最終話 100と傾国の魔女
魔剣を構え不死の王を相手に向き合うが、相手はどうにもやる気を削がれたらしく腕を下げたまま、だるそうにしている。
「俺達が戦う必要があるのか?あの小娘の魔法がメインなのだろう?」
「一応、うちの魔女の要望なんで」
「一方的にやられる趣味もないし、仕方ないか。一ヶ月も戦っていたら流石に飽きが来るな」
そのままやる気がなさそうに剣を構える。互いに死ぬ事がないのだから、それも無理はない。
しかし、コイツはわかっていないのだ。オレを相手にしてるよりも、ミナの魔法を止める事の方が、優先順位は遥かに高いという事を。
だからこそ、オレはミナがどんな魔法を使おうが、その存在を、効果を、対策を奴に悟らせる訳にはいかない。
「魔法剣……神威!!」
「それも、もう飽きたよ。エクスプロージョン!」
不死の王が両手を斜め前に伸ばすと、その両手の延長線上の少し先に巨大な爆発が起こる。離れているオレですら、耳が痛くなる程の爆音が響くが、魔法剣は敵の魔法を無効化……せずに相殺されてしまう。
「魔力によって起こされた現象は爆発のみ。それによって生じる風には何の影響もない」
遂に魔法剣まで対策を練られ始める。これで通用するのは、霧乃、水月の二種のみとなる。
……まぁ、いいか。むしろよく一ヶ月も戦いを支えてくれた。
今この時に全てを出し切っても惜しくはない。
「水月!!」
「くッ!!その魔法剣とやらだけは未だに有効な対処法がないな。単純に発生から着弾が早すぎる上の無効化。さて、どうするか」
悩む声とは裏腹に、その声は楽しそうだ。
「ちょっと!勝手に何、新しい魔法剣作ってるの!」
そして、苦情は思わぬ方向……つまり、真後ろから来た。
「てか、それ私と……!あぁ、もう恥ずかしい名前付けるなッ!!」
「オレも本人の前で使う事になるとは思わなかったんだよ!」
そもそも、二度と会うことはないと思ったから……色々と恥ずかしい理由で付けて見ただけだし。ヤバイ、名前変えたくなってきたけど、今更変えるのも、しっくりこない。
「あぁ、もう終わった後で良かったわよ!こんな状態で集中なんて出来るか、馬鹿!」
顔を真っ赤にして魔女が怒鳴る。でも、そもそも普段から恋人ならどうこう言ってるのは彼女なんだから、オレにもこれくらいは許されるんじゃないかと思いたい。
「って、終わったのか?」
「うん。ほら、これ」
そう言って彼女が差し出すのは、人の頭程ある漆黒の球体。うん、レーザーカノンにしか見えない。
「で、何これ」
「ほら、この空間って全部私の魔力で作った物でしょう?それを、純粋な魔力に戻してるだけ」
「ふむ。しかし、幾ら膨大な魔力と言っても使い方次第であろう?確かに物凄い量ではあるが……どう使うのだ?」
不死の王が興味深そうに聞いてくるのに対してミナは呆れてため息を吐く。
「ホント、危機感ってものがないのね。都合良いから別にいいんだけど。別に使わないわよ。これは、こうするの」
そう言ってミナは魔剣を取り出し、ゆっくりと振りかぶり、せっかく作った魔力塊を叩き切った。
「……おい」
「これでいいのよ。これが残ってたら不死の王に好きに使われちゃうもの。それこそ、もう一度世界を生み出す事だって可能だわ。見て、リュート」
そう言ってミナの手元には相変わらず漆黒の球体が浮かんでいる。
「無効化出来ていない……?」
「そうじゃないわ。無効化されているけど、それよりも早く新しい魔力を取り込んでいるの。魔剣の能力に僅かなタイムラグがあるのは知ってるでしょう?それを利用してるのよ。全ての魔力を圧縮し終わったら綺麗さっぱり消えるわ。全てが私の魔力で出来たこの世界が消えるけどね」
「つまり……どうなるんだ?」
「世界が滅ぶ」
「ちょっと、待て」
なんか、とんでもない事を言い出したぞ、この魔女。見ろよ、不死の王でさえも驚いているぞ。
「言っておくけど、全て私の魔力で満たされた空間、つまり此処でしか使えないからね?あの世界で不死の王を倒す手段なんて今の私にはないわよ。じゃ、私達は帰るから」
そう言って彼女は不死の王に話し掛ける。流石の王も未だに状況をうまく飲み込めないらしく、頭が回らずにいるらしい。
「待て、つまり、この世界はどうなるんだ?」
「知らないわよ、そんなの。アンタの方が知ってるんじゃない?本当の意味で世界が『無くなったら』どうなるのか」
「そんな事知ってるハズがないだろう。いや、知っている奴が居るとすれば、滅びを経験した奴だけだ!」
「じゃ、また会ったら教えてね。それとも、魔法が無効化されるって現象に対しての対策ってある?あったら、ちょっと困るんだけど」
「巫山戯るな!!」
初めて不死の王がミナを相手にして敵対者を見る視線を送る。いや、その目には既に怯えの色すら混じっている。幾ら物理法則を知っていても、それは有る物を変化させるだけであり、無から有を生み出す事は、彼ですら出来ないらしい。
幾ら不死だと言え無くなった世界でどうなるのかはオレにも想像すら付かない。そもそも、世界すら無いのに個人が存在を維持できるのか?
「……此処はね、本当は私とリュートの家でも立てようと思ってたのよ。リュートと私の小さな二人だけの国。そんな風に思ってたんだけど……駄目ね。知ってる?私って傾国の魔女って言われてたの。だから、こんな小さな私達だけの国を消し去るなんて難しい事じゃないわ。だから、私は、この魔法を。こう呼ぼうと思う」
ミナは片手で金色に輝く門を開き、その魔法の名前を呼ぶ。
「傾国の魔法」
不死の王は焦り、その金色の門を通ろうと走るが、それはオレが許さない。
「魔法剣水月!!」
「水月、凍れ!!」
オレの放った水月が不死の王の胸を貫き、直後、ミナが圧縮された水を凍らせると、水の槍はその質量を爆発的に増やし不死の王を串刺しにし、動きを止める。その氷槍は返しに無数の刺が、生えていてそう簡単には抜けそうもない。
「じゃ、後、2~3分で、この世界は無くなると思うから。さようなら」
彼女はそう言いながらオレの手を引き金色の門を潜る。抜けた先は大きな屋敷のすぐ傍で、何処かで見たことがある様な気もするが、どこだったかは思い出せない。
彼女は、その金色の門を自分の召喚した漆黒の魔剣で切り払い、無効化する。これで本当に、あの世界と、この世界を通じる道はなくなった。不死の王は一年も研究すれば再び開けると言っていたが……今や、それも叶わないだろう。
「終わった、のか?」
「そうね。多分、リュートがずっと戦い続けるよりは確実なんじゃない?それでも、戻ってきた時には……また考えましょう」
そう言ってミナは真っ直ぐオレの目を見る。その瞳は真剣そのもので怒っているのか、喜んでいるのかすら判断がつかなくて困ったオレは話題を必死に探してしまう。
「それで……何処なんだ?ここ」
「リュートの実家の裏側よ」
「……なんで、そんな所に?」
そう聞いた瞬間、彼女は二歩、前に進みオレの首に両手を回し、額を胸に当てる。
「人目があったら……恥ずかしいからに決まってるじゃない」
……恐らくは、彼女にとって戻ってきたら最初にする事は決まっていて、それがコレなんだろう。
勝手に居なくなった上に助けて貰ったオレに、それを振り払えるハズもなく、自分の両手を彼女の腰に回し強く抱きしめる。
「……勝手に居なくなったら許さないんだから。もし、そうなっても、貴方が何処にいようとも、すぐに駆けつけれるんだから」
「うん、ごめん。ありがとう」
彼女は顔をあげる。
頬を薄く染め、目にいっぱいの涙を溜め、見上げる少女は、今までで初めて見る様な笑顔だった。
「おかえりなさい、リュート」
「ただいま、ミナ」
最終話です。
実際には、この後にエピローグがありますが、終章―傾国の魔女の最後の話となります。
此処まで読んでくださって本当にありがとうございました。まだ書くとは言え、ちゃんと完結まで持って来れたのは、読者様がいたからこそだと思います。
次話はエピローグとして、各キャラのその後で一話と、ミナとリュートの話で一話使って終わりにしようかと思います。