百三話 100と天使軍
遥かな高みから白い翼を持った天使の軍勢が魔獣を駆逐する。幾らかの魔獣は遠距離攻撃や同様に空を飛ぶ事で応戦してはいるが、その手段すら持たない魔獣も多く、ほぼ一方的な攻撃となっている。
が、攻撃を加えている天使の様子もどこか、おかしい。何かに怯えるよに必死になっているようにも見え、決して余裕があるようには見えない。
「アウル。これはどういう事だ?」
「天使って種族が世の中にはいる。だが、あんな大群で出てきた事は、俺の知る限りないんだが……」
ふちに、大空を飛ぶ天使の一人が力尽きたように落下する。
しかし、攻撃を食らった様子もなく、どう考えても魔法の使いすぎによる疲労、又は魔力切れだろう。彼らは何をそこまで必死になって魔法を唱えているのか。
しかし、言い換えてみれば、これは好機だ。天使は間違いなく魔獣を攻撃しており、此方に対して危害を加える気はないようだ。
剣をギュッと握り、一歩前へと踏み出す。
問題は、天軍が魔獣と交戦している此方を気遣って攻撃をしてくれるかだが、悩んでいても仕方がない。
むしろ、オレだからこそ、それを確かめれると言う事だろう。
「突貫する。天使がちゃんと連携を取ってくれるようだったら、他の連中にも合図を頼む」
アウルの、おい!と止める声を聞き流し、魔獣の中央に突撃する。途中、後ろから数本の細い光の奔流が通り過ぎ直前の魔獣を容赦なく焼いた。
後ろを見ずに彼女の援護に感謝し、先頭にいる魔獣を切り払う。魔獣は同士討ちを気にせずに魔法を飛ばしてくるが、即席な物で威力も速さもない為に十分魔剣で切り払える程度の物だ。
魔剣に触れた魔法は跡形もなく消滅し、それが魔剣の能力が未だ健在である事を証明してくれる。
何故、不死の王には聞かなかったのか?どうしても、考えてしまうが、今は目の前の敵をどうにかしなければならず、それは後回しだ。そもそも、相手ですら分かっていなかった事が、ここで頭を少し使った所でわかるハズもないだろう。
「リュート、私達も援護します!」
ナギが風の刃を纏った魔剣アウルを振り抜くと、前方にいる数匹が纏めて吹き飛ぶ。威力的には魔法剣カムイには及ばないが、その気軽さは正直羨ましい。
少し遅れて、他の様子を見ていた前衛集団も前に出て、再び前線は乱戦となるが、天使は的確に敵の後方を狙う、此方への被害は最小限に止めてくれている。お陰で敵の援軍は消耗した状態にあり、此方は傷ついた人間から下がる余裕も大きく、戦いは優位に運んでいく。
少しずつ余裕が出来、辺りを見回すと天使の中でも血気盛んな連中がいるらしく、一部は白い翼を赤く染め上げるような勢いで手に持った武器で人間の戦士に混じって……いや、むしろ率いて戦っている。
「天使ってのも、意外と強い物なんだな」
普段見ている天使がルーシーだからか、どうも本人が強いというイメージは余り強くない。が、こうして見ると個体差こそあれど、人よりも遥かに強い力を持っている天使が多いように思える。
「私達は魔人に対して強い憎しみを持っていますから。日々の鍛錬は欠かしておりません」
ふいに聞こえた事に思わず剣を構える。が、相手は争う様子はなく、武器は持ったままだが両手を小さく上にあげ戦闘意思の無い事を示してきている。
翼を大きく三度程羽ばたかせ地面に降り立った天使は、柄が刃程もある変わった大剣を持ち、肩、腹部だけを守るように取り付けられたアーマー、頭部にはフェイスガードだけの甲といった一風変わった装備をしている。
「……なんで、天使がこんなに出てきたんだ?今までの戦争でも、希に力を貸してくれた事は感謝しているが、これだけの軍勢を率いて来た事はないハズだ」
「アウルさん……ですね?歴戦の噂は耳にしております。今回の事は私達にとっても想定外の物。しかし、その説明の前に頼み事がございます。どうか、私たちに羽を休める場所を貸しては頂けませんか?」
「どういう事だ?」
「彼らは今、憎しみによってのみ戦っている者が多数います。普段は、もう少し理性的に魔人を狩っているのですけど……ね。御陰で一方的に見える現状も実は切迫しているのです。同胞の中には飛べなくなるまで魔法を使い、魔獣の大群の中に落下した者もいます。私たちの多くは、そんな同胞を守る為に、出撃したのです。今の彼らに天に浮かぶ島まで帰る事は叶いません。どうか、一時、休める場所を貸していただきたいのです」
彼はそう言い頭を下げる。
そういえば、ルーシーもここに来る途中に体調に異変を起こしていたが、それも今回の事に関係あるのだろうか?
そして、アウルの交渉の元、天軍は一時、聖殿都市に留まる事になり指揮官クラスの天使は今回の以上の詳細な報告をする為に王城へと向かう事になったらしい。
ただ、その内容は一、兵士以下であるオレ達には知らされるハズもなく、天使の援軍の理由はわからないままだった。
ただ、復調したルーシー曰く、何かとても怖い物。を感じたらしく、それは恐らく不死の王の事だったのだろう。
数々の謎を抱えてしまったが、何一つ解決策はなく、妹のいる故郷へと馬車を走らせる。
王城へ行けば何かわかるのだろうか?
と、考える事もあったが、向こうも天使の出現や不死の王の復活で慌ただしいだろう。情報を手に入れれる確証もなく、最北端まで行くのは躊躇わざるを得ない。
「なぁ、ケーファー」
「ん、どうしたの?」
「天使の領域ってどうやって行くんだ?」
そう聞くとケーファーは驚いた顔をして固まる。
それも当然だろう。聞いた話によると彼はルーシーを天界から直接連れてきたらしく、その時の戦闘も壮絶だったに違いない。
だが、もし情報を持っているとすれば人間よりも天使だろう。勿論、向こうが此方を好意的に見てくれるとか限らない……いや、ケーファーの事を考えればむしろ低いだろうが、場所によっては賭けてみる価値はあるのではないかと思ったのだが……。
「天使の領域は空に浮かんでるんだ。僕達でも探せない」
「ケーファーとルーシーは昔、境界で遊んでたんじゃなかったか?」
「うん。魔界の南西に霧の森って呼ばれる場所があるんだ。名前の通り、深い霧に包まれてる上に魔力の流れが狂ってて、どうしてそうなってるかは僕達にもわからないんだけど……そこからなら歩いて天使の領域に行ける。けど、天使だって、そんな事は知ってるし警戒してるから入った瞬間、襲われるよ。それに、魔人や魔獣を避けてそこまで行くのも無茶だと思う」
どうやら、思った以上に天界へ行くのは大変らしい。こうなったら、王都へ行くしかないのか?
そう考えた所で、すっかり調子を取り戻したルーシーが、間延びした声で話しかけてくる。
「じゃぁ、門使う?」
……そうして、オレ達はあっさりと天界への切符を手に入れた。
考えてみれば、ルーシーの故郷なんだから、門の抜け道として登録されてても何もおかしくはない……のか?