百十二話 1の決戦前夜
「リュート、私は……生きて帰ってこれるかな?」
リズのお屋敷。
普段なら、リズと一緒に寝転がりながらお話している時間に私はリュートと一緒のベッドの中にいた。
みんなでご飯を食べてリズとお風呂に入って、少しお話して……それから、リズに押し込められた様な物だけど……それは、今までにない激戦になるであろう私への気遣いである事は私にもわかった。
そうして、ソレがわかってしまったから、今まで気にしてもいなかった弱音を口にする。
「大丈夫だろ。ミナはオレが守るさ。この命に変えてもな」
「ふふ、何それ」
リュートが、命に変えても。なんて言っても安っぽくしか聞こえない。
それはどこまでも頼もしいリュートの能力で、私が一番恐れている事を無効化してくれる物だけど、そのせいで今のキザったらしい台詞は冗談にしかならない。
事実、リュートも口元がニヤけている。
「いつからだろ?私、最初はリュートを守るつもりだったのに、すっかり守られる側になっちゃった。強くなったね、リュート」
「そういえば言ってたな。最初は、前の家の二階から飛び降りた時だっけ?ミナが悪名高き傾国の魔女だって知った時は驚いたよ」
「もう。今では私の事、その名前で呼ぶ人いないわよ?いちお、リュートと行動して以来、真面目に過ごしてるんだから」
そう言って甘えるように腕に縋り付く。
人生で初めての所謂、バカップルみたいな行動だけど、今夜くらいは……と思うと素直にもなれる。
「結構、気に入ってるんだけどな。まぁ、不死の王を倒せば改めて英雄だ。それこそ、伝説の初代パーティーに並ぶような」
「うん。帰ってきたら……そうね。家が欲しい。リュート、買って?」
「おねだりにしては、随分大きいものを要求するな。ある程度、金は溜まったから家を建てる事くらいは……なんとかなるか?後は場所だなぁ」
「場所は、さ。ほら、私が作った異世界。あそこなら何時でも何処でも帰れるし、どう?」
「あ、あー……」
私がそう言うとリュートは罰の悪そうな顔で目を逸らす。
「そういえば、あの世界って何個でも作れるのか?今の世界って門が壊れたらマズイんだろう?」
「……そういえばそうね。何かの拍子に門が壊れたら、奇跡でも起きない限りもう一回繋げる事はできないし。また新しい小ちゃな世界を作って、その時は世界の座標とかもちゃんと勉強して、それから建てようか?」
「あぁ、そうしよう。それならケルロンも預けて置けるしな」
「うん。あぁ、いつでもベッドで寝れるって幸せそう。野宿にも慣れてきたけど、やっぱり疲れる」
「……ごめんなさい」
本当に申し訳なさそうに謝るリュートに私は軽く笑って返す。
辛い事もあるけど、楽しい事だって沢山あるから不満なんてない。
平和な元の世界は素敵だけど、リュートと居る今の世界の方が余程、生きているって実感がある。
それも、これも……全部、終わってからの夢だ。
勝つ為の手段として現実的なのは、やっぱり封印だと思う。
魔剣が効けばソレに越したことはないけど、期待しない方が良いだろうし、魔法なら私だって自信がある。
「頼んだわよ、リュート」
「魔法使いを守るのは戦士の仕事だからな」
そう言って、二人で手を繋いで眠った。
絶対、帰ってくるから……ソレ以上は、その時に、ネ?
◆
「いやいや、困るよ。僕は指揮なんてした事はないし、リュートからしてもパーティーを離れるのはマズイでしょう?」
「うん、そうなんだけど、言われた以上は一応伝えて置こうと思ってな」
天界に戻ると、リュートはケーファーにリズから言われた連邦部隊の指揮の話を聞いていたけど、案の定ケーファーも良い顔はしなかった。
そもそも、なんでケーファーを選んだのか?と言った点については私もリュートも想像すらできないし、リズも聞いてないと言うのだから、説得のしようもない。
ちなみに、カムイとケーファーは前に戦った事があるとの事で、ちょっと心配だったんだけど……。
「ケーファー殿!久しいなぁ!いや、あの時は負けてしまったが、今回は味方とは心強い!よろしく頼んだぞ。何、ケーファー殿より強い敵など存在するハズがないぞ!」
この通りカムイはバカ勇者なので、なんともなかった。
今回ばかりは余計ないざこざが起きなくて助かったと思う……けど、そういえばカムイが誰かに勝ったっていう話は余り聞いた事がないけど、どうなんだろう?
「うん。カムイは強かったから僕も一緒に戦えて嬉しいよ。他の三人はどうしたんだい?」
「アイツ等は今頃前線さ。まだ戦争は始まっていないが時間の問題だろう。怪我のせいで戦えぬかと思えば、いつの間にやら治っていたし、彼らに負けぬ奮闘を此方で見せねば!」
そう言ってカムイは右手を空に掲げる。
気合が入ってるのは頼もしい事だけど、正直あのテンションに私は付いていけないから、ケーファーが構ってくれてて助かる。
とは言え、リュートも今は天使の案内役の人と話していて少し手持ち無沙汰で……だからこそ、考え煮詰めるなきゃいけない事は多い。
リュートはすごい速度で成長していて、このままだと私がいらなくなる日も近いのかもしれなくて……たとえ、それでもリュートの傍に居れても私は絶対嫌だ。
だから、もっと考えなきゃいけない。
強くなる為に。
新しい魔法剣に付いては参考になる物もあったし、考えてもいるから、機会があれば使うと思う。特に、大規模戦闘で効果を発揮する物だし。
次に考えなきゃいけない事は目先の不死の王の封印について。
封印と言っても、そんな便利な道具がある訳でもないし、魔法能力を含めた物理的に封じ込めなければいけない訳で、それは私の仕事になるだろう。
魔力で私が負ける事は正直、想像できないから可能性として除外して置く。
まず思いついたのが魔力の塊に完璧に閉じ込める事。
私が、空中に足場を作るときに魔力を固定化してるのと同じ原理だけど、これには馬鹿にできない量の魔力を消費するのだから、人間一人を飲み込める固定化された魔力を生み出せるのは数回程度で何にしても他の人にチャンスを作って貰う必要がある。
次に氷の魔法を用いた氷結。
絶対零度の氷を顕現させるには時間がかかるから、まずは無差別に辺りを凍らせて動きを封じてから改めて封印する。
これの欠点は、最初に広範囲に無差別に氷魔法を使わなきゃいけないから、他の仲間がいたら使えない事だ。流石に誰かを犠牲にするのは最後の最後まで避けたい。
それでも……やらなきゃいけない状況になって私は、それができるのかな?
そして、魔力で作った檻に不死の王を閉じ込める事。
以前に一度だけリュートに使った事がある魔力の檻だけど、魔力を籠めればそう簡単には逃げ出せない強度になり、魔剣を持つリュート以外に破壊する事は難しいと思う。
ただ、これは封印と言うよりは捕獲で、外部からの助けで幾らでも何とかなりそうな脆さが存在する。
色々、考えてはみるけど、どれもイマイチ完璧とは思えず大きな欠点が存在する。
本当にこれで封印できるのかな?という疑問を、リュートが言った実戦で思い通りに進む事は少ないと言った言葉が不安を薄めてくれる。
うん、何を考えても、うまく行かないんだから……考えすぎても仕方ない。ダメだったら、その場でなんとかするしかない。
「おーい、みんな。そろそろ出るぞ」
そう考えてるうちに、リュートからいつも通りに声がかかる。
これから、不死の王との戦いだっていうのに、なんて気軽さだ。なんて呆れながらも、その強さが羨ましいくもある。
「何話してたの?」
「魔人領まで、この人が案内してくれるってさ」
そうリュートに紹介されたのは、私たちが最初に此処に来た時に怯えながらも、武器を突きつけてきた人達の部隊長の女性だった。
「霧の谷では、どういう原理か、途中で天使の領域と魔界が繋がっている。その境界線まで行けば、魔界の状況は私達、天使の魔人探知能力で広範囲の索敵ができるから、それまでは手伝おう」
「オレ達は数が少ないからな。敵の位置を知れれば、無駄な戦闘を避けて進める可能性が高い。少し危険だが、霧の谷を抜けるまでは彼女に付き合って貰う」
「よろしく頼むぞ!天使殿」
カムイは真っ先に天使の部隊長に駆け寄り、右手をほぼ無理矢理掴むと、天使の部隊長も少し困りながら笑顔を作る。
でも、その様子に、いつの間にか集まっていた周りの天使からは安堵とも感嘆とも判断がしにくい溜息や小さな歓声がもれ、人間との交流に未だ不安を持っていた彼らを安心させたようだ。
そりゃ、自分たちとは違う種族を相手にするんだから、不安にもなるか。
そうして、私達は霧の谷へと入っていく。
最初は順調で、それこそお互いが見えない位置に行かないようにだけ気をつけながら魔界に歩いて行くだけだったけど、ある程度進んだ場所で、付き添いの天使が驚愕の声をあげた。
「この魔力……魔人?嘘、待ち伏せ!?それに魔獣も多数いると思われる!ま、魔法攻撃が来る!よ、避けて、避けて!!」
そうして、私達は、視界が最悪な状況で相手に先制攻撃を許す事になってしまった。
ようやくリュートの最後の旅立ちです。
あくまで物語上の最後というだけで、その後にも多少書くつもりで、そこは含めませんが。
「天に住まう者」章もこれで終わりで次回から、終章「傾国の魔女」に入ります。
今まではチート能力のミナが居つつもリュートがメインで成長して行く様な話を心がけていたつもりですが、終章はタイトルの通り、ミナが頑張る様な話になるかと思います。
実際に書いていると、割とキャラが勝手に動くので、どうなるかはわかりませんがorz
誤字脱字報告感想等頂けたら嬉しいです。