百一話 100と初代魔王
「なら、これでどうだっ!王都直輸入、しかも一流の魔法使いが冷凍させた魚!ここまで持ってきたなら破格だろう!?」
「しかし、お前はこのまま聖殿まで行くのだろう?なら、何故、あそこまで持っていかない?俺みたいな商才無しの騎士でさえ、聖殿の方が高く売れる事くらいわかる。それが、できぬから買って欲しいのだろう?」
「足元見やがって……」
入荷していた魚類を、親父に叩きうるが、どうにも反応は芳しくない。本来の相場より1割程も値引いているのだが、此方の緊急性を逆手に取られ買い叩かれそうになっているのだ。
聖殿都市では確かに魚は高級品だが、今は戦時の真っ只中であり売れる保証が全くない。
その状況に全ての商品を持っていくのはリスクが高すぎる為に何としてもここで、馬車の中にある分、つまりは全体の半分程度は売っておきたい所なのだが、流石に親父にも状況はバレているようだ。
「なら更に1割……」
これで相場の2割だが、親父の表情は変わらない。
「で、納得行かないな下に売るしかないな。当然、高値で」
と、そこまで言い切ると、ようやく眉がピクリと釣り上がった。
◆
「さて、思ったより安くなっちまったが、仕方ないか」
袋に入った金貨を鳴らしながら、準備が整っているであろうケーファーの下に向かう。
親父としても、ただ安く買い叩きたかっただけではなく、戦闘の連続で疲れている自警団や、そのバックアップに勤めている人々に景気づけに振る舞いたかったのだろう。
だから、こそ二割も値下げして売った訳だが、アレ以上下げろと言うならば、此方も商人の沽券に関わる為、遠慮無しに下の一般人に売らせて貰うと言った訳だ。
「まったく、王都ではアレだけ安い物が、ちょっと走るだけで、こんな大金に化けるんだから、良い商売よね」
途中で壁にもたれ掛かりオレを待っていただろうミナが髪をかきあげながら溜息を吐く。
「本来なら、道中の危険とかを加味した値段だからな。今のパーティーに限っては、そんなもの無いも当然だが、実際に白黒の連中に襲われて生き残れる商団は少ないだろうな」
道中で襲われた人型の白黒は、通常の魔獣1匹1匹と遜色ない強さを誇り群れていた。
ケルロンクラスの魔獣に比べると明らかに見劣りはするが、あれだけの数が居れば厄介な事、この上ないだろう。
「命の危険があるから、高値でも売れるんだよ。と、ケーファー悪いな、お待たせ」
「ううん、僕たちのご飯に関係する事だからね」
ケーファーはそう言って笑い、その隣では、ルーシーがいつも通りとも言える笑顔で佇んでいる。
聖殿都市まで、たったの1日で着くには、ルーシーの協力が必要不可欠だった。ルーシーは準備が出来たとわかると、目を瞑り詠唱をはじめる。
「開いて、セラフィック・ゲート」
その言葉と共に、金色に輝く人の背丈の倍程もありそうな門が出現する。
行き先は、聖殿都市より西に走った辺境の村。ランディとコレットと再会し、ミナと付き合う事になった、あの村だ。
村から出るときに、ルーシーは自分たちに良くしてくれた、あの村に何時でも帰れるように、自分の羽を埋め込みセラフィックゲートを開けるようにしていた。
よもや、それがこんな形で役に立つとは思わなかったが、今回ばかりはありがたい。
「ごめんな、ルーシー。せっかく開いてくれたんだが、今回は長老さんに会いに行く時間はないんだ」
「んーん、大丈夫だよー。だって、いつでも行けるもん!」
「うん。それよりも、早く聖殿都市に援軍に行かなきゃ。もし、本当に不死の魔人なら倒せるのは魔剣を持ったリュートしかいないんだから」
「じゃ、行こっか。さっさと倒して、いつもの生活に戻りましょ」
「そうだな。みんな、ちょっと力を貸してくれ」
◆
ルーシーのセラフィックゲートから辺境の村に出て丸一日。
一番、大変だったのは、その間休まずに走り続けたケルロンだろう。馬車の中身は空にしたとは言え、馬車そのものの重量も馬鹿にならない。その上で4人の体重を引っ張り続けているのだから決して楽ではないハズだ。
それでも、ケルロンは疲れた様子を見せずに視界に据えた聖殿都市に向けて走り続けている。
「リュート、見て!ギリギリのタイミングだったみたい!」
ミナが指差す先には、すでに白黒の魔獣もどきが大量に押し寄せている。まさしく、これから火蓋が切って落とされようとしている場面で、オレ達が着くのがもう少し先になる事を考えると奇襲には丁度いいタイミングだろう。
「リュート、あそこからだよ……!あそこから、すっごく嫌な感じがするのっ!!」
一番大変だったのはケルロンだろうが、ルーシーも相当な物だ。セラフィックゲートを出た辺りから、変調を訴え、今では馬車の角で何かに怯えたかのように小さくなっている。
天使は魔人を敏感に察知し、集団で襲いかかるとケーファーが言っていた。ならば、あそこに何かルーシーを怯えさせている魔人がいるのだろうか?それがどう言ったものか想像は付かないが、滅多にある事ではないだろう。
「リュート、ごめん。こんな状態のルーシーを出させる訳には……」
「わかってる。どうせ馬車の防衛も必要だしな。ここからはオレとミナが直接ケルロンに乗っていく。ケーファーとルーシーは無防備な馬車の護衛を頼む……けど、いざとなったら逃げてくれ。空に飛べばケーファーが対処出来ない様な奴が居るとは思えない」
「うん、ありがとう」
「でも、リュート。どうするの?明らかに魔力の多い魔人が数人いるから私でも探知はできるけど、あの大群を突破するのは大変よ?」
ミナが手際よくケルロンの鞍を外しながら、心配そうに言う。
「確かに、あの大群を突破するのは無理がある。けど、穴を開けてそこから突っ込むくらいはできるだろう?」
「……相変わらず自分の安全度外視ね」
「大丈夫だよ。今回はいつもとは違って、敵の主力さえ倒せば援軍が期待できる状況だ。不死の魔人だけ手っ取り早く倒したら聖殿側に引く」
「そんなに、うまく行くかしら」
彼女は心配そうに肩を竦めるが、残念ながら思いつく限りで失敗する要素はない。
正確には一つだけ、どの魔人がどのくらい強いのか?という懸念の材料はあるが、これを考えていても始まらない。
「せっかくの奇襲なんだから、拍子抜けするくらいが良いんだよ。特に、今回は魔人を倒した後も聖殿まで撤退する必要があるんだからな」
「不死身が何言ってるんだか……。さて、お巫山戯は、ここまでにして……貴方の言う通り、あっさり決めて来ましょうか」
オレがケルロンの前に乗り、その後ろにミナが乗りオレの腰に手を回す。
幸運にも……いや、残念ながらケルロンは本来二人乗りを想定していない為に無理矢理に乗るしかないのだ。
「ケルロン、もう一頑張りお願いね?」
「ガウッ!!」
ケルロンが吼える、馬車を引いていた時とは比べ物にならない速度で駆け出す。
馬車を引いている時にケルロンが全力を出せない理由は、馬車自体の重さよりも、馬車を庇って手加減をしている部分が大きい為に、それが無くなった今は高速で変則的に動ける。
「ルーシーの言ってた嫌な奴がいるって言うの……ここまで来てわかったような気がする。明らかに異質なのがいるわ。魔人なのかしら?リュート、ターゲットはソイツで良い?」
「そんなに違うのか?まぁ、どこに不死の魔人がいるかもわからないしな。狙いやすそうか?」
「うん。聖殿都市の近くまで来てるから私も逃げやすいし、多分、ナギが戦ってる」
「ナギが!?」
アウルとナギは聖殿都市の中から出てこなかったハズだ。しかも、アウルの魔剣は無効化の能力を失っていると彼らは言っていた。それなのに、彼らが出る程、その魔人は異質な存在なのか。
「いよいよ、きな臭いな。わかった、ケルロンを一度止めるから、ミナは降りてレーザーカノンを撃った後に離脱してくれ」
「わかった。でも、ケルロンを止める必要なんてないわ」
「は?え、ちょっと……ミナさん?」
「またね、リュート」
そう言うと、ミナはあろう事か高速で走り回るケルロンから……飛び降りた。
その跳躍は人間業ではないくらいに高く飛び上がった所を見ると身体強化を施してあるのだろう。一応、それなら無謀と言える程の物ではないが、そこまでしなくてもと思わなくもない。
彼女は、放物線を描くように飛び、途中で空中で見えない何かをもう一度蹴って、垂直に飛び上がる。上に上げられた両掌の中には、黒い漆黒が浮かび上がっている。
その大きさは、今まで見た物よりも一回りも二回りも大きくなって行く。
「――――――――――――!!!」
高速で走るケルロンに寄って後方に置き去りにされたミナが何かを叫ぶと、何度も見た光の奔流が、これまでにない規模で敵を飲み込んだ。敵の壁に空いた穴としては、申し分のない物でありオレ一人で通るのが勿体無いと思う程だ。
現に、穴を走り抜けても敵の一人の反応とて間に合わずオレとケルトンは素通りで、目標の近くまで来ていた。
「ケルロン!敵に牽制!その後は後方に……いや、ごめん!ミナの居る場所まで全力で引いてくれ!」
そう良い、ケルロンの背中から飛び降りると同時にケルロンは強く地面を蹴って飛び上がる。
そして、ケルベロスの一番の武器である三頭からの火球、氷息、雷撃を同時に敵へと繰り出す。
地面を転がり体制を立て直すとケルロンは既に着地と同時にバックステップで大きく後退。そのまま反転して行く。
あぁ、あの三つの頭って同時にブレス攻撃できたんだなぁ。なんて、思いながらケルロンが示してくれた位置へと飛び込むと、そこにはアウルと、もう一人の男が佇んでいる。
コイツが、魔人……!
その風貌は人目では魔界の住人と思えない程に人間に近い。むしろ顔色は優れているとは言い難く、細い要望からはそこまでの強さは想像できない。
が、彼の前に居るナギが苦戦している様子が有りありと見え、その事実がコイツを実力のある魔人なのだと裏付けている。
ケルロンから飛び降りた時のダメージが少し残っているが、逆に言えば回復してないという事は重症ではないと言う事だ。問題ない。
能力を前回にし、魔人へと魔剣を真っ直ぐ見据え飛び込む。幸いにも魔人は何かに気を取られているようで、此方を向いてはいない。
それ程に、自分の腕に自信があるのか?目の前に居る敵を何時でも払えると言うのか?そんな、不安が頭を過るが胸に押し込め腕を伸ばす。
魔人がやっと此方を見据えたが、もう遅い。魔剣と魔人の胸部は触れる程に近い。確実に心臓を貫ける位置だ。
そして、魔剣ミヅキは魔人の心臓を貫いた。
ちょっと中途ハンパな所で区切ったかなぁと言う気がしないでもないです。
ちなみに、まだ終わりません。次回から新章に入ります。
題名は予定ですが「天に住まう者」とかそんな感じで。
多分、その章は少し短く、次の章あたりで完結かと思います。
140話くらい予定ですかねぇ?そう考えるとまだ2/3しか終わってないのか……。