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悪役令嬢、静かに微笑む

「リリスさん最近、レオナード皇子に近づきすぎていませんこと?レオナード皇子は私の婚約者ですのに」


あえて静かな口調で告げたその一言に、場の空気がぴりりと張り詰める。


「まあ、エレノア様。お気になさらなくてもよろしいのでは?リリスさんは、ただの“ご友人”として親しんでおられるだけですもの」

と、横から微笑みを浮かべたエレノアの取り巻き、伯爵令嬢のセシリアが声を上げる。

けれど、その言葉の“ご友人”という響きには、あからさまに皮肉がこもっていた。


「そうですわ、エレノア様。リリスさんが“本当に”悪意なく親しくされているのなら、私たちが気に病むこともありませんし。……ね?」

さらにもう一人の取り巻き、侯爵家の娘クラリスが、わざとらしく微笑んでリリスを見る。


二人の言葉にリリスの笑顔が、ほんの一瞬ひきつる。


「ええ、もちろんですわ。そんな、皇子にご迷惑をおかけするつもりなど……」

「まあ、ご謙遜を。ですがお気をつけあそばせ。あなたのように“目立つお方”は、どうしても誤解されやすいものですから」

「特に、“婚約者の立場を無視して近づくような方”には、貴族社会の風当たりは厳しいですのよ」


セシリアとクラリスの畳みかけるような言葉に、リリスの頬がわずかに引きつる。

エレノアはそれを見届けながら、涼やかな笑みを浮かべる。


「お気になさらなくてよろしくてよ、リリスさん。……でもご忠告は聞いておいたほうが、賢明かもしれませんわ」

「……ええ、ご忠告、感謝いたしますわ」


中庭にてー。

リリスは、薄く震える指先でハンカチの端を握りしめると、目元をぬぐいながらレオナードの胸元へ一歩にじり寄った。

その瞳には、今にも涙がこぼれそうな水の光。声も、震えるように細く、けれどはっきりと響く。


「私……ただ、皇子とお話ししたかっただけなのに……。どうしてあんなふうに言われなければならないのでしょう。エレノアさんに、“男をたぶらかすような狐”だなんて……!」


その場の空気が凍りつく。

中庭の花壇のあいだで風に揺れていた花々さえ、彼女の涙に気圧されたかのようにしんと静まりかえるようだった。


レオナードは、信じられないというように目を見開いた。

「……本当にエレノアが、そんなことを言ったのか?」


彼の声には、戸惑いと微かな苛立ちが混ざっていた。

リリスは小さく頷くと、頬を紅潮させ、唇をかみしめるようにして続ける。


「皆様の前で……私、耐えきれずにその場を去ってしまいましたの。皇子のご婚約者に歯向かうなんて、そんなこと、恐れ多くて……でも……」

言葉の端々が震え、まるで自分でも言いたくないことを吐き出しているかのような演技。いや、彼女にとってはそれが“真実”なのだろう。


レオナードの顔に、複雑な影が落ちる。

信じたいのはエレノア。だが、目の前で涙を流す少女の姿に、心が揺れるのもまた事実だった。


そのやりとりを、少し離れた植え込みの陰から見ていたエレノアの取り巻きたちは、顔を見合わせた。

「ねえ、今の……盛ってるよね?」

「“狐”なんて言ってないですわ。エレノア様はもっと、遠回しにおっしゃってました」

「このままじゃ、レオナード皇子、完全にリリスさんに騙される……」


二人の取り巻きは焦りを滲ませながら、立ち尽くすしかなかった。下手に動けば、余計な誤解を招くかもしれない。けれど、このまま沈黙していれば、エレノアが“嫉妬深い悪役令嬢”に仕立て上げられてしまう。


そんななか——。


「……ふふ、さすがだわ。そうこなくっちゃ」


乾いた石畳を打つヒールの音が、中庭の静寂を破るように響いた。夕暮れの光を受けて揺れるレースの日傘の下、ゆるやかに歩みを進める影が一つ。姿を現したのは、まぎれもなくエレノア・フォン・ヴァレンシュタイン本人だった。


青いリボンでまとめられた金の巻き髪が、風にそよぎながらきらめきを放つ。その背筋は凛と伸び、ひとたび現れた彼女の存在が、まるで場の空気を一変させるかのような威圧感を放っていた。


レオナードとリリス、そしてその場にいた生徒たちの視線が、一斉にエレノアへと向けられる。だが彼女はそれをものともせず、むしろ当然のごとく堂々とした足取りで中央へと進み出た。


「……まるで舞台の幕が上がったみたいですわね」

セシリアが呆然としたように呟く。その横でクラリスは、気圧されつつもかすかに笑みを浮かべた。


「エレノア様、本気を出されるおつもりですわ」


そして、当のエレノアはと言えば——リリスのすぐ前でぴたりと足を止めると、わずかに首を傾けてから微笑んだ。


「リリスさん。ご自分の“演技”には自信がおありのようで、何よりですわ」

その声は、あくまでも優雅に、けれど刃のように鋭く冷たい。


リリスが思わず身じろぎし、握っていたハンカチを強く握りしめる。その目元には、わずかに焦りの色が浮かんでいた。


だが、もう遅い。物語は最早、エレノア・フォン・ヴァレンシュタインの逆襲編へと移行しているのだった——。

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