第一話 闇市
はじめまして。
mayaと申します。
この作品は、一時連載していたもので、完結済みだったものを、大幅な加筆修正し、アップしていくものです。
元の作品を知っているという方も、少しストーリーに違いがあると思います。
これから楽しくなるかはわかりませんが、前のものよりももっと良いものを作りたいと思っています。
初めての方もどうかよろしくお願いします。
この作品は、PG-12として連載しています。
PG-12とは、12才以下の閲覧を禁止するものではありませんが、
小学生のお子様には少し刺激の強い表現が出て来るかもしれません。
具体的描写はなく、ぼかした表現になりますが、もし「夜の運動」の意味を理解できない、という方は閲覧を遠慮して頂いた方がいいかもしれません。
(【JIAN】については、飛ばして読んでもいい、序盤ではかなり謎なお話です。物語の最終章あたりに一気読みしてもいいかもしれません。のであしからず。《10'4/28追記》)
長くなりましたが、これから頑張っていきたいと思います。
- novel owned by maya -
- cover illustration ownded by Mick -
長くて、辛い時間だった。人間を切り裂く音が、耳の奥に焼き付いて離れなかった。助けてほしかった。誰でもいい。誰かがここから連れ出してくれる事を願ってた。
炎が見えたの。赤くて、温かくて、全てを飲み込んでいった。
悲鳴も、人も、血も、涙も。
苦しいよ…。苦しい。悲鳴が…悲鳴が離れないの。
助けて。―――誰でもいいから。
第一話 闇市
「あ〜もう、暑い。ガンズ君てば何してんの?」
俺はなんでこんな所で待ちぼうけしてんのかな〜。もう待ってなくてもいいか。うん。はぐれたらそういう運命だったって事だよね。
時計は既に夕刻を指し、どんよりとした雲が空を覆おうとしていた。俺は今期三件目になる、ある街に来ている。
それにしても、しけた街。大きな家々も、こうなってしまえば廃墟同然だね。人の手が入らなくなってしまってから、何十年と経っていそう。そこら辺に積んである瓦礫と木片を集めれば、また一戸建て住宅が出来上がりそうだ。
裏路地のような所を抜けると、スラム街がある。そしてその更に奥、日の光も入らなそうな汚い広場に、何やら人だかりを見つけた。むっさいおっさんばっかりだけど、この街に入って初めてあんなに人がいる所を見た気がする。小さな劇場風の建物に入り切らない人ごみ。でもよく見ると、スラムの奴らじゃない。あえて言うなら、富裕層にも見えなくもない感じ。
気になる。気になる気になる。
「ねぇ。なんかあんの? この中」
珍獣でもお披露目しているのかと、中を覗き込もうとする。声をかけた手頃なおっさんは、顔はどう見てもヤーさんで推定年齢四十七才だったけど、服だけ見ればそこそこだった。
「あぁん? なんだガキ。お前みたいな奴が来る所じゃねぇよ」
むか。
俺は気を取り直して、今度は女の人に話しかけてみた。俺は女性に失礼な態度はしない主義なんだよね。えぇと…だから、俺の話しかけた女性は、どこを見ても豊満だった。こう言えばいいのかな。
「あらぁぼうや。あなたも買いにきたの? 若いのにお金持ちなのね」
化粧で首と色違いになった顔に満面の笑みを広げて、レディは答えてくれた。そう、とても簡潔に。
「ここは闇市よ。人身売買をやっているの」
まじか…驚いた。そんな事が未だに行われている街があったなんて。人身売買はたしか五十八年前に、中央政府が禁止したはずだ。
「あら、あなた、買う気なら急いだ方がいいわね。もう最後みたいよ」
闇市って事は、禁止されているって事をわかってやってるって事。つまりは、街ぐるみで黙認しているって事だろうか。
あ〜あぁ。悪い事してたら天罰が下っちゃうのに。
「ほらっ早く早くっ」
「え?! あの、ちょっと」
え、ちょっとなんなの?
俺はがたいのいい女性…あ、言っちゃった。とにかく、さっきのレディに、なんと司会の男の真ん前に押し出されてしまった。恐るべし。レディの力。
『さぁ、本日最後の商品となりました! みなさん今日は期待していらしたはずですっ! 世紀の美女ハンターと名高い、あのグレンが今回もやってくれました!』
白熱する司会のアナウンスに乗せられて、会場はますますヒートアップしていく。その反面、隣で鼻息も荒く叫んでいる男の息があまりにも臭くて、俺の気分はクールダウンしていった。
『さぁ皆さんご注目ください! 記憶喪失の美少女、エレナです!』
会場が揺れるかのごとく、男達がわき上がった。押しつぶされまいと足を踏ん張りながら、俺も舞台の上に連れて来られた噂の美少女を見た。こんなに臭い息に耐えているのに、不細工だったら許さない、そんな目で見てしまったかもしれないけど。
舞台の上の少女は薄汚れて、なんとも見窄らしい格好をしていた。足には靴もなく、代わりに鎖の輪が掛かっていた。華奢な身体は、これでもかという程縄で縛られていて、本当に商品として扱う気があるのかと疑ってしまう。まだ子供のような顔つき、せいぜい十代半ば。そんな状態ですら、少女は間違いなく、美少女だった。色素の薄い、金の髪は触れば手をすり抜けていきそうだし、不安に揺れる瞳は綺麗なオーシャングリーン。壇上の美少女は、震える唇で何か言っていた。怒声まじりの、沸き立つ会場の中でも読み取れる。それはたった一言、「タスケテ」だった。
『さぁ、この可愛らしい女の子を皆さんの好きにして構いません! 五百リフからお願いします! おっと、早くも出ました六百リフ! ありがとうございますっ七百二十リフ出ました! 七百五十リフ! さぁもう一声!』
名乗りをあげるのは、どれも中年のおじさんで、「よしよし。怖かったのぉ。可愛い孫のように愛情をもって育ててやるからのぉ」的なご老人がいるはずもなく、誰も彼もが「げへげへ。今日から俺の下の世話で使いこんでやるぜぇ。はぁはぁ」という本音がだだ漏れな風貌をしていた。
あんな少女が、汚い男に使われたあげく、捨てられて行くのか。俺はそれを想像しただけで吐き気がしてくる。身勝手な大人に振り回される命は、もう十分すぎる程見た。
「……―――くそっ」
『さぁさぁ千五百でました! 上はございませんか!? ございませんか!?』
意思だったのかどうか、今一わからない。けど、俺はこの時、でき得る最善を選択したつもり。
「三千」
会場中の視線が、俺に集まってる。静かになった会場は居心地悪くて敵わない。けど、いいよ。じっくり見なよ。フードかぶってるけどね。
司会の男はさっきまでの勢いが無くなり、きょとんと俺を見た。聞き間違いかどうかを、周囲に確認しようと目を泳がす。
「聞こえなかったの? 三千リフ」
『…はっでました! 三千リフ! 本日最高額が出ましたっ! さぁ、上はございませんか!? ございませんか!? …ございませんね!?』
ざわめきたっている会場で、司会の声がやけに響いていた。机をゴンと叩いて終了の合図をする。
『では少女エレナ、三千リフで取り引きさせて頂きます! さぁさぁそこのお兄さん、舞台へ』
舞台上の取り引きね。確実で安全だ。
俺はひょいと、舞台の上に上がった。
『フードを取って頂いても?』
「なんで」
『え、いえいえ。…では取り引き致しましょう! サイード、鍵をこちらに!』
少女の隣に控えていた男、こいつがサイードなんだろうね。司会が叫ぶと、そいつが少女を連れて俺の前まで引っ張って来た。そして大きな輪っかにぶら下げられた一つの鍵を取り出し、司会に渡す。
『何で支払われますか? 失礼ですが札…のようには見えないのですが』
探る様な視線に気持ちわるくなった。けど、まぁ当然か。札で払うなら、それこそ大きな鞄にいっぱいにしなきゃならない額だしね。
「金でいい?」
『なんと! 金をお持ちなんですか!』
「駄目なら換金してくるけど」
金は、その時々で価値が異なる。今は多分豆粒大一粒で五千リフくらいあるはず。こっちには大損だけど、まぁそんな札束を持ち歩くよりは、って感じ。旅に金は必需品だもんね。
『いいえ大丈夫ですよ! ありがとうございます。 いやぁ御若いのに奴隷を御探しだったんですか? 粋な方ですね〜! これも何かのご縁、これからもどうか御贔屓に!』
司会の言っている事を右から左に聞き流して…いや、聞き流せない。聞き捨てならない。
「言っとくけど」
俺は少女の鎖をほどいて縄を切ってから、司会の襟首を掴んで引き寄せ、耳元で囁いた。誰にも――そう、俺たちにしか聞こえないように。
「これからもずっと、こんな事やってると天罰が下るよ」
司会は少し驚いたような顔をしたが、今までの客向けの笑顔を一瞬消して微笑んだ。ただの馬鹿だと思ったら、どうやらそうでもないらしい。でも、無駄。証拠なんていくらでも出てくるんだから。
締めの挨拶をし始めた司会をよそ目に、俺は少女を連れて会場を出た。もうすっかり日は落ちて、死にかけの街灯がばちばちと点滅している。
さぁどうしよっかな。取りあえず宿に戻ろうかな。
そんな事を考えて、俺はふと手に持っていたものに気がついた。
裸足だったから抱えて来たの忘れてた。ごめん。
「エレナ…ちゃん、だっけ?」
俺が話しかけると、少女はびくりと震えた。そう言えば、抱えている身体も小刻みに震えている。そっか。怖かったよね。俺の事も、怖いよね。そりゃ。
すぐにでもその恐怖をほぐしたい気持ちはやまやまだったけど。
「ごめんね。ちょっと待ってて。後で話そ」
エレナを抱えて歩いていたスラム街。まぁ、予想はしてたよね。ばればれの尾行も、その内飽きてくれたらいいなぁとかね。俺の慈悲すら無下にしちゃうんだから。
ついて来てるのは気づいていた。会場を出た所を待ち伏せしていた男達。何が悲しくて、むっさ苦しいおっさん達にストーキングされなきゃならんのかね。どうせなら、胸をゆっさゆっさ揺らしながら走ってくる美女が…あ、すみません。ごめんなさい反省してるから引かないで。冗談だってば。とにかく、俺達は付けられてたって話。まぁ理由はわかるけど。
それはそうと。
「ふーー…。まいったなぁ」
未だにバレてないと思っているのか、おじさんたちはこっそりひっそり後をついてくる。誘導されているとも知らないで。
何が参るって、こんな所で力使ったらガンズ君にまたガミガミ言われちゃう所だよ。俺はいいんだよ? 善良じゃない市民が何人いなくなったって。だいたい、何でガンズ君はいないの。こういう時の為の付添人なんじゃないの? こういう時の為のパートナーなんじゃないの?
やっと、人の気配のしない袋小路についた。おじさんたちは意気揚々と姿を現す。まるで、子羊を狩る為の絶好の機会に出会ったとでも言いたげに。まるで、袋小路に迷い込んだネズミを、文字通り袋だたきにしてしまおうかとでも言いたげに。
でもね、きっとあと数分後、さっきの自分の考えが間違ってたって気づくと思うよ。そして、気づいた時にはもう遅いんだ。
「おじさん達…なに?」
俺はさもか弱い少年のような声を出した。エレナは、俺の腕の中で震えている。おっさん達が怖いけど、俺も怖くてしがみつけないって感じか。俺、こんなに善良なのに。
「ちょっと、おじさん達と良いことしようか」
「何が目的なの?」
「お前は随分、良いもの持ってそうだからな」
返答になってないよ。おっさん。仲間達と笑いながら、舌なめずりをしている。一人が、「あいつも売ったら良い金になりそう」なんて言ってる。そりゃね。こんなにカッコイイ男もそうそういないだろうけど。…あ、すみませんごめんなさい反省してます。だから引かないでって。
六人程のおっさんは、げへげへと笑い合うと、キラリと光るものを取り出した。どんな肉でもスパッといってしまいそうな、大きな肉切り包丁だった。いつか見た、処刑のための首切り師の持っていたものによく似ている。うん。そっくりだ!
「ふぅん。おじさん達、俺と遊んでくれるんだ?」
「ははは。そうさ。お前の抱えてるその女の子とも、後でたっぷり遊んでやるよ。なんならお前も混ざるか? それも一興かも…」
おっさんの台詞が言い終わらないうちに、俺は近くにあった瓦礫の山を蹴り飛ばした。大きな音がなって、ガラガラと崩れる。おっさん達は誰もが、何がおきたのかを整理しようとしていた。あったま悪いなぁ。
「な…んだぁ? おい、今なにした」
「いや、それはこっちの台詞。このこさ、凄い怯えてるから、これ以上怖い事言わないでくれるかな」
「はぁ?」
「あと、そういう危ないもの、こっち向けないでくれる?」
エレナの震えが大きくなる。俺はそれには構わずに、彼女を少し強く抱きしめた。
「ふ、ははっあ〜危ないよなぁ? じゃ、ちょっと大人しくしててくれるかな。女の子とお金、おいていってくれたらお前は逃げてもいいや」
仲間達と「やっさし〜」等と言って喜んでいる。本当、頭悪いって損だよね。きっともっと賢ければ、自分たちの方が危ないってわかったかもしれないのに。
「はぁ? なんでむさ苦しいおっさんのお願い聞かなきゃなんないの。あんたちの刃が、俺にあたるはずもないのに?」
俺がそう言うと、おっさん達は信じられないものを見たようにこちらをまじまじと見た後、下品な声で笑いだした。いいよいいよ。笑ってればいいよ。俺がいよいよ力使おうかと思っていた頃、目の端に黒い影が映った。
なぁんだ。いるんじゃん。ナイスだよ。
「随分なめてくれるなぁおい。後で後悔しても知らねぇぞ!」
怒声と共に、俺たちの方におっさん達が突進してきた。そして俺に刃物が降り注ぐ。その前に、斜め四十五度にジャンプした。六人のおっさんを飛び越えて、路地の入り口の側に着地する。いきなりターゲットを見失ったおっさん達は一様に、ぽかんとしていた。俺が後ろにいる事に気づくと、また一斉に群がって来た。俺は今度は避ける素振りも見せず、剣が振り下ろされるのを見ていた。
「あーもうっなんでこんな所にいるんだよ!?」
金属音が、誰もいない路地に響いた。おっさんたちの刃はぴたりと止まって、振り下ろした状態から一つも動かない。振り下ろされた刃は、全てガンズ君の長剣によって止められていた。淡い茶髪は少し癖があって、朝起きるといつも爆発したみたいになっている。全身色素の薄い長身の彼が、俺の相棒、ガンズ君。
「わ〜。ガンズ君てばかっこい〜! ヒロインを助けに来たヒーロー見たいね!」
当然、そのヒロインてのは俺なわけだけどね。俺はエレナを持ち直してぱちぱちと手を叩くと彼は少し涙目で訴えかけて来た。
うん。伝わって来るよ。君の思い。怒っていらっしゃるのね。
ガンズ君はおっさん達を次々片付けると、おっさんの山を築き上げた。さすが〜。
「…… お ま え な 〜〜〜〜!」
ゆら〜っとした負のオーラを纏い、俺に近づいて来る。
「やぁだ、そんなに怒っちゃやーよ」
ハートマークまで付きそうな程甘えた声を出すと、ガンズ君はさぶイボをがしがしと掻いて身震いをした。そうかそうか。そんなに嬉しいのか。
「甘えた声を…出すなーーー!」
「あっはっはっはっ」
ほんっと、ガンズ君て最高! 彼ってばついついいじりたくなっちゃうんだよね。
「ゼン! だいたい、なんでお前待ち合わせの場所にいないんだよ!? 俺がどんだけ走ったかわかってんのかこのアホーーー!」
きっとね、俺だけじゃないと思うんだよ。彼をからかいたくなる人って。
「うんうん。大変だったね。それにしてもナイスタイミングじゃないガンズ君」
「やっと見つけたと思ったら市民に絡まれてんじゃねぇよ! 何したんだ!? てかなに? そのこなに!?」
血圧高いな…。大丈夫かな。いっつもこのテンションで生きてて。高血圧って、深刻になることもあるんだよ?
「このこね、そこで買ったんだ。どうしよっかな…ま、取りあえず宿戻って考えよっか」
「はぁ!? 買った? なになに? 全然理解できないんですけど!」
「あ〜説明は後でね。ほら行くよ」
少女はまだ震えていた。けど、いつの間にか、俺の方に少ししがみついていた。
今はかつての面影もなく、けれど大きな街だった事を伺わせる建物が廃墟として立ち並ぶ街、ユマ。そこが、俺たちと、エレナとの出会いの街。
そして歯車は、この出会いから回り始める。
全ての―――始まりの街。