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世界に蔓延る勇者達  作者: 霧助
一章 傷ついた少女
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十二話 100の盾

今回ちょっと長くなってますね。


話の長さをなるべく同じにしようと思いつつうまくいかないorz

「んっ……!ふぃ~」


背筋を伸ばして息をつく。

泥沼みたいな思考が少しずつクリアになってくのを実感できる。


昨日の記憶が途中からないけど、どうやらちゃんと着替えて寝たらしい。風呂は……多分入ってないな。


バタンと扉が締まる音がしてそちらを向くとミナがいつもの白シャツ黒スカートにローブを追加した恰好で立っていた。


朝から風呂に入ってついでに着替えたらしい。


「ミナー、オレも風呂に入ってくるよ」


彼女はオレを確認したらよたよたと杖を突きながら歩いてくる。


「上がったらご飯を食べにいこ。近くに酒場が……お?」


喋りながら通り過ぎようとしたら腕を捕まれた。

止まれず少し引っ張ったせいで体制を崩した彼女を支える。


「えーと……どうした?」

「……!!」

「おぉう!?」


体制を立て直した瞬間にポスンッと胸を殴ってきやがった。

そりゃ痛くはないけど……。



ミナにとっては自分が寝てたらいきなり隣に来た仕返しだ。

何もなかったし疲れてたのはわかるけど、起きたら一発殴ろうと決めていたらしい。

一応、朝早く目が覚めて二度寝しようと思ったのに意識して寝れなかったから少し寝不足気味だという実害もある。



よくわからないが……そこまで怒ってるようじゃなさそうだな…。


ミナはその後ベッドに腰かけて近くの袋からシャルの実を取り出してこっちに突き出す。


「あぁ、食べていいよ」


彼女が一度頷いたのを確認してオレも風呂に向かう。

扉を閉めようとしたらナイフで皮を剥いてるのが見えた。


ナイフも使えるのか…・・・本当に器用だな…・・・。



それにしても言葉を話せないわりには意思疎通は結構できる。

いきなり殴られたり意味のわからない所もあるけど・・・…。







男の入浴なんて簡単なもんだ。少し湯船に浸かり髪を軽く流して出る。

一応、汗を掻いたからシャツと下着、それに手袋くらいは変えるが後は昨日着ていた物をそのまま使う。


旧鉱山に置いてきた荷物どうなったんだろう……。

放置されたか仲間の商人に回収されたか、どちらにしろ荷物のほとんどは手元にはない。


「……。」


部屋に戻ってみるとミナが無言で皿を突き出してきた。まぁ、無言なのは当然か。

皿を見てみると少しだけ皮を残して一口サイズに切られたシャルの実が乗っている。

それは何か耳の長い動物のように見えなくもない。


「食べていい?」


視線を逸らされたけど、この場合は食べていいって事だろう。

一つ摘んで口に放り込む。


「芯もちゃんと取り除いてある……ミナ、君は本当に器用だなぁ」


なんで?とでも言うかのようにミナはシャルの実を口に運びながら不思議そうにオレを見る。

彼女の事は本当によくわからないけど、少なくともオレ以上の教育は受けていそうだ。


これでも、一応、立派な騎士になれと言われて育ったんだがなぁ。と苦笑する。


「……?」


とりあえず、彼女の事は追々聞いて行こう。


「さ、ミナ。ご飯食べに行こう。そんな実、一つじゃ足りないだろう?」


ミナはまた小さく頷き、オレの手を取ってくれる。

一緒に歩く時は杖よりもオレを頼ってくれる分になっただけ、会ったときより格段に進歩してると思う。

まだまだ警戒はされてるけどな。


気づくとミナにまた睨まれてる。おっと、ニヤニヤしてたか?どうにも彼女はオレが笑ってみてると睨んでくるようだ。


「さ、行こう。今日は時間あるし、ゆっくりな」


ミナに無理はさせない。手助けはしても甘やかさない。

馬車の乗り降りみたいな無理な行動は無理やりにでも乗せるけど、ミナはゆっくりとなら歩ける。

それを邪魔するような真似はしない。多分、それは彼女も望まないだろう。


オレたちは数分でいける距離を何倍もの時間をかけて歩く。







「お疲れ様、頑張った頑張った」


ミナにとってはこの距離を歩くのも一苦労なんだろう。

まぁ、元々体力もないのかもしれない。頭をぽふぽふ叩くオレに対して睨んではくるものの、息を整えるのに精一杯で振り払う余裕もないようだ。


オレはこの酒場にはたまに来る。王都からオレの家までは朝に馬を出せば日が沈んでまもなく着くが昼過ぎまで王都でだらだらしてる事もあるから、そんな時はこの町に泊まって昼過ぎまでだらだらして帰る。

だからここは多少は馴染みがある酒場なのだが今日は雰囲気が違っていた。


んー、南の街から逃げてきたお偉いさんか?


いつもは情報収集に精を出す商人や、王都への旅仲間を探す冒険者、目ぼしい新メンバーを探すギルド員で賑わっているのだが、今日は妙にぴりぴりしている。

そして酒場のあちこちには、成金趣味の金の大事さをわかってないような中年が難しい顔をして飲んだくれていた。


まぁ、ミナは気にしてないみたいだし、無理に関わることもないだろう。


オレが酒場を見渡してる間に彼女は空いてる近い席に勝手に座って、すでにメニューを開いている。

雰囲気に怯えるようなら場所を変えようかと思ったが、ミナが気にしないものをオレが気にする必要もない。

ていうか、ミナって文字苦手じゃなかったっけ…?


「わかるメニュー……あるの?」


試しに聞いてみたが、彼女はオレにメニューを指してきてパスタの項目を指差す。

パスタは読めるのか。まぁ、こういった店は今までも利用してきただろうし、何もわからないって事もないか。


「そうか、何にする?」


オレは……朝だしな。適当なセットメニューでいいか。

自分の頼む物を考えているとペシッと腕に紙が投げつけられてきた。


「いつも」  「ぱすた」


その紙にはその二つの言葉だけ書かれている。

向かいの席を見るとミナが何か言いたそうな目でこっちを見ている。


いつも、パスタ?


「いつもパスタ……だから違うものを頼んでみたいってことか?」


適当に訳してみたが正解だったようだ。ミナがこくこくと首を縦にふる。

……こいつ、店に入って変な物頼むワケにもいかず、いつもパスタ食べてたのか。

見てる分には笑えるけど実際に自分がそうなった場合は中々厳しそうだ。


何が食べたい?と聞くと少しの間、顎に人差し指を当てて次に何ももってない手でフォークとナイフで何かを切るような真似をする。


「お肉が食べたいのかな?」


こくこくこくと嬉しそうに何度も頷く。

昨日、お肉を幸せそうに食べてたのはそんなワケがあったのか……。

なんか不憫に思えてきた。


とりあえず一つのメニューを二人で見て彼女に料理の説明をする。

言葉はほとんどわかるようなので、それに不自由はないみたいだ。


しばらく経って運ばれてきた料理はスープと野菜を挟んだパン。それに鉄板にのった分厚いステーキだった。


量自体は大したことないけど、あんな重いものよく朝から食べれるものだ……。







ミナはシャーベットを食べている。

シャルの実を美味しそうに食べていたから試しに注文してみたんだが気に入ってくれたようだ。


オレのテーブルには何人かの商人や冒険者が集まって談笑していた。

情報収集は酒場の基本だ。貴族の事なんて気にしていられない。

そんなわけで一人に声をかけたらわらわら集まり出した。

みんな情報は欲しかったけど貴族連中がぴりぴりしてるもんで話にくかったみたいだ。


「そういえば、街が一つ落ちたって聞いたけど、どうしたんだ?」


街が落ちたって話は聞いたけど中身は良く知らない。

結構、有名な話のようで冒険者の一人が答えてくれる。


「あぁ……今回召還された100人の勇者の中で最強って呼ばれた子を知ってるか?」

「確か、傾国の魔女……だっけ?」


この異名は何度か聞いたことがある。待て、100人の勇者ってオレも入ってねぇか?


「そう。傾国の魔女ミヅキが魔王に敗れたらしい。魔王はミヅキを倒した後、そのまま街を攻め落としたって話だ。ウェアウルフの大群を使ってな……」


なんか、その魔女、城に大穴あけたとか言ってなかったっけ?

それが負けたのか……化け物だな、魔王。


ふとミナを見るとシャーベットを食べる手を止め話を聞いていた。

自分が滞在してた街の話だから気になるのか?と思ったが目があうと何事もなかったかのようにシャーベットをスプーンですくう。


「しかし!今代の勇者は粒揃い!『聖者』率いる最強の勇者パーティーに魔剣士の再来『救国の剣王フェトム』もいる!なんたって過去最高の100人だ。必ずや魔王を打倒するだろう!!」


なんか最後すごく嫌な名前が聞こえた気がする。

ちなみにフェトムはオレが追い出された騎士の名門フェトム家の事だろう。

オレの旧名はリュート=フェトム。勇者の名前はどうやら家名が宛がわれるようだ。


オレのテーブルは勇者の話題でわいわいと盛り上がる。

ミナも若干うるさそうにしながらシャーベットを食べている。

まぁ、酒場ってのはこうあるべきさ。あんなぴりぴりした雰囲気じゃ酒もうまくないよね。

店主も迷惑そうにするどころか、微笑ましく見守ってくれてるしな。




しかし、それが気に入らない連中も世の中にはやっぱりいるようだ。


「うるせぇんだよ、金の亡者共がっ!!」


ガシャーン!と酒場にガラスの割れる音が響く。床には割れたグラスや皿が散らばっている。

その中心には金髪の男。どうやらそいつがテーブルの上の物を全部薙ぎ払って怒鳴ったらしい。


「オレの街が滅びたんだぞ?傾国の魔女がこなけりゃこんな事にもならなかったのに……。魔女がオレの街の住民全てを殺したんだ!」


酒場にいる全員が静まる。発言からしてコイツは街の中でも随分と上の方にいたヤツなんだろう。


「魔女は行方不明だってな……。まったく運がいい。街一つ滅ぼしたんだ。死体を晒せない事が残念でならない。それくらいするべきだろ。なぁ?」


男の発言は狂気の沙汰だ。世界を守ろうとして命を落とした彼女に対してなんて言い草か。

酒場全体の雰囲気も彼に対しては友好的ではない。だが、相手は元とは言え、街の重役。どんな後ろ盾があるかわからないから手は出しにくい。


ふとミナの様子を見てみる……下を向いている為、表情は見えないが少し震えてるように見える。


「どうした?ミナ」


彼女の肩に手を置くが、なんでもないと言うように下を向いたまま首を振る。

肩に手を置いてはっきりと分かったが間違いなく震えている。元の街の話だからか……?

とりあえず、何にせよ、あの馬鹿を黙らせたい。


「ん……?おい、そこの女。そこの下を向いてるお前だ」


ミナの肩がビクッと震える。

コイツ、今度はミナを指名してどうしようってんだ。


「魔女はお前みたいな黒髪だったんだってな。何、お前、こんなトコで呑気に食事なんかしてるんだ?」


ヤツはいきなりミナを無理やり立たせようと引っ張る。って、そんな風に引っ張られたらミナはバランスもロクに取れない!

やばい、とは思ったがテーブルの反対側の席に居るオレでは止めるのが間に合わない。


予想道りミナは足をもつらせ転ぶ。しかも運が悪いことに……割れた食器の上に倒れた。


「ミナ!!」


急いで彼女に駆け寄る。

良かった。少し血が出てはいるけど、怪我は大したことないようだ。

後はアレを黙らせる。どんな後ろ盾があろうが、こちらにも盾はある。こういうヤツは盾の名前を出せばあっさり引くだろう。


……と、思ったが気が変わった。


「おい、商人。そこの奴隷を渡せ。まだ、死にたくはないだろう?」


ミナの首輪を見て判断したんだろう。ヤツの護衛らしい屈強な男二人がオレの前に立つ。

あまり荒っぽいことは好きじゃない。けど、お前らには容赦しない。


「ごめん、ミナ……少し待っててくれ」


なるべく笑顔で彼女にそういうとオレは護衛の一人に斬りかかる。

ダン!と大きな音がするとオレが斬ったヤツはあっさりを膝から崩れ落ちる。

抜刀はせずに鞘付のままぶん殴ったから死んではいないだろう。ここでの流血沙汰は店主に迷惑がかかるしな。


助け起こした時、少しだけミナの顔が見えた。理由はわからない。でも彼女は……。


泣いていた。


泣かせたのは間違いなくお前たち。

間違いや喧嘩ならオレが出る幕じゃない。けど、お前らのは只の嫌がらせだ。

オレの隣にいる女をそんな風に扱ったんだ。それ相応の報いは受けてもらおうじゃないか。


もう一人の護衛が剣を抜き斬りかかって来る。が遅い。

振り下ろされた剣ごと男の顔面を横薙ぎに剣でぶん殴る。3メートル程度は吹っ飛んだだろうか。

二回三回転がって壁にぶち当たる。


よし、動く気配はないな。



さて、残り……というかメインだ。

護衛を二人ともやられたってのに余裕そうな顔が癪に障る。


「ふん、お前、自分が何をしてるかわかってるか?商人。私はザハク子爵に命じられ街を守っていた男だぞ?貴様は子爵に喧嘩を売ろうと言うのだな?」


それを聞いて安心した。爵位があるとは言え下位の子爵か。


鞘に収まったままの剣をコイツの腹に突き当てる。一撃で気絶されては困るから手加減して……だ。

ヤツの顔は怒りに滲む。こいつは自分が有利な状況にいるとでも思っているんだろう。まったくもって滑稽だ。


「ゴフッ……き、貴様……!何をするか……ただで済むと思うな!名など調べればすぐわかる。すぐに子爵に報告して……」

「リュートだ」


調べられるまでもない。オレは自分の名前を名乗る。ついでに顔に蹴りを入れて。

蹴られながらコイツは信じられない物を見るような目つきでオレを見る。


「リュート……まさか、ニーズヘッグ公爵の……」


そう、大体予想はつくと思うがオレの後ろ盾はニーズヘッグ公爵だ。あまり頼るのも悪いが権力相手に屈するくらいなら彼に甘えておく。……今度、リズにアクセサリーでもプレゼントして機嫌を取っておこう。

ちなみに、順位的に公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵くらいに格差がある。


「そして王宮直属の商人にしてレーナ様の護衛として選ばれたリュートだと!」


予想外に言葉は続いた。待て、なんだ、それ!?


「くっそ!くそ!くそぉ!!」


よくわからないがオレの知名度が王宮の策略によって変な風に上がっているらしい。とりあえずコイツは思い切り剣でぶん殴り黙らせておく。

はぁ……ちょっと頭に血が上りすぎたかなぁ……。

でも、まぁ、多分、またミナが理不尽に泣かされたらオレは同じ事をするんじゃないかと思う。


「ごめんな、ミナ」


彼女の元に駆け寄り手を差し伸べる。

良かった。手を握り返してくれた。また距離をとられないかかなり心配だったからな……。


彼女はオレの肩口に顔を埋めて小さく震える。声は聞こえないが恐らく泣いているんだろう。

とりあえず彼女が落ち着くまでこのままでいよう。長い黒髪をゆっくり撫でながら時間は過ぎていった。




周りの冒険者や商人のカップルを冷やかすかのような声を無視するのは大変だったけど……。



本来入れる予定のなかったぷち戦闘シーンです。


本来はスルーしてそそくさと家に帰る予定でしたw


次回はやっと主人公の家に到着できると思います。

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