四十二話 100とお祭りと
「お祭りに行きたいです」
リズと公爵と朝食を食べていたら、今起きたのか階段を下りてきたミナがバンッ!と机を叩きながら進言して来た。
「お祭り……?」
「今日から王都武道祭……?なんでしょ?」
……あぁ。
試合時に入る観客の多さくらいしか意識してなかったけど、確かに普通に遊べるような祭りだ。
しかも昨日のビラをみる限り中々の規模だ。
「で、遊びに行きたいと」
ミナがこくんと頷く。
今日はやる事もない。
特に断る理由もなければ、近いうちに市場の情勢を見ようと思ってたくらいだから出かけるのは丁度いいか。
「いいよ。出店も沢山出てるハズだし……少し腹を空かせて昼過ぎにでも行こうか」
朝食はもう食べてしまったし、せっかく食べ物の露店も沢山出てるだろうから、それなら昼食もそっちで済ませたほうが楽しめるだろう。
「んー、わかった」
渋々といった様子で頷くミナ。
早く行きたいけど理屈として時間がたってから行ったほうが良いのはわかってるみたいだ。
「ハッハッハ。こんな早く行っても開いてる店も少ないだろう。ほら、ミナも朝食にしてはどうかね?」
「そうです……よね。ありがとうございます、公爵。私もご一緒させて貰って良いですか?」
「勿論だ」
結局、ミナも大人しく皆と同じ朝食を少し遅れて食べる事になった。
すでに夏は終わりに近づきつつある。
日差しはまだ暖かいが風が吹くと肌寒く、ずっと立っているのは少しキツイ。
時間はすでに昼を大きく回っている。
「ミナ……遅いなぁ……」
すでに待ち始めて1時間は過ぎている。
オレも早めに来たし明確な待ち合わせ時間を約束していなかったとは言え明らかに遅い。
つーか、どうせ公爵の家から出るのになんで外で待ち合わせる必要があるんだ?
朝食を食べ終わりゆっくりと準備をしていたらミナが部屋に来て外で待ち合わせたいと言い出した。
一応、理由は聞いたけど、さっさと行けと追い出され軽く外を回ってから待ち合わせ場所に来てみたが、待ちぼうけなのが現状だ。
すぐ近くに噴水があり、イスもあるけど今更ここを動く気もない。無意味な意地だ。
「ごめん……!リュート……待った……よね?」
後ろから少し申し訳なさそうな声が聞こえる。
ま、別に待つのには慣れている。怒ってはいないけど一応は……っと。
「まったく……ミナ、遅い……ぞ……」
少しくらいお小言を……と思ったけど振り向いた瞬間言葉が紡げなくなる。
「ごめんね、リュート……。せっかくお昼まで時間があるから、女の子らしい格好しようと思ったらすごく時間かかっちゃって……」
いつもの流れるようなストレートではなくアップに纏めた髪。
普段から来てる制服ではなくてワンピースのような服だが一枚布のようだ。腰の辺りを帯で縛っている。
「えっとね、私の世界で浴衣って言って、丁度いい生地があったから無理矢理それっぽいのを作ってみたんだけど、思ってたより時間かかって……!遅れてるのはわかってたんだけど、どうしてもリュートに見て欲しくて……えっと、だから、その……ごめんなさい」
怯えたような申し訳なさそうな顔で謝る彼女。
……やれやれ。ミナにそんな顔はして欲しくない。元々、少し注意を促すだけのつもりだったけど、こんな顔されちゃ何も言えないじゃないか。
ポンと彼女の頭に手を乗せるとミナはビクッと体を震わせる。
「可愛いよ、ミナ。そんな顔してないで、さっさと遊びに行こう」
そう言って手を差し出す。
ミナは最初は少し驚いていたけど、すぐに柔らかい笑みを浮かべてくれた。
「うん……!」
「ていうか、よくこんな短時間で作れたね。その服」
真昼間っから手を繋いで二人で歩く。
多少、周りの視線を感じる気もするけど気にしない事にする。
「んっと、浴衣?」
ミナは結局、遅れはしたものの、たった数時間で今着てる服を作り上げたらしい。
どう考えても間に合う時間じゃない。
「ちょっと魔法を使ってみたのよ。多分、そんな長く持たないから明日にはバラバラの布切れになってるわ」
「……魔法ってそんな万能な物じゃないと思ったんだけど」
「ただの先入観じゃない?」
……少なくとも人が魔法を使い始めて何百年とたっている。
その中で培われた知識を先入観と切り捨てて良い物か……。
「まったく……でたらめすぎる」
「何か文句ありますか?」
「痛い痛い、身体強化して人の手を思い切り握るな!」
まったく……厄介な魔法を覚えやがって……。
「言っとくけど喧嘩しに来たわけじゃないから」
「わかってるさ、それくらい」
ま、これくらい軽いじゃれ合いだろ。
……たまに本気で痛いけど。
「試合は明後日だしな。終わればまた旅に出る。ゆっくり楽しもうか」
「ん。ねぇ、お昼どうするの?」
「露店が沢山出てるから適当に何か買おうかと思ってたけど、それでいいか?」
「いいけど……何があるのかさっぱりわかんないんだけど」
それもそうか。
最近、少しなじんでるからミナが異世界出身だと言う事を忘れかける。
「適当に回りながら選ぶか」
「美味しい……!」
言ったら殴られるから黙ってるけど、やっぱりいつも何かを食べてる気がする。
いや、まぁ、食べる量はそうでもないんだけど。
「これ、何?」
「王都は北が港だろ?そこで取れた魚をすり身にして焼いただけの料理さ」
「あら、随分と簡単なのね」
「ソイツは骨がないから時間も掛からない上に味もいいから祭りみたいな数を容易するトコじゃよく見かけるよ」
「……骨がないって……どうやって泳いでるのよ」
「や、魔法で」
ミナが一瞬、何か変な物を見たような顔でオレを見る。
「変な魚」
「いや、魔法での移動はミナの魔法よりは一般的だと思うんだけど」
「なんか納得いかないなぁ……て、リュート!これ見て!」
いつもより少し子供っぽくはしゃぐミナを追いかける。
パーティーの夜は少し大人っぽく見えたと思えば今日は本当に小さな子供みたいだ。
促されて露店をのぞいてみるとそこには小さな人形が幾つも並んでいた。
「ほら、これ!」
そう言って差し出す人形を見てみると思わず溜息が漏れる。
「……なんだ、これ」
灰色の髪に剣を持った男の人形。
着てる服にまで何か見覚えがある。
「どうみても、リュートじゃない」
ですよね。
ていうか、なんでこんなもの売ってるんですか。
「あはは、可愛い。すいませーん、これください!」
「買うのかよ!?」
流石と言うべきか行動が早い。
店主もにこにこと対応してるし。
「おぉ、勇者リュートさんもいるじゃないか!?お嬢ちゃん……その黒髪もしかして魔女かい?」
「あ、えっと……はい、一応」
流石に勇者の人形なんて売ってるだけある。
ミナは今日髪を纏めているせいで気づかる事はなかったけど、店主は髪の色で感づいたようだ。
まぁ、隣にオレもいるしな。
気づかれたミナは少し戸惑っている……かな?王城で喧嘩売られた後だから無理もない。
ていうか、何気にこういう場で気づかれたのって初めてじゃないか?
まぁ、問題ないだろう。
基本的に、この世界の人達は勇者大好きだ。最近までそんな自覚なかったけどな。
「はっはっは!なんだよ、魔女と剣王が良い仲ってのは本当だったのかい?お買い上げありがとな。ほら、おまけにコレもつけてやる」
「んと…あ、はい!ありがとうございます!これは……あ」
ミナが店主から受け取った物。それは別の人形だった。
ていうか、おいおい……。
長い髪に緑のローブ。
それ以外に資料はなかったのか、オレの人形よりは明らかに似てない。
けど、それは明らかにミナを模した人形だった。
「あ、可愛い……」
「まさか勇者本人が買いに来てくれるなんて思わなかったぜ。こりゃぁお嬢ちゃんの人形は作り直さなきゃなぁ」
「あ、いえ。この子、すごく可愛いです!」
「自分を可愛いって言ってるように聞こえるよ、ミナ」
「な、違っ!?」
ちなみに、この後しっかり蹴られた。
沢山ありすぎる店を回りきる事なんてできない。
けど、どの店も楽しくてついつい眺めてしまう。
勇者として召還されていなかったら多分オレも店を出すほうに回っていたに違いない。
いつのまにかすっかり日もくれて夕食は公爵の家で食べる約束をしてある為、すでに帰っている途中だ。
「ふぅ、久しぶりにいっぱい遊んだなぁ」
「リュートと一日中遊んでたのって初めてかもね」
確かに今まではちょっと忙しすぎた。
そして公爵の家に泊まってからはのんびりしすぎた気がする。
「いろんなトコを回るんだ。これからも機会は沢山あるさ」
「そう?それなら嬉しいけど」
明後日からはまた忙しくなるだろうなぁ。
「ねぇ、リュート。試合だけどさ……」
「んー?一応は勝つつもりでやるよ」
「そうじゃなくって……どこまで見せるの?」
あー……そっちか。
別にオレ達は国の為に動くつもりはさらさらない。
だから、自分たちの力を見せる必要もない。ていうか、なるべくなら隠しておきたい。
特に魔剣は初代勇者パーティーと同じ能力だからばれたらまた面倒くさい事になりそうだ。
「全力でやる。ただし、魔剣は使わない」
「……妥当な所かな。あの馬鹿勇者は魔法使ってこないから魔剣で無効化するものもないしね」
カムイさんの能力、聖殿の盾は守備の能力。
理不尽な攻撃力を持つ能力以外なら剣である程度はどうにかなるハズだ。
ていうか、あの人、あんなに自分の能力の事喋り捲ってていいのかと心配になる。
「ま、明日は体を休めて明後日思いっきり暴れてくるさ」
「勝ったからって王女の婚約者になったりしたら燃やすけど?」
……そういえばそんな話もあったな。