三十六話 2人、出会った場所で
投稿遅くなりました。
誤字脱字あればご指摘くださると嬉しいです。
「大丈夫か?」
「……なんとか」
王都の大通りからひっそりと伸びる目立たない道。
しかし、その存在感とは裏腹に人通りは意外と多い。
薄暗いその道の先にあるのは、王都の財の大半が集まると言われる……闇市。
リュートとミナは再びこの場所に訪れていた。
リュートにとっては慣れた場所だがミナにとっては悪い意味で特別な場所だった。
寒いわけでもないのに体が冷えてゆく。
手の震えが全然止められない。
私の心を占める感情はたったの一つ……恐怖。
「ごめん……でも、大丈夫だから、行こう?」
リュートは申し訳なさそうに繋いだ手をギュッと握ってくる。
自分でも信じれないくらい、この場所はトラウマになってる……けど、彼が手を繋いでてくれるなら、きっと私は大丈夫。
私は私の為にリュートの隣を歩いて行く為に今日、ここで私を取り戻す。
今日この場所に来たのは私の首輪を外す為。別に首輪自体はどうでもいい。命どころか全てをくれたリュートの奴隷だって言うなら私は納得する。
だけど……これからもずっとリュートと一緒に歩いて行くには私は強くならなくちゃいけない。
だから首輪を外す。私の魔力の回復を阻害しているこの首輪を。
彼と一緒にいられるなら、これくらいの恐怖は我慢するんだ!
繋いだ手が震えてる。
一度は全てを失ったであろう闇市……彼女にとってどれほどの恐怖なのだろう。
でもミナがオレと一緒に居てくれるなら避けては通れない。
本当ならこんなトコに足を踏み入れさせるべきではないけれど……首輪を外すには主人と首輪をしている本人が、奴隷商の元へ一緒に行かなければならない。
普通の商談であればハンスに来てもらうという手もあるけれど商会に登録している者は商会の管理下でしか品物の受け渡しをできない。
唯一の例外が手数料が必要となる窓口だ。
その為、ミナには無理を言って闇市まで来てもらっている。
普段は気にもならない奴隷市までの距離がすごく遠くに感じるな……。
もう一度ミナの手をギュッと握ると彼女は顔を上げて無理矢理な笑顔を作ってくれる。
こんな時までオレを心配させないようにしなくてもいいのにな……。
ハンスめ…こんな奥地に店を構えやがって……。
闇市の中でも最も暗い部分である奴隷商であるハンスが中心部に近い場所で店を構えているのは当然であるけど、この時ばかりはそれを恨んだ。
「ハンス!」
あれから十分ほど歩きやっと奴隷商人ハンスの店に辿り着いた。
「リュートじゃないか。久しぶりだな。一時期は死んだなんて噂が流れてたけど、やっぱり生きて帰ってきやがったな」
「もう何度死んだ事にされたかわからないよ」
危険な仕事だからなぁ……。
「そんな事より商売だ。ハンス、首輪を外したい」
「首輪?あぁ、いいよ。今日は誰のだい?」
以前にランディの首輪を外してもらった事もあるためハンスも慣れたものだった。
ていうか、外して欲しい対象は目の前にいるんだけどな。
「ミナ、おいで」
「うん……お久しぶりです」
オレの後ろに隠れてたミナがひょこっと顔を出す。
ハンスは自分の売った子達はほとんど覚えている。ましてミナくらい印象的な子を忘れは……。
「えっと……ごめん、リュート。誰だい?この子」
ハンスさんがきょとんとした顔で私を見る。彼は本気で私が誰かわかってないみたい。
……それもそうか。私とリュートはもう慣れたから今の私が私だけどハンスさんが知ってる私は昔の私だ。
「ハンス……忘れたのか?君から預かった子じゃないか」
リュートは不思議そうに詰め寄るけどわからなくても仕方ないと思う。
「ハンスさん、私です。足が動かなかった子です」
「え……?えぇ!?立てるようになったのかい!?それに声も!!」
「……あぁ、そうか。ハンスは知らなかったんだっけ」
うん、やっぱり覚えてたくれた。
私の中でハンスさんちょっと良い人に格上げ。
……この場所に長く居たくない事には変わらないけど。
「リュート……ごめん。あんまり長くここには居たくない」
ハンスさんのお陰でさっきよりは落ち着いてるけど……やっぱり怖い。
彼は頷いて手を強く握ってくれる。
「それでハンス。さっき言った通り首輪を外して貰いたい」
「この子かぁ……。ごめん、実はこの子の首輪ね……高いんだけど大丈夫かい?」
「高い……?」
「あぁ、この値段だ」
ハンスさんがリュートに向けて指を4本立てる。
首輪を外す値段の相場が金貨20枚くらいだってリュートは言ってたから……金貨40枚って事なのかな?
……リュートの手持ちって金貨20枚ちょっとじゃなかったっけ。
「なっ!?相場の二倍じゃないか!」
「その子が余りにも珍しいくて綺麗な容姿だからって、ふっかけてきてるんだよ……」
最初に説明するべきだったなぁ。ってハンスさんが呟く。
む、ちょっと困る。
魔力が回復しないとリュートに一緒に連れてって貰えない。かと言って私が持ってるお金なんて残り金貨1枚にも満たない。
「でも、こんなに早く首輪を外したいだなんてどうしたんだい?ランディの時は傭兵の時に奴隷は扱いが悪いって話だったけど……」
「この子、魔法使いなんだよ」
「あぁ、魔力回復の阻害か。そうだ、それなら首輪の交換でいいじゃないか!」
交換?
また私にはよく知らないシステムみたいだ。そのままの意味で考えるなら首輪を違う首輪に変えるって事だろうけど……。
「できれば外してあげたいからなぁ。仕方ない、適当な装備を一個売って来るかなぁ」
「リュートの装備、高いからね」
……って、なんかとんでもない話してる!?
「リュート、うるさい。あの……ハンスさん。首輪の交換ってなんですか?」
リュートを軽く殴って黙らせる。相変わらず痛くはなさそうだけど。
「あぁ、そのまま首輪を違う首輪に変えるんだよ。魔法使いとして奴隷を使いたいけど魔力が回復しなかったら困るでしょう?だから、奴隷である印の意味しかない首輪もあるんですよ」
我侭な貴族相手が多い商売ですから……首輪一つでもいろいろあるんです。とハンスさんは続ける。
……別に魔法さえ使えればよくないかな?首輪交換ってどれくらいかかるんだろ。
「あの、ハンスさん。交換の方が安いんですか?」
「もちろんさ。高いのは奴隷の解放料だからね。首輪だけなら新しい首輪の値段分だけだよ」
「えっと……これでできますか?」
私は自分がお財布として使ってる袋に入っている貨幣を全部見せる。銀貨棒9本と銅貨が数枚。
それを見たハンスさんは笑って答えてくれた。
「あぁ、十分だよ。首輪なんて本当にただの首輪だからね」
「待て、二人とも、勝手に話しを進めない」
む、なんだよー。
リュートがいらないトコで介入してくる。
いいじゃん、魔法さえ使えれば。
「適当な装備を売って金を作るから少し待ってろ。ミナ……悪いけど、ハンスと一緒にここで待っててくれないか……?ハンス、悪いけど少し頼……」
「リュート、うるさい」
今度はさっきより強めに殴る。
すぐ殴んな!って叫んでるリュートは取り合えず無視。リュートが装備売る前に私が自分で買ってやる。
「一番安いのでいいから、魔力回復する首輪お願いします」
「ははは、まさか、あの子がリュートを殴るようになって戻ってくるとは思わなかったよ。うん、ちょっと待ってね。安めなの幾つかあるから……えっと…これとこれと…うん、この4つだったらどれでも銀貨棒1本でいいよ」
私の目の前に置かれたのはシンプルで特に特徴がない首輪が一つ。
別にどれでもいいやと思って適当に一つ取ろうとする私の手首をリュートが掴む。
「……何」
「いや、睨むな。怖い」
だったら腕放せ。
ずっと片手を繋いでいるのに腕まで掴まれて実に変な体勢だ。
「……譲ってくれそうもないし交換でいい。代わりに首輪はオレに買わせろ」
……そう来たか。確かにそれなら断る理由もない。
「……わかった」
「だから睨むな。ハンス、予算は金貨20枚まで。お勧めの見せてくれないか?」
「そんな高い首輪ないって。予算に糸目はつけなくて良さそうだね。ちょっと待ってて」
そういってハンスさんは奥に行くと沢山の首輪を持って戻ってきた。
……って奴隷用にしてはデザインが普通にオシャレだし綺麗。何これ。
「貴族が特に気に入った子に買ってあげる為の物ばかりだからね。印にさえなればいろんなデザインがあるんだよ」
どこの世界もお偉いさんは無駄遣いが好きらしい。
沢山並べられた首輪をリュートが一つずつ見ていく。
……あれ?よく考えたら、これプレゼント?
物は首輪だけど見た目はそこらのアクセサリーと何ら変わりはない。リュートには以前、指輪を貰ったけど、これもプレゼントじゃなかろうか。
……なんか緊張してきた。
私は少しだけ怖いのも忘れてリュートがプレゼントを選んでくれるのを大人しく後ろで待っていた。
テーブルの上に無造作に並べられた大量の首輪。
流石は一流と名高いハンス。今並べられてるのは全て並みの奴隷商なら店一番の一品とするモノばかりだ。
ミナの首輪を無くせなかったのは計算外だし残念だが、ここに並べられているモノならそもそも首輪とわかる人も少ないだろうし、もしわかっても貴族がお気に入りにつけるような首輪をした子に手を出す輩もいないだろう。
そして一つ。オレの目に赤い宝石のついた首輪……というよりはネックレスに近い装飾具が映る。
ミナを見るとまず最初に目が行くのは長く綺麗な黒髪。次に緑のとんがり帽子とローブ。
赤か……。似合うんじゃないかな?
「ハンス、これでいくらだ?」
「また高いのを選ぶね、リュートは。これくらいだよ」
そう言ってハンスは片手の指を全部立ててこちらに向ける。
金貨五枚か……。
「ミナ、これはどうだい?」
「……別になんでもいい」
ミナに新しく首輪を見せるがそっぽを向かれてしまう。
え、何、怒ってる?
少し焦るけど思い返せばいきなり冷たくされるなんていつもの事か。
……別に嫌われてたりはしねぇよな?
「ほら、付けるからこっち来い」
ミナの手を引き正面から抱きしめかのように首の後ろに手を回す。
「なっ……近……っ!?」
「はいはい、すぐ終わるから」
リュートはそう言ってミナの首に手を回し新しい首輪の止め金を付ける。
ボウッと魔法が発動する音が聞こえた。
首輪が二つ付いている現状少し不恰好ではあるがリュートは素直にこう思う。
「ん、やっぱり似合ってる」
「近いっ!うるさい!」
顔を真っ赤にしたミナが殴りかかってくるがポスンッと軽い音を立てるだけで痛くはない。
まったく乱暴な子だ。と思いつつも悪い気はしない。
「ハンス、後は頼んだ」
「うん、任せて。ミナちゃん、少し後ろ向いて首を見せて貰える?」
「あ、はいっ」
ミナは短い返事をしハンスへとうなじを向ける。
……本当にオレ以外には素直な子だ、ちくしょう。
「盟約に縛られた枷を新しき鎖に。解き放て古き錨」
ハンスがミナの古い首輪に手を当てると青白い光が灯る。
奴隷専用の解錠魔法……詠唱や術式は簡単ながら鍵毎に波長が違うためそれを知らなければ意味を為さない。
その為、今日はミナに嫌な思いをさせてまでここに来る必要があった。
そして……彼女を縛っていた古き封印の楔はキィィィンと甲高い音と共に鍵が壊れ地面へと落ちる。
一瞬訪れる静寂。
そして……変わる世界。
いつも傍に居たリュートでさえも一瞬、自分の身を守るために魔剣を召喚しようとした。
思い止まったのは恐怖の発信源が自分のよく知る黒髪の女の子だったからに過ぎない。
魔法というのは通常、発現する時に波のようなエネルギーが放出される。
魔力を扱える者ならその波の揺れを感知し魔法の発動を予測できる。
そしてリュートを含む辺りにいた数人は……首輪が外れた瞬間に大魔法クラスの波を感知したのだ。
「ミナ!」
「リュート!これ……すごい!」
彼女が見せてきたのは以前、魔力を回復する為にあげた触媒「竜の雫」。
竜種が膨大な魔力を回復する為に自らの体内で精製した宝石。
それが、ほぼからっぽなミナの魔力を高速で回復させている。
まるで巨大なコップに勢いよく水を注いでるかのようだ……周囲に漏れてる大魔法並みの魔力は受けきれずに零れた水滴と言った所だな……。なんて途方もない魔力量だ!
「ミナ、今自分が受け止め損ねて外に返してる魔力があるのはわかるか?」
「えっと……あ、うん」
「落ち着いて零れてる魔力を抑えて欲しい。できるか?」
「こうかな……?」
彼女がそういうと明らかに周囲に漏れてる魔力が減少する。幸いにも彼女は魔力量だけでなくコントロールにも優れるみたいだ。
まだ多少漏れてるがこれなら許容範囲だろう。
先程まで何事かと驚いてた人も徐々に散っていくのを見てオレは安心する。
「ありがとう、ミナ。それと……おめでとう」
「うん。これでリュートと一瞬に冒険するのに……異議なんてないわよね?」
ミナがそう言うとオレには苦笑を返すしかなかった。
今のミナなら……オレなんかよりも余程強い。
意地でもオレが守るって言うけどなっ!!
一年前に王都に召喚された少女。
彼女は魔法に秀でていて城の誰もが彼女に勝てなかった。
国は必死に彼女を引き留めようとしたけれどどんな大軍もどんな作戦も彼女の魔法の前には意味なんてなさなかった。
結局、死人こそ出なかったものの重軽傷者多数に城の至るところは破壊され挙げ句の果てには大穴まで空けられ彼女は魔王を倒す旅に出た。
彼女は勇者として恐怖と希望を併せ持ちこう呼ばれた。
傾国の魔女。
国すら滅ぼす最強の魔女と。
リュート視点とミナ視点どっちにしようか非常に迷って両方書いた挙句、それぞれを組み合わせた視点がころころ代わる話になりましたorz
わかりずらくなってはしまいますが二人の心境をどっちとも書きたかったのです(涙)
そしてやっとヒロイン完全復活!
長かったなぁ、思ったより……。
テンポよく纏めれる実力が欲しいっ。