少年は黒き剣を携えて、少女は紅き翼を煌かせ
考えていた設定を勢いだけで書いた本編にはまったく関係のないお話です。
難攻不落を誇る人類の要塞である聖殿都市。
その先は魔人の領域であり、死と隣り合わせの危険地帯ではあるが、そこに足を踏み入れる者は少なくない。
その目的は様々だが、今日も一人の少年が魔人領域を進んでいた。
少年は魔法使いの様なローブを纏っているが、その腰には左右に計六本の柄の黒い剣を携えている。
髪の毛は、この世界で多くの人と同じ様に白髪でありながら、その毛先だけが金色に染まっているのが印象的だ。
黒き瞳と鋭い眼つきは母親譲りであり、彼の自慢だった。
その瞳に映るのは、炎神の丘。
本来、そこは何の価値も無い場所だったが、一年前に突如、炎が燃え盛り消える事なく侵入者を拒む魔境となった。
一年の間に腕に自信のある冒険者が幾度となく炎の謎の解明に挑み敗れていったが、僅かな情報によれば、紅い翼を持った魔人がいるらしい。
「どうせ無駄足だろうけど、手掛かりなんて何もないしなぁ」
半分諦めたような呆れ顔で少年は炎の丘へと近づいていく。
その熱気は凄まじく、不思議な事に紅い炎の合間に蒼い炎まで湧き上がり幻想的な光景を成していて、一瞬だけ緊張を忘れ感動とも言うべき感情を抱いてしまう。
「って、言っても熱いモンは熱いんだけどね。展開、水の衣!」
炎神の丘の攻略が進まないのは、その特性上、水魔法に長けていなければ進入すら出来ない事にある。
しかも、安定させる技量と持続させる魔力の両方を兼ね備えてなければならない。幸いにも、少年は、幼い頃から母親に魔法を教わっていた為に、一流と呼べる魔法使いだ。
自身の周りに作った球状の薄い水膜に守られ、少年は炎の中を進む。
道中で何度か戦った魔獣すら存在せず、短くない道のりは悪戯に魔力の消耗を招き侵入者を拒む。炎の道を超え、紅い翼に辿りついた人間の誰もが、闘う力など残っておらず、すぐに逃げ出したと聞く。
つまり、炎の中心部と思われる場所に佇んでいる少女と、まともに対峙するのは、この少年が始めてという事だ。
少女は噂通り背には紅い翼が生えており背中まで伸びる黒い髪が熱風に煽られ靡いている。魔人の年齢は見かけでは推測できないが、容姿から判断するならば少年より更に年下であろう。
本来なら美しく白いであろう彼女の肌は、炎に赤く照らされ、それどころか、所々彼女の肌を焦がしているようにさえ見える。
「貴方は、誰?」
呆然としている少年に少女が話しかけた。
その声からは少なくとも敵対の意思は見られない。
「僕は……フェトゥム家の剣士。って、言っても家出中だけど。君は、こんな所で何をしているの?」
「私は、お父さんを傷つけちゃったから……もう一人でいるしかないの」
「それは、お父さんに言われたの?」
少年の問いに少女は俯きながら首を振る。
「でも、誰かを傷つけるのは嫌なの。見て?私は魔力の制御が下手だから、この炎を止めれない。だから、ずっと一人でいるっ」
少女が翼で自分の体を抱く。そうする事で初めて気づいたが、紅い翼は絶えず炎を生み出している。
どうやら、この地域一体の炎は彼女というよりも、彼女の翼が原因のようだ。
「ずっと、お父さんが抑えててくれたけど、もう無理。私は、お父さんより強くなっちゃったから……」
自分の体を腕と翼で強く抱きしめる少女は、そうする事で自らの体さえ焼いているが、気にする事なく涙を流す。
「馬鹿っ。火傷してるじゃないかっ!簡単な治癒術くらいなら使えるから、傷を見せ……」
「っ!近寄らないで!!」
少年が手を伸ばし触れようとした瞬間、少女は翼を広げ、それに合わせる様に熱風が少年を襲う。
ただ漏れ出していた炎と違い指向性を持った炎は、水膜を貫通し少年の肌を焦がそう……とした所で、彼の新しい魔法が間に合った。
咄嗟に作り出した氷の盾は少女の炎を防ぎ切ったが、同時に半分程融けていて、精々、後一度耐えれるかどうかだろう。
少年は、その年齢から見た目こそ頼りなく見えるが、天才と言って差支えない程の実力者だ。
僅か16才にして、魔法使いとしては完成の域にあり、ギルドに入ってからも、自分より強い人はいなかった。
そんな少年の魔法をいとも容易く破ろうとする少女は彼が外で初めて出会った『自分以上の存在』だった。
躊躇う事なく、氷の盾を捨て、水の膜を更に強化して再構成する。
いきなりの敵対行動に対し、女の子に触れようとしたのが悪かったのだと言い訳し、話を続けようと試みる。
「待って、待って!話せばわかる!その傷の手当をさせて欲しいだけだよ。君の事情に深く立ち入りするつもりは……」
「うるさい!私は一人でいなきゃ駄目なんだ!さっさと出ていって!貴方だって、死にたくはないでしょう?私と居ると……死ぬよ?」
「なっ……」
少女は悲しそうに笑う。本当なら、心優しい少女なのだ。
その笑顔が少年の憧れを、決意を、夢を、揺さぶる。
それは、彼の両親が小さい彼に聞かせていた出会いの物語。
もう数十年も前に、聖殿都市が破られそうになった時に魔王を倒したのが母親だった。
しかし、その母親を絶望の底から救ったのが、お父さんだったと何度も何度も聞かされたのだ。
彼は父親の事は好きではない。大好きな母親が、未だに夢中になっている存在なのが面白くないのだ。
だが、同時に尊敬もしていた。そんな母親を救い、それからも助け合って生きてきた人だから。
そんな少年に、目の前の苦しんでいる少女を放っておく事は出来るハズがなかった。
「だったら……死なせてみろ!僕が生きてる限り、君を連れまわしてやる!」
「この、分からず屋ぁ!!」
周囲の炎を吹き飛ばす程の、炎を少女は展開する。少女は制御が下手だといっても、戦闘に使う分には卓越した才能があった。
両手を斜め下に広げ、翼を斜め上へと広げる。両翼と両手で支え、その中心から渦を巻いた炎が柱の様に打ち出される。
殺す気まんまんじゃねーか!とツッコミたくなるが、その隙すらなく横に飛び炎柱を避け、更に飛び掛る火の粉……とは呼び難い何かを氷の盾で防ぐ。
相手は、魔人。殺す気でやったところで、そう簡単に死ぬとも思えない。
「ここで、傷付けたくないなんて自己満足だ。全力で行くしかない。飛べ!リンドボルグ!!」
ほぼ最短の詠唱で上級の雷魔法を放つ。水や氷は確かに相手の炎を和らげるが、逆に、こちらの威力も弱まり決定打にはならない。
だからこそ、相互に干渉する事のない属性をぶつける。
それでも、少女は器用に翼を使い小さく飛び目視すら不可能な電撃を軽々と避ける。
何よりも厄介なのは、その手数だ。彼女が意識的に放つ大魔法級とは別に、動きながら細かい魔法を連発してくる。
少年は確かに一流の魔法使いだ。しかし、相手は超一流の炎使いとでも言うべき実力を持っていた。
「くっ……そ!悔しいけど、魔法で勝てる相手じゃない、かなっ」
「うん、私はお父さんより強いもの。わかったら、帰って。追いかけるような真似、しないから」
「優しいね。だから、僕は君を見捨てて去る訳にはいかない。例え、勝てなくても」
「馬鹿な人。だから……死ぬんだよ。手加減はお終い」
少女が、呟くのと、少年の周りの炎が全て襲い掛かってくるのは同時だった。その炎だけなら、なんとかなっただろう。
しかし、少女も大魔法級の一撃を正面から打ち込んでいる。
それは、少年程度の魔法使いに、どうこうできる代物ではなかった。
「父さんの技を使うの、本当は嫌なんだけど」
腰に提げた剣を、両手に一本ずつ持ち抜刀する。
その剣は柄だけでなく刃の部分まで漆黒に塗られていて、どこか存在そのものが不安定である錯覚を覚える。
両手を広げ右足を軸に回転し、全ての炎を切り裂き大魔法級の炎さえ最初から無かったかの様に消滅した。
「……え?」
「ソードフォーム、ってね。呆けてる暇はないよ!僕は無理矢理にでも、君の力になる!」
それは、決して親切心ではない自己の傲慢。
それを理解りながらも少年は、疾駆を止めようとはせず、少女めがけて剣を投げる。
「くっ、炎よ!」
先ほどとは変わり少女が慌てたように手を前に突き出し、爆風で剣を吹き飛ばそうとするが、それすら消し去り剣は少女へと一直線へと飛翔する。
「嘘、これって、お父さんが言ってた……きゃっ!?」
間一髪、剣を避けた少女だが、完全に重心が後ろに寄ってしまい次の動作までは時間がかかる。
少年は天才だった。
魔法使いとしては一流。そして、剣士としても一流と呼べる程に。
あえて、欠点をあげるとするなら、漆黒の剣と魔法を同時に扱う事が不可能だという事だけだろう。
剣で負けるならば、圧倒的に有利である魔法で。魔法で負けるならば、魔法を無効化する剣で。
決して最強とは言えない少年は、それでも最強にすら勝てる可能性を持つ英雄殺し。
こと、魔人と天使の子である少女にすら後れをとる事はない。
「……ごめん。今は、これしか思いつかないから」
そう言って少女の右側へと踏み込み、黒い剣を振り上げ、少女の絶叫が炎の中に響いた。
◆
「……信じられない。女の子の翼を斬り飛ばすなんて」
それが激痛により気絶した少女が目を覚ました時の最初の言葉だった。
「あー、っと、ごめん。でも、お陰で炎は無くなった、でしょ?」
「炎どころか魔力もなくなった。どうしてくれるの?」
そう言われると少年を苦笑いで頬を掻くしかない。それでも、炎の中で一人ぼっちでいるよりマシだと思うし、少女もそれがわかっているからか、それ以上、言及しようとしない。
「翼を治したければ、心当たりがあるから。父さんが凄腕の治癒術師なんだ。……まぁ、その父さんと母さんを探して旅してるんだけど」
「何なの、それ。でも、いいよ。今、翼が戻ったら、また暴走しちゃうから。あぁ、でも、どうしよう。翼なくしたなんて知ったら、お母さんに怒られないかな……」
若干ずれた事を心配する少女は、少し前の刺々しさがなく年相応の女の子といった感じだ。
両親の昔話に憧れていた少年は意識せずにはいられず、つい彼女に深入りしたくなってしまう。
「君、魔人だよね?」
「ううん、私は天魔の子。天魔の里に住んでたんだけど、魔力の暴走でお父さんをふっ飛ばしちゃって……」
「天魔!?」
不死の王と呼ばれる初代魔王、二度目の侵攻の際に彼らは人類と共に戦ってくれたという話が世界に発表されたのは、まだ記憶に新しい。
当然、少年も天魔の子を見たのは始めてだった。それと、同時に非常識な魔力についても、ある程度は納得がいった。
しかし、天魔の里は、西の連邦にあり、かなり距離がある。魔力がない少女が一人で戻るのは危険すぎるし、人の子である少年が何の準備もなしに送って行ける距離ではない。
だから、少年は下心も満載に少女に提案をした。
「ねぇ、僕が天魔の里まで送るよ。でも、ちょっと準備が必要だから……うちに来て寄って貰えないかな?馬車を使えば一週間くらいで着くから、さ」
「……いいの?私、貴方を殺そうと」
「あれは、僕が無理矢理、君の手を取ろうとしたから!だから気にしないの。いい?」
「う、うん。いい。ありがと」
少年は手を伸ばし、少女は、その手を握る。
これから二人は互いの両親をも巻き込んだ大変な旅に出る事になるが、今の二人が、それを知る術はなかった。
「私、リュウナ。お父さんとお母さんの大事な友達の名前を貰った、って」
「僕はヤマト。ヤマト=フェトゥム。お母さんの故郷の名前なんだって」
説明するまでもないかと思いますが、それぞれリュートとミナの、ケーファーとルーシーの子です。
彼らが歩む冒険の内容までは考えてなかったりするので、続きを書く予定はないですが、偶然にも二人の子が出会った話です。
ちなみに、ヤマトは両親を探しているという話ですが、リュートの不死の王が未だに解けてなくミナもリュートに合わせて魔剣体で過ごしている事がほとんどで、違う時間を過ごしている為に、ヤマトの事は妹に任せて自分達はなるべく会わない方がいいだろう。という判断の元に異世界に旅立っています。
それでも、15才まではちゃんと育てて、自分達が教えれる事は全て教えたのが二人の親心といった所です。
これは、そこから一年後の話になります。
ちなみに、ミナはヤマトの為にたまに本体で過ごしていた為に肉体年齢は二十代前半で少しだけリュートを追い越しています。