百二十一話 1と戦争の終結
リュートが小さく私に耳打ちをしてくれる。
それは、たった一つの指示だったけど、それだけでリュートが何をしたいのか私にはわかった。
「うん、わかった」
得意の魔法で不死の王に負けた私は、そう言うしかなかった。
そう、私は今まで頼ってきた魔法で負けた。努力で身につけたとは言い難い降って湧いた力で幾つもの偶然が積み重なった力だからか、思ったよりショックは少ない。
いや、そもそも魔法で負けたと言うよりは、その先にある知識で負けたからなのかもしれない。
そもそも元の世界の学制が優れていただけで、特別に物理に高い理解がある訳じゃない。だから、不死の王が何を言ってるかわからなくても、余り気にならなかった。
だけど、私の手札は大きく制限されて、リュートの案が現実的に使えそうな手である以上、私は彼に従う以外の選択肢はない。
リュートは片手に剣を持ち、不死の王と真っ直ぐ対峙する。
「本格的に近接戦闘か?参ったな、そっちは余り得意ではない」
「巫山戯るな。初代勇者パーティーを相手に一人で押して居た奴が言う台詞ではない」
「シグルト達の事か?大げさに伝わっている様だな。俺が不死でなければシグルト一人にも勝てなかったよ。あくまで、近接戦闘では……だがな!」
本当に近接戦闘には自信がないのか、不死の王はリュートの攻撃を待つことなく、彼に斬りかかる。
リュートの構えは、カムイを真似た居合構えであり、それが示す所は一つ。
「魔法剣!」
リュートが叫び、私が続く。
「神威!!」
竜巻の鞘を纏った剣が勢いよく振り抜かれ、不死の王の持つ魔力剣を物理的に切断、貫通し、不死の王の体を切り裂く。
「ぬお、ぐ、くはははははは!素晴らしい。先ほどの炎の剣より遥かに強力な技ではないか!」
風の刃は、不死の王の体をほぼ真っ二つに切断していた。当然、不死性が発動し、その体は最初から傷が無かったかの様に再生する。
しかし、攻撃を食らってから再生を始めるには僅かな時間が掛かり、その間に、リュートは不死の王の懐に入り込み、その手から魔剣が消滅する。
「その余裕、打ち砕いてやろう。……拳でなぁ!」
「な……!?」
初めて不死の王の顔が驚愕に歪む。
咄嗟に右手で自分の顔を庇ったようだが、不死の王が魔力によって強化されていても、リュートも先祖返りの力によって強化されているのだから、その力量差は埋まらず、腕を弾き不死の王の顎を跳ね上げる。
すると、今までどんな攻撃も涼しい顔を受け止めていた王は初めて地面に膝を付いた。
「ぐっ、やるではないか……!」
しかし、その顔は驚愕しながらも、未だ相手を心の底から褒め称える余裕がある。自分の不死をまったく疑っていないのだろう。
だからこそ、勝機がある。
恐らく、一度作戦が失敗すれば不死の王は警戒し、次から真っ向から勝負を受けるなんて真似はしなくなる。これは相手が慢心し、リュートと接近戦をする状態でしかできない作戦。
「ミナ!」
「うん!」
少しでも成功率を上げる為にリュートの声に呼ばれ、距離を詰める。
「何を企んでいるかしらんが、この程度……ダメージが足りないだと……?」
「不死の王は、ちょっと殴られたくらいじゃ発動しないからな。だが、ちょっと殴られたくらいで、体は動かなくなる物だろう?」
「脳震盪か。この感覚は久しいな。昔は目眩などよく起こしていたのだが」
「ッ。やはり、お前は……!」
リュートが叫び、不死の王のお腹を思いっきり素手で殴る。それでも、不死の効果は発動せずに、王は体のくの字に曲げ、その顔を歪める。が、その顔はニヤついている。
幾多の魔法を受け、それでも平気そうな不死の王を見て、痛みという感情がないのではないかと思ったが、そうじゃない。アイツは、どんな痛みでも、冷静に受け止めれるんだ。
「ミナ、ゲートを!」
「リュート、お願い!」
開くのは、異界へと繋がる門。
それは、アリスの書を使い作った空間。
この世界ではなく、何もない場所に作った、私の魔力で出来た世界。余りにも考えなしに作ったせいで、この門が壊れれば場所すらもわからず、御陰で中に大事な物は何も入れてない。本来なら、私とリュートの小さな国になるハズだった失敗作。
――――オレが合図をしたら、門を開いてくれ
そうリュートが言った瞬間、彼の手は理解できた。
この草原と星空だけの異世界に……不死の王を捨てる!!
「うおおおおおぉぉー!!」
リュートが叫び不死の王を背中に担いで門の中へと投げ入れるが、勢いが付きすぎて彼も一緒に門の中へと転がり込んでしまう。
でも、身体能力でリュートが不死の王に遅れを取るなんてありえない!
だから、私は門へと向かって手を伸ばす。
後はリュートの手を引き、彼が此方に来たら門を閉じるだけだ!
幸いにも、リュートはうまく、不死の王を投げ飛ばしたようで、彼の方が門に近い。
でも、彼は―――――――――――――――
ゆっくりと立ち上がり
私の手を取ることなく
「ごめん、ミナ。幸せになってくれ」
そう言って
そう言う彼の手には魔剣が握られていて
彼はその魔剣をゆっくりと門に向かって振った
「リュー……と……?」
門が消える前に、その言葉だけを紡ぐのが精一杯だった。
え?
え?
なんで?
だって、あの世界は適当に作った物で、門が壊れたら何処にあるかわからなくて、また繋げる事はできなくて、だから、あの世界に不死の王を捨てるって。
でも、リュートも向こうの世界に残って、私は手を伸ばしたまま固まってて、何が起きたかわからなくて、認めたくなくて。
それでも、状況は変わらなくて……私はゆっくりと膝から崩れ落ちた。
それからの事はよく覚えてない。私は気づいたら、ニーズヘッグ公爵の屋敷の一室で膝を抱え、塞ぎ込んでいた。
そんな状況でも、窓から射す日差しは嫌になるほど明るくて、人々の歓声が聞こえ、王都が賑わっていて……。
あぁ、戦争は終わったんだ。
と、理解する事が出来た。
私の、何より大切な人を犠牲にして。
◆
「あぁ、やっちまったやっちまったやっちまったやっちまったやっちまったやっちまったやっちまったやっちまったやっちまったやっちまった」
門を斬ったリュートは直後に頭を抱え、ブツブツと呟く。その姿は、ようやく身体機能が回復した不死の王ですら若干不憫に思う有様で酷く自分の行いを後悔している様に見える。
「ふむ。ここは……別世界か?それにしては、狭く何もないが。成程、俺を此処に封じ込めようと思ったのか。悪くない手だ。……で、どうしてお前は、そんな事になっているんだ?」
「あぁ、いや。本当なら、こんな事するつもりじゃなかったんだ。少なくとも、お前の正体を知るまでは」
「戻りたいなら力を貸してやってもいいぞ?だが、一年は掛かる。それまで待っていられるなら、再びあの世界への道を開こう」
「あー、やっぱりそうだよなぁ。一年か。一年しか持たないのか……。悪いな、お前にそれをさせない為にオレは、此処に残ったんだ」
「ほう?」
リュートは自分の考えが正しかった事を確信する。
あの時、リュートがミナの手を掴み、戻っていれば一年後に不死の王は再び戻ってきたのだ。そして、同じ手が通用するとは思えない。
もしかしたら、一年後には別の手があるかもしれないが、無かった場合、再び世界は滅亡の危機に立たされるだろう。
「オレがお前の邪魔をし続ける。お前を元の世界に返す訳には行かない」
「なるほど。だが、それは安直な考えだ。お前を殺して、ゆっくりと研究をすれば良いだけだからな。こんな風に」
不死の王がそう言うと、リュート目掛けて幾億の氷の矢が飛んでくる。それら全てを魔剣で打ち落とす事は不可能であり、リュートの体は容易く串刺しにされ、不死の王は興味を失ったかの様に呟く。
「つまらん。まぁ、この世界もつまらなさそうだが、異世界へ渡る魔法への研究というのは、やろうと思っていた事だ。多少、予定が早まったと思えば……」
「やらせないって……言ってるだろう?」
「……っ!?ほう、本当にお前は俺を驚かせてくれる。成程、この俺と同じ能力を持った勇者か」
今度こそ完全に予想外というように不死の王はリュートを見る。その目には先ほどの前の遊びではなく、敵と認めた光が宿っていた。
「何故、オレに初代魔王と同じ不死の力が宿ったのか、ずっと不思議だった。何でお前が、異世界の知識を持つミナと同程度か、それ以上の知識を持つのか考えたらわかった。歴史を紐解いても魔王は突然現れたとしか書いてなかったが、なんとなくわかったよ、何があったのか」
そう言ってリュートは剣を構える。
不死の王もそれに答えるかの様に魔力剣を作り出した。
「この世界に来た本当に一番最初の勇者は、アンタだったんだ」
リュートの答えに不死の王は興味無さげに頷く。
「お前を元の世界に返したりはしない。お前は、この世界でオレと戦い続けるんだ!」
◆
世界の為に犠牲になるなんて気はないが、それでも惚れた女の子くらいは幸せに暮らして欲しい。
だから、オレは彼女が生を全うするまでの時間稼ぎをしようと思う。永遠に戦い続けるのは無理だが、終わりがあれば、出来ると思うんだ。
その大事な彼女がくれた竜の宝石をあしらった指輪を懐から取り出して、見ると薄らと輝いていて、その輝きは100年は失われないと言われている。
だから、この指輪が光を無くすまでの間だけ、オレは戦い続けよう。
言い訳のコーナー
さて、て訳で魔王戦争はこれで決着です。
で、ハッピーエンドを謳っている癖に、こんな展開なので、少しだけ言い訳というか説明をさせて頂くと……。
正直、多分、他の手法で不死の王を倒す事も出来たと思います。
リュートが自分を犠牲にして異界に残る理由としても、色々考えましたが、読んでくださっている方が納得できる物かはいまいち自信が持ててなかったりします。
ですが、この小説を書く上で一番最初に、思い浮かんだ場面が、主人公とラスボスが永遠に戦い続ける、この場面でした。
ですから、作者的には、この場面こそが始まりであり、必要不可欠な物だったので、そのまま通させて頂きました。御陰で少し後味の悪い物になっていますが……。
この小説の終わりはあくまでハッピーエンドです。
ですので、ここからもう少しだけ続きます。続いてちゃんと、終わらせますので、どうかもう少しだけお付き合い頂けると嬉しく思います。