二十五話 100と1の旅立ち
「登録名リュート。主に素材の仕入れと直売をしてます。あ、これ登録証です」
「リュート様!?し、失礼しました。まさか暗部の方でしたとは…」
そんなワケでミナとの朝食が終わった後、オレは商会に来ていた。
商会は商人達を纏める組織。加盟するにあたり献金が必要で度が過ぎる違法商売はできなくなるが、そのメリットも大きい。
まず商会に加入してるというだけで一定の信用が得られるし、他の商人とのネットワークにもなる。
オレみたいな買い手の少ない商売には直接依頼がきたりする。
そして何より大きいのが、これ。
「魔獸の襲撃ですか…。南西の街が襲撃を受けた話はこちらにも来ています。すぐに申請は通ると思います。支援の内容は、どういった物を希望でしょうか?」
そう、災害、強盗、魔物、詐欺。このような予想のできない物により商売の続行が難しい場合に最低限の支援が受けれるんだ。
破産するリスクを考えれば月に支払う多少の上納は安いものだ。
「足が欲しいので馬が一頭。後はできれば一週間分の食料を」
王都までは一日でつける距離だ。馬はともかく食料は怪しいと思ったが、意外とすんなりと承諾された。
「あ、リュート様。王宮直属なんですね。えっと、馬一頭に食料一週間分…小さな町なので限りはありますが、もっと良い支援も受けれますよ?例えば…小さな馬車ならすぐに用意できます」
…そういえば、前にこの町に来たときに馬鹿な貴族が、王宮直属だとかレーナ様の護衛だとか言ってたな。
オレ一人なら問題ないけどミナもいるなら馬車のほうがいいか。
旧鉱山までは2~3日かかる。地面よりは荷馬車のほうがまだ寝やすいだろう。
「んっと…じゃあ、馬車でお願いします。後は…毛布も二枚ほど貰えたりしますか?」
「はい、わかりました。すぐに用意しますね」
流石、王宮直属。急な要請にもかかわらず多少の贅沢品も用意して貰えるとは…。
聞いた時は勝手に何してくれてんだと思ったけど、これは感謝しておかないと駄目だな。
小さな町の小さな商会の建物を出る。
すぐ前にある広場には黒い髪の少女が手に大きい紙袋を抱えてベンチに座っていた。
「ミナ、お待たせ。何買ったんだ?」
「おかえり。前にリュートがくれたヤツが美味しかったから。次の目的地まで時間かかるんでしょ?だから買い置き」
差し出された袋の中にはシャルの実が十数個入ってる。
「元の世界にあった林檎って果物に似てるのよ、これ。こっちの方が好きだけど。ね、ナイフない?」
ナイフくらいはいつも身につけてる。シャルの実の皮でも剥くんだろう。
「指怪我してたら剥き難いだろ?やってやるさ」
「ん、ありがと」
ミナは一つシャルの実を投げてよこしてくる。馬車の準備ができるまでの間、ミナと広場でゆっくりしてよう。
馬車の用意が出来たのは、あれから一時間後。一週間分の食料まで頼んだんだから早い方だろう。
「荷台にいたほうが楽だぞ?」
「リュートも荷台に居るなら荷台に乗るけど」
「誰が手綱引くんだよ、それ」
ミナの言い分に苦笑しながら返しはするもののまた隣に座っててくれるのは嬉しい。
足を掛けて身軽に馬車に乗る彼女を見て、お姫様抱っこはもういらないんだなぁと少し懐かしくなる。
「リュートー、行かないのー?」
「あぁ、行こうか」
「目的地まではどのくらい?」
「2~3日かな。途中で野宿になるけど大丈夫か?なんなら…」
「絶対に一緒に行く」
宿で待ってた方がと言おうとしたら先に察知されてすごい睨まれた。
笑顔を見せてくれるようにはなったけど睨むの今までと変わらないのはどうなんだろう。
「誰かと一緒に旅に出るのなんて初めてだから楽しみなのよ。リュートの家に行くときも少し怖かったけど…今考えて見たら楽しかったし。それに野宿なら何度もしたわ」
…そういえば、一年くらい勇者として一人で旅に出てたのか。この子は。
宿にいてくれた方が安心だったんだが無理そうだなぁ…。
諦めて馬車を走らせるとするか…。
なんだかんだ言っても魔力はまだ残ってるらしいし戦力的には心強いし、一人旅より楽しい。
何かあったらちゃんと守らなきゃなぁ…。
「ねぇ、リュート」
町はもう遥か後ろに見える。空高く雲は流れ暖かい風が吹く田舎道でミナは話し出す。
「ごめんね、助けて貰って恩知らずかもしれないけど…私、リュートの家族にはならない」
こんなにも旅立ちには良い日なのに…心にぽっかりと穴が空いたような気分になる。
「そっか。ま、強要はしないさ」
訪れるのは沈黙。
馬の蹄の音と車輪が地面を走る音だけが聞こえてくる。
どれくらい時間がたったか…ミナがオレの袖をキュッと掴んでくる。
「他の人にも…断られた事あるの?」
「ん、あるよ。だから、ま、そんなに気にするな」
気にしてるのはオレ自身だと言うのに、よくも人に言えたもんだなぁと思う。
「その人はどうして?」
「故郷に帰りたい。と、妹を忘れて幸せにはなれない。かな。良かったらミナの理由も聞かせてくれないか?」
ミナ以外に断られた時も残念ではあったけど、ここまで寂しくはなかった。
オレは余程この子を気に入ってるらしいな。
ミナに顔を向けると頬を朱く染めて驚いていた。
…え、なんで?
「理由…って…そ、そんな恥ずかしい事、言えない!」
「恥ずかしいのかよ!?」
「うるさい!!」
顔を真っ赤にしたミナに怒られる。いや、恥ずかしい理由ってどんなんだよ。
「家族は嫌…じゃないけど、家族じゃない方がいいの。それだけよ」
ミナはぷいっと視線を明後日の方向に向けた。
まー、よくわからないけど…はぁ、軽く騒いだせいかシンミリした雰囲気は飛んでったな。
掴まれていた袖は放されて次いでポスンッと肩が殴られた。
ミナが殴ってくるタイミングは本当にわからん。
「家族じゃなくても…一緒にいていい?」
「…あぁ。ミナが一緒にいてくれるなら嬉しい」
家族という繋がりは安心する。
けど…ミナが傍にいてくれるって言うならそんな繋がりなくても大丈夫だ。
「新しい家買ったらさ…また一緒に暮らさないか?オレは出てる事も多いと思うけど…」
「リュート、自分が何言ってるかわかってる…?まったく指輪の事といい…」
何故かジト目で睨まれた。少し頬も朱い気がするけど怒ってるのか?ていうか触媒がどうした。
「ま、いいわよ。リュートが良いって言ってくれるなら、こっちからお願いしたいくらい。でも一つ条件つけてもいいかしら?」
「多少の無理は聞こう」
オレがそう言うとミナはまた満面の笑顔を浮かべ…まずい、嫌な予感しかしない。
「私も仕事の時に連れてって?」
「危ない。駄目」
「なんでよ!」
いや、理由言っただろ、簡潔に。
「冒険者も傭兵も一日に何十人も死んでる。そんな仕事なんだよ」
「私、一応、傾国の魔女とか呼ばれてるんですけど?」
ジト目したって駄目。
「オレにとっては一人の女の子」
「それは嬉しいけど…リュートの力になれない?私」
…や、まぁ、多分、オレより強い。
「でもなぁ…あまり危険な目にはあって欲しくない」
「私もリュートにそう思ってる。だから力になりたいの」
引き下がる気ないよなぁ…。でも今回も連れて来ちゃってるし…オレも甘いか。
「首輪…それなんとかしてからな」
確かに首輪さえなければミナとオレならそうそう危機には陥らない。
「あ…うん!」
…この子が笑ってくれるなら、それでいいかと思いかけた自分が嫌だ。
「リュート、初代勇者パーティーの話は知ってる?」
「ん?この世界で知らないヤツはいないだろうな」
「魔剣を受け継いだ勇者シグルドと大魔法使いアリス。私たちってこの二人に似てない?」
「あはは、確かにな。魔剣を受け取った人間も、ここまでの大魔法使いは歴史に二人ずつだろうね」
この時、オレはミナの言葉の裏の意味に気づいていなかった。
シグルドとアリス…二人は魔王を倒して国に帰った。その後のエピローグ…。
えーと、ぶっちゃけ、この後、鉱山まで何事もなく着きます。
そこを書くのも飛ばすのも微妙なんで、次はサブキャラ視線の話でも書いて次に本編に戻ろうと思います。