『戦争の天才』は神判と対峙する!
魔法省長官、イレーナ・レイケルはとある古物商の店に入った。
手には木箱を抱えている。
中は錆の匂いとほこりの匂いが充満している。
中には60を超える店主が椅子に座って寝ている。
そんな店主にイレーナが話しかける。
「すまないが、トイレを貸してくれないか?」
すると店主がそのままの体勢でイレーナを見ることなく質問する。
「女王陛下にも同じことがいえるか?」
「勿論だ」
「そうか。すまないがこの店にトイレはないんだ。他をあたってくれ」
「そうさせてもらう」
そう言ってイレーナは部屋の奥の扉に入る。
中は暗く、店頭には並ばない商品が散乱している。
そんな中から、何の変哲もない本を一冊拾い、本棚に納める。
するとどこかから「ガチャ」という開錠音が聞こえた。
イレーナは少し離れたところの床の板をはがす。
すると地下へと続く扉が出てきた。
扉を開けると先が見えない階段がある。
近くにあるランプを手に取り、明かりをつけて階段を下る。
下って少しすると扉が出てくる。
扉を開けると中には6人の黒い衣服に身を包んだ人がいた。
「久しぶりだな皆」
「お久しぶりです。長官」
そう、ここはジェストカン神聖国最強の暗殺部隊『神判』の拠点だ。
「長官が作戦に参加してくれると聞いたときは驚きましたよ」
黒服の一人がそう言う。
顔も黒い布で覆っているため、表情はわからない。
「エルベルトの強さは規格外だ。アイツひとりが戦うだけで国家の存続が危ぶまれるらな」
シリアスな話とは裏腹に、そこ顔には若干の笑みが感じられる。
「本当にこんな人数必要か?どこまでいっても老いぼれだろ?」
他の黒服がそう言う。
「剣を振るう力だって落ちてるんだから、パワーでごり押せば勝てるだろ」
「あまりエルベルトを舐めない方がいい。調べた限り、あいつは化け物という形容すら生ぬるい人間だ」
「長官なら勝てますか?」
杖を持った黒服が聞く。
女性的な声だ。
「無理だな。魔法戦なら勝てるが、魔法を発動させる前に10回は斬り殺されるだろうな」
「長官が無理なら、私も無理か.... 」
顔は見えないがその黒服は落ち込んでいるようだった。
「今は6人しかいないようだが、会議には全員来るんだろうな?」
イレーナがそう問う。
「ええ、全員来るはずです。何せ暗殺決行前最後の会議ですから。あれ?長官は来れないんでしたっけ?」
「ああ、どうしても外せない用事があってな。あとで決まったことだけ教えてくれ」
「もしかしたら無茶なことを要求するかもしれませんよ」
「君たちが要求する事程度なら、何でも実行するよ」
「流石長官。それと、例の兵士達なんですけどね、なかなかうまく教育できなくて.... 」
それを聞いた瞬間、イレーナが露骨に嫌な顔をする。
「そんな顔しないでくださいよ。これも御告げなんですから。長官だって聞いたでしょう?」
「そうだな.... 」
「それに、教育を楽しんでる奴だっているんですから」
そう言って彼は他の黒服達を指さす。
「俺は好きだぜ。何してもいいって言われたからな」
「私も.... かわいいから」
それを聞いてイレーナは思い出したように話し始めた。
「そうそう、手土産を持ってきたんだ。会議が終わった後にぜひ開けてくれ」
そう言ってさっきからずっと持っていた木箱を机の上に置く。
「なんですか?これ?」
「秘密だ。会議が終わった後に開ければおそらくみんな喜ぶと思うぞ」
「その前に開けたら?」
「一気に後悔するだろうな」
「いったい何なんですか?まぁ、楽しみにしときます」
「私もそろそろ失礼するよ。予定に遅れそうだ」
そう言ってイレーナは部屋を後にした。
‐‐‐
イレーナが出てきた。
私たちは既に待機を完了させている。
この日のために私は本国から爆薬と銃とスクロールを密輸してもらったのだ。
そのうちの爆薬は既に設置を完了している。
それからかなりの時間待機した。
気づけば辺りは暗くなり、家々には明かりが灯ってきた。
それからさらに家々の明かりがちらほら消えた時、いきなり建物から衝撃が伝わった。
次の瞬間、イレーナが辺り一帯に魔法、『静音空間』を展開する。
それと同時、フェシリテが爆薬を起爆させる。
すると辺り一帯の建物すべてが崩れる。
音こそしないものの、それは見てて圧巻だった。
普通ならとてつもない衝撃だが、どういうわけかイレーナの魔法で衝撃は一切感じられなかった。
本人曰く静音空間を応用すると、そういうことができるらしい。
そして、建物が崩れ去ったと同時、瓦礫が一瞬で砂埃になり、空へ舞った。
同時に対魔法結界が展開される。
「感覚共有」
イレーナが魔法をかける。
この魔法は対象の人と感覚が共有できる魔法だ。
これによって、私とイレーナの感覚が共有された。
魔法をかけてすぐエルベルトとステンホルムとイレーナが地下に突撃する。
「なんだ、何が起こっているんだ?」
「これ.... 何.... 」
中は大混乱のようだ。
見てみると二人ほどが爆発に巻き込まれて倒れているようだった。
エルベルトとステンホルムは何かを発する前に敵に斬りかかった。
ただ、さすがというべきか、敵はぎりぎりでそれを受け止める。
「あんた、まさかエルベルト・クラッソか?」
敵はエルベルトにそう聞く。
「そうだ。なんでも私を殺すそうじゃないか」
「それで、なんで長官はそっち側なんですか?」
その質問に対してイレーナはきょとんとした顔で答える。
「言ってなかったか?私は昔エルベルトと同じ冒険者パーティーだったんだ。それにエルベルトは私の夫だ。味方なのは当然だろう」
「まさか長官に旦那さんがいたのは驚きですね」
「私はいつからお前の旦那になったのだ」
エルベルトは困りながらそう言う。
気づけば敵は陣形を組んでいた。
剣士は前線をはり、魔法使いは後衛だ。
「エメ!後ろは頼んだ!」
そう言ってイレーナは杖を上にむける。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
するとエメの声がどこからか聞こえてきた。
そして、なんと、一瞬にして2人の魔法使いが斬り殺された。
あろうことかエメは空から降ってきたのだ。
「どうだ?まさか剣士が空から来るとは思わなかっただろう?」
イレーナが誇らしげに言う。
魔法使いは急いで魔法を使おうとするが、対魔法結界が張られているため何もできない。
それを一瞬で察した剣士のうち数人が、エメに襲い掛かる。
「行かせるわけないだろう!」
そう言ってステンホルムがその剣士に襲い掛かる。
その顔は笑顔で、まるで楽しんでいるようだった。
まさしく『狂犬』だ。
その間にも、エメは魔法使いに斬りかかっていく。
ただ、魔法使いは抵抗むなしく一刀両断されていく。
先ほどまで抑えていた剣士も、やはり多対一では限界があり、2人ほどが攻撃を躱してエメのところに行こうとする
「行かせはしない!」
イレーナは魔法を放つ。
そう、魔法を放ったのだ。
対魔法結界が貼られているこの状況で。
思わぬ遠距離攻撃に、敵剣士2人の体勢が崩れる。
次の瞬間、一人の頭から血が噴き出した。
「一発命中.... 」
なんと、マルテが当てたのだ。
マルテと私は少し遠くにいるのだが、マルテは銃を持ち、援護射撃として狙撃しているのだ。
正直、まさか当てるとは思わなかった。
もしかしたら、マルテの狙撃の才能は私の想定以上かもしれない。
ただ、敵も精鋭ぞろい。
さっきの一発だけで、敵は我々の位置を割り出した。
しかし、その前にはエルベルトがいる。
敵は気づいてもこっちまで来ることはできない。
気づけば、エメは魔法を全員倒していた。
それを見てフェシリテが対魔法結界を解除する。
エルベルトもステンホルムも、いくらか剣士を倒していた。
残る剣士は5人だ。
エルベルトとステンホルムは正面から、エメは後ろから敵を攻撃する。
後ろにはイレーナとマルテが援護をしている。
一気に数的不利は解消された。
そんな中、敵のうち一人がエメの攻撃を振り切り、奥の部屋に入っていった。
奥の部屋は確か行き止まり。
数的有利になるのならとりあえず深追いはしなくていいだろう。
そう思って全員が追うことはなかった。
敵の陣形は崩れ、一人、また一人と倒されていく。
そんな時、さっきの敵が戻ってきた。
「行け!お前ら!こいつら殺したら賞金だ!もし逃がしたらその場で死刑だからな」
そう言って扉の奥から出てきたのは10歳程度の子供達だった。
子供たちは震える手で剣を握り、こちらに構える。
顔は怯えていて、目は震えている。
「この子らは何なんだ」
その瞬間、エルベルトが纏う雰囲気が変わった。
「我々が研究中の兵士だよ。どんな人間だって子供は手にかけたくないだろ?だから、子供を他国から誘拐したり孤児を使って兵士を作ってみたんだ。どうする?純真無垢な子供を手にかけるか?」
「神はこれをお許しになるのか?」
エルベルトが恐ろしいほど静かに聞く。
「ああ、こいつらは全員異教徒共だからな」
それを聞いた瞬間、エルベルトが怒号をあげる。
「なら、貴様らの神にあの世で伝えておけ!『テメェみたいな下衆野郎はブチ殺す』とな!」
私はここまで怒ったエルベルトを初めてみた。
そして何より、こんなにも汚い言葉遣い初めて聞いた。
「私の思い通りの世界」
エルベルトが魔法を放った次の瞬間、子供は地面に倒れ、敵は消滅した。
そう、何もかもが消滅したのだ。
まるで元からいなかったとばかりに一瞬で消えた。
この魔法はエルベルトが独自に作った魔法で半径500メートル以内に圧倒的な魔力を放出させることで、意のままにその範囲内の万物を思い通りにするものだ。
ただ、魔力の大半を使うため、これを使った後はしばらく戦闘をすることができないという欠点があるそうだ。
「急いで撤退しよう」
エルベルトはそう言って子供たちを優しく拾う。
「こっちの方がいいぞ」
そう言ってイレーナは魔法で子供達を持ち上げる。
その様子はさながら子供たちが浮かんでいるようだった。
その後、我々は合流し、そのまま逃走を開始した。
なるべく人気のない、裏路地を通って、静かに逃げた。
「止まれ!お前たち!」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは各々武器を構えた4人だった。
2人は剣、2人は杖を構えている。
顔を見てイレーナが言葉をこぼす。
「勇者.... 」




