十話 1は空腹
十話です。
またヒロイン視点となります。
良ければ読んでやってください。
ゴトンゴトンと車輪を回し馬が馬車を引っ張って行く。
馬車といっても天幕もない小さな馬車だ。
貨物スペースに雨が降った時に被せると思われるシートっぽいのがある。
お金持ちだと思ったわりには随分普通の馬車に乗っている。
その彼は隣でさっきから他愛ない事ばかり話してる。
こんな無愛想な女相手に喋って何が楽しいんだろ……。
少し意地を張りすぎてるかなと思うけど、それでもやっぱり彼に……リュートに好意的な感情を抱こうとは思えない。
人をお金で買うようなヤツだし。
いきなり手を引っ張られたしっ。
転びそうになったら抱き止められたし!
リュートもわざとじゃなくて少しはしゃいでやっただけみたいだからセクハラとか言ったりはしないけど……。
手袋越しに握られた手はまだ少し痛い。
強く掴みすぎなんだよ、馬鹿。
まぁ……嫌なワケではなかったけど。
色々考えていると気が抜けたのか今まで忘れてたことを思い出す。
くきゅるるる~
「………………。」
「え~と、ミナ?」
うるさい。
「お腹減ったのか?」
やっぱりコイツにも聞こえたらしい。
今の音は私のお腹が鳴った音だ。
「お昼食べてないの?」
……自分のせいだが食べてないのは事実だ。
こくん、と私は頷いた。
あの雰囲気じゃ黙ってたら余計恥ずかしじゃない。
お腹へったな。と思った瞬間に鳴るだなんて…。
「そうだ。ちょっとこれ持っててくれ」
リュートは私に馬の手綱を渡して荷台から何か袋を引っ張り出す。
持ってろと言われてもどうしていいかわからない。
とりあえずギュッと握って恥ずかしさにうつ向く。
昼食を食べなかった自分とお腹に心の中で罵倒を浴びせていたけど、隣が何やらシャリシャリうるさい。
リュートがナイフで丸い何か削っている。
シャリシャリシャリシャリシャリシャリ。
なんか和む。
「食べないか?」
リュートが差し出してきたそれは市場でよく見る果実だった。
銅貨数枚で売られているのをよく見る。
ただお店で売ってたのとは違って皮がない。
うまいぞ?といいながらリュートが別の皮付きの果実を口にする。
くきゅるる~
また私のお腹が鳴く。
リュートがこっちを見る笑顔が気に入らないけど、ここで意地をはってもまた恥ずかしい思いをするだけだろう。
私は素直に両手で受け取る。
コイツがさっきしてた通り、かぷっとそのまま食べてみる。
あ、美味しい。
一生懸命言葉を覚えてすぐ城を飛び出した為、宿以外では余りにご飯を食べてなかった。
だから、銅貨数枚でよくみるこの果実がこんなに美味しいだなんて知らなかった。
思ったよりも柔らかくてすごく水分が多い。
喉も乾いてたからすごく美味しく感じる。
元の世界ではたまに一人で甘いものを食べるのを楽しみにしていた。
そんなことも忘れてた。
かぷかぷと夢中になって食べてるとリュートがこっちもみているのに気づいた。
な、なによ……。
彼は少し笑うと私の口元に手を添える。
「!?」
「果汁が零れてるよ、ミナ」
さ、さわるな!?
私は慌てて頭を振りリュートを拒絶する。
……もう拭かれた後だったけど。
「ごめん、もうしないよ」
とリュートは言ってくる。
笑ってはいるけど、その顔はどこか寂しそうだ。
うつ向くとリュートが私の口元を吹いてくれた布が落ちていた。
私は慌ててそれを拾う。
ごめんなさい。
そう言いたくても声にならなかった。
結局私は黙って布を差し出す事しかできなかった。
嫌だったんじゃない。
少し驚いただけだ。でも私にそれを伝える術はなかった。
手元から布が拾いあげられる。
怒ったかな……考えてみたら私は奴隷……コイツの所有物。
何をされても誰も助けてくれない立場だった…。
でも、コイツの行動は私の予想を裏切る。
「ありがとう、ミナ」
裏切ってくれた。って言った方がいいのかもしれない。
コイツは布を受け取ると何事もなかったかのように、また笑顔を向けてきた。
お風呂に入れてくれた年配の女性の従者さんの言葉を思い出す。
「大丈夫よ、貴方は本当に運がいいの」
……確かにそうかもしれない。
私が反抗的な態度を取れる事が何よりの証拠だろう。
リュートは私を奴隷として扱ってない。
なんで買われたかわからないけど、それだけはわかる。
リュートの考えてる事はよくわからないっ。
気まずくてずっと果実を食べてたら食べれるとこはほとんどなくなっていた。
真ん中はなんか固い。
多分りんごの芯みたいなものかな。
「もう一個食べるか?」
リュートのほうを見ると、またナイフと果実を持っていた。
まだコイツの事を信用したわけじゃない。
けど好意を受け取る事くらいは私もしたいと思った。
私はそっぽ向いたままリュートに手を伸ばす。
リュートは少し驚いたみたいだけど何が言いたいかわかってくれたみたいだ。
私の手に皮付きの果実が渡される。
かぷっとそれをそのままかじってみる。
皮を向いた方が美味しい。
やっぱりリンゴみたいだ。と思いながら結局私は三個も果実を貰ってしまった。
◆
日が傾く頃、リュートとミナの乗る馬車はとてもゆっくりと進んでいた。
徒歩より少し早い程度の速度で馬は駆けていく。
目的の町はもう遠くに見えている。そんなに急ぐ必要はない。
リュートの肩に頭を乗せスースーと寝息をたてるミナを起こさないように馬車はゆっくりゆっくり進んでいく。
「……クシュッ!!」
ふいにミナがくしゃみをする。どうやら起きたようだ。
夜になるとまだ冷える。ミナの薄着ではどう考えても寒いだろう。
ミナは目は開いているがまだ、ボーっとして頭が回ってないようである。
どうやら寝起きはそんなに良いほうではないらしい。
ミナの顔がリュートを見上げる。
◆
……あれ?リュートの顔が近い。
リュート……何をして……?
……違う!!
私は慌てて体を起こす。
気づかないうちに寝てたようだ。
私、何してたっ!?
多分、リュートの肩を借りて寝てた。
自分の顔が赤くなっていくのがわかる。
「おはよう、ミナ」
リュートは気にした様子もなく笑いかけてくれる。
私は慌ててまたそっぽを向く。
でも、でも……!
さっきまでのと違って恥ずかしいんだからこれは仕方ないんだっ。
自分によくわからない言い訳をして誤魔化す。
でも、リュートはそんな私を気にした様子もなく、手綱を操り馬車の速度を上げる。
前を見ると小さな町があった。
もう日もくれる。きっとあそこに泊まるんだろう。
「……くしゅ!!」
日が沈むと少し寒い季節になってきた。
この世界の1年は元の世界とあまりかわらないらしい。四季も私のいた日本と似通っている。
思い返せばそろそろ私が来てから季節が一巡するんじゃないだろうか。
そっか……ちょっとずれはあるだろうけど、私もう少しで17才になるのかなぁ。
高校に入って夏が終わる頃にこっちに呼び出されたから、それくらいのハズだ。
ちなみに、私の誕生日は秋。16才の誕生日は間違いなくこっちで迎えてる。
必死になってて気づかなかったけど、こっちにきて随分立つんだなーと振り替える。
できれば帰りたいけど絶望的な気がする。なんか魔力が全然回復しないし。
最後の無詠唱魔法を打って以来、私の魔力は全然回復しない。
それっきり奴隷として売られ今に至るものだから原因の調べようもなかった。
「ミナ、今日はここで泊まろう」
色々と考えているといつの間にか町についたようだ。
リュートは馬車から私を下ろ……って、こら、お姫様だっこはやめて!
少し暴れるけど、『大人しくしてくれ!』と珍しくちょっと怒られてへこむ。結局、私はお姫様だっこで馬車から下ろされる。
ていうか、リュートがこれくらいで怒るとは思わなかった。
……我慢の限界?私、我侭しすぎた?
リュートは馬車を町の入り口に預けて私にちょっとまっててくれと言い町中を走っていってしまう。
何をしにいったかはわからない。でも、私が居ないほうが都合がいいんだろう。
杖を持てばなんとか歩けるが走っていった彼に追いつく事は私にはできない。
態度も悪いし可愛げもない。
私は、溜息をついて壁に寄りかかって座る。動かない右足じゃ一人で立ってるのもかなり疲れるのだ。
リュート、戻ってきてくれるのかなーなんて考えてまた落ち込む。怒られたのが意外にも響いてるらしい。
考えてみたら私は半日間ずっとリュートを突き放してるようで甘えてばかりだった気がする。
これから何をされるか不安は大きいけど他の人に買われるよりも遥かにマシだったって事も今なら理解できる。
……今日の私は随分と涙もろい。また泣きそうになる。
この世界に来て一年、まったく泣いてなんていなかったのに。
小さく体育すわりをして顔をうずめる。
どれだけの間そうしていたかわからない。
いい加減寒い。早くリュートに戻ってきて欲しい。
あぁ、私はどれだけ我侭なんだろう。確かにリュートが居なきゃ今は何もできないとは言え、あんな態度しておいて戻ってきて欲しいだなんて…。
リュートはこんな私の面倒をみる必要なんてないのに。
不意にふわっと肩に何かがかけられる。
「ミナ、ごめんな。待たせて」
私は自分の肩にかけられた物を見る。
それは緑色のローブのようなものだった。
「店が閉まっててさ。ちょっと無理やり開けて貰ったんだ」
何をやってるんだろう、この人は……。
「もう寒いだろ?馬車でもくしゃみしてたし」
こんな私の為に……。
「魔法使い用のローブだけど暖かいだろ?」
すごくサラサラな手触り。それにすごく暖かい。きっと、これ高い。
「さぁ、宿屋に行こう。こんなトコで待たせて冷えただろう?」
私の為に急いで買ってきてくれたんだ。
怒ったのも……ただ早く私にこれを買いたかったんだ。
差し出されたリュートの手を今度は目を逸らさず握れた。
手袋越しの手はとても硬かったけど……安心できた。
リュートは私と手を繋いでゆっくりゆっくり宿屋へと歩いていく。
もう夜の風は寒くなかった。
ヒロインがうざい子と思われてそうで怖い…orz
次からはしばらく主人公視点が続くと思います。