二十一話 3人目率いる聖者の行軍
カムイは日本人じゃなくて別のファンタジー世界の日本によく似た国から召還された人です。
まるで嵐のような魔力の奔流。
目の前の敵が今まで戦ってきた魔獸なんかとは比べ物にならない強さを持ってるのが簡単にわかる。
「はは、すごい魔力だ……すごいぞ、ケーファー殿!」
鼓動が高鳴るのがわかる。
ここに来る前の俺なら絶対に勝てないであろう強さ!
魔王を倒し美しい王女を妻として貰うだけの予定であったが、これは考えを改めざるを得ない。
「オレは聖者カムイ!魔王を倒し、この国の王となる者だ!」
俺は魔王と……戦いたい!
宣言と同時にケーファーは地面を滑空する。
人種では無し得ないだろ挙動、予想外の早さで間合いを詰められる。
カムイも近接戦闘は得意ではあるが魔獸と真正面から殴り合える魔人と零距離で戦うのは不可能。
ただそれは、この世界に来る前までの話だった。
早い……!が、受けるくらいなら問題ない!
目の前で地に足をつけ滑空による加速と全体重が乗る拳にさらに魔力による身体強化を使ったケーファー殿の一撃。
それを受けるのは普通なら正気の沙汰ではありえない。
およそ打撃とは思えない轟音が鳴り響く。
後ろにいた俺の仲間でさえも驚愕している。
いや、正確に言うなら驚愕したのは、この場にいる俺以外の全員、つまり魔王ケーファーも信じられないものを目の当たりにしている。
俺は魔獸ですら吹っ飛ばすケーファーの一撃を片手で受け止めているのだ。
「油断大敵だ。ケーファー殿」
あまりの出来事に硬直を晒した魔王目掛け攻撃を仕掛ける。
肩に担がれた刀が一瞬ぶれて、まるで閃光のようにケーファーに襲いかかるが、少し遅れて我に帰ったケーファーも後ろに飛び上がり致命傷は避られた。
「ふぅ、全に斬ったと思ったが、薄皮一枚とは……」
刀による斬撃は、この世界の主流である力で叩き斬るのとは大きく違い滑ら斬り裂くものであり、その速度も比べ物にならないくらい早い。
事実、ケーファーといえ背中の翼が無ければ飛べずに斬られていただろう。
避けれたのには驚いたが……斬れたのなら勝てぬ道理はない!
それに聖殿の盾はやはり魔王にも通用する…と、そういえば言うを忘れていたな。
「はは、驚いたか?ケーファー殿」
右手を前に突き出し続ける。
「勇者はこの世界に呼び出された時に一つの能力を得る。そしてオレの力は全ての攻撃を通さない無敵の守り!聖殿の盾だっ!」
「だから、なんでお前は自分の能力を敵にばらすんだよ!?」
俺が叫んぶと唖然としていた三人の一人、アウゼルが殴りかかる。
「どうしてって恰好いいであろう?王道であろう?」
「馬鹿か、お前は!?いや、馬鹿だ、お前は!!」
魔導師らしき男はカムイに怒鳴りたてるがカムイは気にした様子はない。
どうやら、いつもの事のようだ。
残った女性二人も一人は楽しそうに一人は困ったような顔で笑っている。
「あはは、でも、これは気をつけなきゃいけないね…他の三人も特別な能力を持ってるって事だろう?」
魔王ケーファーの問いに勇者パーティー三人の視線が残り一人に集中する。
「え~と、実は私、勇者じゃなくて、ただの付き添いなんです。だから攻撃しないでくれると嬉しいな~、なんて」
彼女はリッフィー。勇者と共に旅をしているが元は王宮の治癒術師。
勇者が怪我をした時の為に付き添っているのであって戦闘能力はほぽ0に近い。
だからといって攻撃するな、など虫がよすぎる発言ではあるがケーファーにも無闇に人間を傷つけるつもりなどない。
「そっか、うん、わかったよ」
「え?本当ですか!?ありがとうございます!!」
いつかは人と手を組み、魔人を退け天使から隠れてルーシーと平和な生活を送りたいケーファーに人に…しかし勇者パーティーに良いイメージを植え付けとくのは決して無駄ではない。
そんな打算だったけど勇者達には好印象だったようだ。
「あら、魔王とは残虐無慈悲と聞いていましたのに…意外と話がわかりますのね」
「ケーファー殿は義理には応える傑物。今、戦ってもらえているのが証拠」
手袋をした緑髪女性が関心し、カムイが、頷く。カムイは根本的にあまり人を疑わない為、肉と引き換えに戦ってくれたケーファーを全面的に信頼していた。
「ケーファー殿は義に背くようなことはせぬ。ただ人より野心が強く、ただ人より強かっただけなのであろう」
「はぁ……まぁ、バカムイの発言は置いといても噂とは違うようですわね…失礼、私はロザリアル=セルティーナと申します。気軽にロザリーと呼んでくださいな」
二度目の自己紹介だが、前回はそれどころじゃなく話を聞いていなかったケーファーにはありがたかった。
「えっと……よろしくお願いします」
ロザリーの優雅な立ち振舞いにケーファーは釣られてお辞儀をするとカムイが、そろそろ待ち疲れたとばかりに発言する。
「まぁ、まぁ、夕食も近いしそろそろやらないか?ケーファー…俺は君を倒したいんだ!」
せっかく少しいい雰囲気だったがカムイが戦いたいのは変わらないようだ。
しかしケーファーとしても、そろそろルーシーが帰ってきそうだから早く終わらせたい。
「うん、そうだね。再開しようか。カムイ」
そうこなくては。とカムイは嬉しそうに笑う。他の三人にも先程までの緊張はないようだ。もっとも治癒術師の女性は明らかに、がんばれ~。などと声援を飛ばし下がっていくが。
「さて、じゃあ、行くか」
最初に動き出したのは赤髪の魔法使風な男。
彼が上に手を掲げると一瞬で人を丸ごと飲み込めそうな火球が出現する。
「これくらいで……終わったりするなよ!」
彼はその見た目に違わずファイアボールのような魔法を投げつける。ファイアボールとの差異を上げるとするなら大きさが数倍あるという事だけだろう。
「勇者ってのはどいつもこいつも常識破りだね!」
巨大なファイアボール自体は珍しくはない。しかし、それを無詠唱で投げつけてくるのは過去に戦った少女以外は思いあたらない。
しかし、ケーファーも魔王と呼ばれた魔人。
黒い翼を大きく動かし周囲の風を操り火球を四散させる。
飛び散った炎がケーファーの体を撫でるが魔力に守られた体にダメージを与えれる程ではない。
「何っ……まだまだぁ!」
何匹もの魔獸を焼いてきた火球を消された事に魔法使いの男は驚いたが、今度は両手からそれぞれ先程と同じ大きさの火球を放つ。
「一個が二個になっても同じだよ!」
ケーファーは先程と同じように翼で風を起こす。数が増えたトコでやる事は変わらない。火球は同じように四散しケーファーに飛び散る。
些か視界が赤く染まるが、警戒さえ怠らなければカムイが斬りかかってきとも反応できる。ケーファーはそう考えていた。
「行きますわよ、魔王」
撒き散らされた炎の奥から聞こえてくる女性の声。
どうやらカムイではなく彼女が来るようだ。
ケーファーは構え警戒するが、それを嘲笑うかのように唐突に攻撃は来た。
「痛っ!?うわっ!!」
ケーファーの顔目掛けて何かが当たる。
しかし、それが何かケーファーにはまったく見えなかった。
「うわ!?なんだい、今のは……それも勇者の能力?」
「さて、どうでしょうか?私、カムイと違い自分の手札を晒すような真似はしませんの」
確かにそれはもっともだと思う。
彼女はまるで格闘家のように拳骨に鉄板のついたグローブを着けて構えをとっているが、どう考えても打撃の届く位置にいない。
ケーファーは彼女の能力を予想するが検討がつかない…が、先程の威力では致命傷には遠い。少なくとも中距離では牽制にしかならないだろう。
さて、どうする?ケーファー殿。近距離は聖殿の盾を使う俺。中距離以遠ではロザリーの格闘とアウゼルの炎……。
カムイは恐らくはロザリーから潰しに来るだろうと予想をつける。アウゼルの能力は炎を操る事だが、どうやらケーファーには余り効果がない。だがロザリーの能力は小さいが確実にダメージを与えるし彼女自体の戦闘能力は高いとは言えない。
もっともケーファーにはアウゼルの使っているのは、ただの魔法にしか見えずそれが誤算を生じさせる。
バサッ!!と翼を使い高速で滑空する…その相手はアウゼル。
ケーファーは、ロザリーの能力は攻撃力は低いと判断し、どんな能力を持ってるかわからないアウゼルを優先した。
なっ!?アウゼルを先に!?間に合うかっ?
カムイは慌てて駆け出すがケーファーの滑空は異常に早い。
駄目だ……間に合わない!
ケーファーが腕を振り上げアウゼルに殴りかかる。が、その瞬間アウゼルを助けたのはアウゼルの能力だった。
「この距離でも耐えれるか?」
彼は炎を召喚しケーファーに直接ぶつける。
「ただの火炎なんて僕には効かない!」
ケーファーによって腕の一振りで撒き散らされる火炎。アウゼルにはもう防御手段は残されていない。
「うあああああー!!良く持ちこたえた!アウゼル!!」
だが、その腕を一振りする時間でカムイは間に合った。走る勢いをそのままにケーファーに斬りかり、ケーファーはそれをアウゼルを薙ぎ払おうとした腕で防ぐ。
「予定とは違ったけど、まずはカムイからやらせてもらうよ!」
「聖殿の盾!!」
カムイの剣を上に弾き隙だらけの脇腹に蹴りを入れようとしたが、右手に防がれる。いや、よく見ると右手にはあたってもいない。その直前に不可視の何かに阻まれていた。
「なんて、デタラメな!」
ケーファーは大きく後ろに飛翔し距離をとる。囲まれたままでは分が悪い。
ケーファーが戦った勇者の中で一番強いのは明らかに一人で自分を圧倒していた少女だが、彼らもそれに次いで強い。油断すればやられかねないとケーファーは感じていた。
しかしながら勇者達は魔王を倒すには時間を掛けすぎた。
魔王はすでに彼ら相手の対策がわかってきている。そして、もう一つ…。
「何してるの?ケーファー。逃げる?」
ケーファーの隣にはいつのまにか、白い髪の少女がいた。翼は隠している為、勇者達からはただの魔法使いと写っただろう。
魔法使いだと思った理由は単純。ルーシーはすでに白い光の門を脇に出現させていた。
ちゃんとお塩買えたよ~。と笑顔で言う姿はこの場では浮いていたが…。
「セラフィックゲート!?嘘でしょう?」
治癒術師の女性が呟く。勇者達は彼女が何故驚いているかわからないが、セラフィックゲートは本来、高位の神官が複数人で使う転移魔法。
少女一人が間違っても使えるものではない。
「お腹減ったから早くご飯にしようよー。大丈夫、お魚でも果実でも私、大好きだよ!」
いきなり現れた少女の存在にカムイもどうしていいかわからなかったが、次のケーファーの発言でさらに気を引き締める事になる。
ケーファーは彼女の頭をぽんぽんとして勇者達に向き直り言った。
「ごめんね、カムイ。そろそろ終わらせるよ」
「……なっ!?」
ケーファーの右腕に凄まじい魔力が集中するのがわかる。
魔法が苦手なカムイですら知覚できる異常な高濃度の魔力。
「ちゃんと能力で受け止めてね?じゃないと死ぬよ?」
体に悪寒が走る。それほどまでに、あの魔法はマズイと。
「雷竜の嘆きよ!降り注げ!!」
ケーファーは上空に魔力の塊を飛ばす。その魔力は遥か天上で拡散し雷となり勇者カムイに襲いかかった。
「せ、聖殿の盾!」
慌てて右腕を上空に掲げ雷を防ぐ。
大丈夫だ、聖殿の盾がある限りケーファー殿の攻撃は効かな…しまった!
雷を防げた事による少しの油断。
前を見たときにはケーファーが目の前で拳を握りしめていた。聖殿の盾を雷を防ぐのに使っているカムイにそれを防ぐ手段はない。
「ガハッ……見事!」
ケーファーの拳が鳩尾に突き刺さりカムイは膝から崩れた。
「カムイ、大丈夫ですの!?」
カムイを助けようと距離を詰めるロザリー。彼女との間を一気に詰める。
「早……簡単にはやられませんわ!!」
繰り出される正拳と右回し蹴りを軽と避ける。どうやら彼女は近距離では普通の…いや、並以下の格闘家のようだ。
「ちょっと痛いけど、ごめんね」
さらに繰り出される後ろ回し蹴りに合わせて顎を叩く。
「きゃん、痛っ、でも、このくらいでは……へ、あれ?」
顎を打たれれば足が思い通りに動かなくなる。彼女はその場にぺたんと座り込み立ち上がれなくなった。そして振り向きざまに拳大サイズの火球をアウゼルに数個放り投げる。
地面にあたり爆発したそれはどれも直撃はしていないが、わざと外した事は簡単にわかった。
「おいおい……あー、降参だ」
アウゼルも相手の実力がわからないほどではない。あっさりと両手を上にあげた。
「すごーい!ケーファー強い!!」
「流石は魔王と言ったところか……まさか、ここまであっさりやられるとは…」
カムイが悔しそうに言うがケーファーとてカムイの強さには驚いていた。それに…
「今回は勝てたけどカムイ達はまだまだ強くなるよ。怖いなぁ、本当に」
笑いながら、じゃぁもういくね。とケーファーと天使はセラフィックゲートに入っていく。カムイは体を大の字にして寝転がると大声で叫んだ。
「負けたあー!世界は広い!」
悔しそうに…だけどどこか嬉しそうに大声で叫ぶと治癒術師の少女がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
◆
「美味しいよー、ケーファーありがとー!」
「お肉久しぶりだねぇ」
セラミックゲートを潜った先、昨日寝た川原で二人は久しぶりに少し豪勢な食事を楽しんでいた。
それにしてもカムイ強かったなぁ。他にもあんなに強い勇者いるのかな。
いや、自分はカムイより強い勇者を一人だけ知っている。
黒い髪に黒い剣を持つ少女。できるなら二度と戦いたくない。
あの子、ちゃんと魔獸から逃げれたかな?無事だといいなぁ。
ふとそんな事を考えていたら、ルーシーにまた他の子の事、考えてる!と怒られた。
◆
「ありがと、買ってくれて」
黒い髪の少女と灰色の髪の青年が服屋から出てくる。少女の頭には今、買ったばかりの、緑色の鍔の大きい三角の帽子が乗っている。
「いいさ、おねだりなんて二回目だからな」
青年の言葉に少女は赤面する。一度目のおねだりは自分にとってすごく恥ずかしいものなのだ。
「……っ。馬鹿な事言ってないで早く行くわよ」
少女は青年の手を取り前を歩き引っ張る。
「ミナから手を握ってくるのも二回目だな」
「あら、私はリュートと手を繋ぐの好きよ?」
一番最後にちょっと主人公登場。
魔獣戦から少し後の二人です。
次話は、あの後の続きになります。