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アグリニオン戦記 外伝 マンジュークへの道  作者: 田丸 彬禰


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2/11

動き出す戦局 Ⅱ

「たとえば他に方策があるにもかかわらず、それを怠り、あれだけの兵たちを死に追いやったということであれば、私は十分に刑死されるだけの罪を犯した。だが、実際のところ、一瞬たりとも休みのない斬り合い。これ以外にあの場所を進む方法はない」


 これは王都から更迭を打診されたときにフランベーニュの指揮官エティエンヌ・ロバウが口にしたとされる言葉である。

 そして、この言葉はこの地での戦闘がいかに過酷かを的確に表しているといえるだろう。


「あの地形では相手の裏に回り込むことができないのでいつものように数で圧倒することができない。」


「そして、残念ながら魔族軍兵士と我々の兵士の剣力にはかなりの差がある。もちろん技術的には我が軍兵士の上であることは疑いようもない。だが、奴らにはそれを補って余りある力があるのだ。その結果が、魔族兵士ひとりを倒すまでに我々の兵士十人近くが犠牲になっているという数字だ」


「この数字を改善できる唯一の希望は魔法攻撃。だが、その魔法も、お互いが張り巡らせた重厚な防御魔法の前では無力……」


「この状況がマンジュークの入口まで続くのであれば、ここで命を落とす兵士は百万人を超えることになるだろう」


「もっとも、それは私が勝手に言っていることであって、実際にマンジュークまであとどれくらい進めばいいのか、我々の中でわかっている者はいない。もちろん明日の朝その入り口が姿を現わすことを私は期待するのだが、そのようなことはないだろう。というより、噂どおり、この山岳地帯の頂上にその入り口があるとしたら、十年くらいかかることだって考えられる」


 残念ながら、ロバウのこの言葉は、ほぼすべてが正しい。

 そして、彼が口にしたこの渓谷内の戦いの困難さを現わした言葉が正しかったことを示すこのような逸話がある。


 彼から届く戦況報告書に書かれた遅々として進まぬ侵攻状況に業を煮やした軍幹部たちは、その理由を指揮官にあると考えた。

 指揮官の交代。


 これ自体珍しいことではなかったのだが、そこに例外的なものが追加される。

 軍幹部たちの前線視察。

 何があろうが王都の執務室から一歩も出ない彼らが前線に姿を見せることなどこれまでないことだったので、これは驚きをもって迎えられる。

 だが、これにはある事情があった。


「別の方が指揮を執ればマンジュークはあっという間に落とせるというのなら、私は更迭されることに異を唱えることはない。ただし、交代させる前に、幹部の方々はこの戦場を自らの目で確かめていただきたい。そうすれば次に指揮を執る方に私のような失敗をしなくて済むよい助言ができるでしょうから」


 そう。

 内示を受けたロバウからやや挑戦的なその言葉がやってきたのだ。

 そして、彼らはそれに応じた。

 解任の儀式の一環くらいの軽い気持ちで。


 だが、彼らがそこで見たもの。

 それはロバウの言葉通り。

 肉弾戦だけがおこなわれる戦場。

 さらに、自軍の有利さがほとんど消えた戦場で奮戦する兵士たち。

 それから、簡単に低下しそうな兵士たちの士気を鼓舞してまわるロバウ。

 

 そのなかのひとりで、実はロバウの後任と決まっていたセレスタン・デュドラ男爵は当然のようにその役を辞退する。


 そして、視察が終了して数日後にフランベーニュ軍幹部たちが下した決定。

 それはこうなる。


「引き続いてマンジューク攻略部隊の指揮はロバウ将軍がおこなうものとする」


 そう。

 つまり、この膠着状態は指揮官の能力ではなく、唯一の選択肢であるその戦い方から来るもの。

 そして、それが劇的に変わらぬかぎり、誰がやっても状況は変わらない。

 というより、状況下でこれだけの戦果を挙げているロバウは指揮官として有能。

 そのロバウをクビにしたら……。


 下手をすれば、現在以下の成果しか得られない。

 そうなった場合、責任はロバウをクビにした我々のもとにやってくる。


 これがフランベーニュ軍上層部の結論だった。


 そして、それとは逆、多くの指揮官の首を何度も入れ替えたのが、彼らの競争相手であるアリターナだった。

 だが、結果といえば、たいして変わらず。

 いや。

 人によっては遅い侵攻速度がさらに落ちることさえあった。

 つまり、フランベーニュ軍幹部たちの判断が正しかったことをアリターナ軍が証明したのである。


 彼らにとって残念な形で。


 さて、一方、守る側となる魔族軍であるが……。

 攻め手であるアリターナ、フランベーニュ両軍が、苦戦しているのだから、当然こちらはその逆と言いたいところなのだが、そうはならず。

 こちらについても必ずしも喜ばしい状況とは言えなかった。


 もちろん同じ期間に他の地域での魔族軍の後退距離を考えれば、渓谷内での魔族側の後退距離は微々たるものといえる。

 そして、この地域内でのキルレシオが特別高いのもこれまた事実。


 だが、着実とは言い難いものの、後退しているのは間違いないことであり、通常の倍以上のスコアを叩きだしている九対一前後を誇るそのキルレシオであっても、死者数だけで十万人に届くのも時間の問題という失った兵の絶対数を考えれば、喜んでばかりはいられなかった。


 では、どうすればよいのか?

 もちろんその答えは決まっている。


 どこかの時点で人間側がこの地域の侵攻を諦めるような決定的な一撃を与え、一挙に駆逐する。


 だが、言うのは簡単だが、実際にそれをおこなうのは容易いことではない。


 その理由。

 それを的確に表現したのは、ラフギールの戦いの後にアリスト・ブリターニャが仲間たちの前で口にした言葉となる。

 そこに少しだけ補足の言葉を加えて説明すればこうなる。


 まず、この場所が鉱山群であることから、一撃で多くの敵を倒す崖を崩すという手は使えない。

 もちろん使えなくはないのだが、坑道を守るために多くの血を流していることを考えれば、それはあくまで最終手段である。

 つまり、この戦場には策など存在せず、個々の力だけが勝負を決するものとなる。


 だが、その有利さはお互いの一度に戦える数が決まっているから起こるものであるためであり、魔族側が数を増やせば攻勢に出られるというわけではない。


 それこそ、「それができるのなら、用意した大軍のほとんどが遊兵化しているフランベーニュも苦労はしない」というアリストの言葉通りなのだ。


 つまり、どちらかが、特別な武器を手に入れるか、あらたな戦術を考案しないかぎりこの肉弾戦は変わらないということである。


 そして、それはこのようなことも意味する。


 そこまでに要する損害を無視するのであれば、いずれマンジュークに人間たちが姿を現わす。


 もちろん魔族軍幹部もそれは重々承知している。


「兵たちは奮戦し、敵の侵攻をよく抑えてはいる。だが、後退していることも事実。何かの拍子に戦線が崩壊するかもしれないし、アリターナかフランベーニュ、どちらかが画期的な戦線突破方法を思いつくかもしれない。その前にこの状況を打破し、決着をつけられる策を講じよ」


 再三にわたって王は魔族軍司令官ガスリンにそう命じていた。

 だが……。


 ……たとえに王に命じられたものであっても、無理なものは無理。

 ……なにしろすでに考えられるものはすべて試しているのだから。


 十何度目かの命を受けながら心の中でそう呟いた悩み多き魔族軍司令官。

 その彼のもとに新たな手札がやってきたのはごく最近のことである。


 アルディーシャ・グワラニー。


 元文官で、まだ六十歳に届かぬという魔族の中では少年と呼ばれる程度に若い人間種の男である。

 本来、魔術師でもなければ戦いの場に立つことがないはずの劣等種に属する男は武官に身を転じてから短期間に挙げた戦果は華々しいものであり、王の覚えもめでたい。


 次期王の座を狙うガスリンとしては、王位継承レースのライバルになりつつあるこの人間種の男にこれ以上の手柄を立てさせたくないため、その能力と戦果、それから抱える武力の強大さは認めつつも、これまではマンジュークの防衛戦に参加させることを控えていた。


 だが、もうそんなことは言っていられない状況になりつつある。


 ……グワラニーが持つ武力を使い、フランベーニュとアリターナをこの地域から追い出し王の希望を叶える。

 ……だが、その戦功は奴ではなく自分のもとにだけやってくる。


 そのような都合のよい策がないものかと考えていたある日、彼の中にある名案が浮かんだ。


 ……これなら人間どもを駆逐させたうえに、直後にグワラニーを失脚させられる。

 ……これはいい。


 ようやくたどりついた一石二鳥的アイデア。

 ガスリンはその一方だけを開陳し、王の許可を得る準備を始める。

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