ウビラタンとバロチナ
アーネスト・タルファとアリシア・タルファがグワラニーの部隊の新しく加わった者の代表とするのなら、アビリオ・ウビラタンとエルメジリオ・バロチナ、アイマール・コリチーバは古参の部下の代表といえるものとなる。
わずか三百人でおこなった緒戦から始まり、クアムートの戦いまでのグワラニーがおこなった戦いのすべてに参加しているこの三人のうちウビラタンとバロチナのふたりはマンジュークにおこなわれる予定の次の戦いからタルファの部隊に属し、その補佐をおこなうことになっている。
だが、それまで騎士や騎士長という階級ながら将軍たちと同等の権限を与えられ、戦いに参加していた彼らにとってこれは降格と同じ。
当然不満に思う。
……今までが特別だったということがわからんのか。
グワラニーは心の中で舌打ちをするものの、それは組織を管理する者の一方的な考えであると思い直し、ある日ふたりを呼び出す。
「私がふたりをタルファの補佐につけた理由はわかるか?」
グワラニーからやってきたその問いにふたりは顔を見合わせる。
……まあ、言いたいことはあるが、それを素直に答えていいものか思案しているというところか。
ふたりの表情を眺めながら、その思いを心の中で代弁したグワラニーはもう一度口を開く。
「まず公的なものを言っておけば、タルファは魔族の言葉を完全には理解していない。一応彼との会話はブリターニャ語でおこなうことにしているが、言葉の齟齬によって作戦が台無しにならないように、ノルディア語やブリターニャ語も完全に理解している実戦部隊の指揮官が絶対に必要なのだ」
「もちろんそれは承知しております」
「まあ、そうだろうな」
「だが、こちらはどうだ?」
バロチナから戻ってきた言葉にそう応じたグワラニーはそこで言葉を一度切り、ひと呼吸後、言葉を続ける。
「……我々の部隊は現在まで負けなしだ」
「そのとおりです」
「だが、相手も勝つために相応の準備をしてきている以上、百戦百勝というわけにはいかない。そして、勝利しか知らぬ者はいざ負けたときその反動で驚くほどの醜態を見せる。これは歴史のなかで何度も起こっている」
「ありがたいことにタルファはそれを知っている。しかも、それは絶望的といえるくらいの大きさのものだ。そして、そのときあの男がそれにどのような対処をしたのかはおまえたちも知ってのとおり」
「私は多くの経験をしているタルファの知識と経験を吸収してもらいたいと思っている。つまり……」
「将来多くの兵を率いる将軍の地位に就いたとき、不本意な負けであってもそれを甘受できるようになってもらいたいのだ。それを知らぬ者は引き際をわからず取り返しのつかないところまで行ってしまう。いつも言っていることだが、これは戦争。一度の敗戦は一度の勝利で取り返せる。だが、それもこれも生きて戻ってくることが前提だ。それを実践したタルファを身近で見て学んでくるように」
「……なるほど」
「承知しました」
顔を紅潮させながら退室するふたりを見送ったグワラニーは口に出さない声でこう呟いた。
……上に立つ者の宿命とはいえ、こんなことまで気をつかわなければならないとは。
……いや。
……まあ、これで彼らがもうワンステージ上になれば、私自身が得をするのだ。
……先行投資と思えば、大した苦でもないか。