三十二話 100の泣きたくなる一日
今日で丁度連載一ヶ月になります。
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連載当初ここまで読んでくれる人がいるとは思っていませんでした。
本当にありがとうございます!
「ッチ……また生きてたんですか」
「…一応、商会の暗部の中でもそこそこの地位にいると思うんだけど、オレ」
ミナと別れ真っ直ぐに暗部の窓口にくると、いつも以上に冷たい受付嬢が迎えてくれた。
別段、地位や権利に拘るつもりはないけど、この態度もどうかと思うんだ。
「私の方が商会に入って長いからいいんです」
「二日しか変わらないけどね!?」
オレが商会に入って6年ほど立つ。
目の前の彼女はどうみても十代だが、オレと同期だったりする。
そう考えると彼女もまともな人生送ってねーんだろうなぁ…ま、いいや。
「それより商売だ。王宮から依頼されたミスリル。これ依頼書な」
ドスッとミスリルの袋をカウンターに置き、ついでに依頼書を上に乗せる。
流石の冷酷受付嬢もこれには驚いたようで目を丸くしていた。
「…これだけのミスリルを本気で集めてくるとは」
「一応、希少な物を専門に扱ってるからな」
今回のは事前に鉱脈を発見していたという運もあるが。
「まぁ、どうでもいいです。えーと…はい、金貨20枚。では、忙しいので」
「…………」
最初はこんな冷たい子じゃなかったんだけどなー。
泣きそうになるのを我慢して金貨を受け取る。彼女はもう他の商人の所で笑顔で商談して…って、初めて見たよ?彼女の笑ってるトコ。
そこには大金を手に入れたにも関わらず肩を落として王宮の方に歩いて行く成年がいた。
「ハッハッハ。またリュートの旦那にきつくあたったみたいだな」
「あの人に愛想ふる意味ないですから」
「王国を代表する商人の一人も我が商会のアイドルにかかっちゃ形無しだな!」
「どうでもいいです。そんなの」
あの人の稼ぎ方は…いつか死ぬから。
そんな人と仲良くしても…辛いだけだから。
王宮に行ったらリュートは死んだと言われ、食い下がったら槍を突きつけられ、仕方ないから傾国の魔女の名前を出したら、ここにはいないと一蹴されなんとか情報を手に入れてやってきました。公爵家に!
…無駄に疲れた。
聞けば王宮も急なパーティーの準備で忙しくまともに対応できる余裕がある人が少ないそうだ。
ま、パーティーなんてオレには関係ないからどうでもいい。
「あら、商人様。えーと…今日は商人様が来るとは伺ってませんでしたが…」
門の前で項垂れていたら買い物から帰ってきたであろう侍女に見つかった。
「すいません、連れが公爵のお世話になっているみたいでして…良ければ御取り継ぎお願いできませんか?」
「あらあら、わかりました。今、お伺いしてきますね」
そう言うと侍女のお姉さんは屋敷に入って行き、また一人取り残された。
ふぅ、無事に合流できそうなのは良かったが…まさか公爵家とはなぁ。
レーナ様とリズの件もある為、いきなりリズとミナが顔を合わせる事は避けようと思ってたんだが、いきなり瓦解した。
ま、レーナ様がいるよりドタバタしないと思うんだが…。
また一悶着ありそうだなー、なんて思考を巡らせていると玄関のドアが勢い良く空きニーズヘッグ公爵が飛び出してくる。
「リュート!本当にリュートだな!?よくぞ、無事だった!」
「え?あ、はい。なんとか」
ニーズヘッグ公爵にいきなり捲し立てられ若干困惑する。
ていうか王宮でもそうだったけどなんで死んでるんだ、オレ。
「えーと、公爵。とりあえず落ち着いてください。あのオレの連れが此方でお世話になってると聞いたんですが」
「おお!魔女は中に居る!リズもレーナ王女も待っている。ほら、早く中へ来んか!」
やたらテンションの高い公爵に肩を抱かれ中へと案内される。まぁ、生きてて喜んでくれてるみたいだしいいか。
って、ちょっと待て…レーナ様もいるの!?
「リュート!!」
「おっとっ…お久しぶりです、レーナ王女」
部屋に案内されるなり王女に抱きつかれた。
視界の影に黒髪の少女がテーブルに座ってるのが見えたけど直視できん。怖くて。
「魔獸に襲われ死んだと聞いたが…無事だったようで本当に嬉しいぞ!」
王女は腕を回しきつく抱き締めてくる。
人懐っこいなぁ、王女。
「あぁ…なるほど。それでオレの死亡説が…。まぁ、見ての通りとりあえず五体満足です。彼女のお陰ですけどね」
そう言って勇気を出してミナの方を見ると彼女は我関せずといった態度で優雅に紅茶を口にしてる。
ていうか完全に無視されてる。
とりあえず王女をひっぺがして、こちらに歩み寄ってきたもう一人の少女に向き直る。
「お帰りなさいませ、リュート様」
「うん、ただいま。リズ」
お帰り、ただいま。本来なら、この場では相応しくない言葉だろう。けど、これはもう数年前にオレとリズの間で交わされた約束。
私はここで帰りを待っているからちゃんと帰って来てください。
彼女のその言葉に当時一人だったオレはどれほど救われたか。
リズは穏やかな笑みを浮かべている。だけど…。
「心配かけてごめんな。ちゃんと帰ってきたよ」
そう言いながら彼女の目元を拭う。
「リュート様…?って、え、あれ?私…泣いて…?」
確かに笑顔だ。笑顔だけど彼女は…涙を流していた。
「私…ちゃんとリュート様が死んだって聞いた時も泣きませんでしたわ…強くなんなきゃって…ひっく…あぅ…」
今までよほど溜め込んで来たのか彼女の目からはどんどん涙が零れてくる。
後でミナが怖いけど…仕方ないなぁ。
オレは彼女の頭を抱えて、そのまま喋りかける。
「いつも心配かけてごめんな。でも、リズが待っていてくれて嬉しいよ」
「うぅ…リュート…お兄…様…ふぇ…うぅぅ…お兄様ぁ…」
婚約が決まってから彼女はどんどん強くなった。そのころから呼び方もリュート様になったんだけど…やっぱり15歳か。中身は昔と大した変わっていない。
そのままリズは少しの間、声を殺して泣いていた。
「で、リュート。久しぶりなんだろうから少しくらい仕方ないかなぁって静観してたんだけど…これは私、怒っていいのかな?」
「私も人をひっぺがして公爵令嬢といちゃつくのはどうかと思うのですが?」
リズが泣き止むと即効で二人に詰め寄られた。
ていうか、なんで初対面なのにタッグ組んでるんだ、この二人。
公爵は公爵で笑顔で親指立ててるし、どうしろってんだ。
「まぁまぁ、落ち着いてくれ、二人共。リズとは昔からの知り合いで兄妹みたいなものでだな…」
「そうですわ。ちょっと兄に想いを寄せる健気な妹…兄も満更ではないようですが」
「余計な事言わないで!?あと、ちょっと膝から降りてくれたら嬉しいんですが」
あれから勝手に人の膝の上に座るリズに抗議するが、嫌ですわ。と一言で避けられる。
多分、この状況も二人の不機嫌さを加速させているのだろう。
「リズ、いい加減にしなさい!リュートは気高き勇者なのですよ!?それを婚約者を持つ令嬢たる貴女が…」
「では、レーナ王女は自分がここに座ってみたくはないと仰りますのね」
「ひゃ!?な…うっ…それは…」
座りたいのか、王女。
でも国家問題になりそうなので断る。
「ふぅ、リズ…だっけ?婚約者いるの?」
「えぇ、一応は。将来はその方と結婚する事になると思いますわ」
ミナはリズの言葉を聞くと少し考えた後、長い髪をかきあげて言う。
「そ。なら、いいわ」「あら、ミナ様は器が大きいのですわね」
「そんなんじゃないわよ。ただリュートをそこまで拘束するつもりもない。妹だって言うなら信じるわ…それに」
ミナはリュートをちらりと見て不敵な笑みを浮かべると次の瞬間、リュートにとってとんでもない事を言い出す。
「私、リュートとキスしたから」
だから、これくらいなら慌てる必要ないわ。と彼女は興味なさそうに続け、パキッと本来聞こえないハズの空気が固まる音がリュートには聞こえた気がした。
「あの…ミナ?」
「何よ」
彼女の名前を呼んでは見たもののすごい冷たい目で睨まれる。
あぁ、気にしてないとか大嘘だ。絶対に怒ってる。
今日はよく泣きたくなる日だ…。
しかし、動き出した空気はさらにリュートに追い討ちをかけるのだった。
「リュート様…本当にミナ様と接吻なさったんですか?」
「えーと…一応」
「へぇ、アンタにとって私とのキスは一応程度の物なんだ」
あちらに言い訳をすれば、こちらが怒る。
前回、二人でも騒々しかったがミナが加わり手がつけられない。
「いや、割りと本気でキスしましたっ」
「割りとってどれくらいかな?10割?」
それ100%だから!?
「ふ、ふん、魔王を倒した勇者は私と結婚するのを知っていての発言か?」
今度は王女ががわけわからない事を言い出す。
え、何それ、初耳。
「何よ、それ。私とリュートは魔王になんて興味ないわ」
「な…!?それでも勇者ですか!!」
「なら、私が倒せばどうなるのかしら?」
「負けて行方不明になったのでは?」
「負けてない!」
開催される王女対魔女。
そして、その隙に膝にいるリズが首に手を回してくる。
「将来は、あの二人に任しますわ。だからリュート様、今だけ私に構ってくださいまし」
「リュート!!」
「リズ!?」
なんでミナはオレに怒るんだ!?
というか、リズの顔が近いって!!
「ちょっ、こ、公爵!ニーズヘッグ公!!そろそろ笑ってないで助けてください!」
もうオレの力ではどうしようもない。
ダメ元でニーズヘッグ公爵に助けを求めては見たが意外にもすぐに動いてくれた。
公爵は手をパンッパンッと叩く。
「ほらほら、皆。そろそろ準備をしないとパーティーに間に合わないぞ?リュートに自分のドレス姿を見て貰いたくはないのかね?」
公爵がそういうと全員の動きがピタッと止まる。
そして最初にリズがオレの膝から立ち上がった。
「あら、もうそんな時間ですわね。ミナさん、レーナ王女、王宮に戻るのも手間でしょう。よろしければ、うちのドレスをお貸ししますわ。いいでしょう?お父様」
「うむ、構わないぞ」
公爵がそういうと、少し考えはしたが、二人とも頷いた。
「お願いしたいわ」
「ま、王宮のドレスも飽きてきましたしね」
そう言って彼女達はリズに案内され奥の部屋に消えていった。
…はぁ、助かった。
「いや、ありがとうございます。ニーズヘッグ公」
こんなに簡単に収拾がつくとは思わなかった。ニーズヘッグ公には本気で感謝したい。
「ん?何。次の戦場はパーティー会場だ。頑張ってくれたまえ」
ハッハッハ。と笑いながら公爵は肩を叩いてくる。
さっきまでの感謝を取り消したい気持ちでいっぱいのオレはパーティー会場で、どんな波乱が起きるかを考えて絶望する。
ん?って、オレもパーティーに出んの!?
今までシリアスが強かったので今回思いきりラブコメにしてみました。
リズがわりと勝手に動いてくれます(笑)
今のところ王女が影薄いかな、なんて思ってますがどうでしょうか。