第六話 神隠し
あの男に使えてもう三年になる。給料はいいし、用心棒と言ってもそれほど危険があるわけではない。普通に考えて、これ以上いい条件の仕事はないだろう。しかし、最近の目に余る外道ぶりにはほとほと呆れる。最近では、中央政府の秘密機関が、不正な領主の取締を行っているという。当然、あの男にも政府の手は伸びて来るだろう。この美味しい仕事も、そろそろ終わりになりそうだ。
「領主、最近街に”黒蛇”を名乗るものが現れたとか。少し、お遊びを控えられては如何ですか」
この質問は、最後の通告。ここでやめないようであれば、この男に中央を出し抜く手腕も、街をこの先治めて行く未来も期待できない。
「黒蛇!? ……そうか。…しかし、うむ…。手を打とう」
「……と、申しますと?」
「黒蛇と言えど人間だ。捕らえて殺せば中央にばれるはずもない」
―――終わったな。
中央政府直属、秘密裁断機関。通称”黒蛇”。街にもし、その調査員が入っているのだとしたら、捕まるような輩であるはずがない。人間というが、彼らは人外の技を使うという情報もある。ともかく、存在だけが噂されるだけで、実際にそんな期間があるのかもわからないが、全くの事実無根という事はないだろう。
火のないところに、煙は立たないのだから。
第七話 神隠し
朝になり、俺は日の出を待たずに目を覚ました。ガンズ君の足音が聞こえたからだ。けれどその足音に、違和感を覚える。
「……どうしたの、それ?」
入り口を開けて待っていると、廊下を抜けてガンズ君が帰ってきた。その手には、ぐったりとした女性が抱えられている。俺の感じた足音の違和感は、彼が重いものを持っていたからか。見慣れない服装をして、見慣れない化粧をしているけれど、その女性がモアさんであることに気づき、ガンズ君を見た。彼は青ざめた顔で、部屋のベッドにモアさんを降ろすと、深くため息をついて話しだした。
「……あの、小さな街みたいなとこ…」
ガンズ君の話によると、あそこは領主の管理する歓楽街のようなものだったらしい。賭博や人身売買、売春、売薬。政府が禁止している事を、領主管理の下、大々的に行っている。入場には身分証と金が必要で、ガンズ君は俺たちに配られている偽造身分証で入場したらしい。
「…で、モアさんとはなんで会ったの」
「あぁ…。あの小さな街に入ると、目につくのは多くの娼館なんだ…」
ガンズ君の表情が、悲痛に歪んでいる。彼の話はこうだった。この街では、「神隠し」というものが起こる。もちろん、突然人が消えるなんて事が、そう頻繁に起こるはずもない。その真相は、領主に税を払えなかった者が、歓楽街での商品として取り引きされるため、表には神隠しに遭ったのだと言われるようになった。誰もがその事実をわかっているが、領主にたてついた者は残らず処刑されてしまうので、今では真っ向からたてつく人はそうそう出ないという。
税を払えなかった者に、もし娘がいれば、まず領主の前に引き立てられる。領主に気に入られれば、そのまま領主のハレムに入り、気に入られなければその娘は娼館で働かされる。エレナが話していた赤い紙っていうのが何かよくわからないけど、ガンズ君の話で大体予想がつく。
あの歓楽街の塀の不思議な作りも、これで納得がいった。あれはやっぱり、外からの侵入を防ぐ為のものでなく、中から逃げられないように作られているんだ。
立ち並ぶ娼館の一つの前で、ガンズ君はモアさんと会ったのだという。大男二人相手に、彼女は懸命に逃げようとしていた。けれど暴れる度、彼女に男は手をあげる。引きずられるように店に入る所を、ガンズ君が助けた。
「……で、報告することは」
「……二人」
「…ま、仕方ないか」
モアさんを抱えていた大男二人は、きっとどこかの影で眠っているのだろう。もう目覚めることはないけれど。事を大きくするわけにはいなかい。まだ、その時期ではないから。
「モアさんは、何で気を失っているの」
「…多分、安心したんだと思う。何か薬を飲まされてたみたいだし」
なるほど。気力だけで暴れていたんだとしたら、彼女はやはり大した女だと思う。
「さぁて。そんなに大きな証拠があるなら、簡単だね」
「あぁ…ただ、一つ気になる事があるんだけど…」
「何」
ガンズ君は曖昧に目をそらす。そして、不確かであることを前置きする。
「帰る途中の酒場で聞こえたんだけど、黒蛇の調査員を名乗る男が、領主を裁きにいったらしい…? 昨日の夜に出かけたらしいんだけど、何も起こらないことで、朝方酒場の中の人たちが騒いでて…」
「……は?」
すっかり忘れていたけど、そう言えばいたよね。最初にこの街についた時、酒場で会ったあの男。名前は確かウェスター=キットっていったかな。まさか本当に、裁きなんてするつもりだったのか。
「……昨日の夜から、何も起きてないよね」
「…多分」
何か悪い予感っていうか、面倒くさい事が起こってそうっていうか。何も余計な事をしていなきゃいいけど。