百二十二話 平和な王都、戦場の異界
私が王都に来てから一週間がたった。
リュートが居なくなったという事実は私の心に重い楔を打ち込み、何をするにもやる気が出なかったがいい加減何もしない訳にも行かない。
幸いにも、以前リュートと離れた時に私を襲った正体不明の不安感は、彼が私の魔力で作った世界にいるからなのか、表に出て来てはいない。
王城のバルコニーから王都を見下ろすと、戦争終結から半月も立っているのに未だにお祭り騒ぎで、人々の明るい声が響き、私の場所まで聞こえてくる。
今回の戦争は敵が初代魔王だった事は大々的に公表され、魔王討伐に関わったカムイと私は、勇者として人々から崇められた。残念ながらケーファーは色々な問題を考慮した末に、その名前を出される事は無かったけど、本人は大して気にしていなさそうだった。
そして、今も何処かで不死の王と一人、戦い続けているリュートは私達以上の名誉と賞賛を贈られたが、彼はそんな物を望んだ訳じゃないだろう。
さて、私は城に居る人々にいい感情を抱いていないが、それでも何故、来たかと言うと、王女に話があったからだ。
話は長く続いたけど、散々だった結果を手短に表そう。
「アンタは、リュートの事がどうだって良いって言うの!?」
「リュート様は、歴史に名を残される程の偉業を成し遂げました。だからこそ、彼と不死の王を、この世界に戻すわけには行かないのです。彼を歴史に名が残る犯罪者に……いえ、そもそも、その歴史すら無くなるかもしれないのです」
うん、簡単に言えばリュートを取り戻すのを手伝って欲しいって言ったけど、無理。って言われたって事なんだけど。
権力ってのは余り好きになれそうにないけど、今はなりふり構っている場合じゃない。だからこそ、王女やリズに最初に話を持ちかけたけど、あっけなく振られてしまった。
ちなみに、王女よりリズの方に期待していたのだけど、同じ様な返事だった。
結局の所、リュートを取り戻すと言う事は不死の王を再び、この世界に招き入れるのに等しい。リュートにしても、それを防ぐ為に閉じられた世界に残ったんだろう。
「さて、どうしよっかなぁ……」
黒髪が余りにも目立つ為に買った赤いポンチョを被り王城を出る。
リュートが居ない世界で生きる私の心は暗い靄がかかったかのように晴れない。それなのに、王都は、こんなにも華やかに人々の歓声で盛り上がってる。
「なぁ、お嬢ちゃん!今、無料で酒を配ってるんだが、一杯どうだい?」
「勇者リュートに戦神の加護を!!」
酒場の出入り口に立っているガタイの良いおじさんが、トレイに幾つものジョッキを乗せ飲み物を配ってる。その中では、様々な人々が勇者の名前を叫んでいる。
意外にもカムイの名前は少なく、直接、不死の王と戦った私と聖殿都市戦で見事、敵魔人を打倒したケネスが多かったけど……群を抜いて一番多いのは、私の大事な人。勇者リュート。
本当はわかってるんだ。
リュートに任せておけば、この世界は平和だって。それを認めれないのは私の我が儘でしかなく、リュートを助ける為には世界中の人を危険に晒さなきゃいけなくて、そんなの許されるハズないんだって。
「それでも……会いたいよ。リュート」
足を止めずに広場を南に歩く。
リュートは私に幸せになれって言った。
彼は世界を守る為に、私を守る為に今も戦っている。だったら、私も彼の言葉に従うべきなんだろうか?
きっと私なら、この世界で生活するのに、不自由なんて何一つない。元の世界より余程自由に暮らせるだろう。
リュートと同じ商人を目指しても良いし、どこのギルドに入っても即戦力になれるハズだ。そう考えると、できる事は沢山ある。
「……ごめん、リュート」
私は彼に対しての謝罪を口にする。
それは、彼を裏切った事に対する贖罪の言葉。
「ごめん。ごめん……なさい……リュート」
そうだ。
リュートがいなくても、この世界には出来る事が沢山ある。それなのに、私は何を塞ぎ込んでいたのだろう。
自然と今まで我慢していた涙が流れてくる。
「ごめんなさっ……リュー、と……」
もう直、王都の南側の門へと辿り着く。
だから。
ごめんなさい、リュート。一週間も無駄にして。
「私は、幸せになる。だから、リュートを諦めない!」
結局、何を考えても、リュートの居ない生活なんて何処か空虚で心から幸せだなんて思えないんだ。
あぁ、もう、塞ぎ込んでいた時間が勿体無い!
今まで無駄にした時間を取り戻す様に小走りになって南門に付くと、そこには見知った顔が3つもある。
「ケルロン、ただいま。ちょっと乗せてくれる?」
「ガウッ!」
私の友達は今日も元気良く吼える。この子が居れば世界なんて狭いものだ。セラフィックゲートを使えばもっと狭くなるんだろうけど……自分の体の一部を剥ぎ取るだなんて、痛そうで乗り気にはなれない。
「よっ、と。ケルロンに跨るのも久しぶりね。荷物は全部、異空間に預けたから手ぶらでいいし……西の国ってどのくらいで着くのかな?」
幸いにもリュートが死ぬなんてありえない。一生かかっても、取り返してやる!!
……いや、出来れば10年くらいがいいかな?ほら、私だって女の子だし、自分の年齢くらいね?
◆
誰の侵入も許さない世界でオレは一人、いや、相手もいるのだから二人、戦い続ける。
「クハハ!何だ、その力は?興味深いな。戦い始めたばかりの頃は一方的だったのだがな!」
不死の王が叫び、剣を振るうと衝撃波が放射状に放たれる。この技に何度殺されたかわからないが、今のオレには通用しない。
魔剣で受けようにも、この衝撃はは見た目と違い小さな刃の集合体である為に、魔剣に触れなかった部分は、そのまま素通りしてくるのだ。だからこそ、単純に跳んで避ける。
それは、この戦いが始まったばかりの頃はできなかった芸当であり、オレは明らかに強くなっている。
そして、それは慣れだとかそういう次元を超越したものだ。
例えば今の跳躍は先祖返りの能力を解放して跳んだのだから、以前なら足が折れ、そこから再生というプロセスを踏んでいたのだが、魔力によって強化されたオレの体は、その程度の反動なら受け止めれるようになっていた。
そう、魔人の御技であり、傾国の魔女の得意技である身体強化をオレはいつの間にか身に付けていた。
そして、それだけではない。
「ダークテトラボックス!」
「ッ、霧乃!」
不死の王の展開する小さく丸く黒い球体が不規則な軌道を描き飛んでくる。その全てを、霧状になった魔剣ミヅキが無効化する。そして、続いて拡散されていた魔剣は収束し、その刃に風を纏う。
「神威!」
「チィ!」
不死の王は舌打ちをしながら、突如繰り出された巨大な真空波を横に跳んで避けるが着弾時の暴風に巻き込まれ、木の葉の様に吹き飛ばされる。
この世界に来てから明らかに変わった事の二つ目が、この魔法剣の単独使用だ。
この世界に来て、偶にミナを感じる事がある。
最初は恋しさの生み出す幻想かと思っていたが、その暖かさを意識すればする程、出来る事が増えていった。
「やれやれ。お前は一人でシグルト達全員を超えているよ。そもそも、その成長速度は異常だ。ふむ、その髪が黒くなったのと関係があるのか?」
「髪が……黒?」
何それ。
一応、目線を上に向け自分の髪を見てみると確かに黒っぽい。余り長髪とは言い難いので、よく見えないのが難点だが、いつも自分で見る色とは明らかに違っていた。
「その様子だと心当たりはなさそうだな。そういえば、アウルと小娘と戦った時も小娘の髪の色が変わった途端に反応速度が良くなったな。能力強化の類の物か?」
と、不死の王は一人で考察を始めるが生憎、オレにも覚えがない。が、殺されれば痛いのだから、この力は助かる。
オレより先に不死の王の心が折れてくれればいいんだけど……そう都合良くはいかないだろうなぁ。
戦い初めて数日は立っているだろう。先はまだまだ長い。
終わらない戦いは、これより一ヶ月以上の時間、続けられた。
補足説明
リュートの髪が黒くなったのは95話参照のアウルとナギが使っていた同調が発動した結果です。
効果は魔剣能力者の能力を魔剣所有者が使えるようになる事ですが、リュートは知識が追いついていない為、ミナ程うまく魔法を使えなかったりします。
未だもやもやしている状況な為に次話も早く投稿しようかと思います。
目標は明日だけど……書けるだろうか。