百十話 100と空の領域の財政事情
霧の谷から戻り、さて、これからどうしようか?と考えようという時に、オレ達は天使に袖を掴まれ半ば無理矢理にと引っ張られていった。
しかも、その天使というのが、戦士の見習いですらない本当の一般的な天使であり、念の為と居住区でひっそりと隠れていた天使達だ。
その天使達は四方を囲み、急かすように天宮へと押していく。
いきなりの事にオレやミナも戸惑うが相手が戦闘能力が皆無である事と、口々に楽しそうに慌ただしそうに華やかに話しているのを見ると、手荒な真似をする気にもなれず、大人しく運ばれて行った場所は、天使長の座る部屋であり、何人か見覚えのある天使が同席していた。
ただし、その部屋だけは陰鬱な雰囲気に満たされていて、ここにオレ達を連れてきた天使達の様な楽しげな雰囲気は微塵もなかった。
その中で、ただ一人、変わらず人あたりの良さそうな笑みを浮かべた天使長は、一瞬、聞き間違えたかとしか思えない様な事を口走ったのだ。
「リュートさん。すまないんだが、少しお金を貸してくれないかい?」
そんな飛んでもない事を口走ってきたのだ。
これには、一緒に連れてこられたミナも、普段はオレにしか向けない様な呆れ顔になっている。口が上向きの三角形だ。
「えーと……申し訳ないんですが、ただの商人であるオレに組織、引いては国とも呼べる天使領域の財政を立て直せる程の資金なんて、ある筈がないのですが……」
「あはははは、大丈夫大丈夫。そうだね、人間の世界の通貨で……金貨10枚でどうだい?」
む。
金貨10枚程度なら決して安い金額ではないが、持っていない訳ではないし、貸しても構わない金額でもあるが、何故、その程度の金を?
「理由次第で」
「対した理由じゃないんだけどね。僕達、天使は未だに通貨という概念を持っていないんだよ。糧は皆で分け合い、共存する……人間程、数が増えたら無理だろうけど、此処くらいならできるんだ」
「商人としては、余り良い感情は持てない話ですが、他所の遣り方にどうこう言うつもりはありませんが……それで、何故、金貨を?」
「我々、天使にはフェザーシェアという習慣があってね。友情、愛情、そんな感情で結ばれた者同士はお互いの羽根を一枚ずつ交換しあうんだ」
「天使ならではの面白い週間ですね」
「そして、今、天軍のほとんどは君の国の王都にいるんだ」
「そう聞いています」
そこまで言うと、天使長は「もう分かるだろう?」と言う様に黙った。
さて、今の話をどう繋げたら良い?まず天使領域ではお金は必要としていない。なら、必要な場所に行くからいるのだろう。そして、王都にいる天軍……互の羽根を交換……羽根?
「セラフィックゲート……?」
「正解!!」
天使長が立ち上がり大げさに手を叩く。
ルーシーは特別優れた天使という訳でもなく、そのルーシーが扱う魔法なら他の天使も使えてもおかしくはない。
そして、自分の体の一部がある場所に飛べるなら、他の人がソレを王都に運んでも飛べるのだろう。
「ある程度、わかりましたが……詳しく聞かせて貰えないですか?王城と交渉するなら、金貨なんて用いなくても、価値のある物を差し出せば良いだけだと思いますが?」
「そんな大げさな物じゃないですよ。ちょっと住民達が人間の街を見てみたいって言い出したんだけど、お金も無しに行っても淋しいでしょう?」
「いやいやいやいや、天使、そんなに簡単に人間に姿を見せていいんですか?大騒ぎになりますよ」
「良くはないんだけどねぇ」
「止めましょうよ!?」
「止めれないもの。それなら、余計な騒ぎを起させず、楽しんで貰うのが指導者としての努めではないかい?返却の心配ならいらないよ。こうなった以上、天使も人間と交易をするだろうし、天使側にも人間から見て価値のある物を多く持っている。なんなら、君がそれを買い取ってくれる形でもいい」
相変わらず言ってる事は無茶苦茶だ……が、理論的で効率の良い手段だ。
金銭にしても、貸元がオレしかいない以上、此方に有利な条件を付けれるだろうし、商人として見過ごすのは余りにも臆病だと言える。
「いいですよ。此方にも条件はありますけどね」
「さぁ、交渉といこうか」
◆
「あっという間に感じるけど、いざ帰ってくると懐かしいものね」
金色に輝く門から黒い長髪を靡かせてミナが呟く。
その後ろからは、田舎から王都に出てきた若者の様なテンションで天使の男女が数人、続いてきた。ミナ曰く、修学旅行みたい。だ、そうだ。
天使領域の長は流石のやり手で、幾ら此方が出資者と言っても一筋縄にはいかず、結局、当初の金貨10枚の倍以上の金額を収める事になった。
しかし、代わりと言ってはなんだが、当初、オレが思いついた要求の殆どは通ったと言ってもよく、互いに多少の痛みと共に満足の行く結果だっただろう。
その条件の内の一つが、王城へのセラフィックゲートの仕様許可。
これに寄ってオレとミナは何時でも王城と天使領域を往復できると言う、他の人間が持ち得ない絶対的な権限を手に入れ、これだけでも、払った金貨の全てを合わせた価値があるとも言える。
他にもオレの利益とは無関係に、混乱を避ける為に、一片に大勢の天使を通行させない事などを条件に入れた為に、今、新しく王都に足を踏み入れた天使は、たったの二十人ほどだ。一応、夜までには十倍の数の天使が訪れる予定であり、数日経つ頃には、王都での天使の姿は、見慣れないながらも珍しい光景ではなくなっているかもしれない。
「なんか、歴史的にとんでもない事してる気がしてきた」
「今更?一緒に旅してきて思ったんだけど、リュートって結構、目立たない様にしてるのに、重大な事に関わってるよね」
うちの魔女が冷たい。
とにかく、王都に来たからには、ニーズヘッグ公の屋敷に顔でも出しに行くべきだろうな。戦時で忙しい可能性もあるが、その時は、その時で考えよう。
歩き出すと、ミナも何処に行くのかは分かっているようで、迷いなくオレの真横を歩き出し、その横顔はどこか楽しそうにしている。
「機嫌、良さそうだな」
「私、友達少ないからね」
その発言は一見、マイナスの意味しか持たないが、その分、その友達が大好きで今から楽しみで仕方ないという事だ。
その癖、いざ屋敷の正門の前に行くとミナは顔を赤らめ、オレの後ろに隠れる様に半歩下がり、人の裾を伸びそうな程にぎゅーっと引っ張る。
「どうして、そうなる」
「や、なんか、恥ずかしいなーって……」
その感覚はいまいちわからないが、門の前に着くや否や、竜の娘は門を大げさに開け飛び出てくる。
「リュート様!ミナ!お久しぶりです!御実家にいらっしゃると聞いていたので、二人を見た時は目を疑いましたわ!」
「リズ!ちょっと、便利な魔法で帰ってきたのよ。またリズに会えて嬉しい」
「私もですわ」
そう言いながらリズはミナの首に柔らかく抱きつき、ミナもまんざらでは無さそうに笑って彼女の腕に手を置いている。
少し前なら、オレに抱きついて来て居たのだが、彼女の成長を喜ばしく思いながらも少し淋しい思いは拭えない。
そして、ミナにしても王都に「帰ってきた」と無意識に言っているのは、彼女の中で、自分の居場所が出来たと言う事に近いのではないか?これは、素直に嬉しい事だ。
「リュート様。少しお時間を頂いてよろしいですか?私自身、リュート様やミナとゆっくり話したくもあるのですが、もしリュート様が此方に姿を見せたら、と父様から伝言が御座います」
「あぁ、そのつもりで此処には来たから時間は大丈夫だが……ニーズヘッグ公から?」
「はい。あの……魔人の方は今、どちらに?」
「ちょっと離れた場所に居るけど、すぐに来れる。ケーファーに用があるのか?」
「そうですね。直接ご本人に言った方がよろしいかと思いましたが……」
リズはミナに抱きついたまま、片手を顎に当て考える仕草をする。
オレに言う事に問題はないようだが、ケーファーに直接確かめないければいけない問題の様で、彼女は二度手間を取らせる事を危惧しているのだろう。
「いいよ。リズ、ますは聞かせてくれ。ケーファーを呼ぶにもそれなりの理由があったほうが話やすい」
「そう……ですわね。リュート様、これは東の連邦から持ちかけられた話でして、魔人の方の、これからに多少なりとも関わる話です。魔人ケーファー、彼に東の連邦のとある部隊を任せたいという話ですわ」
せっていのおはなし。
南の魔界、それに北の王国、東の連邦、西の帝国によって、この世界は成り立ってます。
大きなひとつの大陸を四分してる感じですね。
本来ならそれぞれの国に名前もあるのですが、正直、北の王国がメイン部隊であり、他の国に余り行かない以上、余り出さない方がスッキリして読みやすいかなという考えで名前は出しておりませぬ。
ていうか、東の国にも西の国にも行く予定はあったのですが、だらだらと長くなりそうなんでスッパリとカットしております。
そういうのは完結後に、ちょっとしたアフターストーリーとして好き放題書いて、その後に完結印入れるつもりです。
誤字脱字報告感想等、宜しくお願いします。