100と1のエンディング
マズイ。
特に根拠はないが、このままでは非常にマズイような気がする。
既に実家で一ヶ月近く、だらだらと……いや、正確にはいちゃいちゃと……?してるだけだ。
歴代勇者の中には戦争終結後、何もせずにだらだら暮らして、その生を終わらせた者も少なくない。決して褒められた行為ではないが、命を賭して戦い、勝ち抜いた以上、それでも国から一定の生活は保証して貰えるし、実家に居るならミナと二人でも暮らしていけるだろう。表立って責められたりもしないが、まさか、自分がそうなるとは思っていなかった。
そもそも、オレはジッとしているのが苦手な性分であり、一日中寝ていると、何処かで剣を振りたくて仕方なくなってくるのだから、本来なら、こんな生活に陥るハズがないのだ。
じゃぁ、何故こうなってるってか?
そんな事言われても……。
「ん、リュート、あったかい……」
世界の憧れの女勇者であり、オレの命の恩人である少女に、こんな事言われて抱きつかれていては、何も出来るハズがないだろう。
最初の数日はオレだって何の疑問も持たなかった。そもそも、伝説上の魔王を倒したのだから、これくらいの褒美があったって罰は当たらないハズだとさえ思っていた。
しかし、それが一週間と続くと少しずつ疑問にも思ってきて、遂に昨日、オヤジにまで―――
「いや、な、リュート。世界を救ったお前たちは立派だと思う。しかし、だな、そろそろ、何かやりたい事が出来たんじゃないか?」
と微妙に遠まわしに、働けと言われた次第だ。
当然ながら、オレはその言葉に何も言えなかった。
うん、ちゃんと……オレが言おう。
ミナの彼氏として、その責任もあるハズだ。
「あの、ミナさん?」
何故か出だしから敬語を使ってしまった。
「ん~……?」
ミナは甘える様に、両腕を絡ませたまま体を捻り此方を向く。
駄目だ。負けるな、オレ。これはミナの為にもなるんだ……!
「なぁ、ミナ。なんかやりたい事ってないか?また行商とかどうだ?」
「お金ならいっぱいあるじゃないの。それに、魔剣とケルロン使えば、二日以内に王国に行けない場所はないけど……するの?」
……なんかフェアじゃない気がする。
ケルロンどころかかワープ魔法まで使って行商をすれば、確かにお金は雪だるま式に増えていくだろうが、本当にソレでいいのか?と謎の罪悪感に攻めたてられる。
そもそも、ミナの言った通りお金なら洒落にならない金額がある。何せミナが不死の王の討伐者として、国から金貨をじゃらじゃらと貰っている。
「やめとこう……。でも、このままだと体が鈍るだろう?少し外で体を動かしても……」
「んにゅ、私、元々そんなに体動かすタイプじゃないの。必要だったから体力付いちゃったけどー」
あくまで、だらだらと返答するミナ。
「よし、リズに会いに行こう」
これなら乗るだろうと思って見たんだが……。」
「今、リュートが公の場に姿を現したら大混乱だって。リュートは今も不死の王と戦ってるのよ?行く前も、散々その事で揉めたんだから、少しくらい寂しがらせとけばいいのよー。大丈夫、ちゃんと説明するから」
「……ちゃんと説明したのね」
戦死とかいう扱いになってたら、また生きてたのか。程度で済むと思ったんだが。
余談だが、実家に帰ってきた瞬間に妹とバッタリあったんだが、非常に微妙な顔で溜息を付きながら「あぁ、おかえりなさい。損しなくて良かったです」と言われた。
妹の信頼が痛い。
「リュートは、私とこうしてるの嫌?」
嫌じゃないです。
上目遣いで女の子に言われて、こう答えない男はいないと思う。が、それでも、オレはそう答えれない。単に、彼女の為を思えば!
「嫌な訳ないだろう」
……あぁ、やっぱ駄目だ。オレ。
ミナには笑顔を返したまま心の中では自己嫌悪に浸る。どうするんだよ、これ。
と、腕の中から、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
「ぷ、くくく……!あはは、ごめんね、リュート。ちょっと、意地悪しちゃった」
そう言う彼女は涙目になる程に必死に笑いを堪えているんだろうが、堪えきれず、その可愛らしい声を漏らしていた。
「大丈夫よ。ちゃんと、働くから。でも、明日、明日ね!」
「……なんか信用ならない台詞だな」
「大丈夫よ。最初から決めてたの。リュートと離れてた時間だけ、リュートから離れないって」
オレとミナが離れていた時間は彼女によると一ヶ月程度らしい。戦い続けてたオレには短かったような長かったような不思議な期間で、正直、あの時の事はよく思い出せない。
「でも、本当に何しよっか?商人はリュートがやりたいならいいけど……」
「いや、それはいいや。元々、家の借金を返す為にやってただけだし、それからも惰性でやっていただけだしなぁ」
これを機会に何か新しい事を始めてもいいのかもしれないが、騎士として教育され勢いで商人になったオレの発想力は、残念ながら、そう優れた物でもない。
「ね、リュートにやりたい事がないんだったらさ。私に、付き合って貰っても良い?」
そう言う彼女の目は期待に満ちていてオレに断る理由なんてない。
「いいけど……何を、するんだ?」
「するっていうか、えっとね……私、勉強したい。魔法の勉強を。もう誰にも負けないくらいに、強い魔法使いになりたい!だから、本来なら見られない様な本を、埋もれてしまった資料を、魔人の技術を、天使の知識を、全部、全部手に入れたい!」
……彼女の言っている事は無茶だ。禁書は禁書であり、失われた資料は誰にも見つからないから失われている。天使にしても魔人にしても、そう簡単に機密を教えてくれないだろう。……特に魔人。
でも、だからこそ、その提案に、オレの心は踊ってしまう。
「無茶な事を言うな」
「それくらいじゃないと、私達の目標にはたり得ない」
「もっと楽に暮らしてもいいんじゃないか?」
「リュートと一緒なら何をやっても楽しいよ」
「そんな話にオレが乗るとでも思ってるのか?」
そんな台詞とは裏腹にどうしても、顔はニヤけてしまう。そして、それがわかっているからこそ、ミナも自信を持って、こう答えてきた。
「私が嫌だって言ってもリュートは付いてくる!」
その返答が嬉しくて、オレは彼女の手を握り、こう答えた。
「ミナがオレを拒むなんて、ありえない」
フェトム家の個室に笑い声が響く。
こうして、勇者としてのオレとミナの冒険は終わり、歴史の裏側でひっそりと重大な事柄に関わり続ける不死人と魔女の冒険が幕を開ける。
その戦いも決して楽なものではなかった事は次のミナの台詞でわかる通りだ。
「それじゃ、明日は手始めに異世界にいこっか?」
……オレ達の戦いはまだ始まったばかりだ。
エンディングなのに次話の予告コーナー
ミナが近くの異世界へと開いた扉は、まるで何も変わらない様子の王都だった。
しかし、そこは決定的にひとつの違いが存在します。
『ミナとリュートが王都で出会わなかった世界』
そんなパラレルワールドに二人はお邪魔します。
あ、別に欝展開ではないと思います。