二十三話 100と魔剣
無茶を承知で窓を突き破る。多少の怪我はするかもしれないけど天井がそろそろもたない。
「上昇気流!」
落下の衝撃を覚悟してたけどミナが何かを叫ぶと足元から強烈な風が吹いてきてオレ達の落下速度を和らげた。
微か魔力を感じる風…。
柔らかな風に流されてなんとか両足で地面に着地する。ミナを持っているのに痛みはほとんどなかった。
「今の風…ミナが…?」
それしか考えられないけど信じられない。
ミナが何かよくわからない言語で詠唱したのはわかったけど、あんな短い詠唱であれだけの風を起こすなんて…。
彼女はオレの腕から逃げ自身の足で地面に立ち振り向く。
「私は、勇者ミナ=ミヅキ。傾国の魔女ミヅキって言った方がわかりやすいかな?よろしくね、リュート」
今日は信じられない事の連続だけど、その中でも飛びきりのありえない出来事を彼女は口にする。
「勇者…ミヅキ…?って、あの城を大穴をあけて逃げ出して少し前に魔王に敗北して行方不明の…?」
「…なんで城に大穴とかそんな恥ずかしい事知ってるのよ。そうよ、そして奴隷商人に捕まってハンスに売られてリュートに助けられたミナです!」
なんか少し怒ってる。だけど、考えてみれば納得もいく…ミナの髪は先祖帰りにしても黒すぎるし、拐われたのは魔王と決戦があった街。そして故郷への帰り方がわからない…。
料理や編み物にしたってオレも家族も知らない事ばかり。
「ははは…どうやらすごい人物を家族にしようとしてたらしいな、オレは」
「…今更嫌いになったりしないでよ?」
彼女は少し不安そうに上目遣いでこっちを見てくる。ま…そんな事はありえない。
頭をぽんぽんと軽く叩きながら言うとまたポスンッと叩かれた。
言葉が無くても言いたい事は大体わかったのに、言葉があってもこればっかりはわからねぇ!
「ガウウウゥゥ…」
「あら、リュート、囲まれてるわよ?」
あぁ、そうだ。呑気に会話してるけどオレ達はまだ敵のど真ん中にいるんだ。
辺りを見渡すと数十匹のウェアウルフに囲まれてるし、上には相変わらずガーゴイルが5匹…どこかにオークも最低一匹はいるだろう。
てか、こいつらよく襲ってこなかったな…。
魔獣なりに空気でも読んだんだろうか…まぁ、ありがたいって言えばありがたい。
でも、流石に痺れを切らしたのは、オレ達の辺りをぐるぐる回り始めてる。
「さて…ミナ。まずは少し数を間引くよ」
「狼はリュートに任せる。上からも狙われてちゃ集中できない」
「任せろ。その代わり任せた」
ミナに貰った剣を構える。魔剣アウルと同格の剣…それが本当かどうかはわからないけど、竜の牙から削った剣よりもミスリル結晶剣よりも良い剣だっていうのは持った瞬間にわかった。
「ガアアアッ!」
「運がなかったな…この剣を持つ前のオレになら万が一には勝てたかもな!」
ウェアウルフの1匹が飛び掛ってくる。この剣なら…こんな魔獣怖くない!
オレはタイミングを合わせたつもりで斬るかかる…が!
な…軽すぎる!?
振った剣はウェアウルフが間合いに入る前にその目の前を通り過ぎる。
剣の重さは感じられるのに振った時にはまるで、その重さが0になったかのように軽い。
「くっ…!!」
オレは慌てて剣を引き突きに移行し、ウェアウルフの胴体目掛けて突き刺す。
間に合うかどうか自身はなかったが、剣はあっさりとウェアウルフの胴体に突き刺さってくれた。
「なんだ、この剣…振るのにまったく抵抗がない!?」
「火、火、渦、放!…何やってるの!その剣はもうリュートそのものなのよ?自分の体を動かす延長だと思って!」
そ、そんな事言われても…確かに腕を振るときに重さを感じたりはしないけど…。
スーハーと深呼吸して剣を構える。次、飛び掛ってきそうなウェアウルフは2体。普通の剣とは違うから勝手は異なる…普通の剣以上の動きをイメージしなきゃコイツは使いこなせない。
「ガウッ!」
「ガルルルル…」
1匹が先行して跳躍してもう1匹が遅れて頭上から飛び掛ってきた…普通の剣ならここで回避をしながら1匹目を叩き伏せる…けど、この剣はそんな遅くはないだろう。覚悟を決めて飛び込む。
流れるような動作で先行して飛んだウェアウルフを片手で袈裟に斬り、剣を構えなおす。動作は驚くほどスムーズに完了する。
二匹目…少し高い位置から飛び掛ってきてるウェアウルフを軽く剣を振って叩き落す。
普通の剣では到底間に合わない動作…それを当たり前のようにこなせた。
「…とんでもない剣だな」
「最古の勇者が使ってた剣とほぼ同じ原理で作られた剣だもの。その剣は私自身よ。…大事にしてね、私を」
ウェアウルフを屠るとミナが長い髪をかきあげながら傍に歩いてくる。空を見上げるとさっきまで飛んでいたガーゴイルはもういなかった。
「この一瞬でやったの…?」
「簡単よ。あの程度なら」
…空を飛ぶ標的に当てるのは地面にいる敵に当てるよりも遥かに難しい。それをこの短期間で打ち落とす彼女は確かに優秀らしい。
「リュート…あっち、わかる?」
「…いや?何かあるのか?」
ミナが唐突にウェアウルフの向こう側を指で示す。
他の場所より多少、ウェアウルフの数が多い気はするけど、他に思いつくことは無い。
「魔力が戻って初めてわかったんだけど…向こうにちょっと大き目の魔力を持つ何かがいる…」
「まさか…魔王!?」
「いえ、魔王じゃない…魔王とは会った事があるから彼ならわかる。それに多分、魔王はそんなに悪い人じゃ…」
ミナが言いかけて口を紡ぐ。魔王と何かあったのか?
「ともかく…!向こうに何かいるの。それが例えば…魔獣を操作してるとかってないの?」
魔獣を操作…?いや、普通ならありえない。そんな話聞いた事もない。けど…。
「…魔獣の動きが普段と違いすぎる。魔獣は元々、他種と一緒に行動したりしないし、頭もそんなに良くない。普段ならありえない話だけど否定しきれないな」
「そっか…よし、ちょっと敵の数減らしましょう」
ミナはそういうと手を上に掲げる。
また何か魔法でも使う気だろうか…?
「魔剣召還、いっぱい」
…は?え…ちょっと!?これは…!!
「えーと…ミナ?これをどうするのかな?」
上を見上げると数え切れないほどの剣…黒い靄のようなもので包まれた剣、剣、剣。恐らく数十本じゃ聞かないだろう。
「ん?落とすに決まってるじゃない」
そして彼女がそう宣言した瞬間、全ての剣は地面向かって重力に引かれて落ちてきた。
何故か全ての剣が刃先を下に向けて…。
「ぎゃあああああああーーーー!!?」
剣はもちろんオレの頭上にもあったわけで体に何本も突き刺さる。確かに敵の数も減るけど、これってオレも死ぬんじゃないか…って、あれ?
「うるさい、リュート。大丈夫よ。私の魔力は私を傷つけたりしない。そして、リュートの持ってる剣は私自身よ?私の所有者はリュート。私がリュートを傷つける事はできないわ」
「はは…あはは…本気で死んだかと思った…」
周りを見ると串刺しになってるウェアウルフが多数。まだまだ数はいるけど確実に数は減っている。
「ま、予想通りにリュートが無事で良かった」
「予想!?確証あったんじゃないの!?」
下手したら死んでたんじゃないか。オレ。
「大丈夫よ。もしそうだとしても…その時はリュート自身の能力でなんとかなるハズだから」
オレの能力…?ミナはオレの能力を知ってるのか?
「ま、そんな事は後よ。ごめんね、リュート。お互い無事だったら改めてお話しましょ。それからでも遅くないから。それよりもまずは…」
能力とやらが気になるけどミナはまた地平の向こうを見る…あそこにいる何かが…魔獣を操ってるのか?
「あそこにいるヤツを倒す。でも、逃げられたら厄介なの。今はまだ居るのがわかるけど離れてても魔獣は制御できるのかもしれないから…一瞬で倒さなきゃいけない」
魔獣を操ってるヤツがいれば確かにそれを倒せば個々の群程度の機能しかなくなるだろう。それなら逃げ切れる確立も上がる。だけど、その何かが逃げて遠くから魔獣を操ったら…今の状態が続く…か。確かに逃げ切れる確立は全然違う。
「私はこれから、ちょっと長い詠唱に入るわ。リュート…私を…守ってくれる?」
残ったウェアウルフは先ほどミナが指した地平の先にある何かを守るように終結している。
それは…地平にいる何かが魔獣を操ってる証拠だろう。
「…任せろ」
「うん、任せた」
短いやり取り。だけど、ミナがやるって言ったんだ。後はオレ次第。
ミナよりも少し前方に立ちウェアウルフの群に対峙する。見た限り100匹はいないと思う。
今までオレが倒したのとミナが魔剣で串刺しにしたのを合わせてそれくらいだろうか?つまり、半分くらいはやったって事だ。
「そして、後はミナを待てばいい…。前面に集中してくれたのは好都合。一匹たりとも後ろに抜かせたりはしない!」
剣を構えると数匹が飛び出してくる。ただし、今までと違って後ろのウェアウルフもタイミングをずらし走ってきている。
波状攻撃…やっぱり魔獣の取る行動じゃない…。これを凌げばミナがなんとかしてくれる!
飛び掛ってきた二匹をいとも簡単に斬る。少しだけど剣に慣れてきた。
さらに続く三匹目を飛ぶ前に頭上に剣を振り下ろして仕留める。
下級魔獣とはいえ人よりも遥かに速いウェアウルフ…そのウェアウルフの速さに今のオレは順応できている。
まるで手を使うかのような感覚で剣を振り回し計6匹を一瞬にして斬る。
「ふぅ…ハァ…さて、剣の性能は上がっても体は相変わらず。体力的にキツイな…」
でも、ミナが詠唱を終えるまではオレがここで食い止める。
速さに任せたワンパターンな襲撃。斬るのは簡単だけどそれは技術的な話。
ウェアウルフの動きに合わせて体を動かして斬るという行動は体力をかなり使う。それに加えて連戦の疲労も溜まってきている。
ミナのほうを見るとまだ詠唱の最中…でも前に突き出された両手の前には何か真っ黒いビー玉の様な塊が浮いている。ここにいても魔力の変動は感じられないのを見るとそれほどまでに圧縮された魔法なんだろう。流石に魔獣がぽんぽん使う下級魔法とは違うようだ。
これなら…地平の向こうで余裕こいてるヤツに気づかないだろうな。
正面から飛び掛った一匹を突き刺しオレの沸きを通り過ぎてミナに向かおうとした一匹に刺したウェアウルフを投げつける。
「キャン!!」
駆け抜けようとしたウェアウルフはオレが投げたソレに当たって思いっきり吹っ飛ばされる。
「いかせやしない…!」
まだ転んでるウェアウルフに駆け寄り起きる前に切り伏せる。と、そこでミナの視線を感じて振り向いた。
魔法の詠唱が終わったのか…!
多分、オレがいる場所が射線上で撃ちにくいんだろう。大きく飛び跳ねて射線外と思われるトコまで転がるとミナは口の端を吊り上げ笑ってくれた。
言葉が話せない時間はミナとオレに言葉がなくてもある程度の事はわかるようにしてくれている。それがこんなトコで役に立つとは…。
そして、彼女の口からオレの知らない言葉…多分、異世界の言語だろう。
彼女は異界の言葉でその呪文の名前を唱えた。
「レーザー・カノン」
その瞬間、黒いビー玉のような塊は彼女の両手が突き出した方向に暴虐な光となって地平の彼方を一瞬で貫いた。
大地が焼け焦げる匂いがする。射線にいた不運なウェアウルフは一瞬で消滅した。
速いなんて物じゃない。家一軒丸ごと飲み込みそうな大きさの高熱の筒は、人が、魔獣が、魔人が知覚できない光の速度で直線状を焼いていく。
ミナがイメージしたのは現代の光学兵器。
雷よりも速く、火よりも熱い、光の束を自分の両腕を砲身に見立てて真っ黒に見えるほどに凝縮された光を打ち出した。
それは遥か彼方で魔獣の指揮を取っていた魔人を消滅させるに十分すぎる威力だった。
その魔人の名前はイライザ。魔人の中でも実力者で人間相手に戦争を仕掛けようとする急進派と呼ばれる派閥の魔人であったが、イライザですら気づかぬうちに一瞬に焼き尽くされ人間の間で魔人イライザの名前が出てくることはなかった。
「んーっ!流石にちょっと、使いすぎたかな…魔力」
「ミナ、うまくいったのか?」
残ったウェアウルフの動きが緩慢になってきてる。多分、その何かを倒すのに成功したんだろう。
「うん、大きな魔力は跡形も無く消えたわ。後はどうにかして逃げ切るだけ…」
ミナに駆け寄ると崩れかけた家からドオオオオン!と轟音が聞こえる。
そこから姿を現すのはこの戦場にいた1匹のオーク。
しかし、リュートたちよりもそのオークに先に攻撃をした影があった。
「えっと…なんで、魔獣同士が喧嘩してるの?」
「はは…元々オークとウェアウルフは仲が悪いんだ。今まで操られてたからか一緒に行動してたけど…それがなくなって元の敵対関係になったみたいだね」
ウェアウルフは数で囲み少しずつオークにダメージを与えているがオークは手に持った棍棒でウェアウルフを薙ぎ払う。数的にウェアウルフが勝つだろうけど、暫くの時間稼ぎくらいにはなってくれそうだ。
「ミナ、今のうちに逃げよう。走れるか?」
「あまり期待しないでよ?これでも体は普通の女の子なんだから」
二人で笑いあう。
オークがやられる頃にはかなりの距離を稼げるだろう。西の街の状況がどうなってるかわからないから、目的地は王都から帰ってくる時に寄った町。
休まず歩けば昼までには着くはずだ。
「最後にもう少し頑張ろう。ミナ、少し無理をさせるけど一緒に来てくれ」
「ん。リュートと一緒なら私はどこでもいくわ」
次で一章が終わりかなぁ。
まぁ、別に関係なくまだまだ続いて行くんですが。