聖なる乙女は薔薇に導かれて
「フィオレンティーナさんの学校案内をお願いするわね」
先生の一言で、私はリリスを連れて校内を案内することになった。
けれど、心の中はまだ混乱していた。本当に……彼女は、智美なのだろうか?
でも、彼女は私の“前世の名前”を知っている。それに、あの独特な言い回し、馴れ馴れしい態度――どう考えても、智美以外の誰かとは思えない。
「ここが音楽室よ……」
そう説明しながら歩いていると、不意にリリスが口を開いた。
「ねえ、あなた、由里子でしょう?」
心臓が跳ねるのがわかった。ドキリとした音が耳の奥に響く。
「な、何のことかしら?」
「とぼけなくていいわよ。もう、ちゃんと知ってるんだから」
「だから、何を……?」
「――あの日、トラックに撥ねられたあなたが、光に包まれてこの世界の“エレノア”になったってこと。知らない? 人気乙女ゲーム『聖なる乙女は薔薇に導かれて』。あなたが転生したのは、あの悪役令嬢――エレノア・フォン・ヴァレンシュタインなのよ」
リリス――いや、智美は、どこか誇らしげに微笑んだ。
どこが“聖なる乙女”よ。“性なる”の間違いじゃないか。……あら、失礼。
「それで私は、このゲームの主人公。名前は変更できたから“リリス”にしたの。素敵でしょ?」
――やっぱり、智美だ。あの調子、間違いない。
「だったら……どうして、あなたがここに?」
今度は私が問い返す番だった。
「あなたのあとを追いかけたのよ。この世界に来られるなんて、またとないチャンスだもの。だって――あの一番人気のレオナード皇子に会えるんですもの!」
まるでおとぎ話の続きを語るように、彼女は夢見がちに笑っていた。
「そしてあなたは、私を虐める悪役令嬢になるのよ――
ふふっ、ようこそ、運命の舞踏会へ。
これから、皇子を除いた4人の攻略対象たちが、あなたの前に現れるわ。
まず最初にご紹介するのは――
ヴァイル・フォン・グレイアス様。
クール系、そして没落貴族の血を引く魔術士のご令息。
冷静沈着で他人との距離を保つ方だけれど、心を許した相手には、絶対の信頼を捧げてくださるの。
銀髪に赤い瞳、制服の上には黒いマントを羽織り、いつも魔導書を手にしていらっしゃるわ。……美しさと孤独をまとうその姿、ああ、たまらない。
次に登場なさるのは――
ガウェイン・フォン・クラリス様。
忠誠を尽くす騎士枠。王国騎士団の若き精鋭で、特例としてこの学園に派遣されているの。
真面目で不器用、それでいて任務には忠実。だけどヒロインには――そう、少しだけ甘くて、優しいの。
短く整えられた栗毛に、彫りの深い顔立ち。鍛え上げられたその腕に、いつか抱かれることを夢見る乙女は、きっと私だけじゃないわね。
そして三人目――
ユリオ・フェンリス。
元気いっぱいな幼なじみ枠よ。
山間の村から来た庶民出身、唯一の推薦組というサクセスストーリー持ちの彼。
明るく真っ直ぐで、感情を隠せない素直さが魅力なの。嫉妬も独占欲も隠さない――だからこそ、目が離せないのよね。
くしゃっとした茶髪に緑の瞳、小麦色の肌に少し着崩した制服……無自覚に罪な男だわ。
そして最後に――
セシル・フォン・ロウ先輩。
ミステリアスな年上の特待生。
この学園に、何年も在籍していらっしゃるという噂のあるお方。
落ち着いた口調に優雅な仕草、そしてどこかこの世のものではないような、浮世離れした雰囲気。
長く流れる黒髪、淡い金色の瞳。紅茶と古代語の書物を嗜むなんて、まさに“知性の化身”といったところかしら。
――ふふ。彼らのルートを、私は何度も、何度もプレイしてきたの。
すべて、すべて、憶えているわ。彼らの声も、笑顔も、涙も、運命の選択肢さえも……全部ね」
智美ひとりでも手に余るというのに、これからさらに四人も攻略対象が現れるですって?
しかも私が“悪役令嬢”のポジション!?
……そんな話、聞いてないんだけど!
でも、ちょっと待って。
悪役令嬢って、たとえヒロインをいじめても、最終的には罪を暴かれて退場する程度の扱いでしょ?
――それなら、逆に利用できるかもしれない。