十九話 2人、手をとり…。
外で轟音が鳴り響く。
ミナが埋め込まれた魔力核を全て爆発させてくれたんだろう。
「これで少しは数が減ればいいんだけど……ハァ、やっぱり中まで入り込んでやがったか」
恐らくは窓からだろう。家の中にはすでにウェアウルフがうろついていた。
「ガウッ」
「おっと、そう簡単にやられるかっ!」
飛びかかってきたウェアウルフを避け半分の結晶剣を投げつけ、玄関にある新しい剣を手にし斬る。
「この調子じゃ、何匹は入り込んでるやら……」
外の生き残りもいずれ来るだろう。
考えれば考えるほど気が遠くなる。
助けが来るまで持つのか?敵が予想外に多い。それに行動が読めなさすぎる。
今までは有効だった単一種を相手にする対策も、怯えて躊躇してた火も途中から効果がなくなった。
そうだ……効果がなくなったのは途中から…最初はガーゴイルもいなかったし火にも近づかなかった。何かおかしい……。
「ガウッ……ガアァッ!」
「……なっ!?」
少し考え事をし過ぎて魔力の歪みに気づかないとは……!?
目の前にはウェアウルフのファイアボール。ウェアウルフが放つ唯一の魔法攻撃。動きを止めないと打てないらしいので滅多に使ってこないがアローとは比べ物にならない威力を誇るソレは高速でリュートに近づいてくる。
避けきれない……仕方ない、やられるよりマシだ!
竜毛の籠手でファイアボールを防ぐが、爆発する。耳がキーンとなり腕が熱い。アロー程度なら魔力を遮断した瞬間に熱も消えるがファイアボールはその後に爆発し籠手で守られていない場所を容赦なく焼いてくる。
痛いっ、熱いっ……けど、その前に目の前の敵だ!
ファイアボールを弾いた右腕は動きそうにない、左手で剣を持ちまだ反動で硬直してるウェアウルフ目掛けて振り下すと鈍い手応えと「ギャン!」と断末魔が聞こえた。
腕は……無事か……?って、あれ?
覚悟して自分の右腕を見ると意外となんともない。んな、馬鹿な。小規模とはいえ至近距離で爆発が起きたんだぞ?炭化はせずとも最悪爆風による骨折くらいしててもおかしくは……。
「ガウッ!」
「っと、遅いんだよ!」
飛び掛ってきたウェアウルフの牙を反射的に避けて、そのまま胴体に剣を突き刺し振りぬくと壁に激突して動かなくなった。
あー、考える暇すりゃありゃしねぇ!よくわからないが腕が無事だったのは僥倖だ。今は戦う事だけ考えようっ。
焼け焦げた手袋を外しついでに、もう片方の手袋も外す。今となっては剣の感触を掴むのに邪魔なだけだ。それくらい些細な事でも今は取り除いておきたい。
「じゃないと……ミナもオレも生き残れないからな……」
実際にこの場生き延びれるかどうかは正直怪しい。というか、現状では敗北は確定してる。
後は外部の要因に任せるしかないってのが辛いトコだなぁ。だから……その外部からの要因が来る可能性をできるだけ高くする為に時間を稼ぐ。オレができるのはそれだけさ。
居間にある二階への階段。守るべきトコはここだけだ。
「やる事は外に居た時と変わらない!入り口をひたすらに守る!」
……誰に叫んでるんだろうな。オレ。まぁ、テンションあげるのは大事な事だ、うん。
もう家の防衛機能は働いてないだろうけど後ろにあるのは壁と階段。死角からの攻撃がこないってわかってるだけで精神的に楽だ。
次々と物陰からいきなり飛び出してくるウェアウルフを切り払う。外よりも早い反応速度を要求されるけど、ダンジョンではいつもこんなものだ。
とはいっても……ここまで大量のウェアウルフを相手にする事なんてなかったけどな……!
剣を振りなながら頭の片隅で考える。やっぱり、どう考えてもおかしい。ウェアウルフの群れの数は大体が20~30匹。西の街の方にどれくらい多く行ってるかわからないけど、群れ1つ分の数くらいは斬ったハズだ。
それでもまだまだ飛び出してくるのを考えると余りにも多すぎる。
明らかに今までにない異常な事態だ……。魔王の影響か……?
最も歴代の魔王は人類に宣戦布告してきたがソレらしい話は聞いたことがない。一応、ミナの居た街が魔王に滅ぼされたとは聞いたけど実際に魔王を見たって人はいないらしい。
考えながらも既に5匹のウェアウルフを屠ってきた。いい加減死体が邪魔くさい。2Mを超える狼が倒れてるんだから動き辛い事この上ない。
状況はどんどん不利に追い込まれてる。後、何時間堪えれる……いや、何十分堪えれるか……。
孤立無援……この状況は流石に疲れるな。体力的にも精神的にも。
だけど、まぁ……まだ体は動く……なんとかなる!
剣を握りなおし目の前のウェアウルフを睨みつける。
……待て。こいつら今まで物陰から勢いよく飛び出て襲ってきたハズだ。なんで姿を見せてる?
近寄ってくる様子も無い……オレの注意を引く為か?いったい何から……ガーゴイルは流石に中までは入ってこないハズだ。この部屋の様子はここから全部見渡せるけど、部屋にいるのはウェアウルフが三匹、一定の距離を保ってうろうろしてる。
一匹に構っている間に他のヤツに階段を抜けられては困るから、こっちから斬りにはいけない……どうする?
その疑問はすぐに氷解する事になる。自分の横からドン!ドン!!と大きな音が響いてきた為だ。
「おいおい……嘘だろ……?」
信じたくはない。信じたくはないけれど、実際に自分の隣には壁しかなく…壁に徐々に亀裂が生じていく。
壁を壊すほどの力……ウェアウルフにはない。王国軍が相手していたのは、ウェアウルフとガーゴイルともう一種。
ドゴォン!
「オーク……!」
壁が崩れその巨体がリュートの目の前に現れる……人外の力を持つ化け物。動きは素早く無い為、本来なら強力な魔獣ではないのだが今は状況が違った。こっちは階段の前から動けないのだ。
「ちくしょう……!」
子供ほどの太さがありそうな腕が持ち上がり、純粋な凶器である棍棒が振り落とされる。
避ける戦いをするオレから見れば呆れるほど遅い攻撃だけれど、階段の前から大きく離れるわけにはいかず紙一重で避け巨体に斬りかかるしかないっ。
……やっぱり一撃じゃ致命傷にならないか!
攻撃が幾ら人として強力だからといって、それは人の範疇をでない。オークを一撃で沈めるには明らかな力不足であり、二撃、三撃とオークの棍棒は振り下ろされる。
一撃振り下ろされる度にに床は姿を変え足場は減らされていくばかり。
「ガウッ!!」
「魔獣同士が協力してるんじゃねーよ!」
オークと戦っているのをチャンスと見たかウェアウルフが飛び掛ってくる……けど、そんな事は予想済みであり、オークを倒すよりも遥かにウェアウルフを倒すほうが簡単だ。剣の一撃で容易く地面に叩き伏せる。
「ガアアアアア!!」
あぁ、もう忙しい!ウェアウルフが終わればオーク!オークに気を取られれば新しいウェアウルフかよ!
再び振り下ろされるオークの棍棒。リュートが半歩横にずれ棍棒を避けようとするが、いよいよそれも不可能になっていた。
な、ウェアウルフの死体が……足に引っ掛かって……!?避けきれない……!!
ズガアアアアアーン!!
オークの振り下ろした一撃は轟音と共に床を砕き土煙を上げる。
その下では折れた剣を斜めに構えるリュートが…なんとかまだ生きてる事に安堵していた。
ハァ……なんとか……方向だけは変えれたけど……また剣が折れちまったな……。
オークはオレを倒したと思って油断していたんだろう。折れた剣で腕を切り棍棒を落とさせる……けど、ここまでだ。この剣でオークを倒すことはできない。
もう、戦いは終わった……。王国軍が来る気配はない。最悪、西の街も落ちたのかもしれない。
それだけ魔獣動きが異常だった。本来、顔を合わせれば殺しあうはずのオークとウェアウルフが共に行動している。今まで有効だった戦法が通用しない。
最後は……せめて彼女の元で……。
オレはオークが痛みで悶えている間に階段を駆け上がって、ミナに最後の合図を出した。
◆
「……白い光……撤退」
二度目の白い光……それが意味する事は簡単。リュートは負けたんだ。
せめて、無事でいて欲しい。私はリュートを信じて指示されていた操作を行う。
少し離れた所から小さい爆発音が聞こえた。階段の下に仕掛けてあった魔力核が爆発した音。階段を吹き飛ばす為だけに設置された物。
これで一階から二階にあがる手段はない。しばらくの間の足止めにはなるはず。
ガチャンと扉が開く音が聞こえて一瞬、魔獣かと思ってビクッとしたけど、その顔を見てすごく安心した。
「ミナ、ごめん……」
ううん、私はリュートがまだ生きててくれて嬉しい。
下で魔獣相手に倒れて最後の力を振り絞って合図を送ったんじゃないかって……もう会えないんじゃないかって思って怖かったけど、リュートはちゃんと来てくれた。
近づいてきた彼をまたポスンと殴る。なんか照れくさかったからだ。
でも、自分でもわかるけど…私、多分笑ってる。こんな状況なのに今目の前にリュートが居てくれるのが嬉しくて仕方が無い。
リュートも一瞬驚いた顔をしたけど私の顔を見て笑ってくれる。
「ミナ……ごめんな。オレ、守りきれなかった」
ちょっと申し訳なさそうな顔をしてるけど、そんな必要はない。
私はリュートと過ごした一ヶ月弱の間、確かに幸せだった。
元の世界よりもこの世界に来てからの1年よりもリュートと居た1ヶ月がどれだけ大切な物か。
そして……最後の最後まで私を守ってくれた。感謝こそすれ文句を言えるハズがない。
これで最後だと思うとちょっと寂しいけど……だから、今は少し甘えさせてね?
実際にはこっちに来てからずっとリュートに甘えっぱなしだった気もする……けど、最後なんだから、もうちょっとだけ許して欲しい。
私は彼の首を両手で抱きしめて、その胸に顔を埋める。
ありがとう……リュート。
「ありがとう……ミナ」
私の体もギュっと抱きしめられる。ちょっと痛いけど、それも心地いい。
「ごめん……守りたかったけど……」
けど……?
「もう無理なんだ……ここに居ればまだ少しは持つだろうけど上からの攻撃も来てる……」
うん、わかってるよ。天井からもドンドン音が聞こえるもの。
「俺達はここで死ぬ……でも、良かった……」
……?
「ミナが一緒に居てくれて……良かった」
不意に泣きそうになる。リュートは一人だったら逃げれたハズなのに……。
「死ぬ時に一人じゃなくて……ミナが居てくれて本当に嬉しい……こんなこと言って……ごめんな……最低だよな……」
謝る必要なんてない。私だってリュートと一緒ならいいんだ。ここでの人生はリュートがくれたモノなんだ。
私は必死に彼の手を取る。いつもの手袋越しじゃない感触……それでもゴツゴツしてたけど、暖かい。
必死に…もう壊れた喉を動かす。無理だって分かってるけど……それでも諦めきれない。
リュートが私の手をギュっと握ってくれる。今ならなんでもできそうな気がした。
ずっと使えなかった喉はうまく喋れはしなかったけど……震えていたけど……それでもちゃんと私のいう事を聞いてくれた。
「私も……リュートが居てくれて……リュートに会えて良かった……」
それだけ言うと私は自分から唇を突き出して目を閉じる。
最後なんだ、キスくらいしてくれてもいいじゃない。
目を閉じる直前のリュートの驚いた顔が瞼に写る。
驚いたのは、声が出たから?それとも、キスのおねだり?
何やってんだろう、恥ずかしい……。
でも、リュートの吐息が触れてから……そんな事はどうでもよくなった。
◆
「コガ……ここで間違いないんだな?」
「はい……ニーズヘッグ公」
西の街での攻防戦から4日後。王国率いる近衛騎士とニーズヘッグ公爵軍はリュートの家を訪れていた。
本来ならすぐにでも駆けつけたかったが遅れた原因がある。
途中で魔獣の動きが変わり広地域への散開。それにより散発的な戦闘が数回あった為だ。
ここより少し西にある街も熾烈な攻防戦を繰り広げてたと聞く。一時は統率された魔獣の軍に門まで取り付かれたが、門が破られる前に魔獣が離散。
どういう事はわからないが助かったらしい。
「そのお陰で……弟を助ける事はできませんでした」
急いで出ては来たが王都からここまでは半日ほどかかる。少数精鋭とはいえ軍を率いてきたのだからもう少しかかったであろう。
元々、間に合わなかったかもしれないが、僅かな可能性に賭けたかったのである。
リュートの家を見たことはなかったが、立派な家だったのだろう事は一目でわかる。
「家を出ても……ちゃんとやってたんだな……リュート」
「彼には世話になったのだが……やりきれんな……」
家の周りの状況は酷いものだった。
土は荒れ、庭は燃え、家の所々には風穴が空いている。
逃げてくれてれば良いとも思ったが、戦闘を行ったような後が何箇所にも見られた。
家の前まで来ると地面が焼けた後が地平まで続いている。
どんな敵と戦ったのかはわからないけど、人間の限界を超えた相手だった事は確かなようだ。
「ニーズヘッグ公……これを……」
「これは……魔王の噂……あながち嘘とも言い切れんのかもしれんな…」
まるで超高熱の炎が通ったかのように地面が焼けた後……人間の技ではないだろう。それは遥か彼方まで一直線に続いていた。
「せめて遺体か遺品だけでも捜そう、コガよ、一緒に家に入ってはくれぬか?」
「はい……ありがとうございます……」
100番目の勇者、救国の剣王フェトム敗北の噂が王都に流れるのは、もう間もなくの事であった。