【JIAN】風の便り
風が吹き抜けて行くのに合わせて、枯れた葉が躍っていた。夕暮れの街は、夕食の買い出しを済ませた婦人や、仕事を終えた工員、家に帰る途中の子供達で賑わっている。男は全身を包む様な、長く黒いコートを着て、フードを目深にかぶり、路地に捨てられた空き箱の上に腰掛けていた。
「きゃぁ!?」
どん、という音と共に、幼い少女が彼の足にぶつかった。跳ね返って尻餅をついた少女は、尻をさすりながら立ち上がり、男に謝ろうとして息を詰まらせた。少女は幼いながらも、この時確かに、殺気とも呼べる空気を感じた。威圧的に細められた瞳は、氷よりも冷たい。悲鳴も上げられずに後ずさりする少女だったが、次の瞬間、喉に熱い飛沫を感じた。それは惜しむ間もない程一瞬の、この世との永遠の別れだった。
ぽたぽたと、男の手から滴り落ちる血は未だ温かく、確かな生があった事を男に知らせていた。身体と切り離された少女の頭を片手で持ち上げ、先ほどまで自分の座っていた場所に置いた。力なく項垂れた身体も、頭の乗せてある空き箱の近くに投げて捨てる。血で滑る地面は、見事な程に赤く染まっていた。
男は、空を仰ぎ見た。赤く染まった空を見て、口元を緩める。
「近いな……」
風が便りを運ぶというなら、この声も届くだろうか。男の脳裏に、殺気に満ちた瞳が思い起こされた。あの少年は今、まだその瞳を持っているのだろうか。男は少し考え、ふっと笑う。
「伝えてくれ……」
手の平を広げると、風がその上で渦を巻いた。
「決して、忘れるなと……」
渦を巻いた風は舞い上がって、どこかへ流れていってしまった。
男は人の気配を感じ、その場を静かに離れる。人ごみに混じれて街の中を歩く男の耳に、少女の死体を見つけた人々の悲鳴が聞こえた。