三十八話 1と竜
私の両手にあるのは二本の魔剣。
ただ切れないように白い布で巻かれている。
対峙する金髪の美女の両手にあるのは二本の大剣。
向こうの剣も切れない模擬剣であり使用者への重量は魔法で本物と変わらないソレを再現しているものの実際に殴られても大怪我はしないだろう。
無論、痛いが。
お互い剣を持って対峙している以上やる事は大部限られているんじゃないかな?
もちろん剣を習うというのもあるけど残念ながら今回は違う。
これから始まるのは私とリズの試合。
余りにも予想してなかった展開に私は頭を悩ませる。
どうしてこうなったんだっけ……?
「私よりリュート様が教えた方がいいのではないですか?」
もちろん私の練習も見て貰いますが。とリュートの提案に異を唱えるリズ。
でも流石のリュートも何も考えずにリズに剣を教われと言った訳ではないらしい。
「ミナは剣は初心者だけど二刀流なんだよ。オレが一刀から教えてもいいんだが、せっかく二本使えるなら使うべきだと思う。それならリズの方がいいだろう?」
「二刀流……本当にですの……?」
リズが信じれないと表情で語る。
二刀流は一見強そうに見えるが、二本の剣を扱うのは重量的にも技術的にも非常に難しい。
リズは竜の血の影響で常人より力が強いため振るえるが二本の剣を扱うのはリュートでも簡単ではないのだ。
ただしミナはどちらかと言うなら同年代の女性の中でも力は弱い方だが使う武器が特殊であった。
魔剣……最たる能力は魔法を消滅させる斬撃だが、同じく魔剣を使うリュートはもう一つの能力もかなり強力だと判断している。
それは単純に魔剣は所持者が手に持てば重量をまったく感じさせない。
だからこそ素人のミナでも迫り来る魔法を正確に斬れ、二刀流だろうとも簡単に振り回せる。
ならば後は技術の問題だけだしリュートに二刀流を止める理由もない。
「彼女の武器が少し特殊でな……。まぁ、すぐにわかる。オレは剣を二本使うなんて器用な真似はできないし教えてやってくれないか?」
「リュート様が言うなら……だけど、一つ条件がありますわ」
ここでリズが出した条件。これがさっきの私とリズの状況に直帰する。
「自分より強い人に教えるなんて恥ずかしいですから……私と勝負して欲しいですわ」
「……勝負って私、魔法以外は全然駄目よ?」
ましてや剣とかまともに触った事がない。
「ミナが負けたなら素直に教えますわ」
リズは私を過大評価しすぎだ……。
だから私は誠意を持ってちゃんと返事をした。
「無理」
勝てるハズないじゃない。
さて、これが少し前の出来事。
あれ?私、ちゃんと断ったのになんで剣を持って対峙しているだろ?
「行きますわよ、ミナ」
「ちょっと待って。私……なんか流されてない?」
その言葉を聞いたリズは美しいまでの笑顔で返事をしてくれる。
「流してますわ、では」
「……っ!!」
身構える暇もなくリズは数メートルを一足で詰め大剣を降り下ろしてくる。
あぁ、もう!!まだやるだなんて言ってないのに!
幸いにもリズの斬撃は素人の私にも見えるほど遅い。
剣が私を捉えるより先に横に飛び避ける。
「やるって言ったのは……そっちだからね!」
切れないように布を巻いてあるとはいえ、ある程度以上の硬度を持つだろう魔剣を攻撃を外して無防備なリズに降り下ろす。
正直に言って私はこの時点で勝ちを確信した。
最も、それは私が剣を知らなかったからそう思えただけだったけど。
「甘いですわ!!」
リズはそう言い放ち片手を振り上げミナの剣を迎撃する。
魔剣と大剣がぶつかり合いわずかに魔剣が押す……のも一瞬。
競り合いになると大剣が魔剣を簡単に弾く。
魔剣は所有者本人には重さはないが、それ以外の人にはちゃんと重さがある。
ミナの力が完全に魔剣に乗った結果、斬り結んだ瞬間は竜の血を持つリズの力を上回ったが純粋な力勝負になった瞬間、リズが圧倒的に優勢となった。
加えて……ミナは圧倒的に自分が不利な要素を見つけてしまった。
これが……二刀流。
私はただ二本使ってるだけね……。
元の世界での刃物なんて包丁くらいしか使ってた事ないんだから当たり前だけど……私は剣を二本扱えてない事が今、わかった。
その時に使いやすい方を片方ずつ使ってるだけ。
それに加えてリズは……参ったなぁ。
素人のミナにもわかるほどリズの剣は二本が連携して攻撃と防御を担っていた。
リズにとっては、競り合いでミナの剣をあっさり撥ね飛ばし彼女が下がったのこそが計算外であり、本来なら先程避けられた剣を振るい決着をつけるつもりだった。
それくらいリズは二本の剣を多彩に使いこなす。
「驚きましたわ。今ので決めるつもりでしたのに……」
「私も一撃で終わると思ったのにびっくりしたわよ。二刀流……すごいわね。是非、教えてもらいたいわ」
「私が勝てば教えますわ」
そう言ってリズは笑う。
別にこんな試合勝っても何があるわけじゃない。
むしろ勝たない方が剣を教えて貰える。
けど……。
「黙ってやられるのは……趣味じゃないのよ」
昔の私みたいに冷たく告げる。
勝てないからって負けて溜まるか!
リズも目を細め二本の剣を構える。
場違いにも、あぁ、この子こんな顔もするんだ。なんて私は考えしまった。
いつも柔らかく笑っている彼女とは大違いだ。
怖い……けど、少し楽しい。
考えろ……!どうすれば勝てる……?
互いにある武器は両手にそれぞれ持つ剣。
速さは私が勝ってる。
負けているのはいっぱい。
中でも致命的なのは力と技。
技はどうしようもないわね……。
何千何万と繰り返して得れる強さを今すぐ手に入れようなんて無防だ。
それならもう片方の力はどうだろう?
これも本来なら日頃の鍛錬が生み出す物。
でも……私は例外を見たことがある。
元の世界では概念はあった。
実際に彼は使っていた。
なら私にできない理由なんてない!
「行きますわよ!」
リズが剣を頭の上で交叉させ距離を積めてくる。
片手で僅かに勝る程度の差。それなら両手で同時に斬られれば私に受ける術はないだろう。
そして同じ事を上手くやれる自信もない。
本来なら避けるのが上策。
でも……。
「好都合!」
声を上げて私もリズに突っ込む。
彼女は少し驚いたようだけど直ぐ様、剣をX字に降り下ろす。
そして……。
「強化!身体能力、攻撃力!」
一か八か魔法を発動して全力で剣を降り下ろす!
ダンッ!!
軽い金属と布を巻いた剣を叩きつけあったとは思えない轟音。
結果は……。
「信じれませんわ……。私の一番、力のある技ですのに」
「成功……って考えて良いみたいね。それでもリズには勝てないか」
お互いの剣はぶつかり合った所でピタリと止まっていた。
完全な互角。次の瞬間から少しずつリズが押すが剣撃の威力は両者一歩も譲っていない。
「これでも……力勝負じゃ勝てないかな」
徐々に押され始めたミナが後ろに飛び逃げる。
「私、両手使ってますのよ?なのに押しきれないのが不思議ですわ」
リズが呆れたとばかりに溜め息をついて笑う。
「魔人の技を魔女が使うなんて始めて知りましたわ」
魔人の技……その言葉を聞きミナは納得する。
だから他の人は使っていなかったんだ。
だから魔王は使っていたんだ。
魔王と戦ってすぐに彼が自分の身体能力を魔法で強化してるのがわかった。
でなければ、精々1Mほどの大きさの翼で人が空を飛べるハズがない。
そしてそれは自分も使えた。
リュートの隣を歩くには……この魔法は大きな助けになってくれそうだ。
「今度はこっちから行かせてもらう!」
私は一人、リズに感謝しながら剣を振るった。
「ふぅ……中々やりますわね。でもそろそろ限界でわなくて?」
「……うるさい」
あれから数分斬り合った。
力、速さで優位を取った私は始めこそ互角以上に打ち合えたもののすぐにもう一つの弱点を晒すことになる。
……持久力。
剣を振るい続けるのは思いの外、体力を消耗するみたい。
「無駄な動きが多すぎますわ……本当に素人なんのですわね」
うるさい。と言いたい所だけど肩で息をしてる現状、喋るのも疲れる。
それに……適当に振り回してるだけだもんね、結局。
無駄な動きが多い…自覚はできないけどもっともなんだろう。
それでも……負ける気なんかないけど!
実際に勝てるかどうかはおいといて負けたくないんだ!
私は重くなってきた腕をあげて見よう見まねでリュートと同じ様な構えを取る。
「その心意気は立派ですけれど……実力が備わるのはこれからですわね」
リズも構えを変える。その構えはどこか私に似て……違う!
リュートの構えに似ている!
「私に剣を教えてくれてるのはお父様とリュート様ですもの。驚かれる程の事ではありませんわ」
そしてリズの目が変わる。
敵を本気で倒すときのソレに。
「行きますわよ、ミナ」
リズはそう言うとくるくると回転しだす。
その速度は徐々に上がっていき剣が風を切る音がヒュンヒュン聞こえてくる。
……なんか独楽みたい。
そんな事を考えてるのが失敗だった。
これは勢いが付く前に止めるべき技。
回転しながらも近づいて来ていたリズはそのまま私に斬りかかってきた。
「なっ……早!?」
予想外に早いリズの剣に必死に魔剣をかち合わせる。
すると大きな音と共にお互いの剣が大きく弾かれた。
力が強くなってる……!
遠心力を利用した斬撃。
回転の力をそのまま乗せた一撃は魔法で強化し魔剣の力を乗せた攻撃に追い付いている。
そして……。
さっきまでとは比べものにならない速さね……。
なんて考えてる間に即座に二撃目が襲ってきた。
避ける。そして先程、弾いた一撃目が一周して襲ってきたので弾く。次の瞬間、避けた二撃目が四撃目となり降りかかる。
独楽なんて可愛いものじゃない……竜巻だ、これ!
避けても弾いてもリズが一回転する度に二つの剣が襲ってくる。
……やばい。必死に竜巻のような斬撃をやり過ごすが、その度にリズの速度は上がって行く。
まずはリズの動きを止めなくちゃ……でも、どうやって?
遠心力の加わったリズの一撃は私の強化された一撃と互角。
凌げはするけど動きを止めるには及ばない。
でも……リズはさっき力で上回る私の斬撃を技で止めた。
大きく息を吸って吐き出す。
まったく今日は一か八かの多い日だ。
私は剣を頭の上で交叉させる。
さっきリズが見せてくれた技だ。
もちろん使いこなせるだなんて思ってはいないけど……。
「片手で斬るよりは強くなってくれてもいいハズ!」
竜巻のようなリズの連撃にタイミングを合わせて叩きつけた。
「ミナならこれくらい止めると思っていましたわ」
ガキィィンと甲高い音が響きリズの手から剣が飛ばされた……けど。
手応えが……なさすぎる!?
剣を飛ばされたというよりは、わざと放したかのように手応えがない。
気がつくとリズが剣を持っていた手は代わりに私の胸ぐらを掴んでいる。
「う!しまっ……」
最後まで言う余裕もない。
リズにしてやられた!!
全力で放った攻撃をいなされ体制を崩してる私をリズは回転の力をそのまま乗せて柔道の背負い投げのような技で浮かされ、そのまま蹴り上げられる。
「きゃっ……!?」
思わず悲鳴が漏れた。
……多分、リュートにも聞かれただろうな。
よし、後で殴ろう。
そんな事を考えてる余裕があるくらいに蹴られたのは痛くなかった。
ううん、そもそも蹴られたというよりは跳ね上げられたと言うべき。
地面と私の距離は三メートル程度離れていた。
マズイ……!
まったく身動きできない空中に放り投げられたら後は落ちて行くだけ。
強化された体なら三メートル程度なら多少痛い程度だろう。
けど……下にはリズがいる!
足場もない空中ではリズの攻撃を受け止めれないっ。
当然これはリズの狙い通りで彼女は下で剣を構えている。
ミナにも対抗する術はあるが、それは身体強化のようなグレーゾーンではなく完全に剣ではない魔法の戦いになってしまう。
どうする?考えろ!!
攻撃魔法は駄目……。
魔法で防御するのも論外っ。
上昇気流……落下を緩やかにするだけね、無意味。
考えてる間にも無慈悲に地面は近づいてくる。
「楽しかったですわ。また今度、手合わせお願いしますわ、ミナ」
いつもの優しい笑みに戻っていたリズは私の落下に合わせて大剣を降り下ろした。
改めて読むと急展開なバトル突入だったかなぁ…orz
と思いつつ予定通りな展開ではあるのですが。
誤字脱字あれば御指摘頂けると嬉しいです。