百十七話 魔王、決着
「天魔の、子?」
いまいち状況判断の出来ていない僕は目の前の赤い翼を持つ少年に話しかける。
「はい。天使と魔人の子だから天魔の子です。あ、安直ですけど、僕が決めた訳じゃないですよ?」
彼はそう言いながらも仲間に指示を出し、指示を受けた仲間は森の中に入っていった。
熟練の冒険者でさえも、単独で入ろうとはしない森だけれども、天魔の子にとっては大した危険はないと判断したんだろう。
そういえば、此処に来る前にリュートが僕に部隊の指揮を預けたいと言う話を持ってきた事があった。
何故、他国が僕に人間の部隊を預けようと思ったのか、皆目見当も付かず断ったけど、そもそも『人間』の部隊だと思っていたことが見当違いだったみたいだ。
「君達だったんだね。僕に率いて欲しい部隊って」
「はい。その通りです。酷いですよ、ケーファー様。あっさり断った挙句に何処に行ったか分からなくなってしまって探すのに苦労したんですよ」
「あぁ、ごめんね?でも、何で僕なんだい?」
天魔の子と言うからには彼らにだって親はいるだろうし、この中の誰か……それこそ、彼自身が指揮をとっても良いんじゃないか?そう考える僕に彼は少し困った様な様子で答えてくれた。
「僕達の親も当然魔人や天使なんですけど……余り力が強くない魔人や天使なんですよね。それなのに、自分の親なら未だしも、何で実力で大きく劣る人に指揮を任せれるのかって人多くて。かと言って、僕や他の天魔の子が指揮を取ろうにも、親の影響を受ける事を心配した他の魔人や天使が嫌がって。長年の問題だったんですけど、そこで現代の魔王であるケーファー様が集落に来るとの話を聞きまして、それならケーファー様に指揮を取って貰おうって声が結構大きかったんです。あ、勿論暫定的な物ですから、本決まりではないですけどね」
……なんで僕に任せるのかが一足飛びな発想な気がしないでも無いけど、彼らには彼らにしかわからない苦労があったようだ。
何にしろ、今、彼らの助力が貰えるのは非常にありがたい。それは、僕の為でも人間の為でもあるのだから、素直に力を借りる事にしよう。
「ありがとう。今は素直に甘えさせて貰うよ。部隊の概要を教えてもらってもいいかな?」
「はい。皆、近接戦闘も魔法戦闘も問題なく出来ます。勿論、個々の得手不得手は多少はありますけど、此処に居る魔獣程度でしたら気にしなくても良いかと」
「多くは覚えれないから助かるけど……君たちは天魔の子?の中でも特別優秀なのかい?」
「いえ、天魔の子は此処に居る者で殆どです。出生率って言うんですか?それが余り高く無いみたいで、繁栄には苦労してるんですよ」
「殆ど?……って皆、こんなに強いの!?」
思わず驚いて大きな声を上げてしまったけど、全員が全員、上位の魔人並の強さを持っている天魔の子を見て、冷静で居られなかった事は多めに見て欲しい。
「僕たちも難しい事は良くわからないんですけどね。どうにも魔人も天使も不死の王からすれば未完成品だったみたいです。互いに掛け合わさって足りない物を補い合う事が出来るって言うのが頭の良い人達が出した結論ですね。あぁ、ですから僕達、ちゃんと繁殖能力もありますよ」
赤い翼を小さく動かしながら、少年が答える。
天使の事はいまいち詳しくないけど、魔人は基本的に強い魔人からは強い魔人が生まれやすい。そして、彼らは自分達の親の事を余り強くない魔人と言ったのに、それから生まれでた天魔の子が。ここまで強いとなると、背筋に冷たい汗が流れる。
でも、今は単純に頼もしい。
「僕達の狙いは、裏切り者の勇者なんだ。ソイツが、この死者の軍を操っているハズだから、倒せば止まる……と、思う」
勇者の能力は、術者が死んでも効果の残る永続型も多くあるから、断言はできないけど、この能力は死体を操る能力のハズだ。
それなら、能力者を倒せば止まる可能性が高い。
「なるほど。しかし、裏切りの勇者……人間ですか。探知が難しそうですね」
「その辺りはルーシーに任せてたんだけど、まだ見つからないみたいなんだ。弱い魔力の反応を探してるんだけど」
「……おかしいですね。今、天魔の子達は森の彼方此方に飛び回って敵を殲滅しています。その中でも、強い魔獣や魔獣の集団は無視して、倒せる所から倒しています。弱い魔力反応がアレば、真っ先に狙いそうなものですけど」
「あ、あの、ケーファー!」
天魔の子と話していると横からルーシーが話しかけてきた。
どうにも、自信が無さそうに喋る彼女によると、裏切り者の勇者の位置が分かったかもしれないと言うが魔力を探知した訳ではないので、確証はないそうだ。
「それでも、此処に魔獣が集まってるのは変だよ。まるで、何かを守る様に密集してて、その中心は……少しだけ空間があるの。なんで魔力を感じないかは分からないけど、そこにいる気がするの!」
森の奥深くを指刺してルーシーは力強く説明する。
どうやら、天魔の子の襲撃と同時期に魔獣がある場所に集まっているらしい。
確かに、状況が変わった今、自身を守る為に戦力を集中させたと考えるのは自然だけど、それなら何で魔力が感じないかが疑問だ、けど……。
「この数は幾ら僕達でも数を揃えて当たらないとキツいですよ、ケーファー様。周辺の殲滅を一通り終わらせてから、集中攻撃するのがよろしいかと」
「あぁ、ううん。大丈夫だよ、僕が一人で行ってくるから」
「……はい?」
天魔の子が、呆けた声を上げ、反対にルーシーは顔の前で手を握って僕に声援を送る。
「あの、お言葉ですが、魔獣の数は尋常ではありません。幾らケーファー様と言えど、お一人では……」
「大丈夫大丈夫。代わりにルーシーをお願いするよ。彼女も今まで動き続けて疲れてるだろうし」
「っ、わかり……ました……」
まだ納得がいかない様だけど、本当に僕を指揮官と考えてくれているのか、天魔の子は渋々と言った感じで納得してくれる。
それもそのハズで例えガルフスでも、今から僕が突っ込む魔獣の密集集団に突っ込めば只では済まない程に数が多いのだろう。
蔓を操り植物人形の大群を率いて戦う婆さんでも、考え無しに戦えば持たない程の物量なのかもしれない。なんて言っても敵は、長い間ずっと冒険者の侵攻を阻んできた森の魔獣の殆どを使役してるのだから。
でも、だからと言って僕まで、同じだと思われるのは、心外だ。
何故なら、僕は魔王……今、この世界で最も強い魔人なのだから。
「じゃぁ、ちょっと行ってくるね!」
「危なくなったら、すぐに引いてくださいよ!?急ぐ必要もなありませんし、確実に倒せるのですから!」
「頑張れ、ケーファー!!」
これから仲間になってくれる少年の心配そうな声と、今までずっと傍に居てくれた天使の女の子の声援を背に翼を大きく羽ばたかせて地上スレスレを飛ぶ。
「さて、本気を出すのは随分と久しぶりだな」
と、独り言を呟いて、魔力を適当に解放し、前方向に飛ばすと、僕の進路に立ちふさがっていた邪魔な木々が全て腐って倒れた。
あー、こんな、つもりじゃなかったんだけど。
枯れた木々は、地面に柔らかく倒れこみ、触れた土すらも腐らせていた。邪魔だから、どかそうと思って軽く魔力を放出しただけなのに、こんな結果になるとは思わなかった。
相変わらず、僕は魔力のコントロールが致命的に下手だ。
でも、その甲斐もあって、ルーシーが示した場所までは一瞬で辿り着き、眼前に広がる森の中に居ても隠れる気が無い程の大量の魔獣集団の先頭に居たウェアウルフを蹴り飛ばす、と数M程の距離を吹っ飛んだ後に、回りの魔獣を巻き込む様に爆発を起こした。
本来なら、先頭の1匹を退かした後に、周囲が僕に気づく一瞬の間に範囲魔法を打ち込むつもりだったのに、爆発なんて無駄な事を起こしたせいで、あっという間に気づかれてしまう。
我ながらやりにくくて仕方ない。
「邪魔だよ。ファイアボール!」
通常魔法の中では、扱いやすく威力も高いファイアボールを使うと、珍しく僕の思い通りに手の平に火球が生成される……けど、それは、あっという間に想定していた大きさを軽く上回り、色も赤から黒に変色する。
「わ、わ、ヤバ!?」
慌ててファイアボールを敵陣に投げると空中四散し、一面に溶岩を撒き散らし、例え一部でも浴びた魔獣は、声無き声と共に横たわり、動かなくなった。
囲まれていると思い、邪魔だと念じ翼を広げれば、僕を中心として球状の力場が発生し、敵諸共地面すらも消滅し、防御しようと思えば空中に氷が発生し、敵方面を放射状に凍り付かせた。
全てが効果的なのに、その全てが僕の予想通りにいかないのは、相変わらずとも言えるだろう。
そして、遂に群れの中心部にたどり着き、裏切り者の勇者を見つけて……何故、魔力探知に引っ掛からなかったのか。その原因を僕は理解した。
「君は、もう死んでいるんだね」
幾らか憐憫の感情が篭った声でそう言ったけど、反面に裏切り者の勇者は嬉しそうに声を上げる。
「元々、人間としての生に興味なんてなかったからいいよ。不死の王とやらのせいで世界征服は叶いそうもないが、僕もそれなりの立場には付けそうだ……ったんだけどね。君たちが此処にさえ来なければ」
何処か諦めた口調でそんな言葉が返された。
裏切り者の勇者は確かに其処にいたが、動かなければ誰も生きた人間だとは思わないだろう容姿に変異していた。
まだ綺麗にも見えた緑色の髪はボロボロに黒ずんでいて、その左目には何も入っていない。腕も不自然な程に長く、不自然な程に肉付きが落ちている。
真っ先に思い浮かんだのは、不死の王による魔人化だが、それだけではなく、既に事切れた体を自身のネクロマンサーの能力によって動かしているのだろう。
考える力さえあれば、肉体が死んでもお構いなしな能力らしい。
「……流石に僕も見てて可哀想になってくる。ちゃんと、殺してあげるよ」
「この物量差で、そんな口がきけるとは思わなかったよ。僕の軍を台無しにしてくれたお礼だ。此方こそ、殺してあげよう」
彼のその言葉を合図に数十、いや、数百の魔獣が一斉に襲いかかってくる。
その中の1匹の頭を掴み振り回……そうとした所で塵になって消えた。
あぁ、もう面倒くさい。
心の中で悪態を付きながら魔力を解放すると、飛びかかろうとしてきた魔獣も、走って近寄って来ている魔獣も纏めて地面に這い蹲り嫌な音が聞こえてきた。
どうやら、重力を強化する類の魔法が発動したようだ。
一瞬で、集めた魔獣の一部を戦闘不能にされ、流石の裏切り者も狼狽した声を上げる。
「な、なんだ、お前……!?前は、そんな強さ……!」
ルーシーが傍に居る時に、こんな危なっかしい力が使えるか。と言いたいが、余り長引かせる気もないのに一々説明するのも面倒だ。
僕は最後に裏切り者の勇者に一言だけ告げて、この勝負を終わりにする。
「これが、魔王ケーファーの力だよ」
「ひ、ひぃっ!?」
情けない声を上げる裏切り者の勇者の顔を掴むと、掴んだ腕を彼の腕が軽く引っ掻いてくる。
その力も人間とは比べ物にならない程に強化されてるのだろうけど、魔力解放をした僕の体は通常時より強化されている上に、触れる事自体が余りに宜しくない。
裏切り者の勇者は甲高い声を上げ、慌てて腕を離すが、その手は凍りついていて、能力で動かそうとしても砕け散るだけになるだろう、飾りとなる。
当然、僕に掴まれた顔も只では済まないだろう。
……余り苦しませるのは趣味じゃない。
裏切り者の勇者を宙に放り投げ呪文を唱える。
詠唱という行為は魔力のコントロールを補助する意味もあるらしく、確実に止めを刺すなら何が起こるかわからない魔法よりも、ちゃんと自分でコントロールするべきだろう。
「裁け、雷。彼の裏切り者に鉄槌を。リンドボルグ!!」
遥か天空より火流星が落ち、裏切り者を飲み込み地面に激突し、火柱を上げる。
恐らくは跡形もなく塵となったと思うけれど、何らかの方法で逃げられていないとも限らないけど、それならそれで、また倒せばいいかと思考を放棄する。
そして、洒落にならない火力の魔法を使ってしまい、森が火の海と化してしまっているので竜魔法・水竜の悲哀を唱え、豪雨を降らせながら、最後に呟いた。
「雷の魔法のハズだったんだけどな」
詠唱した意味とはなんだったのか。やっぱり僕は制御が苦手みたいだ。
さて、僕は、この部隊を連れて聖殿都市に行くべきか、リュートと合流すべきか。
それが問題だ。
3000~4000文字を目安に収めようとしているのですが最近長いです。
今回の話もケーファー最終話みたいな感じなので、どうにも区切りが付けれず整理もできず、長くなってしまっています。
次回、二番目の予定ですが、一話で終わらせる予定の為に多分、これも長いです。ごめんなさいごめんなさい。
正直、感想とかでも言ってくれてる人いますが、二番目、影が薄いですし、どうでもいいって思ってる人も割といるかと思います。
ので、百十八話と百十九話は同時投稿にしようかと思ってますので、今までのペースよりは少し遅くなるかもしれません。
百十九話でカムイ、百二十話から不死の王vsリュート、ミナに入れるかと思います。