百五話 天使と魔人
すいません、最初に謝ります。物凄い説明回になっています。
長々とやるつもりはないので、次回からは普通になります。
設定?いらねーよ!って方はスルーで良いくらいに堅苦しいかもしれないです。
書き始めた事は、漠然としか考えていなかった設定なので、何処かに矛盾があるかもしれないので、その場合は後で書き直すかもしれないです。
それでも良い方は是非に読んで行ってくださいorz
世界の何処かを気ままに飛んでいる浮島、通称『天使の領域』の中央にある外装からして大仰な天京はオレを含む人々の想像上の天使達の住処を模倣したかの様な絢爛さだった。
その中をカツカツと冷たい足音を立てながらオレとミナ、それに案内役の天使が歩く。
そのうちに幾つかの質問を投げかけてみたが、ほとんどの事は話しても構わない内容なのか判断できない為に中央に聞いて欲しい。と、なんとも冷たい返答であったが、彼女達に取って基本的な部分だけは答えて貰えた。
まず、案内役の彼女の名前はアイギスと言うらしい。この天使の領域を守る天兵の見習いであり、他の迎撃に来た天使に至っては多少、武芸の心当たりのある民間人が殆どだったそうだ。
天使の領域は常に移動し続けている為に魔人にも滅多に見つからず、屈強な天兵が常駐している為に、もし見つかっても十分に対抗可能な戦力が本来ならあるらしいが、不死の王が人々の前に現れた時に、丁度、頭上に天使の領域が来ていたらしく、天兵の半数近い人員が周りの静止を振り切って出陣、次いで彼らを守る為に他の天兵も出ていき、今は内部の防御が空に等しいらしい。
天使の殆どは、この浮島で平凡に暮らしていて、人間達と対した変わらない生活をしているから今はかなり危ない状況らしく、天兵を保護してくれた人間に対して礼まで言われたが残念ながら、それはオレには関係ないと言っておいた。
「すまない。本来なら協力したいのだが、私が話せる事も多くはない。後は中に居る連中から聞いて欲しい」
天京の中央と思しき場所には、人の丈よりもずっと大きな門がそびえ立って居た。以前、訪れた聖殿に似た作りをしているのは気のせいだろうか?と、思いながら彼女が扉を開くのを黙って見ている。
中は予想通りとでも言うべきか大きなドーム状の空間になっていたが、空洞ではなく王城の会議室を更に大きな規模にした物に見えた。
居並ぶ机には、今は過疎としか言えない程度の人数しか座っていない。
「いらっしゃい。人間の客人。不格好で悪いのだが、とりあえずは適当な椅子に腰を落ち着けて欲しい」
中に入った途端に優雅な動作で片手を小さく上げながら眼鏡を掛けた青年がそう言う。
隣にいるミナが小さく、うわー……と呟いて居たが、なんとなく気持ちはわかる。見た目のイメージだけなら物凄い堅物で話難そうだ。
言われた通りに適当な椅子に腰を下ろすとアイギスもオレ達から、そう離れていない椅子へ腰を下ろす。
「私は天使領域の代表、まぁ、便宜上は長とだけ呼ばれているよ。名前はグリッグだ。よろしくな、人間」
「リュートです。人間の世界では商人をしています」
握手、は距離的に届かないのでお互いに小さく会釈をすると、向こうは口元に微かに笑みを浮かべる。
その仕草は油断できない相手の自己紹介の様で警戒心を抱くにまでは至らないが、心を許す事はできないと思わざるを得ない。
人間にしても得てして人から好感を抱かれる仕草を意識的に取るタイプは全面的に頭がキレて、何を考えているかわからないのだ。天使だからと言って例外に置く必要はないだろう。
「さて、何から話したら良い物か。君たちは天使の成り立ちという物をどのくらい知っている?」
「オレ達はルーシーを知っているだけで、それまでは天使の存在すら話にしか聞いた事はありません。何も知らないと言っても過言ではないかと」
「そうか。多少、長くなるが最初から話すしかないな。すまないが、少し付き合ってくれ。それが、今回の天使の暴走の原因にもなっているんだ」
そうして、一拍おき、天使の長は気が遠くなる程の昔の話を始めた。
◆
それは、今は亡き南の国の物語。
不作から食糧難に陥っていた南の国は、北の国の秘術を盗み出し一途の希望を掛けたが、それは一人の不死人を生み出したに過ぎなかった。
しかし、自己の体を癒す為に研究を続けていた彼の知識は、ありえない程に広く、深く、病気を治すという目的を失った彼は礼代わりにと南の国の為に働き始めた。
その働きぶりは、凄まじく次々と新しい発想を取り入れ、不作が嘘の様に作物が実り始めたが、その僅かにできた食料を巡り起きた争いが元になって南の国は壊滅的打撃を受けた。
それでも、なんとか国を立て直そうとした人間も多かったのだが、それから本来なら、そこには居なかったハズの凶悪な動物が南の国を襲い始める。
それこそが最初の魔獣であり、それと同時期に不死人は魔王を名乗り南の国を蹂躙し始める。
その時に、4人の戦士を従えて居た。その戦士こそが、今で言われる魔人であり、南の国はなす術もなく滅びた。
その頃から、他の三国は連合を組み、不死の王と名を改めた彼を倒す為に協力し始めたが……それは表の物語。
裏では南の国の生き残りが、独自に不死の王を倒す為に動き続け、遂に一矢を報いる方法を探り当てた。
「後悔……しないな?魔人を見てわかると思うが、この薬を打てば体は元より性格も記憶すらも失う可能性がある。俺達は誰も、俺達であるまま生き残れない」
「そう思うなら、廃墟で泥水を啜ってまで生きながらえていませんよ。何度、死のうと思ったか覚えていませんが、奴らと戦える力が手に入るからこそ、生きてて良かったと思えます」
その部隊の生き残りは僅か十人程か。以前は煤けながらも堅牢な硬さを誇った彼らの城の地下深くで、そんな会話を交わしていた。
そこは、不死の王の研究所であり、悪しき知識が詰まった彼らに取っては宝の山。
そこで、見つけたのが魔人化の術。対して強くもない人間である彼らが魔族に対抗しえる術を得る為の秘宝。
「……最後にもう一度確認を取る。コイツは、人を魔人へと改造する薬を少しだけ弄った物だ。体に入れればたちまち俺達の体は変異し、魔力によって強化されるだろう。それが、どの様な物かは想像できない。なんて言ってもコイツは、不死の王が作った物ではなく、俺が適当に弄った物だからな。最悪、失敗して死ぬ事もある」
「ははは、大丈夫ですよ。最悪は、魔人になって不死の王に忠誠を誓う事です。それは、ちゃんと解除してくれたのでしょう?」
「あぁ。俺が不死の王から直接習った知識で、なんとか……な。そのお陰で、どうなるか予想のつかない薬が出来上がった訳だが」
「どうせ死ぬなら……希望を持って死にましょう?」
そう言って一人の女性が自分の袖をまくり腕を差し出す。
「また後で会おう」
「はい、必ず」
最後に人間として、そう交わし男は女性の腕に注射器を指す。
「この憎しみだけは……消えませんように」
僅かに、そう呟いた彼女の言葉は、その場にいる全員の希望でもあった。
途端に彼女の意識は落ち、目を覚ましたのは三日後の事であった。そこには、同じく倒れた部隊人間数人が居て、二日以内に目を覚ましたのは僅か五人だった。
「すごいわね、この体は。とても軽いし……何よりも魔の物の居場所がわかりやすい」
一番、最初に変異した彼女は自らの白い四枚の翼を撫でながら、そう呟く。
他の変異者も同じような白き翼を持ってはいたが、全ては二枚一組であり、彼女の様に複数組み持った者は居なかった。
「俺なんて国境近くの魔獣まで感知できるぜ。すごい数の魔獣が蠢いてやがる。力が大きのは恐らく四人の魔人か……」
「便りにしてるわよ。敵の位置を正確に把握できるのは貴方だけなのだから」
他愛ない会話を繰り返し、部隊長の復帰を彼らは待つ。他の三人は薬が体に合わなかったのは、既に息を引き取っているが、隊長はまだ息が有り眠っているようだった。
しかし、その隊長の目覚めは待っていた彼らの期待とは違う形で果たされる事になる。
「……っ!?」
「この魔力、魔人!?」
「場所はどこ!?」
突然、現れた途轍もなく大きな魔力に五人は混乱するが、その発生源はすぐに特定できた。
今まで寝ていた部隊長が、音を立てて立ち上がる。その背中には、他の変異者と同じ様に翼が生えていたが、毟られた様に無様で小さく、目はギラついており、とても正常とは思えない物であった。
そして、何よりも、自己の感知能力が物語っていた。
「魔人並か……強いぞ」
「まだ、まともに動けないでしょう?任せて」
四枚の白き翼を持つ彼女は前に出ると、瞬く間に素手で魔人と化した元人間の胸部を貫く。その瞳には何の揺らぎもなく、以前慕っていた人間を殺すのにも何の苦労もなかった。
元隊長だった男は何も言わずに崩れ落ち、四枚の翼を持つ彼女は振り返ると、そのまま出口へと歩いて行く。
「行きましょう。もう仲間が増える事はないし、これ以上ここに居ても無駄よ。あの人が、ちゃんと変異したら、仲間を増やせたかもしれないのに、ね」
そう言う彼女の言葉には何の感情も篭って居なかった。
ただ、魔の者を殺した。それだけであり、嘗ての仲間の死を悲しんだ様子はまるでない。それに対して他の仲間も同じ様に、何時もの様に立ち上がる。
記憶を失う事もなく、性格が変わる事もなかったが、彼女達は確実に何かを失っていた。
闘う為の力と、魔人への強い憎しみを得た対価として、それが高かったのか安かったのかは、人間であった頃の彼女にしか思い出せないだろう。
それでも、今の彼女達に取って、それは無価値な物でしかないだろう。
それから、彼女達は古い本から名前を取り自らを天使と名乗り、決して表舞台には立たずに魔人と戦っていく事になる。
彼女達が居なければ、勇者の召喚は間に合わずに人間の時代は、その時に滅びていたかもしれない。
そして、それから数千年の間、彼女達は住処を見つけ、子孫を残し、繁栄し、歴史の裏で戦い続ける事になる。
途轍もなく強い、憎しみだけを残し続けて。