百八話 100と不老不死
天使領域は、空に浮く島にあると聞いていたが地に足を付けて歩いている分には、その実感は薄い。
しかし、遠目に景色を見ると雲が視線と同じ高さに浮かんでおり、その高さを実感させられる。
「さて、うちの麗しの魔女はどこに行ったかね」
天使との協力を取り付け適当な雑談に入ると、ミナは一言残し席を立っていた。
雑談と言っても、商売や文化に対する質問の様な物だったので、ミナとしては退屈だったのだろう。
待ち合わせ場所も決めて無かった為に、こうして探し回る羽目になってしまったが、幸いにも天使領域の広さは然程でもない上に、居住区への立ち入りは許可されてないのだから、そのうち見つかるだろう。
しかし、それにしても、集中してもミナの溢れ出て垂れ流しの魔力すら辿れないのは少しおかしくないか?と思い始めた所で、不自然に空間に浮かぶ門を見つけた。
ルーシーの転移魔法セラフィックゲートの光の門よりも、しっかりとした作りのソレはミナの空間魔法だ。
中を除くと、以前は真っ暗な空間の中に、一面に星空が広がる不気味とも言える光景だったのが、地面が出来ており、星空の広がる草原と美しいとすら思える風景になっており、その中にセーラー服を着た少女が仰向けになり、両腕を枕にして寝転がっていた。
「ミナ、ここに居たのか」
「ん、ちょっと……ね」
星空を見上げる彼女の顔は、どうにも優れない。思えば、天使長と会議している途中から何かを考え込んでいる様だった。
「あー……悪い。ちょっと退屈させたかな?」
そう言いながら、寝そべる彼女の隣に座ると、ミナはそのままの体制で首を横に振る。
元より彼女が、その様な事で怒った事はないが、それ以外に心当たりもなかったのだが、ハズレたみたいだ。
「私は……二年近くも前に、この世界に来た。誕生日を二回も迎えて、ちょっとだけ大人っぽくなったと思う」
「オレと会って一年くらいか?その時から見てもミナは綺麗になったよ」
「ありがと、リュートにそう言って貰えるのは嬉しい」
ミナは言葉とは裏腹な泣きそうな笑顔を浮かべそう言う。
そして、次の一言で彼女が何に悩み、何を考えているのかを理解してしまった。
「でも、リュートは……何も変わらないね」
ミナは上半身を起こし、オレの首に両腕を絡めながら、呟く。
「リュートは、怪我をしない。病気にもならない。死なない。それどころか……老いもしない。リュートは私を置いていかない。けど……私はリュートを置いていく」
「ミナ、それは……」
「いつから気づいていたの?」
「――――――――ッ!?」
その言葉には確信と少しの怒りが篭められていて、逃げる事はできなかった。
「アウルと会った時。オレの能力が『不死の王』だって知った時」
「そっか。そういえば、王国で読んだ文献にそんな記述がちょろっとあった気がする。すっかり忘れてたけど。不死の王は不老不死……か」
首に抱きついたまま、ミナは自分の顔をオレの胸に薄める。
この状態では泣いているかの判断は難しいが心境は似たようなものだろう。
ミナはオレに先立たれる心配はないが、同じ時間を歩む事も決してできず、いつか必ずオレを置いて行く。そうでなくても、年月を重ねすぎた彼女と今の状態を維持し続けるオレが同じ生活をできる保証なんてない。
口では何とでも言える遠い未来の事に彼女は不安を抱いている。
だから……オレは何も言えず彼女の頭を軽く撫でる。
「ん、ごめんね。リュートにだって、どうしようもないし、その能力に何度も助けられてるのに。それこそ、私の幸せは『不死の王』が作ってくれたってくらいに」
そう言う彼女は、不安気ながらもちゃんと笑っていた。
この子は強い。
「あぁ、まずは……不死の王を倒す。それから、ゆっくり考えよう」
「考えるまでもないわよ」
「ん?っと……?」
まだ不安だろうに、少し無理矢理に彼女は、いつもの強きを作ってまた寝転がる……のは、良いんだが、その手はオレの首をギュツと抱きしめたままなので、そのまま引き倒された。
「私とリュートが離れ離れになるなんて絶対に認めない。だから、不死の王を倒した後は、リュートの不死の王をなんとかする。まぁ、私が不死になってもいい気がするけど、現実的じゃないのよね。だから、リュートは私が殺すわ。そうね……目標は、4かな?それくらいの時間を過ごせば同い年くらいだと思うの。どうにも私の方が年下ってのは気に入らなかったのよね。なんだ、そう考えると丁度良いくらいじゃない。どうせ、暇でしょ?また、のんびりと行商しながら探ていきましょ」
不死の王は倒す。で、オレは殺すんですか。
なんか、その辺に愛とかなんとか微妙な物を感じるけど、とりあえず、ミナ本人が納得したようで、ちょっと元気になってるから、いいかって気がしないでもない。
どうせ、暇なのも事実だし。
「そうだな。そう考えると、この後の丁度良い目標もできたな」
「でしょ?それに、その頃には私達は最初の魔王を倒した勇者よ?あれだけ、持て囃されてるシグルト達に並ぶんだから、そのくらい楽勝よ」
「逆に倒せなければマズイ事になるな。少なくとも聖殿都市を挟んだ攻防で不死の王を倒す手段が整うまで何年も戦争する事になる。下手をすれば、人間の敗北だ」
「……そっか。そうよね。それに、そうなってもリュートは一人で生き続ける。負ける訳には行かないね」
「うん、あの、怖い事言わないで?」
ミナの何気ない一言に思わずゾッとする。
そういえば、この不死の王はどこまで不死なのだろう?少なくとも数千年の時を越えて生きている化物がいるわけだが、あれは途中で死んでいたから例外なのか?それとも、本当の意味で永久に不死なのか?
やがて人が魔人に負け、魔人さえも居なくなり、動植物ですら存在し得なくなっても、オレは生き続けるのか?
……存外、この不死の王という能力は人の手には負えない物なのかもしれない。
◆
「ケーファー、ルーシー、お待たせ」
「お帰り。リュート、どうだった?」
天使領域の外れで数人の見張りと共に待っていたケーファーが、期待に胸を膨らませてオレの両手を掴む。
言わずとも何が聞きたいのかはわかるが、残念ながら彼の希望は半分しか叶えられてない。
「ルーシーの持ち出した神器の大半の返却を条件に以降、天使領域は元魔王ケーファーに手出しはしない、だってさ」
「本当に!?うわー、ルーシーの神器が無くなるのは痛いけど、そもそも戦わなくて良いなら、必要じゃないし、これで後はニーズヘッグ公の情報待ちで平穏に暮らせるかなー!」
「但し、あくまで天使領域の意向であり、外部で好戦的に行動する天使軍までは制御できない、て続く」
「え」
「どうする?」
神器のないルーシーは一般的な天使の兵士とそう代わりはないらしい。その状況で身を守るなら、神器は必要不可欠だが……。
「うん、いいや。神器は返すよ、元々借物……うん、借物だよ?借物だから、返さないと、ね?」
人外の我が友はヤケに借物と強調しながら、少しだけ困ったそうにそう笑った。
まったく、コイツはなんでこうも、魔人の癖に生真面目なんだ。
「んじゃ、何を残すか決めとけよ」
「へ?残すって何を?」
「言っただろう?大半の返却だ。二つか三つ程度なら、ルーシーの嫁入り道具に持ち出して良いってさ。但し、あくまでも貸出であり、いつでもルーシーが天使領域に戻ってこれるのが条件だが」
なるべくわかりやすく説明したつもりだが、ケーファーは意味をうまく、飲み込めないらしく、隣にいるルーシーだけが「良かったね、ケーファー」と笑っている。
正式な神器の貸出に加え、ルーシーの帰郷をいつでも認めると言える条件は、ケーファーの心残りを消し飛ばす物であり、予想外の幸運にうまく対応できないのは魔人も同じ人と変わらないみたいだ。
「ルーシー……帰ってきていいの?ここに?」
「あぁ。色々条件はつくけどな。その一つが、不死の王の始末を付ける事。もう少しオレ達に付き合ってもらうぞ?ケーファー」
「う、うん!一緒に不死の王を倒そうね!リュート!!」
ケーファーはオレの手を強く握り嬉しそうに笑う。
オレとしても、もう少しこの旅が続く事に微かな安堵を覚える。
不死の王との決戦は近いが、その為の準備はまだ済んでいない。
「さて、さっそくだがケーファー。天使領域と魔界の境界線……霧の谷を案内して貰えないか?」