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決戦前夜 Ⅰ

 魔族の国。

 その北部に位置する要衝クアムート。

 この城塞都市を中心に周辺を領地として与えられている者が、アルディーシャ・グワラニーとなる。


 もっとも、領地と言ってもすべてが領内で完結しているわけではなく、領内の徴税権と自治権がある程度と考えた方がいいくらいの緩いものである。

 さらにいえば、これは一代限りの措置。

 つまり、グワラニーが死んだ時点で、すべてが国のものとなる。

 だが、そうであっても主に反乱を防ぐという観点から、どれだけ功があった者に対しても、領地を与えることはなかった魔族の国においてこれは例外的なことであった。


 そのグワラニーであるが、本人の中ではまもまくマンジューク出陣を求められることになっており、現在そのための準備が進めている。


 せっかくだから、現在の陣容を紹介しておこう。


 ノルディアとの戦いの功績によって、将軍の地位を獲得したグワラニーの軍は現在六つの集団に分かれているのだが、まずは主力となる剣士たちが集まる三つの集団を紹介しよう。


 グワラニーの下にはふたりの将軍がいる。


 ひとりは三千人の兵士を率いるアンブロージョ・ペパス。

 ある事情により、将軍の地位にありながら、当時下位の階級であるグワラニーの軍に加わったペペスはグワラニーの部隊の重みを与える宿老のような立場にある。


 もうひとりの将軍は現在もクアムート城の城主であるアゴスティーノ・プライーヤ。

 彼はクアムート攻防戦の頃から四千人の兵を与えられていたが、さらに二千人の兵が増員され、グワラニーの部隊での最大戦力となっている。

 もっとも、その部隊には城とその周辺の守備をすることも求められているので、マンジュークへ派遣できるのはこの半分となる。


 そして、もうひとり、正式には将軍ではないのだが、グワラニーによってペパスたちと同格という地位と二千五百人の兵を与えられている者がいる。

 アーネスト・タルファ。

 元ノルディア軍将軍で、グワラニーが要求した莫大な身代金を値引きの代わりとして祖国に売られた者である。


 彼と彼の家族をグラワニーに引き渡したノルディア王国の為政者たちは、タルファの首は胴体と切り離され、クアムート城の門に晒されたものと思っているのだが、こうして現在も健在。

 それどころか、ノルディア時代と同格の地位でかつての敵国で軍務に就いている。

 これから起こるある事件によってタルファが生存しているうえ、魔族軍に籍を置いていることを知ったノルディア王国の為政者や軍上層部は、ことあるごとにタルファを裏切り者呼ばわりした。

 そして、それはノルディア王国に住む多くの者の声でもある。

 それに対して、タルファ自身は公的な場面でコメントすることはなかったのだが、その代わりに反論の言葉を口にしたのは妻アリシアだった。


「私の夫はクアムート攻略失敗の責任をすべて負わされ、国に売られました。そして、売られた先で軍務に就くように命じられ、それに従っているだけです」


 この短い言葉に込められた強烈な皮肉。

 それこそがタルファの思いでもあったのは間違いないだろう。


 彼の名誉のためにもうひとことつけ加えておけば、タルファが魔族軍に加わっているのは、ノルディア軍が他の部隊が全滅し、唯一残ったクアムート城包囲部隊の撤退の見事さをふたりの将軍とともに感服したグワラニーが、それを指揮したタルファが帰国後不当な扱いを受け不遇を囲っていることを知り、これ幸いとばかりに強烈なリクルートをおこなった結果であり、決してタルファが命乞いをした結果ではない。


 とにかく大小さまざまな事情によって歴史上始めて魔族兵を率いることになった人間となったタルファ。

 もちろん彼自身はほんの少し前まで敵国だった者たちを率いて同族と戦うことに対して戸惑いも躊躇いもなかったと言えば嘘になるのだが、それとは対照的に魔族軍の兵士は驚くほど簡単に人間の指揮官を受け入れた。


 その理由はいくつかある。


 まず、魔族はほぼ完全な形での実力社会。

 相手が誰であっても有能であればそれを認めるという習慣が身についていること。

 彼らにとって問題となるのは、タルファが人間であることではなく、自分たちの上に立つだけの能力があるか。

 それだけだったのである。

 そして、彼はそれを実戦形式の訓練で示した。

 そうなれば、拒む理由はない。

 それが兵たちのスタンスとなる。


 次に、この部隊にはそのようなものを受け入れる環境が他の魔族軍以上にあったこと。

 なにしろこの部隊のトップと最側近が、魔族の中では下位に位置する人間種。

 そこに、その人間種に率いられた自らの部隊は常に圧倒的勝利を得ているという重要な要素が加わる。


「我々はこの国で最強である」

「それどころか無敵だ」


 たとえその者が人間であっても、そのような誇りを自分たちに与えてくれた指揮官グラワニーが指揮官にふさわしいと認めた者を疑うわけがないというわけである。


 それから、もうひとつ。

 実を言えば、これは軍務とはまったく関係ない。

 だが、これこそが兵士たちがタルファを指揮官として受け入れている本当の理由と噂されるものがある。


 そして、それは、グワラニーが、「我が軍でもっとも士気が高く、団結力も強いのはタルファの部隊である」とする理由でもある。

 それは……。


 アリシア・タルファ。


 彼の妻の存在である。

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