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『戦争の天才』は近代戦争に狼煙を上げる!

  作戦会議から1ヶ月。

 開戦日前日になった。

 今は夜だ。

 

 あれから、この戦争に関する呼称は『附微戦争(ふびせんそう)』と呼ぶことが決まった。

 フェアンベルゼン王国の漢字表記が『附菴米流全王国』、ヴィクトワール王国の漢字表記が『微句途和有琉王国』なので双方の頭文字をとって|附微戦争となった。


 あれから兵士の訓練を強化し、物資の生産量も増加させた。

 今、兵士は念のために塹壕で待機している。

 各防衛線に1万ずつ配置されている。

 そして私は戦場全体が見渡せる要塞の城壁にいる。


「陛下、夜は冷えます。こちらをお飲みください」


 青木少尉はそういって私に珈琲を渡してきた。

 私はそれを受け取り、すすった。

 

「陛下は、緊張していますか?」


 青木少尉が私にそう言った。

 彼女を見ると、彼女はかすかに震えていた。


「勿論だ。これから起こるのは戦争だからな」


「そうですよね」


 彼女は何とも言えない表情でそう返した。

 おそらく緊張しているのだろう。

 無理もない。

 今は何もないこの場所も、明日には死体の山が出来上がっているのだから。

 

 私はふと気になったことを彼女に質問した。


「なぜ軍に志願した? 」


 私のその問いに、彼女は即答した。


「わたしを助けてくれた人々を守りたいからです。異世界に転生してすぐ、右も左もわからな状況で、私はいろんな人に助けられました」


 なるほど。

 立派な理由だ。


「あとは....お金がなかったのと、ミリオタだったからってのもありますけど.... 」


 そういって彼女はえへへと笑った。

 ただ、その表情もすぐに戻り、またうかない顔をした。


「でも、私、戦争を見るのなんて初めてで.... 」


 彼女いわく、私が死んだ後も日本は戦争をしておらず、平和だったらしい。

 

「私....怖いんです。人が死ぬのを見るのが」


 当然だ。

 あんな光景、見ないに越したことはない。

 腕が裂け、頭は無く、臓物が飛び出ている死体など、見ていい気分になるものではない。

 

 彼女には2つの選択肢がある。

 そんな光景を見たくないから逃げるか、それでも立ち向かうか。

 

「青木少尉、今ならまだ除隊を許可する」


 私は彼女に逃げ道を作った。

 無理に立ち向かう必要はない。

 それで精神を病んでしまったら元も子もない。


 だが、彼女は首を横に振った。


「いえ、やらせてください。確かに怖いですけど、ここで逃げたら助けてくれた人たちに顔向けできません」


 彼女はきっぱりそう言った。

 真剣な目で私を見つめながら。

 だが、彼女はまだ、震えていた。


 なら、私から一つ、激励を送ろう。


「青木少尉、戦場で最も必要なのは勇気だ。そしてそれは、すでに青木少尉は持っている。なら、後は自信をもって行動するだけだ」


 我ながら、何のひねりも、面白みもない言葉だ。

 当たり前の事を雰囲気に任せて言ってしまった。

 だが、そんな私の言葉にも青木少尉は、はいと元気よく返事してくれた。

 それから私たちは前世のことについて雑談をした。

 政治、経済、流行、文化、様々だ。

 共通の話題は少なかったが、それでもお互い楽しく夜遅くまで雑談した。


 

 翌朝。

 開戦日だ。


 私は要塞の城壁の上に立ち、全員を見渡せる位置につく。


 「拡声(ラウンドスピーカー)」 


 ハベルゼンが私に音魔法をかけた。

 これはかけられたものの声が大きくなる中級の音魔法だ。

 次にハベルゼンが自分にも音魔法をかけて、兵士たちに呼び掛ける。


「傾注! 」


 その言葉に、兵士たちはみな私のほうを見る。


 全員の注目が集まった。

 演説の開始だ。

  

 しかし、私はまだ話さない。

 辺りは沈黙に包まれ、皆が緊張している。

 

 沈黙してから1分。

 皆の表情が変わる。

 真剣な表情で、目を見開き私を見る。


 私はその間、ただ立っているのではなく、少し体を揺らす。


 そして2分。

 今にもはちきれそうな緊張を皆が感じている。

 

 いい頃合いだ。

 私はやっと一言目を話す。


「諸君らに守りたい人はいるか?」


 ゆっくりと、落ち着いて一言目を発する。

 私は10秒程度、兵士たちに思考する時間を与えた。

 そして二言目を発する。


「親、友人、恋人、家族。おそらく、ここにいる誰もが、何かしらを想像したことだろう。

 そして、その守りたい人たちとの、幸せな時間を想像してほしい。

 おそらく、ここにいる誰もが、想像しただけで幸せになったのではないだろうか?

 これらは当然、守られるべきものであり、破壊されていいものではない」


 私はそれから、段々と激しめの口調と動きで演説を続ける。


「だが!そんな愛おしい時間が、今まさに侵略者の手によって奪われようとしている!

 奴らは我々を蹂躙し、盗み、奪おうとしている。

 それを見過ごしていいものか?

 答えは否だ!

 我々は確固たる決意と、勇気を胸に、立ち上がらなければならない!

 敵の数は8万、対してこちらは4万。

 数的不利だ。

 だが!諸君らには銃がある。

 その銃は敵の2人や3人を容易に討ち取ることができる。

 これは、私が断言しよう。

 そして何より、諸君らには勇気がある!

 愛するもの、故郷、守るべきもののために戦う者は強く勇敢だ!

 その諸君らの力をもってすれば、敵の8万程度は恐る恐るに足りない!

 

 ときは来た!

 我々は勝つ!

 守るべきもののため、我々は身命を賭してでも、確固たる決意をもって敵を撃滅する!」


 私の演説が終わった。

 その瞬間、鬨の声が上がった。

 兵たちはみな熱狂し、やる気に満ちた。


 そんな中、敵襲を知らせる笛が鳴った。

 全員に緊張が走る。


「第一防衛線、攻撃準備!」


 私が指示を出す。

 兵士たちは皆頭だけを塹壕から出して、銃を構える。

 そうして数分後、敵部隊が見えた。


 前衛に盾を持ったものがずらりと並んで、その後ろには騎士が控えている。

 騎士よりも後ろにはカタパルトが並んでいる。

 その数は6門。

 そしてカタパルトと並んで同じ場所に弓兵と魔法兵がいる。

 敵の陣形この世界おいて基本的な陣形のようだ。


「進軍開始! 」


 敵の将兵の合図とともに、敵が進軍を開始した。

塹壕との距離およそ30000(メートル)

 敵は歩きながらこちらに近づいてきている。

 そうして20分が過ぎ、敵との距離が10000(メートル)になった。


「攻撃開始! 」


 私は攻撃命令を出した。

 次の瞬間、乾いた発砲音が山々にこだました。

 そしてその一瞬で敵の最前線の兵である盾のみを持った兵士のいくらかが倒れた。

 敵はそれに狼狽えながらも進軍を止めることはない。

 我々はさらに第二射、第三射を浴びせていく。

 敵がこちらに接近するたび、命中精度が上がり、倒れる数が増えていく。

 

 敵は未だに、なぜ盾を持った兵が倒されているのかを理解していない。

 こうして敵との距離が500(メートル)になった。

 そろそろ撤退しなくてはならない。


「第一次撤退開始! 」


 私の合図で、前線にいた魔法兵たちが厚さ50(センチ)ほどの壁を展開する。

 壁の材質は、土、火、水、様々だ。


 この壁を破るには、敵は魔法兵を前に出すしかない。

 この間に兵士たちは地下道からの撤退を開始する。

 この一か月間、撤退の練習を念入りにしていたこともあり、非常に順調に撤退することができた。


 こうして40分で我々は2000(メートル)先の第二防衛線まで撤退することができた。

 それからさらに10分後、敵は魔法でできたの壁のほとんどを壊し終わり、進軍を再開した。

 どうやら敵の部隊は再編され、盾を持った人数が先ほどよりも増えていた。

 

「進軍開始! 」


 敵の将兵のその声を合図に、敵部隊は進軍を開始した。

 敵が合進軍してすぐ、敵は第一防衛線の塹壕に到達した。

 敵は塹壕を調べて、無数の地下道があることに気づいた。


 そして部隊の一部はその地下道を進軍した。

 敵の地下道進軍部隊が進軍してからしばらく、部隊が全員地下道に入ったのを見て、私は号令をかける。


「地下道、爆破開始! 」


 その合図とともに、第一防衛線と第二防衛線を結ぶ地下道が爆破された。

 それによって敵の地下道侵入部隊は生き埋めになった。

 また、地上から進軍してくる敵の本隊も、第二防衛線から、距離1000(メートル)を過ぎたので攻撃命令を出した。

 その瞬間、先ほどのように、敵は瞬く間に倒れていく。

 敵は進軍をやめることはないが、敵が感じているその恐怖は計り知れない。


 よく見ると前線から逃げようとしている敵もいる。

 当然、後ろに控えている騎士に止められるが、必死に逃げようとしてる。


 少しして、盾の後ろにいた騎士も銃弾を食らうようになった。

 盾の部隊が崩壊しかかっているからだ。


 そして騎士も数を減らした頃、敵との距離が500(メートル)になった。


「第二次撤退開始! 」


 私のその合図で、魔法兵は様々な材質の壁をだす。

 それは土、火、水、様々だ。


 その間に我々は再度地下道を使っての撤退を開始する。

 敵はまた、壁に対処するために後衛の魔法兵を前線に出す必要がある。

 いい時間稼ぎだ。

 

 すこしして、剣で壁を斬ってそのまま突撃してくる者もいた。

 剣でそのようなことができるのは間違いなく猛者だ。

 戦略歩兵だろう。


 その敵は一瞬にして壁を破り、部下を連れて突撃を敢行した。


「おい!バカ、やめろ! 」 


 敵の指揮官らしい者が引き留める。

 だが、敵は止まらずそのまま第二防衛線を突破。

 第三防衛線に向かって突撃する。


 だが、走ってから少しして、敵は第三防衛線から距離1000(メートル)を過ぎ、銃の射程圏内にはいった。

 次の瞬間、敵は銃弾の雨をくらった。

 辺りに味方はおらず、目標は一点に集中している。

 引きつれた部下はものの数十秒で全滅し、敵の戦略歩兵もしばらくは弾丸を剣で弾き、両断する

という奮闘も見せたものの、あえなく銃弾という数の暴力を前にやられてしまった。


 そしてすぐ、敵の本隊は魔法の壁を破り、再度進軍してきた。

 敵は学習したのか、地下道から進軍することは無かった。

 さらに多少陣形が崩れても構わないとして、突撃することを選んだ。

 その突撃は前衛後衛かかわらず全軍をもっての突撃だ。

 

 その勢いはすさまじく、圧巻である。

 が、第三防衛線はそう甘くはない。

 新兵器、第三防衛線にのみ配備されている機関銃と野戦砲が火を噴く。

 

 野戦砲の榴弾は重装歩兵だろうと構わず爆砕し、機関銃は突撃してくる騎兵をハチの巣にする。

 

 その光景はまさに地獄絵図だ。

 銃の発砲音に負けないくらいの敵の悲鳴が辺りに響く。

 第三防衛線は先ほどとは比べ物にならないほどの死体が辺りに散らばっている。


 こうして敵との距離が500(メートル)を過ぎたとき、私は号令をかける。


着ケ剣(つけけん)! 」


 私のその号令で、兵たちは銃に銃剣を着ける。

 

「総員突撃! 」


 私のその号令とともに、塹壕にいた兵士たちは全員突撃を開始した。

 そして同時に第二防衛線の左右の山に待機していた騎士たちが敵に向かって下山を開始した。


 かくして、白兵戦による、この戦における決戦がおこなわれた。

 少しして、騎士たちが下山を終え、後ろの魔法兵や弓兵たちとの白兵戦を展開した。

 

 これによって包囲が完成した。

 魔術師たちとの白兵戦は一方的ともいえる展開で、騎士が無双している。

 白兵戦が得意な騎士と、遠距離攻撃が得意な魔法兵、弓兵が戦っているのだから当然だ

 気づけば敵の数は激減し、我々と同じくらいになったように見える。

 私はここで、敵にあることを提案する。


「ヴィクトワール王国兵士諸君らに告げる。武器を捨て投降するなら、その命を取らない事と今後の生活の保障を誓おう! 」


 命の保障と今後の保障。

 この二つは、未曾有の恐怖に陥っている彼らには嬉しいことこの上ないだろう。

 

 私のその予想は的中し、多くの兵が武器を捨て投降した。

 そしてそれを見た敵の将兵は音魔法で拡声してこう宣言した。


「我々ヴィクトワール王国の全兵士は、この戦いにおいての降伏を宣言する」


 降伏宣言だ。

 私も、こう返答する。


「降伏を受理する。よってこの戦、フェアンベルゼン王国の勝利である! 」


 私はそう宣言した。

 そしてすぐ、兵士たちが勝鬨を挙げた。


 その声は勇猛で喜びに満ちている。

 私は要塞の塀から移動し、先ほどまで、戦地だった場所に行った。

 そしてすぐ、敵の指揮官が近づいてきた。


「お見事でした」


 そういって私を褒めてはいるものの、その顔は非常に暗かった。

 何と声を掛けたらいいか、私にはわからなかった。


 私は兵士に今回の遺体を一か所にまとめるよう指示を出す。

 それとエルベルトに祝勝会の準備をするように指示を出す。


 しばらくして、今回戦死者の人数が分かった。


 自軍 542人

 敵軍 3万4937人


 圧倒的だ。

 しかも自軍の戦死者のほとんどは最後の白兵戦で亡くなっているのだから、銃の凄さが分かる。


 こうして夜になり、祝勝会が始まった。

 ただ、この祝勝会は普通の祝勝会とは違う。

 先ほどまで敵だった者も、参加させたい者は参加させることにした。

 当然武器は取り上げるが、それでもかなり異例と言える。


 なぜ、敵も参加させたかと言えば、先ほどまで命を懸けて戦った者が、負けたという理由だけで、何も得られずに終わるというのはあまりにも悲しい。

 せめてねぎらわれるべきである。

 と、考えたからだ。

 

 こうして、祝勝会が始まった。

 初めは敵味方で別れていた集まりも、酒が進むと関係なくなり、敵味方が入り混じったどんちゃん騒ぎとなった。

 そして初めは参加していなかったヴィクトワール王国の兵士たちも、活気ある声に引かれてどんどん参加していった。


 ふと、青木少尉のほうに目をやると、彼女も楽しそうにはしゃいでいた。

 あれだけ震えていたのに今はもう、その面影はない。

 

 よく見ると喧嘩もちらほらとあったが、敵味方問わず全員から武器を取り上げているので、殺し合いにあることはないだろう。


「陛下も飲みましょう! 」


 兵士に一人が私に声をかけてきた。

 その兵士は見た感じかなり酔っている。

 

「すまないな。私は酒は飲まないんだ」


「まぁまぁ、ジュースでもいいですから。ね? 」


 そういって私の腕をつかむと強引に私を集団の中に押し込めた。

 私が来たことで、辺りの視線が一気に私に向いた。

 やはり私がいると騒ぎずらいだろうか。


「今回の立役者だ!囲め囲め! 」


 誰かがそう言うと、兵士たちは一気に私を囲んだ。


「胴上げだー! 」


 そういって私は倒され、胴上げされた。

 騒ぎずらいかというのは、どうやら杞憂だったようだ。


 私は何度も胴上げされたのち、解放された。

 すると兵士の一人が、私に酒をかけてきた。

 

「今日は無礼講だー! 」


 どうやらかなり酔っているらしい。

 国王である私に酒をかけるとはいい度胸だ。

 どうやら自分がどうなってもいいらしい。


 私は近くのテーブルに置かれてある酒を取り、奴にかけた。

 

「どうだ?硝煙のにおいを消すいい香水になったろう? 」


 私がそういって笑うと、今度は別の奴が私に酒をかけた。

 私は仕返しにそいつに酒をかけ返す。

 こうして、かけてかけられてを繰り返すうちに、辺りは大乱戦になった。


 その様子はまさに戦場である。

 気づけば辺り一帯酒臭く、私も全身びちゃびちゃだった。


 こうして大規模になった大乱戦を止めたのはエルベルトだった。


「酒がもったいないでしょう!今すぐやめなさい! 」


 怒られてしまった。


「陛下もなに参加してるんですか! 」


 そういって私を集団の外に出した。

 もしかしたら、酒を浴びて私も酔ってしまったかもしれないな。


 とにもかくにもこうして初戦は我々の大勝利で終わった。

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