百九話 魔王の思い出の場所
僕は力の制御が苦手だった。
力の小さい頃は、それでも良かったけど、体が大きくなるに連れて魔力も加速度的に増えて、魔法を使えば制御不能の余波が周囲を勝手に傷つけてしまった。
僕の生まれ育った黒翼を持つ魔人の集落は、そんな僕にも良くしてくれた所か、強い力を持った魔人と期待すらしてくれたけど、それでも僕は自分の力が無作為に周囲を傷付けてしまうのは、嫌だった。
思えば、そんな考えを持つなんて、この頃から魔人としては、少し変だったのかもしれない。
気づけば僕は人気のない場所が一番落ち着くようになっていた。
そして、辿りついたのが、魔界と天使領の境界線、霧の谷。
天敵である天使の住処に一番近い場所に来る魔人なんているはずもなく、ほぼ全ての個体が翼を持ち浮島から自由に魔界を闊歩する天使が、この場所に来る必要はなく、必然と霧の森は魔人も天使も居ない中立地帯ヘとなっていった。
「と、思ったら数日後にはルーシーに見つかったんだけどね。驚いたよ、あの時は」
「ケーファーったら、いきなりばちばち~っ!!って攻撃してくるんだよ?酷いよねー」
「あれは攻撃するつもりだったんじゃないんだってー」
咄嗟に戦闘体制に入ると、それだけで魔力の余波が溢れ出てしまう程、僕は制御が下手で、その御陰で龍族から魔法を教えて貰ったのが、今の戦闘スタイルの始まりだ。
「そんな場所で、よく遊ぶと思ったら……確かに、この濃霧じゃ誰も近寄りたがらないのもわかる。けど、ルーシーは、この濃霧の中でケーファーを見つけたの?」
数M先でさえもボヤける視界の中でミナがリュートの指先を握りながら辺りを見回してそういった。
この霧だからこそ、主導権を握る天使ですら近寄りたがらなかったのだから、僕達にとってはありがたい事だけど、視界に頼っていては特定の誰かを探すのなんて不可能に近いし、現に当時の僕はルーシーが近寄ってきた事に、まるで気がつかなかった。
「天使は生まれつき魔力の補足能力が高いからね。特に魔人に対しては優秀なんだよ」
「なんか、ぽやぁってした雰囲気のある場所に行って見たらケーファーがいたんだよ」
ルーシーの感覚は僕にもよくわからないけど、どうにもそういう事らしい。
「この霧の中を抜けるなら大人数は無理だなぁ。元から主戦場は聖殿都市で、その裏から一気に魔王城に行くつもりだったから、問題はないが、流石に4人じゃ心許ない」
「不死の王が前みたく聖殿都市まで出てたらどうするの?」
「その時はセラフィックゲートで聖殿都市近くの町に行って横腹を突く。前と同じ手が通じるかもわからないけど、不死の王と相対できれば手はある」
「数減らしは私の役目ね。結構、行き当たりばったりだけど、大丈夫なの?」
「実戦で予定通りに行く事の方が少ないからな。天使軍もいるし、なんとかなるだろ」
リュートが気楽に辺りを見回して、ミナが呆れたように溜息を吐く。
一風変わってるけど、この二人はこんな感じで僕とルーシーにも劣らないくらい普段からいちゃついている。
本人達に自覚がない分、僕とルーシーより性質が悪いと思うんだけど、傍から見てる分には気づかれないから厄介だ。
でも、言っている内容は最もで、4人で不死の王と四天王のうち、僕が知っている限りは2人、それに緑色の髪をした勇者と、それなり以上の数の魔獣を相手にするのは無謀としか言えない。
だからといって、半端な実力では、死にに行くような物だと思う。
そうなると候補は限られてくる。
真っ先に思いついたのは、ミナと同じ黒い髪の勇者カムイ。
聖殿の盾という絶対的な防御を持ち僕ですら突破できない能力を持つ達人。でも、彼はパーティーを組んでいて他の二人は、彼と比べると余りにも未熟過ぎて、危険極まり無いし、人間の世界の中心的な勇者であるのだから、聖殿の都市の防衛戦に出るのかもしれない。
そして、同じ最初に召喚された勇者であるアレックス。
異世界の武器を使い、殺す能力だけならミナと同等の力を持つ銃使い。ミナは敵対視していたけど、性格的な問題は余り無いようにも思える。サポートについていた勇者二人は戦闘能力的には未熟ながらアレックスのサポート役としては優秀みたいだから、後方支援としては良いのかもしれない。
けど、彼も国外の人間という問題がある。
リュートの妹のアティも強かった。それ以上に父親も強かったけど、カムイやアレックスと比べると少しだけ見劣りする。
リュートも誰かを連れて行くなら、間違いなく二人の事は考えているだろうけど、難しい問題になるだろう。
「ケーファー、この霧はどこまで続いてるんだ?」
「僕とルーシーが落ち合っていたのが丁度中間点。そこまで2時間程。だから、その倍はかかるって見ていいんじゃないかな?大人数で移動するなら、もう少しかかるかも」
「全員が見える位置取りじゃないとマズイ事になるな。どんなに人数を増やしても10人って所か。たった、10人で魔王城に襲撃ねぇ」
「でも、シグルト達は4人だったんでしょ?できるわよ、私達なら」
「そう……だな。何にしても今回ミスれば、戦いは長期化する。それこそ、最初の不死の王との戦いみたいに」
「僕たちが食い止めるって思うとちょっと楽しいね。これから、人間にはお世話になりそうだし、ちょっとくらい活躍しないと」
「んふふ~、私も神器が手元にあるんだから戦えるよー」
そうして、僕達は霧の谷を一度、後にする。
ここで、ルーシーと出会って、ここからルーシーを拐いに行って……そこからは、ずっと一緒だった。
でも、もしかしたら、この戦いで僕は初めてルーシーを遠ざけるかもしれない。
魔力制御が未だに不可能な僕では、彼女が傍にいる限り、本気では戦えない。
魔王ケーファーの強さは、今の僕とは桁違いなのだから。
◆
リュート達が順調に不死の王との戦いの準備をしている間、王城でも天使軍と協力して来るべき戦いに備えていた。
聖殿都市の巨大防壁を用いた従来通りの防衛戦に、天使達による上空からの魔法攻撃の三次元的な戦闘方法は、嘗ての歴史にはありえない物であり、多大な戦果を期待されていた。
特に、天使が空を支配する事により、今まで驚異だった空を飛ぶ魔人や魔獣の襲撃の危険が格段に減る事になり、誰もが勝利を疑ってはいない。
そんな煌びやかな王城に、一人浮かない顔をした剣士がいた。
「仲間達には置いていかれ、王女すら前線に出たというのに、俺はこんな所で寝そべって何をやっているのだ……」
「そんな怪我で前線に出たって只のお荷物だ。いいから休め。今回の戦いで終わるとは限らないし、終わらなければ傷付いた兵の変わりに前に出るのは俺達だ」
医務室のベッドの上でカムイとコガが包帯に巻かれて身動きすら自由にできずに寝転がっていた。
炎の魔獣と戦い生還したはいいのだが、その体は怪我と熱でボロボロになっていて、急遽王都に搬送された二人は王女への謁見という無謀としか言えない行為を何故か進んで行い、そのまま倒れて今に至る。
命に別状はないが、剣を握れるまでに回復するには暫くの時間が必要だろう。
「二人共、大事ないか?」
そんな雑多な医務室に、白銀の髪を持った王女が二人を訪ねてくる。
「レーナ王女!はい、前線に出れぬこの身を嘆かわしく思います!」
カムイは激痛を堪え、腰を上げベッドに座ったままではあるが姿勢を整え王女に頭を下げると、王女は口を手に当て小さく吹き出し、コガは仕方ない奴だと言わんばかりに頭に手を当て溜息を吐いた。
本来なら、多忙である王女に、勇者とは言え一人の病人を見舞う暇等あるはずもないが、今回は事情が違った。
「カムイ。私はまた前線に出る。聖殿都市へと趣、皆の指揮を上げるのが私の仕事だ」
「王女!それは……!お言葉ですが、戦いに絶対等ありません!今度こそ、命を落すやも……!」
王女は前回の実戦で、それをわかってくれた。カムイとしては、そう思っていたからこそ、今回の王女の発言は我慢成らなかったが、王女は首を小さく横に振り、寂しそうな目で彼をみる。
「死にに行くのだ。聖殿都市が負ければ状況は厳しい物になる、少しでも勝てる確率は上げねばならない。だからこその神輿。皆の指揮を上げる為に私が行くのは最前線の少しだけ後ろ。瓦解すれば、そう強くもない私が生き残るのは難しい」
その王女の言葉にカムイは何を返す事もできなかった。
彼の生きてきた世界でも、為政者が最前線に立ち、突撃する部隊は強く、それ程までに指揮というのは戦局に強く影響し、今回の判断は何も間違っていないのだ。
「折角、あのリュートとの決闘に勝ったのに結婚するという約束は守れぬかもしれん。すまないな。代わりに、もし生きて帰れたら、もう少し真面目に考えるとしよう。少し前の私は余りにも世界を知らなさすぎた。今なら違う答えが出るかもしれん。さて、私に残された時間は明日の朝までしかないのだ。それまでに、世話になった人に礼を言わねばならない」
そう言い残し部屋を出て行く彼女に対し、カムイは何も言えず、彼女の姿が見えなくなってから拳を強く握り自分の膝を強く殴った。
「何故、俺は……今戦う事ができないんだ……!」