光と影
(思った通り。上手くいったわ。ここがチャンスよ)
——これは本来、ゲームのイベントのひとつだった。
本来ならば、賭けの対象はリリス。幼馴染のユリオが、リリスと親しくするレオナードに嫉妬し、決闘を挑む。結果、レオナードが勝利し、リリスがユリオを慰めることで、二人の仲が深まっていく——それが正規ルート。
だが、リリスはその構図を強引に塗り替えた。
対象をエレノアに差し替え、決闘を演出。ユリオに勝利させ、負傷したレオナードを自ら癒し、彼との距離を一気に縮める。
——そのための布石はすべて打っていた。まさかここまで順調に進むとは、思わず笑みがこぼれる。
呆然と立ち尽くすエレノアを横目に、リリスは迷いなくレオナードへと駆け寄った。
「皇子!お怪我を……!」
「……ああ、大丈夫だ。医務室に行く」
「それでしたら、私にお任せくださいな」
柔らかな微笑みとともに、リリスはレオナードの肩へそっと手をかざす。
「神の光よ。彼の者に救いの手を差し伸べ給え——」
静かに詠唱を終えると、眩い光がふわりと舞い上がり、傷ついた皇子の体を優しく包み込む。
そして、あっという間に傷が塞がった。
「すごい……」
「これが……光魔法か」
周囲にいた生徒たちが驚きの声を上げる。
滅多に目にすることのない神聖魔法の力に、視線は自然とリリスへと向かっていた。
「光魔法なんて初めて見ましたわ、フィオレンティーナさん!」
「本当にすぐ治ったな。すげぇ……」
皆の称賛と視線。
レオナードとの接点も得て、注目まで浴びる。
まさに一石二鳥。……いいえ、それ以上。
リリスの胸の内に、確かな手応えが芽生えていた。
「ありがとう、リリス。貴重な光魔法を使ってくれて」
「いいえ。皇子のお体が何より大切ですもの。どうかご無理なさらないでくださいませ」
「……優しいのだな、リリスは。今まで、君のことを誤解していたようだ。すまない」
「まあ、そのようなお言葉……もったいなくて、胸がいっぱいになりますわ。でも、どうかお気になさらないでくださいませ。そうした距離が、少し寂しかっただけですの」
「いや、礼をさせてほしい。君の望みを、何か一つ叶えよう。何がいい?」
「でしたら……私のことを、“リル”とお呼びになっていただけますか?」
「……それだけでいいのか?」
「ええ、それだけで。憧れの皇子にそう呼んでいただけたなら、それだけで――私、どんなことでも頑張れますわ」
微笑みながら一歩近づくリリス。その目には確かな自信が宿っていた。彼女の中では、すでに勝負がついているかのように――。
一方のエレノア。
(どうして……どうして体が動かないの? 血……レオ様の肩が……)
目に映るのは、剣を下ろし肩を押さえて立つレオナード。その制服には赤い血が滲んでいた。
倒れてはいない。それでも、その姿はあまりに痛々しかった。
そんな彼のもとへ、素早く駆け寄ったのはリリスだった。
すぐに光の魔法を展開し、負傷した肩に手をかざす。優しい輝きがレオナードを包み、傷から流れ出る血がぴたりと止まっていく。
(私が……行かないといけないのに……)
そう思っても、足が一歩も前に出なかった。心の奥に冷たい罪悪感がじわりと広がる。
リリスは何の迷いもなく行動している。彼女にできて、自分にできなかったことがある。
――そのことが、何よりも悔しかった。
「なあ、エリー!」
突如、背後から声が響いた。
「見たか?俺、勝ったぜ!」
振り返ると、ユリオが笑顔でこちらに歩み寄ってきていた。剣を収め、顔を輝かせている。
「え、ええ……」
かろうじて答えた声は、どこか上の空だった。
「すげぇだろ? あのレオナード皇子相手にさ!」
無邪気に言うその声が、どうしてか遠く感じた。
エレノアの視線は、勝者ではなく、なお静かに立ち尽くすレオナードの背中に向けられていた。
そしてその隣で、彼を支えるように寄り添うリリスの姿を見た瞬間――
胸の奥に、チクリと鋭い痛みが走った。