幕間劇 動かぬ一族
「……フィラリオ家は動かない?」
その国の第三王子ダニエル・フランベーニュがその言葉を呟いたのは、あの日からしばらく経ったある日のことだった。
……あれだけ念入りに仕組まれた罠を見破るほど洞察力がある者があの家にいるとは思えぬが……。
あの日、ダニエルが思いついたこと。
それは、やむを得ぬ事情により急遽マンジュークへ、アポロン・ボナール将軍と彼の配下である二十万人の精鋭部隊を派遣するという手を打つに際し、捨て駒として使うために貴族たちの出兵を促し、フランベーニュにとって虎の子であるボナール将軍配下の被害を減らすと同時に、王と対立する大貴族を根絶やしにするという、まさに「一石二鳥」的算段。
そして、疑い深い貴族たちでも食いつくエサとして、ボナール将軍の不敗神話とともに用意したのがマンジューク銀山で採掘する銀だった。
その策は見事に成功し、貴族の大部分はその部隊に参加を表明し、王都周辺で兵の募集が始まる。
その中で大貴族のひとつであるフィラリオ家だけが、軍資金提供だけで済ませるという連絡があったのだ。
……だが、遠征不参加とその代わりという軍費の負担は親類縁者の分にまでは広がっているところを見ると、単純な思いつきではないということになる。
……伯爵夫人の意向か?
……伯爵の母から一声か?
……いや。違うな。
……娘の意見に父親が従ったのだろう。
「遠征不参加の理由を侯爵はなんと言っていたのかな?」
自らの意見をまとめ上げたダニエルが尋ねた相手は、宰相を務めるオーギュスト・ド・アブスノアだった。
「我が家の者は皆武芸の嗜みがない。その大事な戦いの足手まといにならぬよう不参加を決めたとのことです」
「……なるほど」
……もっともな理由ではある。
……だが、フィラリオ家もあの高慢な十大貴族のひとつ。
……もう一押しすれば、なんとかなるのではないのか?
当主と跡継ぎが消え、家が傾くようなことになれば、あの娘が助けを求めて自らのもとにやってくるのではないかという個人的な思惑があるダニエルは、少々の皮肉を込めてさらに言葉を加える。
「他の十大貴族は皆参加を決めていることは伝えたのかな?」
「もちろん翻意するように促したのですが……」
……応じなかったということか。
「欲のない方と諦めるしかないでしょう。いや。ないのは欲ではなく、意気地なのでしょうが……」
「まったくだ……」
アブスノアの出来の悪い冗談に付き合いのように笑ったものの、ダニエルは心のなかではまったく笑っていなかった。
……自尊心の塊である大貴族が恥を忍んで遠征に参加しないと表明するのは並大抵のことではできない。
……つまり、こちらの罠と、参加した貴族がどのような末路になるのかを聞かされたということか。
……大魔術師というだけではなく、驚くほどの洞察力の持ち主のようだな。
……あの娘。
……フィーネ・デ・フィラリオ。
……なんとしてでも、我妻に迎えたいものだ。
口には出さない声でダニエルはそう呟き、決心した。