百十四話 100と魔王、それぞれの戦場
「時間稼ぎにも、ならなかったわね。行こ、みんな」
何事も無かったかの様にミナは振り向いてそう言ったが、魔法剣を解除した瞬間に魔人諸共、敵の残存勢力を瞬く間に消滅させた彼女に、オレ達は声が出なかった。
使った魔法こそ、レーザーカノンだったが、今までのソレと違い直線上の照射攻撃ではなく、乱反射した様に細い光が暴れまわり、一定範囲内を焼き尽くした様子は恐怖以外の何者でもない。
「何、今の」
「レーザーカノン・カレイドコープ」
未だに放心して、状況をわかってないケーファーとカムイの代わりに聞くと、彼女は少し自信有り気にそう答えた。
「レーザーカノンって考えて見たら危険なのよね。攻撃距離が長すぎて途中で何を巻き込むかわかった物じゃないもの。でも、これなら攻撃範囲をコントロールできるし、範囲辺の攻撃力も高くなるわ」
その言葉に、すごーい!と素直にはしゃげるのは、ルーシーくらいで、他の面子はオレを含め、何を非常識な事を考えて実行してるんだ、コイツ。としか、思えない。
「ほら、放心してないで、早く行くわよ。私達が早く魔王を倒せば、その分、聖殿都市で戦ってる皆が楽になるんだから」
「……そうだな。早く不死の王を倒さないとな」
まだ魔王の城までは歩いて丸一日以上かかるらしい。
聖殿都市での戦闘は、もう始まっているかもしれないと考えると、のんびりしている余裕は何処にもない。
「不死の王が、聖殿都市に直接行ってなきゃ良いんだが」
そうなると、オレ達はセラフィックゲートを使い聖殿都市戦に参戦する事になるが、今ここに居る事は只の無駄足にしかならないが、それをルーシーは柔らかく否定する。
「大丈夫だよ、リュート。あの嫌な感じは、ここから真っ直ぐ行った所にあるから。聖殿都市まで距離が開くと私達にもわからないけど、ここからなら、わかるから」
珍しく真剣な顔をしたルーシーが不安そうに言い、ケーファーがソレを打ち消すようにルーシーの手をギュッっと握る。
「それは何よりだ。さて、世界の命運を分ける戦いに行こうか」
◆
天使の案内役は案内を終え、領域へと帰っていった。
しかし、そこが安全かと言える訳でもなく、霧の外に魔人が展開していた様に不死の王は、いつでも天使領域に攻め込めるだけの力があり、聖殿都市戦は人間だけの命運を決めるだけの物以上の意味を持つ戦いになるだろう。
更に言えば、幾らオレ達が不死の王を倒した所で、聖殿都市が惨敗してしまえば、人間の世界の平和が保たれるとは考え難く、聖殿都市の部隊にも頑張って貰わないと行けない。
逆に聖殿都市での戦いに勝っても、それは一時的な勝利であり、不死の王が居る以上、近いうちに二戦目が始まるのは簡単に予想が着く。
その為にも、オレ達は黙々と魔王城への道を歩いていた。
「自分の足で歩くのって大変ね……。何時もありがとう、ケルロン。貴方は、私達も馬車も一緒に運んでくれてたのね。帰ったら美味しい物あげるね」
「ケルロンは、普通の馬の倍以上働いてくれてるし、戻ったらご馳走用意してやるのもいいな。……待て、ケルベロスにとってのご馳走って何なんだ。で、大丈夫か?ミナ」
「大丈夫よ。その気になったら、空だって飛べるわ……」
普段、歩きなれない少女が大分、駄目な感じになっていた。
「魔力で体を強化できるんじゃなかったのか?」
「これから戦うって時に、無駄に魔力使ってどうするのよ……。本当に、大丈夫だから心配いらないわよ。逆に戦う時には身体強化して動けるようになるから……ハァ」
「とりあえず、少しだけ休憩をとるか。ミナは仮眠して起きたら少し食事を取れ。ケーファー、辺りに敵は?」
「僕よりルーシーに聞いた方がいいよ。ルーシー、どんな感じ?」
魔王城までの道のりは順調で既に半分程、踏破出来ているので、無理をしてまで侵攻速度を早める事はないと判断したオレが、そう言うと直ぐに、ミナは横になり静かに寝息をたてる。
オレだって、疲れてきているし、カムイも、その場に腰を下ろし大きく息を吐いているのだから、彼女の疲労は相当溜まっているのだろう。
逆に魔人と天使であるケーファー達は、まだまだ平気そうで、立ったまま敵の現在情勢を探って、此方に情報を送ってくれるが、広範囲を探知できるルーシーからもたらされる情報は、予想外の悪報であり、オレ達の行動方針を変えるのに十分な物だった。
「んーと、魔王城までに魔人や魔獣はいないよー。でも、なんだろう?お城の中は変なもやもやが被っていて見えないや。それと、あっちの方」
そう言って、ルーシーが指したのは、聖殿都市の方向。
「物凄い数の魔獣がいるね。でも、それが消えて、すっごく嫌な感じになって動いてるの」
「嫌な感じ?」
大げさに身振り手振りを交えて使えてくれるルーシーにケーファーが聞き返す。
大量の数の魔獣がいるとなると、方向的に魔界の森がある場所だろうか?
人間側に取っては攻略出来ている魔界の最奥地と言っても良い場所で、森は視界が悪い上に魔獣数が非常に多い為に、ソレ以上の侵攻が非常に難しく、熟練の冒険者でも森には入りたがらない場所だ。
「うん。ケーファー、覚えてる?ガルフスと戦った時に周りに居た死んだ魔獣みたいの。アレがいっぱい増えてるんだと思う」
「うん、覚えてるけど……。リュート、もしかしたら、かなりマズイ事になってるかもしれない」
「どういう事だ?」
「炎の魔獣を覚えてる?アレが勇者の能力が作った化物だっていう事は話したよね?」
「あぁ。裏切りの勇者だろう?もしかして、ソイツが森にいるのか?」
「うん。森には魔獣が沢山いるから、自分の兵隊を増やしてるんじゃないかな?森には本当に沢山の魔獣がいるんだ。ソイツがどれだけの死んだ魔獣を操れるかはわからないけど……例えば森の魔獣全部を操ったまま聖殿都市に攻め込んだら、終わりだよ」
聖殿都市は今でも多くの魔獣や魔人と戦っているだろう。
その中に、統率の取れた大量の死んだ魔獣の軍隊が入るのは……流石にマズイ。
「けど、森までは大分距離があるし、オレ達が殲滅に回れば本末転倒だ。これは、聖殿都市に居る部隊に任せるしか……」
任せて……本当に大丈夫か?
少なくとも、援軍の追加で士気は間違いなく落ちるだろうし、死んだ魔獣を再び動かなくするには、かなりのダメージを与えないといけないから個体としての強さはそうでもなくて、多対多では非常に厄介な存在だ。
「……マズイな。オレ達が不死の王を倒せたとしても、聖殿都市が壊滅すれば、ソレこそ元も子もない。不死の王は諦めて行くしかないのか?」
「大丈夫だよ、リュート。僕が……僕とルーシーが行く」
「馬鹿言え。こっちの戦力だってギリギリなんだ。中途半端に戦力を裂いている余裕はない」
「裏切りの勇者は元々、僕らが戦う予定だった相手だよ、リュート。彼を止めれるなら、当初の予定通りだから大丈夫」
戦う上での要注意敵は、不死の王自身と、蔓の魔人、豪腕の魔人、裏切りの勇者。
……成程、確かに最初から戦う予定に入って居た敵の一人で、不死の王以外の敵一人に対して此方もケーファーとルーシーかカムイをぶつけれる準備をしてきた。
それでも、一人足りなかったのは残念だが、これは元から想定していた事態の一つに過ぎない。
「だが、危なすぎる。敵の魔獣の数は今も増え続けていて総数は把握しきれないんだろう?ケーファーとルーシーだけで倒せるのか?」
「前に会った事があるけど、勇者自身はそんなに強くないからなんとかするよ。それに倒さなくても足止めさえ、すれば聖殿都市は守れるだろうから無理はしないよ」
「……死ぬなよ」
その言葉は、ケーファーを見送る言葉で、彼に重大な責任と多大な苦労を押し付ける言葉だったが、魔王ケーファーは、そんな状況にも笑って答えてくれる。
「僕の夢はルーシーと平穏な生活を送る事だからね。これは、その為に、やらなきゃいけない事だし、その夢の為に今まで苦労して来たのが手の届く場所にあるんだ。死ぬ訳ないじゃないか」
「そっか、そうだよね。ケーファー、私も頑張るよ。リュート、行ってきます」
ルーシーも状況がわかっているのかわかっていないのか、ケーファーの手を握り、微笑む。
二人は、少し長めの休憩を終え最後に皆で一緒に食事を終えると、その翼を使い飛び立って行った。
その速度は徒歩で歩いて来たオレ達とは比べ物にならないくらい早く、そう時間のかからない内に森に着くだろう事を予想するのは難しくない。
「行っちゃったね」
ミナが空を飛び行く二人を見て、そう呟く。
「また、会えるかな?」
「その為にも、不死の王は倒さないとな」
長い間、組んでいた魔王とのパーティーは、こうして一時的に解散され、その後、オレ達は何事もなく、魔王城の城門に立つ事になった。