百二十話 100と決戦の始まり
長い長い回廊を歩いて来た。
時間にすれば、たったの5分程度だろう距離が、今の俺には気が遠くなるように長く感じる。
全ては、目の前の扉の向こう側にいる敵対存在の威圧感だ。
重厚な扉を開くと、ほの暗い部屋の突き当たりに、質素な内装には似合わないほどに絢爛豪華な玉座にも似た椅子が、主と共に、その存在を主張している。
その主こそが、世界の敵対者にて、戦争の主役。初代魔王にして、永遠を生きる人ならざる者。
不死の王。
「宛が外れなくて良かったよ。ちゃんと、魔王城に……」
「飛べ」
不死の王へ歩いて近寄りながら、軽口を開くと、次の瞬間、後ろから火の球、ファイアボールらしき魔法がオレの横を高速で通り過ぎて不死の王へと一直線へ向かっていった。らしき。というのは、オレの知っているファイアボールは青くなんかないし、球と言うよりは槍に近い形状をした高熱の物体だったからだ。
しかし、その青い炎も不死の王の目の前で、何事も無かったかの様に掻き消えてしまった。
「ッチ」
「……容赦ないっすね」
「ラスボス相手に容赦なんてして、どうするのよ」
先手必勝とばかりに炎の魔法を飛ばしたのは、当然の如く、うちの魔女だ。
「やれやれ。アレで倒せるだなんて思ってなかったけど、まさか消されるなんて思わなかったわ。どうやったの?」
「情緒も何もない娘だな。何、炎が燃焼するのに必要な物は何か知っているかい?それを、消しただけだよ」
「……酸素。器用な物ね」
「ククク。君は、随分と頭が良いようだね。この世界では貴重な存在だ」
「褒められても……嬉しくないわね!」
ミナと不死の王はオレには理解不能な会話を繰り広げる。文句がある訳でもないが、最終決戦直前の敵との静かな会話なんて物を考えていたが、全部吹っ飛んでしまった。
不死の王相手に通常の攻撃魔法を撃ってもほとんど効果はない。いや、正確には、効果があったとしても、一定以上のダメージを与えた瞬間に、その能力が発動して治癒されるので意味はない。
だから、彼女にとっても、今の攻撃魔法は牽制や小手調べ以上の意味はないだろう。
それが、例え、通常の魔法使いにとっては、必殺クラスの攻撃力を持つ魔法だったとしてもだ。
ミナが両手を大きく広げると、その周囲に氷の槍が生成される。オレも何度か見た魔法だが、氷槍は高速で射出され、豪雨の様に敵に襲いかかる。その一つ一つが魔女に因って指向性を持たされた強力な一撃で回避は困難、防御に至っても現実的ではない。
幾多の戦果を上げてきた魔女の槍が、不死の王に向かって一直線に襲いかかる、が。
その全ては、不死の王の目の前で、只の水と化してしまった。
「やれやれ。濡れたじゃないか」
「な……!?なんで、溶けるのよ!」
「氷を構成する小さき物質を振動させれば、凝縮を維持できなくなる。それだけだ」
「直接、原子を動かしたって言うの?私が言うのもなんだけど、アンタも大概デタラメね。でも、水そのものは消せないみたいね」
不死の王は退屈そうに、ミナは悔しそうに。
しかし、魔女は諦めずに次の一手を放つ。
親指を立て、人差し指を伸ばした形は宛ら二番目の勇者が持っていた銃とやらに似ていて、その指先に小さな水の塊が浮く。
「圧縮された水なんて、どう?水弾!」
「そういった物理的な物はどうにもならんな。アイスエイジ」
初めて不死の王が玉座を立ち、片手を翳し一言、魔法を唱える。
それは、王の前方を、余すことなく凍てつかせ魔女の放った水すらも、捉え驚異となって迫る。
「な……!?」
「ミナ!」
彼女の前に出て、迫り来る氷の波を魔剣で切り裂くと、最初から無かったかの様に波は消滅し、再び不死の王と相対する。
「ありがと。ごめん、リュート、ちょっと舐めてた」
「オレが直接戦うから、隙を付いて仕掛けてくれ。策はあるんだろう?」
「当然。任せた!」
「おう!」
彼女の声援を背に受け不死の王へと走り出す。
「「魔法剣、炎竜召喚!!」」
二人の声が重なり、オレの体と剣が炎に包まれる。
「ほうっ。その類の魔法は初めて見たな。どれ、お手並拝見と行こう。次は接近戦か」
どこからともなく、不死の王の手に薄く緑がかった透明の剣が現れ、互いに距離を詰める。
魔人の基本的な能力として、自身の身体を魔力により強化するというものがある。不死の王も、例外ではなく、その体を魔力で強化しているのだろう。
その細身の体からは信じられない程の速さで距離を詰め魔剣と不死の王の剣がぶつかり、相手の剣が眩き光を放ちながら魔剣を完全に受け止める。
「魔力で出来た剣!?」
「その通り。しかし、魔剣だからと言って軽々しく折れるとは思わぬ方が良い」
無効化出来ていない訳ではない。
だが、魔剣は魔法を無効化するのに、ほんの僅かなタイムラグがある。その差異の間に、不死の王の魔力剣は再生をしている。それはカムイの聖殿の盾を無効化した時の手応えに似ている。
「だが、魔力を物質化するには、相当な魔力を使うハズ……!」
無効化し続ければ、そう遠くないうちに魔力が尽きるハズだ!そう考えるオレをあざ笑うかのように不死の王は剣を引き口元を歪めた。
「その通りだが、不死者に取って、それは問題ないのだよ」
不意に剣を引かれ呆気に取られるが、それで剣筋が狂う程、日和ってはいない。炎の剣は真っ直ぐに不死の王の体に吸い込まれ、傷口を焼き……そして、王の体は再生した。
予想通りだが、やはり不死の王に魔剣の無効化は効かないらしい。
「その炎の剣……中々に厄介だな。単純な攻撃力の増加だけではなく、切り結んでいるだけで、相手を焼くのか。あぁ、ちなみに一つ教えてやろう。不死能力と言うものは体を再生する時に、その魔力まで回復させる」
「なっ!?」
そう言われてみれば覚えはある。不死の王が発動した後は全てが完全な状態に戻っているのだ。
オレは魔法が得意でなく魔力を消費する事が少ないから気がつかなかったが体力すら回復しているのだから、魔力が回復していてもおかしくはない。
つまり、幾ら不死の王の魔力を消耗させた所で、大ダメージを与えてしまえば、意味がないのだ。
「そう。でも、身動きを完全に封じれば同じよね。絶対零度の氷でも、溶かせるのかしら!?」
余裕を見せ話している不死の王の死角からミナが飛びかかる。
その右手には、俄かには信じがたい魔力の塊が携えられており、彼女が不死の王対策の一つの魔法として考えていた物だと容易に予測できる。
「永久に……凍れ!コキュートス!!」
「ほう。光の柱を見た時も感じたが、俺以上の凄まじい魔力だ!」
不死の王はミナの魔法を止める素振りも見せず、むしろ賞賛し、その魔法を自らの身に受ける、が……。
「しかし、ながら同じだ。原理が同じである以上、凍結魔法の究極系の絶対零度であろうとも」
途中まで順調に不死の王を包んでいた凍気は、その半ばで水蒸気と水滴と化し、王の体を濡らすだけに留まった。
出会ったときから別の世界から来たミナの知識には驚かされているが、不死の王は、少なくとも彼女の知識に対抗できるだけの知識を有している。
そして、重い凍傷に掛かったような状態も、一瞬で不死の王で完治してしまう。
不死の王の能力は、やはりオレと同質の物だと考えて良い。
……マズイ。
どうして、今まで気づかなかったのか。
「くっ……。本当に忌々しいわね。なら、これならどう……!」
ミナが両手を前に突き出し、漆黒の球を作り出す。
傾国の魔女の誇る最強の攻撃呪文。その光は全てを飲み込み、その生存を許さない。
不死の王相手に意味のある魔法ではないが、今までの魔法は全て不死の王に制されてきた。それは、魔女としての彼女のプライドを傷つける物だったのだろう。
だから、意味がなくとも、自身の最大の魔法を彼女は放つ。魔法使いとして、誰が上なのかをハッキリとさせる為に。
対して不死の王は、今までと変わらずにミナの魔法の発動を待つ。それは絶対に死なないと思っているからこその余裕だろう。
「レーザーカノン・カレイドスコープ!」
幾つもに枝分かれし、拡散した光の嵐は、範囲こそ見た目通りだが、一発一発の威力は収束した物と何ら変わりのない全てを焼き尽くす光の奔流。その全てがミナの意思通りに跳ねて曲がり不死の王を全方位から襲う……が、それは不死の王に当たる事もなく消滅した。
「……嘘」
ミナの呆けた声が響き渡る。
「初見ならば、驚いて食らっていたかもしれんが……二度目だ。圧縮した光と分かれば、対策は幾つかある。光というのは、その速さ故に空間に対して不安定なのでな。少し誘導し、ワームホールを開いてやれば、水が下流に流れる様に、別の空間へと飛び込んでゆく」
「ワーム……ホールって……何よ、それ」
ミナは未だにショックから立ち直れないが、オレだって、こんな光景は信じたくなかった。信じたくはなかったが心の何処かで予想はしていた。
恐らく、この不死の王という存在は、通常の魔法は一切通用しない。だから、天軍やミナが試みていた魔法による封印は非現実的だ。全て原理を、解き崩されるだろう。
「ミナ」
「リュート……。うん、ごめん、大丈夫。でも、ちょっと困ったかな。手札の殆どが使い物になりそうもない」
「オレにだって、手はある。ミナ、耳を貸してくれ」
とは言っても、不死の王は予想以上にマズイ。
当初のオレの手は只の多少の時間稼ぎにしかならない可能性が高い。
だからこそ、割り切るんだ。
時間稼ぎしか出来ないなら、稼げる時間を伸ばせば良い、と。