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蛇と蝶  作者: maya
第一章 始まりの街
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第四話 My Fair Lady

 ことの他、早く連絡が来たと思ったのよね。ちょっと変な予感もしたし、止めようかとも思ったのよ。でも、仕方ないでしょう。あたしだって女ですもの。ちょっと危なそうな男程、惹かれてしまうものよ。


「……うそでしょ?」


 目の前の人形のように可愛らしい女の子。下着も付けた事ないのかしら。着方がわからないって言ってるのよね。


「……あなた、何歳なの?」

「……?」


 取りあえず医者に診せに行ったら、こんな症例は見た事がないって言われたらしいわ。記憶喪失って、こんなに何もかもすっぽり忘れてしまうものなのかしら。一度教えれば、何でも当たり前みたいにできるようになるけれど、最初はご飯を食べるのも食器の使い方を知らなかったみたいだし、トイレの使い方もわからなかったって言ってた。何でも教えてあげていたあのこ達にも、ついに限界が来たって事ね。さすがに、女性物の下着の付け方は知らなかったみたい。脱がせ方はプロ並みに知ってそうだけど。


「この紐を後ろでこう…そうよ。上手ね」

「ぶかぶか…」

「そりゃ、それあたしのだからね」

「……窮屈ね」


 初めて下着を付けたみたいに、エレナちゃんは少し眉を寄せた。こんな、神様に愛されているとしか思えない少女と彼らにどんな関係があるのか、気になって仕方が無いわ。


「エレナちゃんは、ゼン君の恋人なの?」


 無い話じゃない。ガンズ君とゼン君を比べたら、断然ゼン君の方があたしのタイプ。ガンズ君も嫌いじゃないけどね。って事で、先にゼン君の方から聞いてみた。


「……?」


 撃沈。会話って、人生の積み重ねの上に成り立つものだったのね。


「どうして彼らと一緒にいるの?」


 エレナちゃんは不思議な顔を崩し、にこっと笑った。


「買ってもらったの」


 頭が痛い…。誰か、私に詳しく説明してくれないかしら。





 第四話 My Fair Lady





「彼女へのプレゼントですか? でしたら、こちらのワンピースタイプなんか如何でしょう。今時の女の子にとっても人気なんですよ」


 にこにこと話しかけてくる店員のお姉さんに、にこにこと愛想笑いをしながら、俺は必至に悩んでいた。―――そう。この目の前にある、スケスケのネグリジェを買うべきか買わないべきかで。


「お姉さんだったら、これプレゼントされたらどうする? 着る? キモイ?」

「彼女、こういうタイプなんですか? 私だったら、あなたみたいな彼氏にプレゼントされたら嬉しくって着ちゃいますけど」


 語尾にハートマークでも付きそうな声色で、お姉さんは微笑んだ。でもね、俺だってわかってるよ。隣であんぐりと口を開けているガンズ君の方がまともだってさ。いいじゃん。ちょっと想像してみただけじゃん。


「うーん…残念だけど、彼女こういうの着なさそう。もっと清楚な感じの下着、何個か持って来てくれる? サイズはこのくらいで」


 お姉さんに向かって、俺は手の形をドーム状にしてみせた。お姉さんは少しその大きさを検討すると、店の中を回って白やピンクでレースが上品にあしらわれているものを数個もってきた。どうせどんなものが好きなのか分らないし、全部買って行く事にして、袋につつんで貰った。店を出ると、いつの間に避難していたのか、ガンズ君が入り口より少し離れた場所でうずくまっていた。


「次、服買いにいくよ」

「……あの。ゼン…あのさ、俺宿戻っててもいいか…?」


 一番最初に来た下着屋で、早くも音を上げてしまったらしい。だらしないぞ、ガンズ君。


「駄目。ガンズ君を何の為に連れてきたと思ってるの」

「は、え? 何のため…?」


 ガンズ君って本当可愛いんだよね。自分がどうしようも無い奴だっていう事わかっているからなのか、誰かのために何かできるって事が嬉しいみたい。


「そう。ガンズ君しかできないんだよ。光栄でしょ? 俺の荷物持ちなんて」

「……」


 本当は、ガンズ君は何も出来ない奴じゃないんだけど、俺はそんな謙虚な性格が大好きなわけでね。そうそう。その、何とも言えない微妙な表情も大好きだなんだよ。


「何? 嬉しすぎて声も出ない? そうだよね。このゼンさんの役に立てるなんて! なんて光栄な事なんだろう!」

「……~~~~っふざっけんなーーーっ!」

「あははははっ」


 ガンズ君の叫びは、商店街中に木霊した。









「ただいま」

「あら、お帰りなさ…って、何? ガンズ君が持っているその大量の袋は」

「あぁ、エレナちゃんの服。女の子なんだから、いつまでもその汚い服じゃ可哀相でしょ? 俺たちの服はエレナちゃんにはでかいし」

「……ふーん…ガンズ君が潰れちゃいそうな程買って……あんたたちって、お金持ちなのね」


 腕を組んでガンズ君を観察している彼女は、俺がこの前酒場で知り合ったモア=ターナルさんという人。あの時は色気むんむんの美女だったけど、今は昼間だからか、化粧も控えめで、美人なお姉さんって感じの空気だ。女の人ってほんと、変わるよね。細いジーンズに、動きやすそうなTシャツ。モアさんの髪は真っ黒でゆるくウェーブがかかっているんだけど、その長い髪を耳の横で結んでいて、それもまた、この前とは違った色気を醸し出してる。うんうん。良い女だ。


「あ、ガンズ君お疲れさま。もう好きにしてていいよ~」

「………はぁ…」


 ガンズ君は最早死んだ魚のような生気の抜けた瞳で俺を見て、わざとらしく大きくため息をついた。そしてそのままふらふらとベッドに近寄ると、ばたりと倒れて寝始めてしまった。


「……それで。エレナちゃんの様子はどうでした?」

「まぁまぁよ」


 モアさんが来てくれて本当に良かったと思う。俺たちだけではやっぱ限界ってものがあるよ。そりゃ、頑張ったよ。ある程度、この娘が生きて行けるようにさ。子育ての大変さが身にしみたよね。凄いよ本当、世の親ってさ。


「ほんと、モアさんが来てくれて助かりました。お礼はちゃんとするので」

「いいのよ。それより、買って来たもの見せてくれない? この娘に、あんなに薄汚れた服似合わないわ」


 モアさんはそう言うと、ガンズ君が持って来た大量の袋をあさり始めた。お、とか、ふーん、とかぶつぶつ繰り返していた彼女は、俺たちが買って来た服の何着かを取ってきてエレナを呼ぶ。


「ふふ。今日は新しい玩具を手に入れたみたいにわくわくしてるのよ」

「……?」


 頭に疑問符の浮かんだエレナを前に、選んで来た服を合わせてみる。納得のいく組み合わせが決まると、彼女はエレナを連れて浴室に籠ってしまった。





 浴室の中からはモアさんの楽しそうな鼻歌や話し声が聞こえている。俺は少しエレナの事は彼女に任せて、リアンさんに街に到着したという報告の連絡を入れる事にする。広い世界を網羅する電線は地中に埋められ、同盟各国を結んでいた。この街も、古くなっているとは言え例外ではない。数回のコールの後、酷く不機嫌そうな男の声に切り替わった。


『……はい』

「あ、ソエヴか。俺。リアンさんはいる?」

『……オレさんという方の知り合いはいません。では…』

「え!? ちょっと待った! 俺だって! ゼン!」


 切られそうになったので、慌てて引き止めた。まさかこんな門前払いを食らうと思わないでしょ。受話器の向こうの男は、常に不機嫌なソエヴ=ロードという男だ。彼は少し前の任務で腕を負傷し、今は療養も兼ねて本部の連絡係をしている。窓口には一番似合わない男だと、俺は思うんだけどね。こいつの相棒がまた、厄介なんだ…それはまたの機会に話すと思うけど。


『……ゼンさんでしたか。リアンさんは今外出中です。伝言しますので用件を手短に言って下さい』


 無駄無く要求まで含めて言われた俺は、取りあえず街についた連絡だけして受話器を置いた。本当は少女を買った事も報告するべきだと思ったんだけど、手短に話せる自信がない。

 丁度俺が受話器を置いて一呼吸置いた頃、浴室の扉が開いた。最初に出て来たのはモアさん。で、後ろから付いて来た少女は……。


「何か言って上げなさいよ」


 俺の沈黙に不満顔で、モアさんが口を開いた。


「……いいね」

「―――っぷっ! 案外、素直に感想言うのね! あははっ」


 じろじろ見られて恥ずかしそうに俯いた少女は、居心地悪そうにもじもじしていた。爆笑しているモアさんの横を通り抜けて、エレナの側でしゃがみこむ。


「……こっち向いて」


 俺の言葉に、エレナは少し戸惑いながらこちらに顔を向けた。元々大きかった目が、アイメイクによって更に大きく見える。まつげは綺麗に上を向き、瞬きをすると風を起こしそうだ。それでいてだまになっていないのが、モアさんの技術を伺わせる。唇はほんのりピンクで、ぷるぷる輝いていた。控えめだけど綺麗に施された化粧と、モアさんがチョイスした茶系のチェックのスカート、膝の上まで伸びた靴下と、白のフリルのついたキャミソールが彼女をより完璧に飾っていた。


 ―――驚いた。これは……ほんと、犯罪級かも。


 言葉もなく見つめていた俺は、エレナが控えめに発した疑問の声で我に還った。俺はエレナににっこりと微笑んで、素直に感想を述べる。


「可愛いね。食べちゃいたいくら…っ痛!?」

「こら。このこに手ぇ出したら許さないわよ」


 いつの間にそんなに仲良しになっていたのだろうか。まるで母親のような台詞を吐くモアさんに頭を小突かれてしまった。良いじゃん。どうせ、エレナはその意味を分ってないよ。


「あの……」

「ん?」


 エレナが俺の袖をちょいっと引っ張った。モアさんと話していた俺がエレナを振り向くと、エレナはまたあの天使のような笑顔を見せる。


「ゼンさんなら、食べられてもいいよ」

「……へ?」


 俺とモアさんは目を見合わせて、苦笑するしかなかった。やっぱり、その意味を彼女は理解していないんだろうなぁ。彼女の天使のような笑顔がこの時悪魔に見えたのは、きっと俺だけじゃないはずだ。


 


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