表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

動き出す戦局 Ⅳ 

 フランベーニュ王国。

 要衝ではあるが、王都から見れば辺境と呼べる国土の北の端に位置するプレゲール。

 この地に駐屯する二十万人の軍の指揮官であるアポロン・ボナールに王からの緊急書簡が届いたのは、アリターナ軍が渓谷内で大きな前進をした日から七日目のことだった。

 渋い表情でその書簡を読み終えたボナールが視線を向けたのは彼の配下にいる二十八人の将軍のひとりで、彼よりも五歳年長となる最側近でもあるフレデリック・ロカルヌだった。

 ボナールに促されるようにロカルヌが口を開く。


「陛下はなんと言ってこられたのですか?」

「旗下の兵を率いて王都に戻れとのこと」

「ということは、どこかに出陣ということですか?」

「ああ」

「それは楽しみ。それはどこに行けと?」

「マンジューク」


「マンジュークですか……あの」


「ほう。勇猛で知られるロカルヌ将軍もかの地に向かうのは嫌と見える」


 マンジュークという名を聞いた瞬間、露骨に嫌な顔をしてみせた部下に対して少々皮肉を利かせた言葉を投げかけたボナールだったが、実をいえば、それは彼自身にも当てはまるものであった。


「まあ、私だって野蛮人の戦い方しか存在しないあんな場所に行きたいとは思わない。そういう意味では三年もかの地で指揮を執っているロバウはたいしたものだと思う」

「ですが、ボナール様に声がかかったということは、ロバウ将軍に失敗があったということなのではないでしょうか?」

「いや。ここに書かれていることをそのまま言えば、今回の出陣命令はロバウが失敗したからではなく、アリターナが突如大幅な前進をしたので、先を越される心配がある。それが理由のようだ」

「ということは、我が軍に求められているのは短期間に膠着状態を打破することになりますが……」

「まあ、間違いなくそういうことだ」

「それは随分と難題ですな。かの地の状況を考えれば」

「まったくだ」


 ロカルヌの率直過ぎる言葉にそう応じたボナールは目を閉じ、話に聞いているかぎりの情報を思い起こす。


 ……現在マンジューク攻略をおこなっているのはロバウ率いる十五万。

 ……ただし、実際の戦闘をおこなっているのはその一割にも満たぬ数。

 ……そこにどれほどの数がやってきても何の役にも立たない。


 ……ハッキリいえば、兵がどれだけ増えようが、誰が指揮を執ろうが、戦場が狭い渓谷内であるかぎり戦況は劇的に変化するものではない。


 ……そのような状況下での今回のアリターナの大幅な前進。


 ……まあ、これはアリターナが新戦術を生み出して前進したというよりも、魔族側になんらかの不手際があり、後退せざるを得なかったというのが正しいのだろう。

 ……もちろん油断してはいけないのだが、今回に関しては、アリターナの侵攻具合を気にしてもどうなるものではない。それよりも今我々が考えるべきはどのような手段を使えば一気に前進できるかということだ。


 ……そして、問題は戦場をどこに設定するということに尽きる。


 ……我が軍の二十万人の兵を有効に利用するのなら、やはり戦場は渓谷の外に広がる草原地帯。

 ……だが、魔族は渓谷内こそ自分たちに有利な戦場だということは十分に理解している。

 ……余程のことがないかぎり、渓谷の外に出てくることはない。

 ……つまり、策を弄するなら、渓谷内で勝利を収めるものではなく、渓谷の外に魔族をおびき出す類のものだ。


 ……それをおこなううえで利用できそうなのは、やはり魔族側の心理。

 ……入口を失ったことを多少なりとも後悔しているだろう。

 ……当然我が軍が後退したら、奴らは前進する。


 ……そして、クペル城が空になっていることがわかれば、防衛拠点として利用しようと姿を現わすかもしれない。

 ……そこを叩き、敗走した敵を追撃する形で乱戦状態のまま再度渓谷内に突入すれば、態勢が整わない魔族は総崩れとなるのではないか。


 ……まあ、こちらの思惑通りに進まなければ、入口付近まで戦線を後退させただけとなるわけなのだが、それくらいの危険を背負わなければ短期間に大きな成果は得られない。

 ……というより、これくらいしか思いつくものがない。


 ……よし。とりあえず、これでいってみるか。


「ロカルヌ。会議を開く。全員を集めてくれ」


 それからしばらくしたプレゲール城の大広間。


 そこに集まったのはボナール配下の二十八将軍である。

 そこで、彼は王から受けた出兵命令の概要と、それに対する作戦を説明した。


 一応断っておけば、この世界においてこのような会議は珍しい。

 特にボナールのような優秀な軍人の場合には。

 つまり、多くの場合はトップダウン。

 そして、部下は上官の意図がわからぬまま動き失敗する。

 もちろんボナールも若い頃はその例外ではなく、多くの失敗をした。

 ボナールはその苦い経験を生かして、多くの場合、事前にこのような作戦会議をおこなっている。


 説明が終わると、ボナールはひとつ言葉をつけ加えた。


「では、これから質疑に入るがひとつ言っておく。いうまでもないことではあるが、マンジュークには行かないという選択肢はない。そのうえで意見を述べるように」


 これは勅命。

 つまり、拒否権など存在しないこと。

 それにも関わらずボナールがわざわざその言葉をつけ加えたのには当然理由がある。


 それは魔族に対する攻勢が始まった時のことだ。

 アリターナとの国境沿いに地域を制圧し、勢いのまま北上できた。

 それなのに、つまらぬ理由で足止めを食らい、結局それを引きついだ者たちの失敗により目的の半分しか達成できなかった。


 ……今頃出陣命令を出すのなら、あのとき自分たちにやらせればよかっただろう。


 そのような思いを多くの将軍たちが持っていることをボナールは十分に承知していたのだ。


「では、私からひとつ」


 そう言って最初に発言も求めたのは、アラン・ギリエ。

 先陣を務めることが多い勇将である。

 赤毛をかき分けながら、ギリエが口を開く。


「……やはり、渓谷内というは、我々の戦う場にはふさわしくないのでしょうか?」


 微妙な言い回しではある。


 もちろん直接的な意味では、噂では聞いているが、その渓谷がどのようなものかをもう少し詳しく知りたいという問いとなっている。

 だが、それと同時に、ボナールが提示した策で魔族を草原に引き摺り出せればもちろん問題はないのだが、相手も馬鹿ではない。


 わざわざ自分たちの有利な戦場を捨てて草原に出てこないのではないか。


 ギリエの言葉にはそのような意味も含まれている。

 そのすべてを理解したボナールの口が開く。


「まあ、実際のところ、私自身もその戦場に立ったことがないので詳しいことは言えないが、ロバウ将軍の配下の大部分が常に待機状態にある。そこがどのような場所かということを物語っているのでないか」


 つまり、そこでは大軍を動かすことはできないし、自慢の戦術も機動力も生かせない。


 ボナールの言葉はそう言っていた。


「もちろん我々は全力を尽くし、その策が成功するように努力をする。当然のことです。だが、魔族が巣穴に引きこもったままだった場合はどうなるのでしょうか?」


 続いて発言を求めたクロヴィス・ロワイヤが尋ねたのもやはり、その策に魔族が乗ってこなかった場合についてだった。


「実際のところ、草原に聳えるその城は魅力的であろうでしょうが、やはりそれを放棄するなどあまりにも露骨な罠。それに簡単に乗るのはどこかの馬鹿将軍しかいないのではないか」


 もちろんロワイヤの言う馬鹿将軍とは、今回の事態の元凶でもあるふたりのフランベーニュ人アンジュレスとザングルを指している。


「私もおふたりの意見に同意します。成功すればいいのですが、失敗すれば、三年間の努力が無駄になってしまいます」

「では、マレストロワはどうしろというのかな?」


 この中では若い部類に入るバスチアン・マレストロワの意見に対して、そう問い直したのはロカルヌだった。

 それに対するマレストロワの言葉はこうだった。


「どう考えてもこの要求は過酷なものであり、かなりの無理をしなければできないものであります。当然失敗する可能性も高くなります。そのような策をおこなわなければならない状況であることを説明したうえで、失敗した時に責任を軍上層部の方々にも負ってもらうべきではないでしょうか」


「始まる前から負けたときのことを考えているのかと言われそうではあるが?」

「この際仕方がないでしょう。ハッキリいえば、私が魔族の将ならこの策に乗ることはありません。乗ったふりはするものの、進むのは入り口までにしますから。ですが、それが成功したときに得られるほどの利を得られる代案があるかといえば……」


「まあ、そういうことだ。実際私自身もこの策が成功する確率は半分もないと思う。だが、そうでもしないかぎり状況の打破は難しい」


 ここでボナールがふたりの会話に割って入る。


「つまり、渓谷内で戦うのは、やはり……」

「無理だ。少なくても短期間に結果を出すのは」


「だが、諸君が心配しているとおり、厳しい条件での戦いを要求しながら、失敗した場合にそれなり処分を受けるというのは承服しがたいものはある」


「であるので、理不尽な処分だけは受けないようにそれなりの要求はするつもりだ。そういうことで、そこについては気にすることなく話を続けてくれ」


 ……まあ、この戦いを命じているのは陛下である以上、そういうわけにはいかないであろうが、ここはこう言うしかあるまい。


 ボナールは心の中で呟く。


 ……実際のところ、この策を使って戦うのには不安はある。

 ……だが、これ以上の策は思いつかなかった。


 ……この会議で驚くほどの妙案が出てくれればありがたかったのではあるが……。


 ……やはり無理のようだな。


 少々ガッカリしたボナールはそう呟く。


 ここまでの会話の通り、この策が成功する可能性は高くはない。

 ボナールも彼の部下たちもそう結論付けていた。

 たしかにその策には多くの無理があることは事実。

 ただし、その策をおこなうのがボナールと有能な部下たちであることを考えれば成功する可能性は彼ら自身が思うほど低くなかったと思われる。


 残念ながら、ボナールがこの策を披露する機会は結局訪れなかったので、その結果はどうなったのかは永遠にわからずじまいとなるのだが、成功していれば、この世界の軍史にそれが追加されていたことは疑いの余地もないところである。

 そして、「マンジュークの征服者」としてアポロン・ボナールの名が刻まれていたという歴史になっていたかもしれない。


「惜しむらくは、ボナールがこの地に三十日前に来られなかったことだろう。もし、それが実現していれば、我々は現在我々が知るものとは違う歴史を見ていただろう」


 フランベーニュ人の著名な歴史家ウスターシェ・ポワトヴァンの言葉が当時から続くフランベーニュ人の思いを言葉にしている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ