百十八話 二番目の勇者と最古の魔人
聖殿都市戦の話になるので、リュートたちの戦いには余り関係ないかと思われます。
しかも、かなり長くなってるので興味の無い方は飛ばして同時に投稿している百十九話に行くのもよろしいかと思います。
地上に展開した銃隊、空を支配する天軍、面制圧に優れた櫓上の魔法隊により聖殿都市での戦いは人間側に非常に有利に進んでいた。
但し、それは、殆ど全てであり、一部の前線は窮地に立たされていた。
その理由は単純明快、最古の魔人ヨミ。
歴史上、只の一度も人間の目に触れることはなく、数千年の時を生き続けてきた彼女は植物に近い魔人であり、膨大な量の蔓を操り人型の人形を作り出す軍の総量は測りきれるものではなく、銃騎兵が総力を挙げ攻撃しても有効な打撃は与えれない程だった。
「狙うな、前に向けて撃て!!」
二番目の勇者、ケネスの号令と共に、前に展開した銃歩兵と、そのすぐ後ろに展開している銃騎兵は少しだけ時間をズラして射撃を始めるが、蔓で出来た人型は白黒の魔獣よりも耐久性に優れているようで、数十の弾丸を受けてようやく動かなくなる程だった。
しかし、よく見ていると数発の弾を受けただけで倒れ動かなくなっている蔓の個体もある事から、ケネスは何処かに弱点があるはずだと見当を付けるが、それが何処なのかまではわからない。
彼の両脇にいる勇者二人も、一人は遠視の能力で有り、もう一人は、そもそも森林区等での戦闘で視界を得る為の能力なので役には立たず、悔しそうに歯を食いしばりながら銃を射っている。
「ケネス!残弾が半分切った!そもそも、このままじゃ弾が切れる前に聖殿都市に張り付かれる!」
「残弾は気にしなくていい!この戦いを持ちこたえなければ次は無いんだ。無い戦いの事を考えている場合じゃない!」
幸いにも天軍と魔法兵の範囲殲滅は銃よりも効果的で、距離が近づくに連れて敵の進軍速度は少しずつ落ちてはいるが、問題は、あの耐久性を持った魔人を相手に近接戦闘を仕掛けても良い物なのか?という迷いにある。
剣や槍での攻撃が有効とも考えれず、味方の近くにいる敵を範囲殲滅する訳にも行かないのに、そんな状況で聖殿都市に取り付かれれば、他の部隊も回さなくてはいけなくなり結果的に、他所の守りが薄くなる。
だからこそ、本来なら近接戦に優れた兵に代わり突撃をする様な距離まで詰められているのに、未だ銃での攻撃に力を注いでいる。
そして、ケネスは本来なら余程の事がない限りは言わずとも済むと思っていた命令を口にする。
「……銃騎兵隊、前に出るぞ」
「はい!!」
騎馬の機動力と銃の遠距離攻撃は非常に相性が良いが、その兵は未だ新兵の域を出ない程度の熟練度である。
本来なら銃などない世界なのだから、それも仕方ないと割り切るしかないが、だからこそ、ケネスは自分達が前面に出る様な命令は抵抗があった。
それは多少なりとも銃に慣れてきた貴重な兵を多く失う可能性が高く、新兵に前を任せるくらいなら熟練した突撃兵に素直に任せたほうが効果的だと思っていたからだが……想定外の魔人の出現で事情が変わった。
それでも、兵の士気は高く不満を言う兵は居らず彼らの目は死地においても誇りに満ちていた事をケネスは頼もしく思う。
銃兵も、その命令を聞き、道をあけ、その合間を気高き軍馬が蹄を鳴らして駆け抜ける。
「植物型の敵は他敵部隊より突出している。二手に分かれ、敵の射程外より左右から挟撃するぞ!」
敵の部隊の多くは未だに魔法の面制圧を突破出来ていない。
だからこそ、蔓の魔人の左右はがら空きであり、その空間を利用して攻撃すれば魔法兵も天軍も今まで通り攻撃が可能で、自分たちが射線上に入ってしまう銃兵は正面から蔓の魔人に集中火力をぶつけれる。
敵がそのまま進軍を続けるようなら無防備な左右から、銃撃を浴びせ左右に展開してくるなら、面制圧の効果が上がる。
それが狙いであり、それは概ね正しかったが、一つだけ、彼にも誤算があった。
二人の勇者と半数の銃騎兵を連れ左側に展開したケネスは、鋭い風切り音を聞いた。
それは、魔人ヨミが飛ばした蔓による刺突だったが、それが何か気づいた時には避けようがなかった。
敵にも遠距離攻撃があると思わなかったケネスは命中率の向上と敵の観察の為に起動力を頼りにしすぎ、不用意に近寄ってしまったのだ。
本来なら、ヨミからしても、届く距離ではあるが狙える距離ではなく、最前列にいた個体の幾つかに命令して大した効果を期待せずに繰り出した攻撃だったが、それは運悪くケネスの乗っていた馬を貫き、ケネスは地面に投げ出される。
「ぐっ……がっ!?」
「ケネス!」
苦悶の声を上げるケネスに勇者の一人が駆け寄り、部隊の行軍も一度は止まってしまう。
周りを見てみると、ケネスは運が悪かった中では、まだマシだった様で二人ほど蔓に貫かれて絶命してる兵士が横たわっていた。
ボクの事は構わずに事前の命令通りに行動しろ!!
そう声を張り上げようとしたが、遠距離攻撃という想定外の事を考えるとケネスは即座に命令を出せず、ほんの一瞬だけ考え込んでしまった。
しかし、運が悪い時というものは、悪い事が重なるようで偶々倒しきれていない蔓の魔人がケネスを狙える射程内に入っていて、彼がそれに気づいた時には、回避も不可能な状況だった。
英雄。
ケネスは、この世界に召喚された時に、そうありたいと強く願った。
その為に、自身の能力をより生かしてくれる帝国にまで仕えた。
しかし、現実はこんなもので、ちょっとした油断で死んでしまうんだな。
と、彼が諦めかけた瞬間、誰よりも早く蔓の魔人の攻撃に気づいていた人物がケネスと蔓の槍の間に自らの体を割り込ませる。
「ぐ、あああああああああぁ!?」
「……っ!?おい、大丈夫か!?助かったぞ、ありがとう」
ここで、侘びを入れないのは彼の国柄だろうが、代わりに素直な感謝を述べる。
合間に入ったのは、森林区での戦闘を得意とする勇者の一人だった。
蔓の槍は彼の肩を貫通しいていて、勢いよく引き抜かれた時に、もう一度、絶叫を上げる程の怪我ではあったが、彼は笑っていた。
「あぁ、もう情報量が多すぎる!ていうか、痛!……けど、やった。やってやったよ、ケネス!」
その錯乱したとしか思えない様な台詞にケネスは心配になるが、勇者は言葉を途切れさせる事なく叫び続ける。
「アイツだって所詮植物なんだ。だから、全部見てやった!」
「……!!そうか!お前の能力で視界を盗んだのか!?」
その言葉にケネスは何故、彼が重症とも言える傷を負い、こんなに楽しそうなのかを理解した。
平地での遠視の能力を持つ勇者は確かに補助としては強いが、障害物が多い場所では、その能力は著しく制限される。
そこに、もう一人居たのが、彼であり、その能力は……植物の視界や情報を全て把握する事。
地味ではあるが、森や市街地での戦闘での視界の確保は非常に重要な事柄であり、遠視の勇者と銃という武器を合わせれば彼らに隙はなくなった。
「あの蔓は全部、枝で折っても折っても幹を傷つける事はできない。本体は奥にいて、女性というよりは、まだ少女……だけど、見たらすぐに分かるよ。あれは、生かしてちゃいけない物だ。蔓の分身は後ろに本体に繋がる蔓が合って、それを傷つければ動きが止まる……多分」
最後は予想に過ぎないのか、自信なさそうに勇者の一人が苦笑いをする。
ケネスは、その報告を聞いて希望を抱くと同時に愕然とした。
この、物量を……抜けろと言うのか?
それが、彼が抱いた素直な感想だった。
可能か不可能かと聞かれれば可能なのだから、やるしかない……やるしかないが、果たして部下達は付いて来てくれるだろうか?そう迷わずには居られないが、今は仲間がくれた情報を一時でも早く生かすべきであり、彼に退転は許されない。
「……希望者だけで良い。これより、植物型に特攻をかける。君たちの仕事はボクの突破の支援と、その後の足止めだ」
死ね。
これは、そういった類の命令だった。
突破の援護だけならまだしも、その後の足止めというのは敵の中に孤立した状態で撤退も許されないという事だ。
しかし、この命令にはケネスの想像を良い意味で裏切り、部隊の半数が馬を率い整列する事で是の意思をケネスに見せる。
「ケネス。僕の馬を使ってくれ。僕も行きたいけど、この肩じゃ銃は撃てないや」
誰よりも先に命を賭けた勇者は、それでも申し訳なさそうに馬を降りた。
「ありがとう。行ってくる。さて、命知らずの諸君。こんな無謀な命令を聞いてくれてありがとう。お礼と言っては細やかだが……ボクが、生きて戻れたら君達の事は英雄として語り継ごう!」
彼に出来る事はそれだけだったが、それでも部隊の士気は高まる。
ケネスを中心に彼を守る様に陣形を取り、全員が一丸となり声を挙げて突貫する様は、遥か後方にいるヨミに久しぶりの危機感を覚えさせる程だった。
銃を前に向け打ち続け、敵の横を素通りするが、ヨミも理由こそ分からないが本体を狙われている事に気づき、蔓の多くを二十数騎の騎兵に向ける。
蔓の槍で四騎が倒れた。
それでも、突進は止まることなく、慌てて壁を作る蔓の魔人に二騎がつっこみ穴をあけ、騎士は放り出され地面を転がるが痛みを堪えすぐに体勢を立て直し、片膝で銃を射ち始める。
その横を多数の騎兵が、彼らを見捨て更に奥へと進む。
世界の平和と引き換えに死地に赴く事を決めた彼らを邪魔する事は彼らには出来なかった。
そして、遂に残った十騎程度の数が蔓の魔人の包囲網を突破する。
「私達は、此処までです!どうか、魔人を!」
「ボクの誇りと神に誓おう!!」
ケネス以外の銃騎兵は反転し、追いすがる蔓の魔人へと銃撃を開始する。
彼らの稼いでくれた命賭けの時間は、そう長い物ではないだろう。
蔓の魔人の本体は余程察知される事を嫌ったのか、蔓の大群よりも僅かに後方に一人で居た。
その本体を知る者は現在の魔界にも不死の王以外には居らず、ましてや人間で見たのはケネスが初めてだろう。
「人間が。どうして、私の場所が!!」
「はっはっは!ボク達、ヒーローの前に、小娘風情が勝てる訳ないだろう!!」
婆さんと呼ばれる魔人の本体は身の丈1M程の女性であったが、その顔は老婆の様であり、憎しみに満ちていた。
それを嫌いヨミは不死の王の前でも本体は隠蔽していたのだが、この様な形で見つかるのは完全に予想外だった。
「一人で来たのは失敗だったね。お仲間と総攻撃してくれば、まだ勝てる可能性もあったのにね!」
そう言うと、彼女の腕が伸び、また別の蔓の魔人が数体生成される。
通常の銃では、それもたった一人ではケネスには突破できないだろうが、仲間を置いてきて一人で突っ込んできたのは、それなりの勝算があるからだ。
「この期に及んで能力を出し惜しみする気はないよ!」
そう言いながら、手にしたハンドガンを投げ捨てると、その右手に現れたのは、銃騎兵が使っているのとは比べ物にならない強力無比な兵器、軽機関銃。
それを、蔓の魔人に向け放つと秒間十数発という数の弾丸が、蔓の魔人を成すすべもなく蜂の巣にする。
「な、なんだい!?それは!!」
ケネスの能力は本来、この世界には危険過ぎる代物だった。
それは、個人の戦闘能力がどうのと言った小さな意味ではなく、ミナすらも軽く凌駕する程のバランスブレーカー。
銃器の生成。
ミナが少し考えれば、幾ら銃の知識があろうとも、多少工業に優れていようとも、この世界の技術力で銃なんて、そう簡単に作れる物じゃないと気づけただろう。
銃騎兵の銃は全てケネスが、余り強力過ぎない物だが、十分な効果がある物を選んで作った物だ。
彼の銃は一度作れば彼の意思でも消せない。
もし、強力な銃を考えなしに生産すれば、それこそ悪夢の様な時代が訪れてしまう事を危惧した彼は、自身の能力を弾丸の生成と言う事にして、隠した。
それは単に、自分は死の商人ではなく、英雄になりたかったからだ。
現に彼が次に作り出したのは、小さなタンクを持つ、銃に似た何かだった。
それを地面に向けてトリガーを引くと、火竜の攻撃にも似通った火線を吹き出し、地面に続く蔓を全て焼き払った。
それは、後方に続く全ての蔓の魔人の制御をする蔓であり、それを焼かれてしまった今、ヨミの本体に軍を操る術はなくなったと言える。
「貴様、貴様ぁ!数千年かけた私の軍をおおおおお!」
「それだけ生きてたら満足だろ?」
ヨミが右手を突き出すのと同時に火炎放射器を、ヨミに向けトリガーを引く……が、そこから新たな火線が出る事はなかった。
「げ、三回しか撃ってねぇのに!?」
驚愕し、小さな燃料タンクと放射器の本体を捨て、馬から飛び降りると、先程までケネスの頭があった場所を鋭い蔓の槍が通り抜ける。
そんな状況でも、ケネスの頭は驚く程に冷えていて、冷静に、召喚し、照準を付け、引き金を引いた。
新たに召喚されたソレは、今までの銃に比べればかなり大きい筒状であり、ケネスはそれを肩に担ぎ、引き金を引くと先端に取り付けられた丸い菱形の弾頭がヨミ目掛け一直線に飛んでゆく。
その弾頭は今までの銃と比べると余りにも遅く、ヨミも腕を振り迎撃をしたが……その瞬間に爆発し、全ては終わった。
余り慣れてない武器の使用にケネスは正確に撃つ事はできなかったが、それは全てヨミの迂闊な行動により、結果的に良い結果に終わっただけだろう。
地面を転がりながら、ヨミの更に後方を見ると丁度、白黒の魔獣が近づいて来ている所だ。
あー、英雄と語り継ぐって約束しちまったけど、ボクもこれまでかな。
ケネスがそう諦めた時、彼の後ろから「突撃!!」と凛々しい女性の号令と今まで気づかなかった大量の騎兵の音が聞こえる。
自分の横を通り過ぎ魔獣に突貫するその集団の中に、彼は王国の王家の紋章が描かれたマントを羽織った女性の姿を見た。