百二話 100と魔軍
魔人を貫いた魔剣を赤い血が滴る。
貫かれた魔人の体は力無く前に倒れ、オレの体に伸し掛る。その重さは死人特有の嫌な重さを持っていて、確実に仕留めた事を意味する。
人を斬った経験も浅いオレが、この感触に慣れているハズもないが、何度味わっても慣れる気はしない。ましてや、種族も違う魔人相手に慣れが来る程の機会なんてあるハズもないだろう。
その感触から逃げるように剣を引き抜き、擦れ違いナギの元へと歩く。
支えを失った魔人の体は地面へと音もなく倒れこみ、僅かな土煙をあげた。
「よく……殺ってくれたもんだな、リュート」
呆然としているナギに代わり横に立つアウルが賛辞してくれるが、生憎そんな晴れやかな気分ではなかった。
「不死の魔人が居るって聞いてな。新しい魔王の話を聞いてきたんだが、コイツがそうなのか?」
「いや、不死の魔人って言うか、だな……」
アウルが首を振りながら、悩まし気に答えると、代わりにナギが答えてくれる。
「不死の魔人ではなく、不死の王です。ソレは間違いなく、シグルドが倒した最初の魔王。なんで蘇ったのかはわかりませんが……」
「不死の王……道理で……」
驚きはなかった、というよりは、納得の方が強かった。
ケーファーを差し置いて魔王と名乗れる条件に付いては色々考えては見たが結局、直接対決でケーファーを破るという事以外思いつかなかった。
しかし、最強と言われた初代魔王なら不思議はない。そもそも全ての魔人、魔獣は不死の王から生まれ、不死の王は歴代でも最強の魔人と言われていたのだから、従う者も多かったのだろう。
それにしては、あっさりと倒してしまった気はするが、それは魔剣の持つ無効化の能力故であり、通常の攻撃は何をしようとも再生するからだろう。
「これは、どういう事だ……?」
不死の王が死んだ事で、兵達の猛攻が始まり、魔軍を押し始めていた。このまま、殲滅すれば、またしばらくの間、平和が訪れるであろうと言う時に後ろから砂の動く音と聞き覚えのない声が聞こえる。
「嘘。魔剣ミヅキに貫かれたハズ」
「ふむ。俺が死んだのは、その剣が魔剣だったからか。ならば、何故、俺は生きている?」
ナギが剣を構え、事実を否定するように呟くと、それに呼応して後ろにいる何者かが疑問を投げかける。しかし、その問題に答えれる人物は存在しなく、等の彼でさえ当惑しているようだ。
構えるのも忘れ、ゆっくりと振り向くと、先程確かに心臓を貫いた魔人……いや、不死の王が何事も無かったかのように立っていた。
「さて、できたら答えてくれると嬉しいのだがな。俺は確かに一度死んだ。確かに、その剣は魔剣なのだろうが、ならば何故、再び生き返った?」
純粋に疑問をぶつけてくる不死の王に、アウルが答える。
「……こっちが聞きたい所だ。そもそも、お前はシグルドが仕留めたハズ。なのに何故、生きている?」
「教える義理はないが……まぁ、構うまい。俺の心臓は確かにシグルドの魔剣によって貫かれたが、何も死んだ訳ではない。当然、心臓を破壊されては血液の流れが滞り動く事は愚か思考する事も叶わないがな。ちょっとした事で体を動かせるようになった訳だよ」
片腕を上げて、世間話をするかのように不死の王は語り、次いで何かに気づいたかのように自身の胸に手を当て首をかしげる。
「そういえば、心臓も復元しているようだな。人間、此方が教えたのだ。貴様等も少しは答えてくれても良いのではないか?ソレは本当に魔剣か?」
「魔剣だ。数多くの魔法をかき消している。何故、お前の不死の王には聞かない?」
指をさされ、反射的に答えるが考えてみれば、切り札である魔剣が効かない理由を勝手に考えてくれると言うなら悪くはない。
だが、相手は最初の魔王。世界を相手に戦争を吹っかけた魔人を相手にそんな考えは通用しなかった。
「そうか。なら試させろ、精々死ぬなよ?」
そう言い片手を此方にかざし、青い火球が生まれる。
「……は?」
思わずそんな声が出る。先程まで多少なりとも友好的な雰囲気がなくもなかった気がするのだが、どうして数秒で攻撃されそうになっているのだろう?
しかも、目的が本当に、ミヅキが魔剣なのかどうかであって、オレの命など二の次らしい。
「青い……炎?」
「一切の不純物を排除した純粋な炎だ。通常の熱魔法同士での衝突ならば、一方的に巻き込む事ができる、が……どうでもいいか。無効化して見せろ、人間!」
不死の王が手を振り払うように魔法を放つと火球であったハズのソレは、放射状に広がり、青い幕をなして襲いかかってくる。上に逃げれば回避も可能だろうが、あの広範囲魔法を放って置けば周りの兵にまで被害が出るだろう。
生憎、魔王の復活に気づいた者は少なく、今の所優勢に事を運んでいるのだから、これを利用しない手はない。その為には、この青い炎は無効化する以外の選択肢はなかった。
本当に消せるのか?
今まで抱えた事のない不安が胸を過ぎるが、振り切った魔剣ミヅキは慣れた様に青い炎を綺麗にかき消した。
「ほう。確かに魔剣のようだ」
「――――ッ!?」
青い炎を煙幕にして、気づけば不死の王は目の前に立っていた。手に持っているのは銀一色の棒の様にも見える刃物。
横凪にされる銀の剣線を魔剣で弾くが、即座に孤を描き二撃三撃目が繰り出される。
強い……?いや、単純に早くて重いのか!!
不死の王の攻撃は基本も定石もない無茶苦茶な物だったが、一撃一撃がオレの大振りに匹敵していて手数はミナの二刀流のソレに近い。片手で持った剣は次々と最短ルートで振り回されている。
だが、所詮は身体能力が高いだけの素人であり、先祖返りの能力を使えば返せない事もないだろう。相手が人型の為に王宮剣術に切り替え、隙を待っていると更に追加で4撃が終わった所で微かに不死の王の剣が鈍った。
その絶対的な身体能力故に先読みでもない限り捉えれない程の小さな隙ではあったが、オレ自身の身体能力を大幅に引き上げる事でも対処可能になる。
下段に構えた剣を跳ね上げ、垂直に振り上げる。
魔王の能力は見上げた物で、この下から来る斬撃に対しても反応し地面を蹴り後ろに大きく跳ぼうとする。本来ならば胸元を大きく切り裂いたハズの攻撃ではあるが、それは叶わなさそうだ。しかし、前に出された手だけは確実に射程内に捉えている。
全力で振り上げた攻撃は不死の王の右腕を切断し、空中に放り投げた。
「貴様、あのシグルドに匹敵する剣技の持ち主か。最も、奴は能力故の反応速度が異常に早かったのであって、貴様とは別の強さだが。しかし……」
不死の王が右手を眼前に飾すと切り飛ばされた部分から、新たな肉が生え瞬く間に腕は再生する。
「どういう事だ?貴様の剣は確かに魔剣……いや、そうでなかったとしても、魔法を消滅させている。何故、俺にだけ効果がない?」
「それは、こっちが聞きたい所だね……!」
頭の中で警笛が鳴り響く。此方も不死だが、向こうも不死。頼みの綱であった魔剣は効かず、魔軍相手の戦いも、このまま押し切れるとは限らない。
魔剣が通じない状況の事も考えておくべきだったと後悔するが既に遅い。今は手持ちの札で、不死の王を倒す……いや、凌ぐしかない。
そう考えた所で不死の王は途端に此方に興味を失った様で無用心にも後ろを向き、そのまま歩いて魔界側へと戻っていく。つくづく予想を裏切る奴だとは思うが、正直助かった。
「どこへ行く?」
「ん?わからない事があるのが気に入らない性質でな。サンプルはあるし、ちょっと調べ物だよ」
「サンプル……?」
辞めとけばいいのに、オレは不死の王を引き止めたが、奴は訳のわからない言葉を言い残し、そのまま歩いて行く。
……まさか、このまま歩いて最奥まで行くんじゃないだろうな。いや、どうでもいいんだが。
「何はともあれ、引いてくれて助かりましたね」
不死の王が後方の魔軍に埋もれるのを確認してから、ナギが片膝を着く。
まだ戦闘自体は継続中だが、不死の王と対峙して居た彼女は既に限界近いのだろう。アウルも気が抜けたように座り込んでいた。
「どうするんだ、アウル。あの化物。魔剣も効かなくなってたぞ」
「せめて原因が分かればいいんだが、アイツ自身がわかってなさそうだったしなぁ」
考えなければいけない事が、また一つ増えた。しかも、世界の命運を左右するなんて馬鹿げた重さの命題だ。だが、その前に……。
「まずは、ここを死守しなきゃ状況は圧倒的に不利になるな」
魔剣ミヅキを肩に構えて立ち上がる。
オレはまだ、体力的には余裕が有り、十分な戦力になるだろう。聖殿都市防衛戦に参加しない理由はない。
人間とて馬鹿ではない。数千年前と違い何も聖殿都市を落とされたら国としての機能が麻痺してしまうなんて事はない。が、それでも、聖殿都市が最大の防衛ラインであり守り安いのだ。ここを守れたなら即座に反撃に移る事もできるが、もし落とされれば兵站を確保するのも一苦労である。
「ミナが来てくれればいいんだが、それは贅沢な話か」
彼女には直に下がるように言っておいた。暴走する事も多いが、アレでいて普段は大人しく言う事を聞く子だ。今頃はケルロンと一緒に聖殿都市の目立たない所にでもいるだろう。……ケルロンがいる限りどう足掻いても目立つだろうが。
そして、一歩踏み出した瞬間にそれは起きた。
始めは空から赤い一本の線が垂れ下がり魔軍の中を移動していた、何かと思ったが次の瞬間、赤い線がなぞった通りに地面が爆ぜ飛ぶ。
そして、幾つもの火球と雷が空から地面に降り注ぐ光景は、まさに地獄絵図と呼ぶに相応しいもので幸いなのは、ソレが全て人間側ではなく魔軍側に対する攻撃であった事だろう。
一瞬、ミナを疑うがそんなハズはない。
確かに彼女なら可能かもしれないが、傾国の魔女はあくまで地に立って攻撃をする。そう考えると、そもそも空から大火力の攻撃が加えられている事自体が異常と言わざるを得ない。
そう気づいて慌てて空を見上げる。そこに居たのは白き羽を持った人間。
「ルーシー……?」
思わずそう呼ぶが違う。いや、そうであるハズがない。
何故なら、空に居たのは、たった一人ではなく無数の翼を持った天使だったのだから。