけど……ついでに付いてくる王女との婚約なんて厄介事以外の何でもない。
だから……適当に良い勝負をして負ければ良い。そう思っていた。
王女が用意してくれた席で見下ろした闘技場ではリュートとカムイが斬り合っている。
一見、リュートの方が優勢に見えなくもないが……押してるのはカムイ。
ロクに剣を振るった事がない私にもわかる。
1vs1の剣での試合では聖殿の盾は強い。
幾らリュートが斬り合いを制しても片手で立場を逆転させられる。
そして、その度に私の心はとある感情により揺れていた。
悔しい。
歯を食い縛りリュートを応援するけど、中々あの盾を突破できない。
そして、ついには……。
「あっ!?」
リュートは……大きく吹っ飛ばされた。
なんとか立ち上がろうとする彼に安堵するが、よく見れば剣は折れてる。
そして私は、気がつけば彼の名を叫んでいた。
「リュートー!」
柄にもなく大声を出した甲斐もあってリュートはすぐに私に気づいてくれた。
「リュート!本気で……戦え!!」
ああ、もう。何を言ってるんだろう、私は!!アレは内緒にしとくって決めたのに!!
でも冷静に考える頭と違い感情は止まらない。
「武器なら……あるでしょう!?使えっ!!」
「……っ!!」
彼は私が何を言いたいかすぐにわかってくれたようで情けない顔で笑いかけてくる。
……そんな情けない笑顔で顔が熱くなる自分が一番、情けない。
それを誤魔化すように、熱を吐き出すかのように声援を送る。
「リュート……勝って!!」
これが私にできる事の全てだと思う。
だって、実際に闘ってるのはリュートで……私は見てるだけなんだから。
リュートと馬鹿勇者が少しだけ言葉を交わして、リュートは両手を前に突き出す。
次の瞬間、闘技場の誰もが一瞬目を疑っただろう。
突如出現する剣。
静寂。
そして思考が現実に追いつき……喚声があがる!
『アウル!!』
口々に伝説の勇者パーティーの一人の名を呼ぶ。
普段なら煩わしく感じただろう騒音も今は少しだけ誇らしい。
だけどアウルコールは長くは続かずリュートが片手を上げた事によりみんな静まる。
……?
「この魔剣があるのは……魔女がオレを助けてくれたから」
リュートがチラッとこっちを見る。その顔は、子供が悪戯する時の顔に似ていた。
「だから、オレはこの魔剣に、彼女の名を借りよう!」
ちょっと待て!何を言う気だ!!
「ミヅキ!!魔剣、ミヅキと!!」
一呼吸。
私含め観客はリュートが何を言ってるか理解するのに、それだけの時間がかかった。
――ワアアアアアア!!
「ちょ、馬鹿!何言ってるの!!」
咄嗟に抗議の声をあげたが、あっさりと歓声に掻き消された。
殴る!後で絶対に殴る!!
沸き起こるミヅキコールに私は顔を伏せる。
何この罰ゲーム!!
そこからの展開は早かった。
多分、二人ともお互いが思うより余裕がなかったんだろう。
端から見てる私には双方が決着を焦ってるようにしか見えなかった。
そしてリュートが魔剣という切札を出したのに対してカムイも切札と呼べる技を使う。
それは武を知らないミナでも聞いた事があるほど馴染み深いものだった。
あれって……居合い?
刀を鞘に収めた構えはソレにしか見えない。詳しくは知らないけど刃を滑らせて高速で抜き放つ技だと思う。
現にカムイが抜いた瞬間は私には見えなかった。
でも、避けたって事はリュートには見えてるのかな?
私も剣をちゃんと使えるようになったら見えるのかなぁ、なんて勘違いしてる事は誰も知る由がない。
そして最後は本当にあっと言う間だった。
リュートがカムイの居合いのお株を奪うかのような速度で、いつの間にか地面に寝転がるカムイに剣を突き立てている。
多くの観客は何が怒ったかわからないだろう。そして、それはミナも同じ。
「え……?何、今の?!何が起きたの……?」
リュートが何をしたかは見ていたけど……人ってあんなに速く動けるものなの?
少なくとも元の世界ではワールドクラスのスポーツ選手でも、あんな動きはできないと思う。
観客が盛り上がりミナが呆けているが、それでも時間は進み審判と思わしき人が五人ほどステージに上がる。
って、多くない?
別に一人でいいだろう。
リュートもカムイさんも一人で動けるみたいだし。
『えー、みなさん!お静かに!!お静かにお願いします!』
観客の間に動揺が広がる。
普通なら勝者の名前を呼ぶだけだ。別に判定でもない以上、回りを静める必要なんてない。
しかし、尚も審判は呼びかけ続け、十分に観客が落ち着いてから、信じられない事を言った。
『只今の最終試合、協議の結果、勇者フェトムを反則と見なし、勇者カムイの勝利とします!』
「は、反則……!?」
思わず声が漏れた。でも、それは回りの人も同じみたいでガヤガヤ騒いでいる。
『ご説明します!一番最初に説明した通り、真剣の使用は禁止!必ず刃を潰した物をしようする事!』
……あ、魔剣。
スッカリ忘れてたけど、あれって殺傷能力高い刃物だ。
観客もミナもリュートもカムイも「そういえばそうだった」と少し間の抜けた顔をしている。
『勇者の能力という事で協議は難航しましたが、安全面を考慮し、これからの大会で同じ事が起きぬよう、反則とし扱うよう結論が出ました!よって……』
審判が息を大きく吸い込み叫ぶ。
『勝者、勇者カムイ!!』
「あはは、すごいオチ。そっか、リュート、結局負けたのか」
最後まで戦って、あの馬鹿勇者を倒したからかな?
リュートが負けたにも関わらず、私は随分スッキリして落ち込むどころか、なんだか笑いが込み上げてきた。
「ふふふ……。あははは。ばーか、何そんな所でぼーっとしてるのよ。早く帰るわよ?リュート」
私は自分でも自覚できるほど機嫌よく絶対に聞こえるハズのない距離にいる彼に話しかけた。
そして、この試合は試合内容の素晴らしさと、ついうっかり反則してしまった脱力する結果により、後世に「ルールの確認を怠るな!」と強く印象付け末永く事ある事に例に出される事になった。
「ぷっ、くくく……。あはははっ」
「そんなに面白いですか」
試合も終わっても熱気は覚めていない。
今も外ではリュートの勝ちか、カムイの勝ちかが至る所で酒を飲み交わしながら論議している事だろう。
しかし、当事者である片方と魔女は解放されるやすぐに公爵家に戻って来ていた。
部屋には枕に顔を埋めて笑い転けている少女と、ベッドに腰かける笑われている原因の成年。
「そりゃ、すっかりルール忘れてたオレが悪いけど……」
「大丈夫よ。みんな忘れてたから。だからこそ面白いのよ」
それほど目を引く試合だった。
唯一、ちゃんとルールを監査してる人たちだけが気づけたんだ。
「まぁいいや。それより話したい事があって来たんだ」
「リュートから私の部屋に来るなんて珍しいもの。わかってるわよ。でも、その前に……てりゃ!」
気取られないように強化を使わず肩を殴るけど、いつも通りポスンって音がしただけだった。
むぅ。
「だから、なんで殴るんだよ!?」
「勝手に人の名前を剣に付けるからよ」
付けるの自体はいいんだけどさ。
「ちゃんと覚えてたんすね……。で、いいか?」
「ん」
すごく恥ずかしかったから、まだ殴り足りないけど一応真剣な話みたいだし仕方ない。
「オレの先祖帰りの能力について少し話したよな?」
「えと、使えないってやつ?」
リュートは頷き続ける。
「実はカムイさんとの試合で使ったんだ」
「……使えないんじゃないの?」
「能力が強すぎてオレの体が耐えれない。試合会場なら後の事を考えなくていいから使って見たんだよ」
なるほど。自分の体に害を成す能力なら確かに易々と使えない。
でもそうなると一つわからない事がある。
「私にはリュートは怪我してるように見えないんだけど?」
「あぁ、してないよ。どこもな」
そこまで聞いて何か違和感を覚える。
待って。能力云々は置いといて……リュートは馬鹿勇者に吹っ飛ばされてたハズ。
あれは骨折しててもおかしくはない。
それなのに見える範囲で擦り傷すら見当たらない……?
「まさか、勇者の能力!?」
しばらく発動してなかったけどリュートの本来の能力はまず回復系とみて間違いないと思う。
私が声を出せ、足を動かせるのが、その証拠だ。
「多分な。オレは先祖帰りの能力の反動で確かに足の骨にヒビくらい入っただろうし右腕に関しては確実に折れた。試合が終わった後には治ってたけどな」
でも、私が前に指を噛んだ時は発動しなかった。
つまり発動条件を満たさなかったんだろう。
同じ事を考えてたのか私とリュートの声が重なって結論を出す。
「「一定以上のダメージ」」
多分、これだろう。
そして発動したら全てが回復する。
「現に足の骨にヒビが入った時は発動しなかったよ。でも、腕が折れて、カムイさんの盾を貫いた時は多分治っていた」
発動条件は骨折程度の重症?
「……リュート」
「嫌だ」
私が何を言うのかわかっているのか即座に拒否られる。
「試してみない?」
「だから嫌だって!?違ったらどうするんだよ!」
うん、流石に私も自分の立場だったら嫌だ。
「なんか不便な能力ね……」
一応、すごく強いとは思うけど限定されすぎだ。
「ま、いいんじゃないか?こんな不便な能力で」
確かに強い。
どこまで治癒できるかわからないけど、致命傷を無かった事にできるのは反則だ。
「そうじゃなくてさ……」
声には出してないハズなのにリュートは私の考えてる事を見通したようにポンと頭に手を置き髪を撫でる。
……自分で言うのもなんだけど髪だけはちょっとした自慢だ。
気安く触られるのは抵抗あるけどリュートなら我慢できる。
そして、次の一言で危うく泣きそうになった。
「ミナが喋れるようになった。歩けるようになった。十分だろ?」
「……っ!?」
「だから、なんで殴るんだよ!?」
さっきも聞いた気がする台詞を黙殺する。
こうでもしないと本気で泣きそうだったんだ。
「あー、良い……。話したい事は話したし寝る」
……コイツは人の気も知らずに。
「って、どこで寝る気!?」
リュートはベッドに腰かけたそのまま横になり寝転がる私の膝辺りに頭を乗せてきた。
「いや、毎度布団に潜り込んできてるのに何を今更……」
「な、な、なあー!!」
ミナは意味不明な叫びをあげるが、リュートはその間にも寝息を立てる。
ミナからすればリュートと一緒に居たいのは本心であり居ないと寂しいのだが、くっつきに行くのは慣れて来ても、くっつかれるのはまったく慣れていない為、気が気でない。
そして毎晩ミナがなんだかんだ言って布団に潜り込んできてるリュートは、この程度なら……と少し毒されて来ていた。
結局、振り落とす事もできず、彼女はリュートが起きるまで非常に長い時間を変則膝枕で過ごす事になる。
「……後で燃やす。絶対に燃やす」
久しぶりのミナ視点でした!
ミナ視点は書くのが大変ですが、楽しくもあります(笑)
次回はどっちの視点で書こう。
もうそろそろ二章も終わりに近づきつつあります(二章だったんです、一応)
それでは、誤字脱字感想等、よろしければお願いします。