百十六話 魔王と赤い翼
森の真上にたどり着く直前に、幾つもの炎の矢が僕達目掛けて飛んでくる。
炎の魔法を使うモンスターで代表的なのはウェアウルフだけれど、彼らが使うのはファイアボールであり、これは下位魔法であるファイアアローなので、恐らくはガーゴイルの放った攻撃魔法だろう。
本来ならガーゴイルは空から一方的に攻撃してくるモンスターだけど、今のファイアアローは森の中から放たれた。
その事から考えて、裏切り者の勇者の使う能力、ネクロマンシングは相変わらず死んだ個体の能力を劣化させているんだろう。
もし、本来の能力を持つ魔獣の大群を相手にしなくちゃいけないなら、足止めでさえも出来るかどうか怪しかったと言わざるを得ないから、戦いの前だと言うのにホッと胸を撫で下ろす。
「一気にど真ん中に突っ込むよ。下手に壁を作られて逆に僕たちが足止めされる訳には行かない」
「うん。ケーファー、私の事は……気にしないでも大丈夫だからね?」
僕としては、いざとなった時にルーシーにこそ逃げて欲しいのだけど。と言いたいのを堪えて曖昧な笑いを返して誤魔化しておく。
例え、勝機が見えたとしてもリュートみたいな信用できる相手も居ないのに、ルーシーを敵の中に残す選択肢は僕にはない。
「火竜の咆吼!!」
先ほどのファイアアローの仕返しの様に森に幾つもの火線を放ち、数瞬遅れて僕とルーシーも着地する。
当然の様に木々は燃え大きな山火事になるけど、魔力で強化された僕やルーシーには、多少の熱は戦う為の障害には成りえない……暑いけど。
「うぅ、ケーファー。すっごい囲まれてるよ。ちょっと数え切れないくらいに囲まれてるよ」
「だよねぇ。操ってる勇者を見つけるのは無理そう?」
「人間の気配は魔物よりも弱いから難しいかなぁ。近くまで行けば逆に目立つと思うけど……」
「それじゃ、殲滅しつつ森の中を探索しよう。風竜顕現!!」
ルーシーの元気の良い返事に合わせるように、僕の腕を風の流れが包む。
リュートの使う魔法剣に比べたら威力は弱いけど、範囲、持続性、共に優れた風竜から教えて貰った魔法は、竜の翼を模した形をしているが、触れるもの全てを切り裂く刃だ。
気合を入れる為に吶喊し、腕を思いっきり水平に振ると、目の前の魔獣も、木々に隠れていた魔物も、炎や木さえも纏めてなぎ払い、ちょっとした空き地が出来た。
射程距離が、そう長くないのが残念だが、その取り回しの良さから、この竜魔法だけで暫くは戦えるだろう。
射程外ギリギリに潜んできたのであろうモンスターが正面の木の影から一斉に飛び出してくる。
その中には、世にも珍しいトテトテと地面を歩くガーゴイルなんていう奇妙な物も混ざっていて、どうにも脱力しそうになるけど、両足を踏ん張って先程と同じ様になぎ払う。
それと、同時に背後から、甲高い空気の割れる音が響き、その余りにも大きい音量に耳が少し痛くなる。ルーシーが僕の見えない所にいる敵を倒したのだろう。
彼女が持ってきた神器は2つ。
一つは僕の勧めで彼女自身を守るための、凡ゆる攻撃を受け止める盾、戦乙女の盾だ。
そして、もう一つが彼女自身が選んだ剣、シュラーゲ。
元々は大昔に竜を封印した剣だと言う話だけど、天界にも詳しい伝聞はなく、使用者の任意で刀身が雷化する剣と言う単純な事しかわかってない。
白黒の敵と対峙した時に、ルーシーでも手軽に倒せ、尚且つ、それ以外の敵にも効果の高い武器を選んで来たみたいだけど、彼女の判断は正しかったみたいだ。
「うぅー……ケーファー!これ、うるさい!」
敵を片付けて出来た一瞬の空白時間にケーファーが盾と剣を持ったまま僕と背中合わせに立ち、そんな苦情を入れてくる。
少し離れた位置にいる僕でさえも、耳にキーンと来るんだから、使っているルーシーはそれ以上に迷惑極まりない状況なのだろう……雷化させてるのはルーシーだけど。
「文句は後で幾らでも聞くよ。だから、今は……また来た!!」
「頑張る!!」
敵の数は無限にも思える程に際限がなく次々と僕らに襲いかかってくる。
その迫ってくる敵を切り伏せ、その分だけ前に進むけど、これでは何時になったら、裏切り者の勇者を見つけれるか分かったものじゃない。
裏切り者の勇者を見つけない限り、森の中の敵はドンドン増えていくだろうけど、敵の圧倒的な物量の前に森を自由に動く事はできない。
そんな泥沼にハマっている。
右腕に宿った風竜の力も気づけば随分と弱くなっていたので、同じく風竜顕現を唱え、翼の刃を再度具現化する。
襲ってくる敵を切り伏せては、前に進むけど、この森は人間の冒険者が未だに踏破出来ていない程に広い。
当然、そこには大量の魔獣や昼でも薄暗い視界が影響して、冒険者自身が自ら前に進もうとしない事もあるのだろうけど。
「ルーシー、大丈夫?」
「うん。まだまだ動けるよ。……ごめんね、ケーファー」
僕が本気を出せば、この程度の魔獣なら相手にならない。
それこそ、何も居ないかの様に森の中を滑空する事も可能だろうけど……それは、近くにいるルーシーにすら危害を加える物だ。
自身の魔力制御能力の低さが恨めしいが、ルーシーは自分が居るせいで……。と、何時もの僕が大好きな笑顔を曇らせている。
「ルーシーが居なきゃ、どうせ勇者の位置がわからないよ。だから、頑張って進もう」
「逃げる訳には……行かないもんね」
「そう。僕たちの平穏の為に!!」
そう言いながら拳を握ると、ルーシーも釣られて笑ってくれる。
この戦いさえ勝ち抜けば僕とルーシーにも平穏が訪れる。だから、僕たちは相手が同族と言えども躊躇わず戦う事が出来る……ハズだった。
そうして、僕は一つの事実に気づいて、思わず笑いが込み上げそうになるのを抑える。
もし、今が戦闘中じゃなかったら、お腹を抱えて大声を出して笑っていたかもしれない。
それだけじゃないんだ。
最初は、人間なんかどうでも良くって……でも、僕とルーシーの平穏の為には人間に協力して貰うのが一番だと思ってた。
でも、魔界の近くの村で、僕たちは初めて自分達を受け入れて貰って、そしてリュート達と出会って、王国では、遂に僕たちが平穏に暮らせる場所まで見つけて貰った。
その事に対して何とも思わないハズはなく、リュート達と一緒に居て楽しくなかった訳がなく、敵として出会ったカムイと今は目的を同じにして戦っているのが、嬉しくない訳ない。
人間なんか、どうでもいい。
そう言うには、好きな人が増えすぎた。
あぁ、もう、これは絶対に……負けられない。
「風竜……顕現!!」
三回目の竜魔法をかけ直す。
僕の魔力も無限ではなく、装備に頼っているルーシーの体力も心許ない。
状況は明らかに不利でも……僕達の戦意は衰えず、進んでいく。
それでも、現実は膨大な敵の数を前に攻め倦ねていて、未だに状況を打破する算段はなく、撤退も考えなければいけないけど……この程度では対した足止めになっていないと悔しさに奥歯を噛み締める。
確かに、敵の数は減らしたが聖殿都市での大戦になった時の事を考えれば、戦況にそうそう影響のある数ではない。
もう、諦めるしかないのかな?
その考えが頭を過ぎった時に、閃光が降り注いだ。
「ルーシー!止まって!!」
「きゃっ!?何、これ!?」
僕達が居た所を避ける様に、森に数多の魔法が降り注ぐ。
その光景は、聖殿都市で天使軍が魔軍に攻撃を降らせて居た時に同じだけど、非なるものだった。
天軍は、それこそ自らの命すら掛けて魔法を降らせたのに、今、天から振る魔法は、それを遥かに凌ぐ。
警戒しながら、空を睨むと、赤い何かが天に居るのが分かるが、魔力を感じない。
「嘘だろう……?なんで、こんな魔法を撃てるのに魔力が無いんだ?」
思わず呟くと、先程抱き寄せたルーシーが首を横に振る。
「違うよ、ケーファー。あの人達、魔力を隠してる。本来、生きてるだけで感じられる波動すらないの。変だよ、魔力の制御が、上手過ぎるよ」
魔力は、その容量が大きくなれば大きくなる程の制御が難しい。
ミナは一見すると制御がうまく見えるけど、あれは彼女の『圧縮』という特性が、自分の外に魔力を漏らさないようにする事に優れているだけで、大容量の魔力を自在に扱う事はできない。
それを考えると、今、上空に居る何者かは、上位の魔人並みの魔力を露ほども漏らさずに強力な攻撃魔法を乱射している。
その異常さに恐怖心を抱かざるを得ないけど、幸いにも、攻撃は僕らを正確に避け、辺の森を隈無く焼き尽くしていて、気づけばちょっとした広場が出来ていた。
そして、上空に居た何者かは、優雅に地上に降り立つ。
彼らは真紅の翼を持っていて、その翼の形状は天使よりも僕に近いけど、魔人は全ての種族が翼を持っている訳じゃない。
それに、紅の翼なんて少なくとも僕は見たことがない。
人数は、十数人程度だけれど、その戦力は軽く天軍を凌駕するだろう。
その中の一人が地上に降り立つと同時に僕にゆっくりと歩いて近づいてくる。
他の真紅の翼を持った種族も、その彼の後ろに並ぶように此方に歩いてくる。
警戒する僕と怯えるルーシーの前まで歩いて来た彼は礼儀正しく、頭を下げてこう言った。
「初めまして、魔王ケーファー様。僕らは西の国から派遣された貴方の部隊。天魔の子です」
人間とケーファーの繋がり。みたいなのは書こうと思ってて予定通り、ケーファーにとっての最終決戦で入れれたので、良かったなぁとは思う反面、戦闘中にぐだぐだと心理描写が長かったかなぁとも思う次第です。
アレックス(二番目の勇者)の聖殿都市戦の話も書くには書きますけど、蛇足かなぁと思えますね。
とりあえず、もう一山あるって感じですが、最後はハッピーエンド目指して書いて行こうと思います。
誤字脱字報告感想等よろしくお願いします。