『戦争の天才』はエルベルトの罪の償いを見届ける!
あれから数日、エルベルトは拡声のスクロールを使って、国民全員に向けての演説を行った。
自分がリノバステルについて誤解していたこと。
リノ・バステルは厳しい税を取り立てていながらも国民の事を思っていたこと。
リノ・バステルを生かし、内政に携わらせること。
そして、リノ・バステル、エルベルトに恨みのあるものは指定日時に王城の前に来て、本人を殴る事を許可するということだった。
まさしく前代未聞罪の罪の償い方だ。
そして今日がその日だ。
王城の前には200人以上がいる。
一見多いように見えるが、内戦であれだけの被害が出ておきながら200人というのは少ない。
恐らく、両軍の大将を殴れると言われても、多くの民は混乱するからだろう。
それと、この世界の倫理観は前世の中世に近い。
戦士は死ぬのが当たり前で、遺族もそう嫌悪感を抱いていないというのもあるかもしれない。
それから少しして、エルベルトが王城の門から出てきた。
「今回の内戦は、ひとえに私の国王としての技量が足りないがゆえに起こったものだ。なので、私、リノ・バステルどちらに恨みがあるものでも、私を殴ってほしい。今回の内戦に対する責任は私が負う」
そう言ってエルベルトは不動の構えで堂々と立った。
それを見て人々は混乱する。
リノ・バステルに恨みを持つものもいるが、エルベルトはその責任も自分が負うと言った。
エルベルト側の人間がリノ・バステルに恨みがあるからと言って自軍の対象を殴れるわけがない。
エルベルトはリノ・バステルをかばっての善意で言ったのだろうが、それが図らずもエルベルトの殴られる人数を大きく減らした。
だが当然、リノ・バステル側の人間は違う。
一人また一人とエルベルトに近づいていく。
そしてついにある一人がエルベルトの真正面を殴った。
エルベルトは鼻から出血し、後ろに下がる。
私は驚いた。
彼は、魔力による身体の強化を一切行っていなかった。
強化すれば銃弾も弾くというのに、彼は一切行っていないのだ。
そこからは酷いの一言に尽きた。
一人が殴れば他の人も殴り始めるのが集団心理。
エルベルトはたこ殴りだ。
エルベルト側の民衆が反撃しようとするが、それをエルベルトは止める。
エルベルトはこのままいくと死ぬのではないかという不安が、頭をよぎる。
これが始まる前、私に、何があっても手を出すなとエルベルトが言っていた。
だが、これでは本当に死んでしまう。
エルベルトだっていい年だ。
魔力による強化が無ければ本当に危険だ。
今すぐにでもやめさせたいが、それではエルベルトの覚悟を無下にしてしまう。
こうなれば、エルベルト側である私が行くしかない。
私も殴られれば、エルベルトにむけられる拳の数は減る事だろう。
私は覚悟を決めた。
「私も.... 」
私がそう言いかけた時、後ろから声が聞こえた。
「エルベルト陛下に恨みがあるものの拳は、代わりに俺が受けよう」
『拡声』で拡声されたその声はリノ・バステルだった。
リノバステルは歩いてこちら側に向かってくる。
「俺は陛下に命を救われた。俺は内戦を起こし、国を陥れたというのに、それでも慈悲をくださった。そんな陛下に対する恩を少しでも返したい。陛下は俺に対する拳を肩代わりしてくださった。なら俺は陛下に対する拳を肩代わりする。陛下に恨みのあるものは私を殴れ!」
そう言ってリノ・バステルは仁王立ちをした。
その瞬間、私は悟った。
図ったな。
エルベルトの恩義を返すなら、自分にむけられている拳も肩代わりすればいい。
だが、リノ・バステルはエルベルトにむけられている拳を肩代わりすると言った。
となればリノ・バステルに恨みを持つものはエルベルトを、エルベルトに恨みの持つものはリノ・バステルを殴るということになる。
敵に恨みがあるのに、自軍の大将を殴らなければいけない。
こうなってしまっては民衆はもう何もできない。
ひとりまたひとりと帰っていく。
笑っている者もいれば、怒りに満ちた顔の者もいる。
こうして少しして、民衆は全員帰った。
帰ったと同時、リノ・バステルは急いでエルベルトに『治癒』をかける。
「大丈夫ですか、陛下」
「ああ、これで国民の怒りが少しでも収まるのなら安いものだ」
そう言って、エルベルトとリノ・バステルは城に戻ろうとする。
そんなリノ・バステルを私は呼び止めた。
エルベルトには先に帰ってもらった。
エルベルトが見えなくなってから、私は質問した。
「図ったな?」
「何のことでしょう」
リノ・バステルは顔色を一切変えずに答える。
「自分に恨みを持つものの拳ではなく、エルベルトに恨みを持つものの拳だけを肩代わりして、自軍の大将を殴るような状況に、わざとしただろう?」
私がそう言うと、リノ・バステルはふっと笑った。
「確かに、言われてみればそうですね。ですが、あの時の俺はそこまで頭が回っていませんでした。たまたまです。では、陛下のお怪我の具合を見に行かなくてはなりませんので、失礼します」
そう言って頭を下げると、足早に去っていった。
リノ・バステル、やはり彼は切れ者だ




